卍(まんじ) (新潮文庫 た-1-7 新潮文庫)

  • 新潮社 (1951年12月12日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784101005089

作品紹介・あらすじ

 

みんなの感想まとめ

物語は、魔性の女・光子を中心に展開する複雑な愛憎劇です。語り手の園子は、光子の魅力に引き込まれ、彼女の小悪魔的な振る舞いに夢中になっていきます。光子の存在が周囲の人々をどのように変えていくのか、特に園...

感想・レビュー・書評

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  • 『細雪』のような物語を期待して読んだら、何とも不思議な世界に連れて行かれた。

    みんなが虜になってしまう魔性の女・光子。

    みんなが光子に依存していく様子が怖い。
    光子のいったい何がそんなに人を惹きつけるのか。

    思わぬ方向へ転がっていく展開も面白い。
    「え、そうなるの?」と何度も驚いた。

    おかしいとわかっているのに、抜けられなくなっていく…。

    園子の語りだけで進んでいく物語なので、どこまでが本当なのかわからない。
    光子目線の語りも気になるけど、あえて語られないことで想像がふくらむ。
    Audibleにて。

  • これから語られる二組の男女の複雑な愛憎劇の当事者の女性が、大阪弁で告白する形式で書かれています。一人の語りだけで、これだけの物語を読ませ、引き込むという流れが高度だなぁと。
    園子(語部)は絵画教室で知り合った美貌の光子の小悪魔的な振舞いに夢中になっていく。そこに光子の元婚約者のイケメン男性が入り込む。彼は三人の関係を均衡を持たせようとする。そして、弁護士である園子の良人までも巻き込んでいく。夫は、理性的な人間だったが、光子の奔放な妖艶さに妻と共に支配され始める。光子が思いのまま振る舞い策略していく様子は、恋愛サイコかな。真面目な夫が、どこか真面目な感じに狂っていく様子が救えない。最後は、なかなか。

    • 土瓶さん
      一度くらいほ読んでみようと思いつつ、なかなか手が出せずにいる谷崎潤一郎さん。
      一度くらいほ読んでみようと思いつつ、なかなか手が出せずにいる谷崎潤一郎さん。
      2023/04/07
    • おびのりさん
      もうね、古いのは確かなのですが、上手いんだよね。私は、「春琴抄」(百恵ちゃんね!)の偏愛と、「痴人の愛」の狂愛な感じが好き。
      そして、実は、...
      もうね、古いのは確かなのですが、上手いんだよね。私は、「春琴抄」(百恵ちゃんね!)の偏愛と、「痴人の愛」の狂愛な感じが好き。
      そして、実は、谷崎さんの源氏物語は、苦手。
      2023/04/07
    • 土瓶さん
      うん。読んでもいないのにドラマや映画などで観たおぼえがあるから、余計に手が出にくい><
      うん。読んでもいないのにドラマや映画などで観たおぼえがあるから、余計に手が出にくい><
      2023/04/07
  • 『細雪』同様女性の語りで引き込まれる。本書の方が十年程前に書かれたそう。語り手の園子はじめ夫や執念深い綿貫という男が妖婦光子をめぐり複雑な関係に。甘い欲望から嫉妬にまみれ狂信的になり破滅へと向かう様がじりじりと関西弁で語られ怖い。

  • 何故かここ数日、朝の爽やかな時間帯に、このねっとりとした話を読んでいた。

    婦人が体験した奇妙な同性愛の顛末について語る。
    語り口が軽やかな関西弁で、言葉の一つがなんともひらひらと漂うように響いてくるせいか、起きていることの湿気のようなものが薄まっていく。
    でも、だんだん面では被害者を装いつつ、自分の利益を常に考えている人、ただただ人を振り回す癖のあるネチっこさみたいなものが同じ関西弁で濃く嫌らしく響いてくる。

    谷崎潤一郎さんは「痴人の愛」を読んで以来で久しぶり。
    またもや一人の女性に振り回される話、この人Mだな。

    追記:江戸川乱歩さんも新潮文庫の夏カバー(赤一色)に惚れて購入し読み、いつのまにか命日に読んでいた。
    この「卍」も2018年の夏カバー(赤一色)そして読了した本日(2021年7月24日)は谷崎潤一郎さんの誕生日…なんかカバーの魔力とかあるのかな?

  • いやーすごいなぁ
    谷崎潤一郎が書く女は強烈に強い!ほんで美しい!
    男を狂わすほどの強い女、今回は女も狂わせちゃってるので相当な女でした
    面白くてすぐ読めるんやけどすんごい疲れた

    わたし大阪人なので心斎橋の大丸とか、宗右衛門町とか、天王寺公園、梅田などなど出てくる度にウホホとうれしくなりました、最後までベタベタな古い大阪弁です

  • 谷崎の変態異常性欲小説として有名(!)な本書ですが、自分としては、葛藤する恋愛心理や策略のド派手さ、どこまでも果てしのない疑心暗鬼、そして、誰もが陥っていく性愛の強欲ぶりが特に目を引き面白かったです。
    とかく女性同士の性愛の方が脚光を浴びがちですが(自分も見学したいですけど(笑))、本書の本質からするとそんな異常性欲も可愛らしいものになって見え、むしろ、強欲ぶりと、それに伴う駆け引きというか策謀というか策略の凄まじさの方に圧倒されてしまいました。
    性愛に取りつかれてしまった面々は誰もが真面目でもあり、誰もがねじれているようにも思え、一体全体、どういう駆け引き具合になっていて、結局、誰がどうしたいのかがまるで掴めないようなドロドロの愛憎劇に、こちらの頭もドロドロになってしまった感もあります。(笑)
    つまるところ、このドロドロ劇の中心にいたのは美少女で処女(?)の光子であり、光子も含めて皆が強欲な性愛に翻弄されていたのですが、こうした泥沼から抜け出しひと皮剥け新たな段階に昇華できたのはやはり光子で、こうしたストーリー展開は美少女崇拝の谷崎の美的感覚の真骨頂であったともいえるでしょうね。
    登場人物の誰もに驚かされる人物設計となっていて、「女の腐ったような」綿貫や語り手の園子夫人のハズ、それにお梅どん等の行く末を考えると、最初にレズに目覚めた語り手の園子夫人が一番真面目で正気であったのではとさえ思えてきます。(笑)
    本書の構成がまたふるっていて、園子夫人が先生(谷崎を擬していと思われる)に振り返り語るというスタイルで全てが大阪弁で語られていて、凄まじい愛憎状態にもかかわらず、こうした趣向により、弾んだ調子とともに柔らかで温かくオブラートに包み込まれたような丸みを帯びた語り口がクッションとなって、なぜか読者に安心感を与えていたともいえます。光子が園子を「姉ちゃん」と呼ぶ様などはどこか可笑しみすら感じさせます。このような異常性愛もなんだ大したことはないのではないかという・・・。これは谷崎の術中に陥っていますかね?(笑)
    谷崎が大阪に行きたての頃の作品ということで、後年のスマートな(?)異常性愛を基調とする作品と比べると少しごちゃごちゃ感があるように思えます。以降、より純化路線(性愛の)を歩んでいくことになるのでしょうね。(笑)

    • nejidonさん
      mkt99さん、こんにちは(^^♪
      そうそう、ものの見事に陥っておりましてよ!
      さてわたくし、長年秘密にしてきたのですが、だいぶ前に映画...
      mkt99さん、こんにちは(^^♪
      そうそう、ものの見事に陥っておりましてよ!
      さてわたくし、長年秘密にしてきたのですが、だいぶ前に映画化されたものを観ました(笑)
      若かりし日の若尾文子さんの、まぁ美しいこと可愛いこと。クラッときますよ。
      そして岸田今日子さんの魅力的なこと。
      このふたりだけももう十分なほどの作品でした。
      カメラワークも相当にねちねちしてて、スタッフさんは楽しかっただろうなぁと推測できましたよ。
      で、肝心の性愛の描写はとても穏当なものでした。
      でも公開当時は「けしからん!!」だったのかもしれませんね。
      谷崎が何を描きたかったのか、ようやく理解できる年齢になりつつあるので、カミングアウトしてみました(笑)。
      本の方はあいにく未読ですが、機会がありましたら映画のほうもどうぞご覧あそばせ。

      2015/10/13
    • mkt99さん
      nejidonさん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!(^o^)/

      そのような秘密をひた隠しにされていたのですかー...
      nejidonさん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!(^o^)/

      そのような秘密をひた隠しにされていたのですかー!(笑)
      これを機にゲロって、すっきりされたことと思います。(笑)

      若尾文子の美しさは想像できますが、自分としては岸田今日子も含めて、お歳を召された頃のイメージしかなくて、その二人の親密シーンを考えるとちょっと何かコワい感覚もあります。(笑)
      しかし、若い魅力的な二人が文字通り絡み合うシーンなどはさぞや楽しかったことでしょうね!(^o^)
      DVDを見つけたら、観てみたいですね!

      原作もあまり性愛の描写はありませんで、初期の頃に二人が鏡の前で抱き合うシーンが唯一の艶めかしい箇所といえるかもしれません。大半は自己中心的な強欲がらくる疑心暗鬼と壮烈な駆け引きの心理描写が物語の中心でして、背景はアブノーマルですが、どちらかというと昼ドラの脚本のような気もします。

      自分が一番面白かったのは、誰もが強欲に絡んでいく物語進行でして、終盤には「○○よ、お前もかー!」と思わず心の中で叫んでしまいました。(笑)
      処女(?)の美少女の進化も見逃すことはできません。

      若尾文子、ちゃんと進化していますかね?(笑)
      2015/10/14
  • 軽い本が読みたかったので谷崎潤一郎の『卍』。私にとって谷崎は軽い方。
    というのは文章が読みやすいからで、内容は一般的に考えると軽くないのかな?ただこの作品に関してはトラジコメディじゃないかなと思います。『痴人の愛』もコメディが入っていて、映画版の方を観るとより強調されている。

    最近、大映の増村保造監督の映画をちょいちょい観ていて、増村監督って谷崎や三島由紀夫原作の映画をかなりやっている(三島とは大学からの知人)。他に谷崎原作だと大映時代の市川崑さんも。
    『卍』も増村監督の映画版があって、そのうち観る予定だけど先に原作からと思って読みました。

    手に取るまで全く知らなかったのだけど、レズビアン、バイセクシャルものでした。映画だと私が観たものは『噂のふたり』『テルマ&ルイーズ』『モンスター』『キャロル』『お嬢さん』などで、やっぱりそれらと若干近いところも感じる。
    LGBTものだと、いまなら社会派作品になることが多いけど、『卍』はそうではなくてミステリ小説に近い。というよりほぼミステリ小説なんじゃないかな。

    文章が全編大阪弁の口語で書かれていることが特徴です。そして主人公の園子さんが先生(ワトソン君的なポジションの谷崎?)に対して語っていくという手法。じわじわと怖いのは、ここが若干「信頼できない語り手」になっている点。
    冒頭から、登場人物のふたりはすでに亡くなっていることが示唆されている。主要登場人物は男女ふたりずつ4人で、これが4本の腕を持つ卍という字のように絡み合って、それぞれの欲望や思惑を満たすために嘘をついたり、謀略をめぐらす。
    ……という、いつもどおりの谷崎で、面白かったです。大阪弁のリズムですらすらと読みやすい反面、読みにくいところもあったり、「嘘」のプロットが若干複雑でよくわからないところもあったけど、楽しめました。

    谷崎は関東大震災のあとに神戸に移住して、『痴人の愛』を発表。その次ぐらいが『卍』で大阪弁、そして『春琴抄』でこのスタイルが完成される。
    たまたま少し前にロマンポルノの『四畳半 襖の裏張り』を観たけど、いわゆる大正ロマンでまず思いつくのが谷崎。『卍』は昭和初期の話。明治の末ぐらいに女性同士の心中事件が大きく報道された結果、女性の同性愛が注目されるようになってきたとのこと。『小さいおうち』に引用されてた吉屋信子さんも大正時代にデビューしている。

    『卍』はレズビアンものとしてはかなり古くて、谷崎だから耽美で変態もの……男性側からの興味本位的な部分もあることは留意すべきかと思う。だけど、現在の作品でも百合やBLなど、すでにジャンルとして成立しているし、女性がBLを読む時の受け止め方とそう大差ないのかもしれません。
    トッドヘインズ監督の『キャロル』の他の方の感想で、ケイトブランシェットがファムファタール的だと捉えた方がけっこういて、私はそんなに思わなかったのだけど、そういうファムファタールとしてはだいぶ前に谷崎がやっているから、そことの共通性はあると思う(そして『キャロル』の終わり方は『卒業』に非常に近いと感じた)。

    私の脳内キャスティングでは、園子さんの夫の柿内氏は小林桂樹さん…成瀬巳喜男の『めし』みたいなイメージ。最後はちょっと違うけど。
    もうひとりの男、綿貫はピーター。池畑慎之介。市川崑の『獄門島』の鵜飼のイメージがあるせいか。
    女性陣ふたりはとくになし。

    増村監督の映画版だと、ファムファタールの光子が若尾文子。増村&若尾コンビ。綿貫が『しびれくらげ』にも出ていた川津祐介。
    園子が岸田今日子で、夫が船越英二と、大映時代の市川崑と共通するキャスティング。

  • 現代にはない感覚。死ぬことが怖くないのか?ひとを愛することに溺れすぎる

  • ひととの距離を掴めないひとたち。

    光子の場合には歪んだ自己愛を見せる。

    P.103『異性の人に崇拝しられるより同性の人に崇拝しられる時が、自分は一番誇り感じる』

    人格の異常(personality disorder)に魅力を感じるということは往々にして実存しうる。

    人格、認知や行動に一貫した偏りがあったり、他者操作性があるようなひとを魅力的であると感じるのは別段おかしなことではない。

    そして、この物語では光子という歪んだ自己愛に魅入られてしまったひとたち。

    中盤以降、どうもおかしな方向へ話しが傾いてしまい、猜疑心或いは嫉妬によって操作されていく。

    冷静で客観的な思考、現実を吟味する力が弱まり、渦中にいるひとすべてが身動きがとれなくなる。

    まるで卍のように。

    彼女たちの関係がいよいよ決定的ににっちもさっちもいかなくなった時、読み手は思わずこう呟くことになる。

    マジ卍。

  • おばけとかそういう特殊なもの使わなくてもこんなホラーが描けるんだなぁ...というお話。

    柿内夫人は女子技芸学校に通い、日本画を勉強していた。ある日観音様を描く勉強をしていた時にその観音様の顔が同じ学校に通う徳光光子に似ているのではないか?と言われ、同性愛者の噂を立てられる...柿内夫人は光子を見かけたことはあるものの実際に喋ったことはないのだがその噂をきっかけに光子と喋るように。

    そして光子の魅力に取り憑かれてしまい、光子も光子で柿内夫人を「姉ちゃん」と呼び慕う仲に...嘘から出たまことになってしまう。夫に内緒で光子に会う柿内夫人、そのうち周りの人間関係が複雑になっていき、それぞれの情念が渦巻く。この「愛したい、愛されたい」の愛憎のタガが外れていくのが怖い。猜疑心が猜疑心を生み正常な判断がどんどんできなくなっていく...。

    周りにいる人を狂わせていく存在...これほど怖いものはないなと思った。

  • 谷崎潤一郎の文章、濡場があるわけではないのにすごく艶っぽいんだよなぁ。さすが文豪…。

  • 冒頭から【未亡人】っと不穏なまま 関西弁での語り口調 で進む、愛憎入り乱れての三角…四角関係。

    本当は信じる合わないといけないハズの夫婦がお互い 疑心暗鬼になってしまう程の魔性の女 光子。
    そして遂に最悪の結末へ……

    なのに、稀代の悪女のはずの光子がそんなに悪く描かれてなぃのは 事の顛末を語る園子の最後の一言「憎い」「口惜しい」思うより恋しぃて恋しいて、 って事ですね。

    凄い作品でした。

    ~追伸~
    この時代でもゴシップは娯楽の種なのですね(泣)
    そして何より方言は萌えるんですょ(笑)

  • 「卍」は吉祥の徴と聞いていたのだけれど、この作品に限っては、捩れた情愛の兆だったようです。
    正直、「その三十」に来るまでは、「なんでこのタイトルにしたんだ?三つ巴くらいがちょうどじゃない?」と思っていました。
    「今まで読んだ谷崎より全然気持ち悪くないや」と侮ってさえいました。
    それが、「その三十」を読んだ途端。
    それまで確かに見ていたはずのたおやかな大阪弁たちは曖昧に去り、気づけば、赤地にぬめりと刷り込まれた「卍」が頭の中を埋め尽くして。
    男女四人の情愛が、崇敬が、執念が、ぐるぐるぐると、「卍」のように誰もが誰にも追いつけないまま回っているような。
    それでいて、誰かと誰かは繋がり合っているような、いや、どこかで全てが結ばれているような。
    なんとも不気味な気持ち悪さに囚われていました。
    作中の、一人の女をめぐって堕ちていく男女について語る園子の緻密な破綻の描き様は、さすが谷崎、なのですが。
    それより何より、このタイトルの妙が、凄まじい。
    このタイトルより他に、この作品を説明するのに相応しい言葉も文字も、私には思いつきません…

  • こんなにややこしい恋愛小説は、生まれてはじめて読みました。
    隙間のないほど埋め尽くされた語り口調の羅列、永遠に続く大阪弁…。

    異性愛+同性愛という複雑な三角関係が重なりあった物語ゆえ、一度読んだだけでは理解できない部分があった。

    何かがあると死にたい、殺してやる… 彼らは狂っていると思った。
    けれども愛は、人をそんな風に変えてしまうものなのかもしれない。
    結局 園子だけが生き残った。彼女は、夫も、愛していた光子も失った。
    彼女は幸せそうには思えなかったし、可哀想だと思った。



  • 一人の女性の口から語られる、ある美しい女をめぐる愛憎劇。関西弁だからこそ出せる味が、ドロドロな内容に色っぽさと上品さを与えている。
    ただ、園子が光子に惹かれ、のめり込んでいく過程の心理描写が意外に少なかったような。「綺麗な人」というだけで禁断の関係になるのは、少し現実味に欠ける。既婚女性が同性に恋をするというのには、もっと複雑で特殊な感情があるのではないだろうか。
    同性愛を描いたというわけではなく、ただ純粋に、女性の美に翻弄される愚かな人間の姿を描いた作品なのだと思った。

  • オーディブルで聴いた本

    次々回の読書会の課題本なので、さきにオーディブルで聴いてみた。どういう小説かも知らず、そもそも小説自体あんまり読まんので読書会がなかったら読んでなかったと思う。
    なので前提知識ゼロで読んだ。古典作品やしどうかな~と思うたら!!!!
    む~~~~~~っちゃエンタメ小説やんけ!!!!!!おもろ!!!!となり一気に聴いた。
    耽美小説、、、、なのかこれ!?最初みつこが裸になって2人で抱き合って「殺してえ殺してえ」言いあうところとか、聴きながら鼻で笑ってしまった。2人の酔いに酔ってる感がすごくて笑ってしまったかな…?
    柿本の旦那さん、まさかまさかまさかすぎる。肉体関係なし、恋愛感情無しで、自分の伴侶やからという理由で園子をあれだけ守っていたのか…???いや~~~~う~~~~ん、旦那さん、もしかして自分のことあんまり好きじゃない?んかなあ。自分に自信がないというか。やから、自分の分不相応やと思える女性に傾倒してしまう、依存する、離れたくない、となるのかな?DV被害者みたいな心理というか。
    みつこはたしかに美人でしたたかで、自分大好きマンが歪みに歪んだ人やとは思うが、みつこだけが悪者と思えんし…。自分に熱狂する人らを間近で見て、調子に乗って妙な勘違いをしていったんやないろうか?自然とカルト教祖になっていく、みたいな。みんなが交わりあって、影響しあって、おかしな状況になっていってるな~~と思うた。みつこ、スマホ持ってたらヤバかったねー。インフルエンサーみつこ、見てみたかった

  • 故郷の祖母と話しているような文体が懐かしかった。

    内容はスキャンダラス、だけどはっきりとは書いていないから上品でもあった。後半の薬を多用する辺りからはヤベーな・・・と思って読んだ。

  • あまり読み慣れない文体(関西弁、昔の言葉)だったので、最初の方は読みづらかったが、慣れるとテンポよく読めた。
    1回2人が離れたとき、このまま夫と幸せになれと思ったがそうもいかず(笑)、まさか夫まであんなことになろうとは…。

    私も、園子と同じように、最初は光子さんは好きで綿貫と付き合っているのかと思ったけど、綿貫のことが分かってきてから状況が一変。
    光子さんはどこまで計算していたのか、本当は園子とその夫のことをどう思っていたのか…。
    光子さん側の独白も見てみたかった。

    物語には関係ないが、2人が園子の夫のことを「ハズさん」と呼んでいるのが可愛くていいなと思った。

  • 弁護士の夫がいる人妻・園子は、趣味で通い始めた美術学校で、光子という美女と出会い、密かに好意を寄せるようになる。二人は話したこともなかったが、なぜか同性愛の噂がたち、やがて本当に二人は親密な関係になってしまう。夫・柿内に疑われながらも園子は光子との関係をやめなかったが、ある日、綿貫という男と光子の密会現場に呼び出され…。

    最近買った『男流文学論』という本を読む前に、その中で扱われてる作品の中で手元にあるものは再読してからにしようと思い、久々の再読。

    「卍」の文字が示す通り、園子とその夫、光子と綿貫の4人の男女の四つ巴の恋愛心理戦。谷崎らしき「先生」に、園子が自分に起こった事件を告白する体裁で全編進むので、すべて関西弁の女性の話し言葉で書かれているのがかなり斬新。

    園子視点で、彼女は光子に夢中なため、基本的に光子の言う話を信じて物語は進んでいくが、読者からすると、光子ほど信頼できない女はないので、誰が嘘をついているのだろうと終始疑心暗鬼に。綿貫がクズ男なのはもちろんだけれど、光子はそれを上回る毒婦でしょう。しかし騙されてる人たちがそれなりに幸せそうなので、まあ本人が良いなら良いのかしら。

    中盤、綿貫と園子が光子を間に挟んでどっちが愛されてるか揉めてるあたりまでは、まあ普通に三角関係ぽいのだけど、終盤、園子の夫の柿内氏までもが参戦してきて、事態が収束するかと思いきや、まるで光子に夫婦揃って洗脳されたみたいになっていくのがカルト宗教みたいで怖かった。

    園子の告白体ということもあり、直接的な性的描写はなく、谷崎にしてはエロ控え目の印象でした。綿貫の性的な問題というのはよくわからなかった。無精子症なだけでインポテンツではないと思っていたのだけど、なんか不能っていわれると違う気がする。

  • こじれていく同性愛の物語。主人公は有閑階級の婦人で、ある日趣味で通う芸術学校で、光子という美人に恋をする。

    レズビアン小説でありながら性愛の描写は一切なく、実際コトはしているが書いていないのか、あるいは精神的にレズというだけなのかもしれない。

    醜聞が噂になったり、恋愛が元で死んでやるとか、心中しようとかが出てくるあたりに時代を感じた。終始昔の関西弁で書かれていて、関西人の自分でも慣れるまでは読みづらかった。やっぱり今の関西弁とは色々違うんだなぁと思った。私のこと「あて」と言ったり、〜のほうに行くを「ほうィ行く」などと言ったりする。

    話のほうはというと、二転三転してどんどん込み入って、どろどろした三角関係が展開される。谷崎氏は話の筋をしっかり作るらしいから、あらかじめ決めておいたのだろうか。それにしても複雑な話だと思った。

    でも面白いかというと、『春琴抄』もそうだったけど、『痴人の愛』と比べると少し面白さに欠けるかなと思った。

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著者プロフィール

1886年(明治19年)〜1965年(昭和40年)。東京・日本橋生まれ。明治末期から昭和中期まで、戦中・戦後の一時期を除き執筆活動を続け、国内外でその作品の芸術性が高い評価を得た。主な作品に「刺青」「痴人の愛」「春琴抄」「細雪」など、傑作を多く残している。

「2024年 『谷崎潤一郎 大活字本シリーズ 全巻セット』 で使われていた紹介文から引用しています。」

谷崎潤一郎の作品

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