鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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感想 : 84
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  • Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101005157

感想・レビュー・書評

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  • 濃い二篇。愛読書(但し、それを公言する勇気は持ちあわせていない)。

  • 谷崎への妙な好奇心とその裏切らなさでまた好きになりました。おもしろくて一気読みしてしまうほどでした。

    どちらの作品も執拗なまでの足へのフェチシズムに注目してしまうけど、おもしろさはそこだけでなくて、生っぽいところを省いても、お話しとして普通におもしろいところが惹きつけられます。

    瘋癲老人日記はエロジジイ加減に途中からほとほと嫌気が指していたけど、そんなとんでも老人だからこそ、身体が蝕まれていく表現はどうしても辛かった。。
    あと、詳細に描かれる医療分野の用語たちは、実体験でここまで詳しく描かれているのか、それとも谷崎の知識で書いてあるのかが気になりました。

  • とうとうこのエロ爺は死ななかった。もともと映画で「鍵」を見た。なかなかの設定である。これは原作で読まねばと思っていた。主人公の大学教授と思われる人物は自分と同い年である。一回り近く下になる妻の性欲について行けない。しかし、そこに嫉妬を介することで、持続が可能になる。そこに、双方の日記が活躍する。よく考えられた設定である。そして、とめどなく性におぼれていく主人公は妻の上で死ぬ。私と同じ年齢である。後半の老人日記。こちらはもう70歳を過ぎている。息子の妻を溺愛することになる。まわりも認めているのだからまあ許されるのか。その義理の娘に、頸に接吻させてもらう見返りとして、300万だかするキャッツアイを買ってやる。大きな宝石である。目立つのだ。それを実の娘と妻にとがめられる。そのシーンがなんともほほえましい。しらばっくれることもできず、逆ギレをしている。このエロ爺。最後には、この女の足の形を石に掘ってもらい、それを墓石にすることをたくらむ。死んでもずっと踏みつけられていたいらしい。ああもうたまらない変態爺だ。しかし、憎めない。ところで日記はカタカナと漢字で書かれている。実に読みにくい。しかし、少しスピードは落ちるものの、内容に魅かれて最後まで読み通すことができた。まあ慣れるものである。そういえば、昭和1ケタ生まれの父も、カタカナと漢字で日報を書いていた。70歳を過ぎてから、趣味の進捗を記録する日報だった。きっと、教育がそうさせたのであろう。

  • どちらも老境にありながらも性に固執する(老境にあるからこそ?)哀しい男のサガの話。鍵はよくできてるなーと感心。そして陣痛に耐えながら死にゆく瘋癲老人の話を読み終わるタイミングの妙。。

  •  
    ── 谷崎 潤一郎《鍵・風癲老人日記 19681029 新潮文庫》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/410100515X
     
    ── 谷崎 潤一郎/棟方 志功・画《鍵 19560100-0500-1200
    中央公論(全9回)》市川 崑・監督《鍵 19590623 大映》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/BN07328029
     
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B000JAK0VA
    ── 谷崎 潤一郎《風癲老人日記 19610101 中央公論社》
     
    (20091110)(20210202)
     

  • 鍵・瘋癲老人日記
    (和書)2010年01月27日 19:30
    1968 新潮社 谷崎 潤一郎


    随分前に読んだ本で、柄谷行人が「瘋癲老人日記」について触れていて、その時から読んでみようと思っていたのです。

    カタカナと言うところが、読めるかどうか心配だったけど、この作品に関しては非常に読み易く良かった。

    「鍵」「瘋癲老人日記」のエロティシズムがとてもユニークで面白い作品だった。

  • 夫と妻が書く、それぞれの日記を通して話は進んでいくのだけど……お互いに日記の存在は気付いているわけで「相手の日記を読むわけがない」と言いながら、「自分の日記は読まれている」とも思う。

    こうなると、日記の何が虚構で、何が真実なのか。
    書き手として、読み手として、騙し合いと探り合いをしている夫婦っていうのが面白い。

    電子上であっても、この「鍵」の概念は変わらず、秘められているという、そのことに「秘めなければならない」ものが書かれているんだと詮索してしまうのが、人の常。

    そして「秘めなければならない」ものなら書かなければいいのに、書いてしまうのも、人の常。

    さて、この小説のさらに面白いところは、二人の娘と娘のボーイフレンドまでが絡んできて、この日記が読まれている可能性があるということ。

    そういう後ろめたさを、さらに情欲のスイッチにさせてしまうところが、谷崎潤一郎らしいなぁと。

    日記が一つの文学として非常な魅力を持っていることがよく分かる。
    ……のだけど、小学生の交換日記じゃないんだから「もう勝手にやっといてくれ」と投げ出したくもなる(笑)

  • 「鍵」
     こんなすごい小説があったとは…。
    エロくて、且つエロを極めすぎていてエグイ。エロの極北をも越えてゆく。凄絶である。
     通勤電車内で読んでいたのであるが、私が電車内で読んでいるこの文庫がこれほどエロい内容だとは、よもや誰も思うまい、などと密かに北叟笑むのであった。

     舞台は京都。夫は、大学の教授らしい56歳の男。妻・郁子は45歳。ふたりの間に、奇妙な「交換日記」のようなものが始まる。のような…と云うのは、夫は、その内容を絶対に妻に読まれてはならない、として鍵をかけて厳重に保管している。のだけれども同時に、妻がこっそりこの日記を開くことを誘導する策を弄する。妻もまた同様に、夫に読まれることを意識しつつ、赤裸々な内容を日記に書き続ける。

     赤裸々である。ふたりの夫婦生活の内容は、とても赤裸々である。しかも、赤裸々の度合いがどんどん深まってゆく。

    妻は、ブランデーを深酒するたびに、前後不覚となり昏睡するようになる。この点だけは、劇的な展開を促すために好都合な設定に感じる。だが、面白いので許す。

    妻がたびたび意識を失うのをいいことに、夫は、ポラロイドカメラでの撮影を開始。妻のあられもない姿をバシバシ撮影する。さらにはフィルムで撮って、木村という男に現像させる。妻が深く昏睡状態なのをいいことに、夫はいろんな行為をやらせる。

    木村という男と妻の浮気が疑われるようになる。妻と木村の関係も、日毎に怪しくなってゆく。一応貞淑を装っていた妻も、何やらいろんな技を身に付けて、開発されてゆく。
    あげく、妻は日記に記す、木村とは一線を越えていない。だが「汚サレルヨリモ一層不潔ナ方法デ或る満足」なんて、言葉も出てくる。

     だめだ。これ以上は書けない。あまりに赤裸々で、ここでは詳しくは書けない。

    「 性生活の闘争 」という語が、中盤、妻の日記に記述されている。読み進めるうち、これほど迄に淫蕩な人妻が実際に居るだろうか、ここまで一途に妻の肉体を求め続ける夫が居るだろうか… という疑念も感じ始め、ふたりの“闘争”が戯画のようにも思えてくる。

    想像を越えるすごい展開が続き、終盤に向かい、破滅の気配が漂いはじめる…。

    終幕、“闘争”の果てに、妻はほんとうの真相を詳らかにする、さらなる“深層”を告白する日記の筆を取る。そこには、性生活の闘争の裏に秘められた残酷なエゴ、捕食獣の姿も浮かぶのであった。

    * * *  

    さて、ところで、妻郁子は、淫乱な女だということだが、「病的二絶倫ナ妻」という表現がある。(54p)。女性にも絶倫という表現を使うのだな、と妙なところが気になった。

    * * * * * 

    ・『瘋癲老人日記』

    これまた、面白い。痛快なヘンタイ小説である。

     卯木督助は77歳。息子の嫁、颯子を好きでたまらない。老人(文中「予」)は、シャワー室の颯子に、足をなめさせてくれ、とせがんだりする。

    あげく颯子から
    「始末に悪い不良老年、ジジイ・テリブル!」と云われる始末。(↑踊り子出身のちょっと蓮っ葉な颯子だが、教養というかウイット、センスが伺える。)
    さらには、老人は、

    「颯チャン、颯チャン、痛イヨウ!」と、
     (神経痛らしき)手の痛みを訴えつつ、颯子の接吻をせがむ。 笑った。77歳のだだっこである。

    圧巻は、自身の墓石のために、颯子の「仏足石」を準備するプロジェクト。京都のホテルの部屋で、颯子の足に朱墨をつけて、足拓をとることに夢中になる。死後も永遠に颯子の足に踏みつけられる悦楽を願う、のだ。

    作品の時代は意外と現代に近いようで、颯子は映画「太陽がいっぱい」を観に出掛けたりするので、1960年ころのようだ。新幹線はまだ開通していない。

  • 両編とも日記体で書かれている。
    鍵:中年夫婦の日記が交互に表れ、肉体的に衰える一方、ますます旺盛な情念を持つ夫、夫の肉体に満足できない妻、双方の思惑、策略、計略がすごい。。
    瘋癲老人日記:病んだ老人の倒錯した性的欲求が実に生き生きと描かれる。「鍵」よりもリラックスして読める。ときにユーモラスですらある。老人の性的欲求というものは、不能になっていくのと反比例して情念的としてはますます盛んになるものか。

  • いつも開くと睡魔が襲い、読むのにとても長くかかった。
    ひらがなの部分が全てカタカナの表記。内容はなんとなくわかったが、はっきりと残らないのはそのせいなのか?まるでトリック。
    こんなものを書くから変態と言われるのだろうけど、こんなものを書けるのは谷崎しかいない。

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著者プロフィール

1886年(明治19年)〜1965年(昭和40年)。東京・日本橋生まれ。明治末期から昭和中期まで、戦中・戦後の一時期を除き執筆活動を続け、国内外でその作品の芸術性が高い評価を得た。主な作品に「刺青」「痴人の愛」「春琴抄」「細雪」など、傑作を多く残している。

「2024年 『谷崎潤一郎② 春琴抄』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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