人間失格 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 15997
レビュー : 1949
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101006055

感想・レビュー・書評

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  • 太宰治の自叙伝的最終長編。
    大人になって初めて読んだ太宰治。学生のころ『走れメロス』は読んだことあったけど、他のは読んでなかったので、太宰治の傑作から読んでみました。

    『人間失格』太宰治の自伝的な小説。
    それにしても、こういうダメな人っているよね。それでいて女性にはめちゃめちゃモテるっていう男の人。
    太宰治自身も本当に色男で格好良かったんだろうな。
    自分からアプローチしなくても女性の方から寄ってくる。それが十代の女の子から後家さんまでという幅広さ。

    太宰を見ると女性は自分からお世話をしたくなっちゃうんだろうね。
    「私がこの人を支えてあげなきゃダメだ」
    っていう母性本能をくすぐりまくるタイプ。しかもとびっきりのいい男。

    もしも自分に娘がいて、娘がこういう男性に熱を上げてたら『絶対にダメだ』って怒るだろうけど、そうすると娘はその男と駆け落ちしてしまうんじゃないかっていう恐怖に襲われるので、仕方なく二人の交際を認めしまうくらいに色男、もう手に負えない。

    さらにこの『人間失格』の主人公のダメっぷりが半端ない。
    生きる気力というか、そういうのがまったくなくて、女性に養ってもらいながら、酒におぼれ、薬物におぼれる。そして、もうダメだと思ったら心中しようとする。

    こういう小説を読むと、「自分も大したことないけど、この男は俺よりもっとダメだな」って勇気づけられる・・・のかどうか分からないけど、そういう気持ちにさせる小説って、ある一定の需要はあるよね。
    このあたりはドストエフスキーの『地下室の手記』に通じるものを感じます。

    自分は、あまり共感する部分は無かったけど、こういうデカダンスな人生に憧れるところは実際にありますね。もし自分がものすごい色男だったらだけど(笑)。

    太宰の文体は嫌いじゃなので、今度は『斜陽』あたりを読んでみますね。

  • 太宰の思想と人生、祈りが色濃く反映された
    自伝的小説「人間失格」。

    「恥の多い生涯を送って来ました。」
    あまりに力強いこの一文だけで圧倒される。

    人生の本質や普遍的な人間の罪、弱さ、
    愚かしさ、美しさ、愛情、恐怖を
    すさまじいまでの集中力で落とし込み
    苦悩と解放の間でもがき書ききった太宰。

    根拠のない自己肯定のできる人間たちに戦慄し、
    傲慢の醜悪さに苦い思いを抱く。

    苦しみから逃れ、享楽的に生きることの
    愚かしさを人生を持ってして示し、
    暴力的な時代への嫌悪を嘆き、
    実体のない世間へと祈りを込めて矢を放つ。

    麗しくも恐ろしきは浮世なれ。
    人の世を憂い、時代に絶望しながらも
    それでも生涯求めてならなかった人間への
    長い長いラブレターに思えた。

  • 「恥の多い生涯を送ってきました。」という、まぁ、ぶっちゃけ身もふたもない、主人公 大庭葉蔵の手記から始まる、あまりにも有名な小説を新年早々38年ぶりに再読。

    今作は昭和23年に上梓。「斜陽」と並ぶ太宰の代表作。
    書き上げた1ヶ月後に、前年、屋台のうどん屋で知り合い、愛人となってまだ日も浅い山崎富栄と玉川上水に入水自殺を図る。流行作家が愛人と身投げというセンセーショナルさも手伝い、遺作として自叙伝を書いたとも言われ当時ベストセラーとなった作品。

    さて本書。主人公 葉蔵がこれまでどんな人生を送り、その我が人生に影のようにつきまとう“孤独”が如何様なものであったか、その孤独がもたらしたものとは…」を、幼少期から薬物中毒に至るまでを終始葉蔵の独白で綴られていく。

    言うまでもなく決して明るい小説ではない。葉蔵が齢を重ねるにつれどんどん壊れていく、救いようのない展開が進むのだが、ついつい笑ってしまうのだ。

    それは葉蔵がとにかく女にモテるからだ。
    そのモテ方は尋常じゃなく、カフェの女給と心中を図るも自分だけが生き残り、その心の傷も癒えぬうちに雑誌記者の女性の家に転がり込んでヒモ男に。少し落ち着くのかと思えば、突然タバコ屋の純情娘と結婚する。「袖触れ合うも多生の縁」の数珠つなぎというか、それを逆手に取ったのか思いたくなる程の『だめんず』。「これだけモテてて何が孤独や!」と思う人は少なくない筈。もっともなツッコミである。

    「私が支えてあげなくちゃ!」という女心。恋の百戦錬磨の男ゆえ女性の扱い方を熟知。この2つが見事に交錯する人がモテるんですな。55歳になって「“モテる”を科学できた」と実感。お金があるところにお金がさらに集まるみたいなもんでしょうか。

    そこで『人間失格』を、男性は「モテるための指南書」として、女性は「“だめんず”診断」として読む。不朽の文学を齢を重ねてから読むと、「な〜んだ。取っつきやすいじゃん!」と思えるはず。

    太宰の著した作品が、太宰より先に生まれ、彼自身が先達の作品として読んでいれば、薬物中毒にならず、死なずにすんだかもしれないと思うのは、文学に求め過ぎか。

  • 記事編集。
    よく、自分の精神状態がアレなときに
    うっかり手に取ってしまう本だと言われていますが、
    今回は淡々と、ニュートラルに読み進めてみました。
    作者本人の人物像がどうとかいう問題抜きに、
    単純に読み物として面白いなぁ、と。
    遺書的な作品と目されていますが、
    「はしがき」と「あとがき」によって本編を相対化しているというか、
    生々しい自叙伝的な内容を、
    よく出来たフィクションに昇華させることに成功していて、
    つくづく上手いと感心。
    それにしても、昔、職場で事務作業の傍ら、この小説について語らっていた折、

     「自らを主人公と重ねて読む人が大多数でしょうけど、
      僕は自分を堀木に似てると思いましたよ」

    と発言して空気を凍らせた青年は、元気でやってるだろうか(^_^;)

    • 深川夏眠さん
      談話室の「ブクログのここを改善して」スレッドにも出てきた話題で、
      私もちょこっとコメントさせてもらったんですが……
      本棚の表紙画像って、...
      談話室の「ブクログのここを改善して」スレッドにも出てきた話題で、
      私もちょこっとコメントさせてもらったんですが……
      本棚の表紙画像って、Amazonに登録されているデータを引っ張ってきたものですよね。
      で、登録したときNo Imageだった表紙が、
      後日見直したら、いつの間にか画像が出ていたケースがあります。
      それで、同じシリーズの別のNo Image本の画像を再取得したら「出た(・∀・)!」
      ということもありました。
      Amazonにおいて、出版社から画像が提供されておらず、
      現物を所持しているユーザがアップロードするカスタマーイメージが表示されている場合、
      それがブクログに反映されるまで、相当なタイムラグが生じるみたいなのです。
      いえ、はっきりしたことはわかりませんが。
      気が遠くなりそうですけれども、千里の道も一歩からの心意気で、
      現物を持っている人は地道に写真撮ってアップしようよ~と思う今日この頃です。
      (あ~、もう『人間失格』と関係なくなってますね、すみません……)
      2012/09/10
    • mkt99さん
      こんばんわ。
      実は自分も「ブクログのここを改善して」スレッドに投稿したことがあります。
      せめて現状の維持だけは最低限してほしくて、現在、画像...
      こんばんわ。
      実は自分も「ブクログのここを改善して」スレッドに投稿したことがあります。
      せめて現状の維持だけは最低限してほしくて、現在、画像がある表紙をNo Imageで上書きしないようにしてほしいですと。No Imageコードがわかっていれば、ソースコード的にはおそらく1~2ステップ追加だけなので、比較的簡単なのではないかなあ・・・。
      Amazonへの画像アップの誘惑は自分も何度もかられました。(笑)特に旧版のハヤカワ文庫のクリスティ関連を充実させたくて!(笑)ただ、ご指摘の通りいつ反映するんだろうかなと・・・。(>_<)
      あと、Amazon上で画像が複数採用されてしまうと、ブクログの方は変な表示になってしまうようなのと、Amazonに採用された画像がいまいちの場合もあり、あんまり無理しないように~、という優しい思いもあります。(笑)でも、やっぱり試しにいくつか画像アップしてみようかな~。(^o^)
      あっ、『人間失格』に関係ないですね・・・。(^_^;
      2012/09/10
    • 深川夏眠さん
      > 画像がある表紙をNo Imageで上書きしないようにしてほしい

      そうですね、これは本当に「頼むっ(>_<)」って思います。
      そし...
      > 画像がある表紙をNo Imageで上書きしないようにしてほしい

      そうですね、これは本当に「頼むっ(>_<)」って思います。
      そして、

      > Amazonに採用された画像がいまいちの場合

      確かに、カスタマーイメージがちょっと残念なケースも
      ありますよね。
      痛し痒しというか……難しいですねぇ(溜め息)
      2012/09/11
  • #人間失格読書会 で再読しました。
    今回も身につまされて読みました。
    読む度に、「これわたしもこうなる…」という部分に気付かされます。過去の恥と罪の記憶…とか。
    今回は「すすめられて拒否すると、相手の心にも自分の心にも、永遠に修繕し得ない白々しいひび割れが出来るような恐怖におびやかされているのでした。」でした。わたしもすすめられたものを断るのがほとんど出来なくて…でも大抵、やってみたら良かったなーってことが多いのですが。(でもセールスは断固拒否です!)
    「世間とは個人」というのもいつも「そう!」と思うところです。
    葉蔵が最後に行きつく空虚な境地にはいつも寂しい気持ちになります。このまま、あとどれくらい生きなければならないのかと思うと、少し恐怖します。

    「津島くんは賢かった」という、Twitterの投稿者さんのお祖父さんの弁の呟きを見かけたことがあります。この作品の、学生時代の部分を思い出しました。

  • 2014年の新潮文庫プレミアムカバーの黒い表紙をふと手に取って読み始めた。きっかけはたわいの無いものだ。先日マンガ大賞を受賞した「響 小説家になる方法」の冒頭で、太宰治の名前が出て来たからである。文芸部の若い編集者が呟く。「世界を変えるような新人が出てこないかしら。太宰治のような‥」と。確かに、純文学の世界はずっと右肩下がりで、なおかつ出版不況で行き止りだ。彼女の嘆きもわからないではない。けれども、それが太宰治なのか?と、私はその時に正直思ったのである。それで3年前に買って積ん読状態だったこの本に手を伸ばした。

    文体は今読んでも新鮮だ。短い文で、リズムを作る。私の文章もつい短くなる。既読だと思っていた。初読だった。自伝かもしれない。そうでない、かもしれない。主人公は最近のテレビドラマの主人公が悩むようなことを悩む。だから、今でもテレビドラマに影響をあたえているという意味で、影響力は絶大なのかもしれない。

    けれども、私は流石に歳をとった。太宰かぶれなどにはなるはずがない。ホント自死したコイツの悩みとか、「惚れられる」運命にあるオトコへの嫉妬とか、戦前の共産主義運動のこととか、すべてがまるで台詞のようだ。すべてが私の周りを廻って過ぎて行った。

    世界は描かれていない。1人の寂しいオトコが描かれている。まるでテレビドラマのように。

    若い漫画家に言いたい。早く、出来るだけ早く卒業しなよ、と。

    2017年4月25日読了

  • この男はヒドイね、ほんとダメだね。
    超ネガティブ、超後ろ向き。
    でも、超純粋で超ナイーブなんだなぁ、きっと。
    女性にもてるのは解る気がします。
    放っておけず、あなたを解かってあげられるのはわたしだけ、と錯覚させてしまう魅力はあるよね、なんか。

    太宰の自叙伝といわれる遺作、底知れぬものを感じます。
    巻末の解説がまたすごい。
    他の太宰作品未読のわたしには深すぎる・・・
    確か高校のときに読もうとしてあまりの暗さにやめてしまった気がするけど、あの頃のわたしにはこれは読めないわと思うのであります。

    何で突然太宰治なのかというと、今年の読書目標として
    「月にひとつ、文豪の作品を読む」と決めたからです。
    今まで気になりつつも、なかなか手を出せなかった領域に踏み込んでみようと。
    そして、誰のどの作品を読もうかいろいろピックアップしているうちに今月も終わりに近づき、いちばんメジャー感のある「人間失格」を手にしたという次第です。

    文豪(あくまでわたしの考える)って、誰を読んだっけ?と考えると
    芥川龍之介や宮沢賢治は児童文学で数作品読んで、あとは夏目漱石を読書感想文の課題で読まされたくらいか。
    吉行淳之介はあんまり文豪ぽくないけどけっこう好きで何冊か持ってます。
    あとは現代の文豪村上春樹とかね。
    外国文学となると、ミステリーか児童文学ばかりだしな。

    そんなこんなで読んでみたい文豪作品リストがずいぶん長くなったので、数年かけてぼちぼち読んでいけたらいいなぁと思います。


    「人間失格」ハマリはしないがおもしろかったです。
    一度で理解できたとは到底思えないけど、読み終わって改めてこうして感想を書いていると何かがじわじわ来る。

    “ただ一さいは過ぎて行きます。 
    自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂「人間」の世界に於いて、たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。”

    ラストの無常観はすごい。

    • kwosaさん
      tiaraさん! こんにちは。

      >「月にひとつ、文豪の作品を読む」

      上で vilureefさんもおっしゃっていますが、いいですね。
      知っ...
      tiaraさん! こんにちは。

      >「月にひとつ、文豪の作品を読む」

      上で vilureefさんもおっしゃっていますが、いいですね。
      知ってるつもりになっているけれど読んでない作品って、かなりありますもんね。

      『人間失格』の、鉄棒から落ちて、友人に「わざ、わざ」って言われるあたり(うろ覚えですが)は自分の心を見透かされたようで冷や汗をかいた記憶があります。
      日本には相当数、共感する男がいるようです。
      『第2図書係補佐』でピース又吉も言っていたような気がします。

      文豪作品フェア、三島由紀夫の『金閣寺』はどうですか?
      僕は読んだ当時、ラスト二行に衝撃を受けましたよ。
      2013/05/13
    • tiaraさん
      vilureefさん、ありがとうございます。

      イマドキの小説を読んでいても、ちょくちょく引用されたり、比喩につかわれたりするので、やっぱり...
      vilureefさん、ありがとうございます。

      イマドキの小説を読んでいても、ちょくちょく引用されたり、比喩につかわれたりするので、やっぱり知識として必要な気もして興味を持っていたんですよね。
      でも学生の頃は、あんまりおもしろいと思えなかったので、ほとんどあらすじさらっただけできてしまったので、いい大人になった今挑戦してみようと思いました。

      やっぱり、難しかったりとっつきにくいですけど、なかなか悪くないですよ。
      vilureefさんもぜひー。

      太宰はやっぱり他の作品でもダメ男なんですね(笑)
      2013/05/13
    • tiaraさん
      kwosaさん、ありがとうございます。

      今のところ続いていますよ。
      1月にここで宣言したことで、モチベーションも維持できそうです。
      ほんと...
      kwosaさん、ありがとうございます。

      今のところ続いていますよ。
      1月にここで宣言したことで、モチベーションも維持できそうです。
      ほんと、名前だけ知ってて内容よく知らない作品だらけなので、
      何から手をつけたらいいのか迷うほどです。

      やっぱり男性は共感するんですねー。そうなのかぁ。
      『第2図書係補佐』もブクログで人気なので読んでみたいです。

      三島由紀夫の「金閣寺」読んでみたいリストに入ってます!
      今月は漱石を借りてきたので、7月に読んでみようと思います。
      (奇数月は日本文学、偶数月は外国文学をを読んでるので)
      2013/05/13
  • 限定カバーが素敵だったので数年ぶりに読みました。
    私の人生に於いて欠かせない一冊「人間失格」。
    津軽の大地主の生まれである太宰は、生まれもっての裕福な環境で成長していく中で、他者との調和を求めるべくわざとおどけてみせたり道化精神を培っていきます。
    貴族の生まれが逆にコンプレックスであり、例えば勉学などで目立つことも好まず、酒や薬に溺れわざと自堕落になることで自分へのハンデを与え、破滅することでしか生きる意味を見い出せなくなっていく様は非常に痛ましくそれでいて美しいとさえ感じました。
    私自身似たようなところがあり、やはり道化を演じてしまうところがあるのですが、演じる程に自己を見失っていく感覚はとても苦しいものです。
    ある人に「あなたはもっと悪者になったほうがいい。感受性が強すぎる。」と言われたことがあるのですが、
    太宰にしても私なんか以上に感受性が強く抽象的な物事を読み解く才能もあるが故、恐ろしく沢山の物事を見てしまい感じなくてもいい苦痛や気にしなくてもいい事を見つけてしまう苦痛に溺れていったのだろうと感じました。

    しかし道化を演じながらも酒や薬に溺れ自堕落になり、家族までも崩壊させていく姿は
    人間の本質を丸裸にして見せられているような感覚になり、逆に「生」を感じさせるものでもありました。
    無頼派でいてデカダン的な生き方は「ダメ人間」ではなく心の底から一生懸命だからこそできる生き方だなと感じました。
    きっと誰よりも人を愛して愛されたいと思っていた太宰の生き様は美しいと私は思います。
    賢くも生々しい生きることが不器用な人間性、私は好きです。

  • 人間失格、読んでいなかったのである。
    ひねくれ者の私は、あまりにも有名な「恥の多い人生を送ってきました」を読む機会を逸して、今の今まで読めずにいたのである。

    しかし、読んでみて「ああ、やっぱり凄いなぁ」と思った。
    もしこれを私が高校生のときに読んでいたら、間違いなく今よりずっと太宰ファンになっていただろうと思う。
    逆に言えば、今の私はこれを、一歩引いて読んだのかもしれない。

    この本の感想を一言で言うと、「憐憫」。物語として、お話としてのきれいな哀れみ。
    途中途中で心臓をぎゅっと締め付けられるような描写や気持ちは、たくさんあった。「ああ、自分と同じことを思って生きている人がいる・・・」というような。
    しかし、それ以上に、太宰は悲しいくらい芯から道化だったのだな、という思いのほうが全てを読み終えた今では強い。
    それは物語の冒頭の「恥の多い人生を送ってきました」よりも、最後の最後、「神さまみたいないい子でした」に、よく表れていると思う。これを読んだとき、私は、あ、このお話は一種のファンタジーだったんだ、と思った。太宰もそれを痛いくらいわかっていて、だからこそ主人公の手記が、他の誰かの手に渡ったという形にしたんだ・・・と。

    この「神さまみたいないい子でした」を読むまで、私は『人間失格』は太宰の叫びなのかな、と思っていた。
    しかし違ったのだ。確かに叫びでもあったけれど、それ以上にこれはおとぎ話だったのだ。少なくとも、太宰にとってはそうだったのではないかと思う。ちゃんちゃらおかしい話。どこかの誰かが残した、本当か嘘かもわからない、哀しくてきれいなお話。
    太宰の絶望は『人間失格』よりも、もっともっと深かったのではないかと思う。けれど彼は、その持ち前の「道化精神」から、どうしてもその絶望をありのままに書けなかったのではないか。ありのままに書きすぎたら、読者に申し訳ない。読者に気に入ってもらえない。それに、なんだか、一人でもうダメだダメだと言っているようで恥ずかしい(自分では、もう何もかもダメだとしか思えないんだけど)。
    だから、「人間、失格」ですら彼は「おとぎ話」にしてしまったのではないか、と私は思う。本当は太宰の絶望は、これ以上にずたずたに脆くて、打ちひしがれて、繊細だった。けれど、その繊細さが、彼は恥ずかしくて申し訳なくて、たまらなかった。だからより一層、辛かった。

    そういう意味で、『人間失格』は太宰の道化精神を痛いくらいに表した、とてもきれいな「おとぎ話」だと、私は思ったのだった。本当の絶望は、自分の気持ちすらフィクション(作り物)としてしか認められないこと、なのかもしれない。

    • じゅんさん
      そっか・・・とてもきれいな「おとぎ話」と言われると、うんうん、と頷けるものがあります。私はまさしく10代のころにこの「人間失格」を読んで、な...
      そっか・・・とてもきれいな「おとぎ話」と言われると、うんうん、と頷けるものがあります。私はまさしく10代のころにこの「人間失格」を読んで、なんで私のことがこんな風に活字になってるの??と驚いた、典型的な太宰ファンです。
      太宰治の道化が哀しくて、恥ずかしくて・・。

      大人になってから読む太宰というのもまたいいものですよね。
      2011/11/11
    • 抽斗さん
      >じゅんさん 
      コメントどうもありがとうございます。私も高校生のときに読んでいたら、「これは、私だ・・・!!」と衝撃だっただろうなぁ、と思...
      >じゅんさん 
      コメントどうもありがとうございます。私も高校生のときに読んでいたら、「これは、私だ・・・!!」と衝撃だっただろうなぁ、と思います。
      太宰の道化精神に、「自分が一番わかっているのに、自分じゃどうもできない」ものを感じました。
      2011/11/11
  • 人間失格。
    人間に合格も失格もあるものだろうか。
    堕落し道化に成り果て、追従ばかりになり、生きるのが辛くなればなるほど、それこそが人間なのではないか。
    と、するなら、人間失格者はもっとも人間らしいのかも知れない。

  • 太宰治は色々な評価があり、色々と言われている作家ですが、結論を言えばわたしはこの人間失格という本に65%くらい共感して感銘を受けた。もうすごく言いたいことも分かるし、あなたの絶望も分かるし、あなたの明るさの陰に隠れた卑屈な臆病な心も分かると全肯定したくなる。わたしだけがあなたを分かると言いたくなる。そんな不思議な魅力を持った人物。残りの35%は、わたしはここまで行ききれないという気持ち。ここまでは、世を捨てられないし、ここまで絶望はしていない。レベルが違うと悲しくなる。隔たれている、と感じるのが35%だった。
    しかしどちらにしろ、ひどく魅力的な本。それよりも嬉しいのは、この本をすきと言う人が日本中にたくさんいること。わたしと同じように太宰治を捉えるひとがたくさんいるということ。それだけでよし生きてみようという気持ちになる。

  • ああ。読んでしまった。


    表紙カバー裏に太宰の略歴が書かれていて、「戦後、『斜陽』などで流行作家となるが、『人間失格』を残し山崎富栄と玉川上水で入水自殺。」と締めくくられ、文字通りの遺作は、その次のページから、あまりにも有名な一文目に始まり、自己への反省、批判、嫌悪、羞恥、後悔、あらゆる否定に満ち満ちた文章を連ねていく。やっぱり新潮文庫はオシャレだ。

    僕は、不思議なことだけれど、この、行間から漂う絶望、「人間」として生きることに対する諦観のようなものたちに対して、居心地の良さのようなものを感じてしまっていた。それはやはり、表面的に「道化」を演じ続ける一方で、内なる空虚を抱える主人公に対し、どうしようもなくシンパシーを感じていたからじゃないかとおもう。それが、人間、なのかもね、みたいな。彼は「廃人」として自らに人間失格の刻印を押している(もしくは押されたと評している)が、酒や薬物の中毒に陥るまでか否かという「程度」の違いであって、根源的にはみな、人間は、「人間」失格なのではないか、とおもってしまう。

    読んでしまった、というのは、こうして自己を否定することで人間は純粋で、妥協せずに、「人間」らしくいられる印象を、自分が抱いてしまったからだ。自分の目を通せば、ヒラメや堀木と言ったような周囲の人々よりも、主人公が、よっぽど「人間的」に見えたからだ。こうなってしまっては、自分に自信を持っている人間や、現状に満足しているような人間を見たり、そういった人々の本を読もうとすれば、違和感や疎外感を覚えずにはいられない。おそらく僕は、彼に、感化されてしまったのだ。

    解説によれば、太宰をその人にとって特別な存在として位置づけ評価する人々もあれば、その文学を全否定し認めようとしない人々もいるのだそうだ。言うまでもなくそういう意味で自分は前者だろうが、後者のような人々が存在することも確かになあと思う。そういう人たちにとっては、むしろ太宰こそが傲慢な人間に思われるのかもしれない。たぶんだけど、そういう人たちが批判するよりも、太宰を愛読する人が彼の文学の「よさ」を表現するほうが、よっぽどむずかしいんじゃないかとおもう。少なくとも僕は。事実今このレビューでさえ不完全燃焼感でいっぱいだ。もうちょっとこの花火燃えるはずなのに!根っこのほう湿気ちゃってるよ!みたいな。何の話だ。

    いつかもう少し大人になったときに、また読み返そうとおもいます。

  • 衝撃的な作品。
    人間はここまでなるか、と思ってしまった。
    ページ数は多くないけど、重く考えさせられる1冊

  •  およそ12年振りの再読。文庫の裏表紙にも書いてある「とても素直で、よく気がきいて、(中略)神様みたいないい子でした」という最後の一文は非常に衝撃的だったのを覚えている。ただ、当時は主人公に深く深く感情移入しており、「そんなこと言われる筈がないだろう」とも思ってしまっていた。今思えば、明るい第三者の目を信用できず、自暴自棄になっていたのかも知れない。

     今になって思えば、あくまで「人間失格」の烙印を押したのは主人公や一部の人間であり、第三者の視点では全く別の見方ができるのも分かる。もっと言えば、そうした見方をする人物がいることも、主人公は知っていたのだろう。
     それでも人間失格という烙印を自らに押し、破滅してしまったのは、自分が仮に愛され、愛したとしても、結果的に人を傷付けてしまうことに絶望し、これ以上生きることができなくなってしまったのだと思う。

     主人公は、きっと愛されたかった。だけど人に愛される方法が分からず、道化を演じていた。化けの皮が剥がれることを恐れ,ますます人が怖くなった。そうした気持ちの中で、親和感から人に恋をした。結果としてその人を傷つけてしまった。人を不幸にしてしまった。
     人に疎まれようと嫌われようと、デクノボートヨバレようと、ホメラレモセズとも、クニモサレズとも、別にそんなことはどうでもいい。死にはしない。
     そんなことの何倍も何千倍も、主人公の直面した現実は辛いものだったと思うし、私ならきっと命を絶ってしまうと思う。

     主人公が破滅した原因についても、「お父さんが悪いのですよ」と、第三者は言う。主人公も、心のどこかでそう考えていたのだろうか。そうだとするならば、そんな今更どうにもならないことが原因であるならば、なおのこともう死んでしまいたいと思うのだろうか。

     この本は、いや、太宰治は、大学時代、今より若い頃の方が周りで「好きだ」という人が多かった気がしており、他の文豪の作品に比べ、若い人向けという印象が何となくあった。
     もしそれが当たっているのだとしたら、主人公、あるいは太宰治が抱えているものが、完治し難い死に至る病だからなのかも知れない。そんなものに光を当てたところで、いまさらどうにもならないじゃないか、苦しいだけじゃないか、と。
     自分自身、この小説に共感することが多々あり、自分を何とかしたくて、的外れな努力かも知れないが、色々な本を読み、どうにもならない中で、いつしか悩むことを止めていた。悩むことに耐えられなかったのだろう。そんなことに悩んだところで、もうどうにもならないのだ。

  • もっと早く読んでおきたかった。ひとつ怠を覚えるとみるみる転げ落ちるのよ、と素直だった頃の自分に教えてあげたい。自分を好きになるためには服飾や仕事ではなく、結局は自分を好きになれる行動を積み重ねるしかないのだと感じた。

  • 初めてコレを読もうとしたのは、中学生の時。薄っぺらいから簡単に読めるだろうと思ってたのが間違いだった。意味分かんない、全く頭に入ってこず、速攻投げたのである。
    ところが、最近プライベートでうまくいかずモヤモヤして、人生もう嫌んになってきた時、ふとこの「人間失格」が思い浮かんだ。そして、再度、読んでみた。
    すると、今回はスラスラと読める。しかもそれは、その言葉1つ1つが胸に突き刺さってくるのだ。そして思わずページをめくる手が、何度も止まる部分があった。これは自分じゃないか、そんな錯覚に襲われて、衝撃を受けた。
    絶望、失望、苦悩、葛藤、罪、とにかく人間の奥底にあるであろう、人間の闇が詰まっている。それらを見てるうちにふと、これはこれは自分だ、と思うのではないだろうか。そのググッとエグられる場面は、読書の年齢や職業、現在の境遇などによっても変わるだろう。
    この小説は、最初と最後に登場する「私」と、手記を書いた「葉」の2つの視点で展開される。語りかけてくるような文体は、あたかも太宰が耳元で囁きかけてるような感覚に陥る。距離が近いのだ。これがより没入感を高めてくれる。
    わずか300円程度の文庫でまさか、こんなにも衝撃を受けるとは思わなんだ。その衝撃はあまりにも大きく、大げさにいえば人生を変えた、いや人生を見つめ直す機会をくれたと言った方がいいかもしれない。人生の節目節目で、何回も読んでみたいと思った。
    この本は「猛毒」である。この毒を少しでも心地良くいいなと思ってしまったら、それはもう太宰ワールドに引きずり込まれた証だろう。そんな奴がここにも1人居る。

  • 太宰治がツイッターやってたら絶対フォローする

  • 新年最初に読むのはこの本しかない。
    何度読んでも、色褪せない。

    今年は堀木に注目して読んだ。


    10代の頃は、読めば泣いたり暗くなったりしていたこの本も、いつの頃からか、もう、太宰ったら、かわいいやつめ、という気になるのだから。

  • 刀の切っ先が
    自分にぴたっと向けられているようで
    どうも落ち着かない。

    これから逃れるために
    できるだけ沢山の人に
    同じ思いを味わってもらいたいと思います。

    誰かにおすすめの本はと聞かれたら、
    本書を推そう。
    戦略的に★五つです。

  • 人間は表と裏があり、その恐ろしさはひどいものであるという主人公の見方には共感できる。主人公について考えてみると、やはり、彼自身も人間を恐れながらもどこかで見下している。ニーチェっぽい考え方から、こいつには道化程度で充分だという他人の見方こそが、他の数多の愚行以上の人間失格にふさわしいものだと思う。人は自分が思っている以上に自分の素が出たりするし、それに他人は気づいている。悲しい事に、この様に彼を必死になって批判しないと気が済まないのはやはり、読者である自分にも彼の様な部分があるからだと思うし、この作品の主人公をむきになってこきおろしたり嘲笑ったりする人には彼との何かしらの共通点を持っているはずだ。
    一つ面白いのは、彼の世間についての見方だと思う。世間とは個人であり、いかなる心配も過剰に過ぎないという彼の吹っ切れは辛い時に読むと元気が出るに違いない。

  • 好きか嫌いか言えば、小説「人間失格」は好きで「葉蔵」は嫌い嫌いだいっきらい。葉蔵のその先へ踏み出したように思われる太宰治が書いた人間失格だから、好きになれるんだと思う。きっとどんな悩みを持ったとしても、葉蔵からは自己愛しか感じなかったかもしれない。幼少期からずっと、分かる(と思っている)気持ちが多すぎるが故に、気持ち悪いの!あー、駄文!(この感想が。)

  • 「人間失格を読んで自殺した人がたくさんいる」と本当かどうか知りませんが聞いたことがあって、人生に絶望するような内容が描かれているのか、と思うとそうでもなく、「自殺も悪くないな」と読む人に思わせるような本だと思いました。
    美化されているのではなく、主人公かただただ純粋に描かれているという印象。
    さすがは太宰、という感じで、文面からして面白く楽しく読めました。

  • 友達が恐ろしい位傾倒していたこと、
    「誰にでも共感出来る話」という言葉、
    それが気になっていました。
    でも、以前読んだ「斜陽」の迫力を思い出すと、
    生半可な勢いでは読めないわ、、、いつ読もうかな、
    とずっと眠らせていました。
    でも、昨晩唐突に読み始めたら、一気に読めてしまった。
    若いときに被っている仮面、
    それがバレそうになるときの死にたくなる程の恐怖、
    果たして、誰にでもある経験なのかは分かりません。
    でも、私には「葉ちゃん」が傍から見たとき「狂人」扱いを受けていく、
    そんな風になってしまう理由は十分理解出来ました。
    「人間失格」とは、見事な題名です。

    文体や言葉の選びよう、という意味合いで、
    「斜陽」がどうしても強い印象を残しすぎています。
    その点、この作品はかなり荒っぽい。
    「斜陽」が大好きな人間としては、心がざわつきすぎる。
    厳密に言えば、心の乱れや歪みをそのままに表したような、
    言葉づかいや、やや読みにくい文の順番は葉蔵らしくて正しいのだけど。
    それに、はしがきを書いている小説家の文体はやはり安定感があるし。
    星4つ!と思ったけれど、やっぱり5つですね。

    何より、最後のマダムの言葉が、
    あまりに温かくて胸に突き刺さってしまって。

  • 毎回テンポよく読み終わる。話の内容から重たい作品などと言われることが多く敬遠されがちのようだけれど、この作品にも主人公の人生にも嫌なかんじをうけない。そして確かにじっとりとした感じはあるけれど気にならない。主人公の人生は本当に恥の多い人生だったかと考える。わたしはそうでもないのではないかと思ってしまう。少なからず誰もが自分の人生を振り返ったとき恥の多い人生だったと思うのではないかと。それでも主人公の人生は激しいものであったとは思うけれど。大好きな作品です。

  • 自らをちゃんと見つめ、理解していた人の物語ではないだろうか。この人は自分自身にとって誠実であった。そして自分の罪から逃げるために酒・薬に走ったのではないか。
    あと罪のアントは死だと思った。

  • 【Memo】

    色々悩んだ時期に読んで自分はまだまだやっていけるなと、

    むしろ勇気をもらった一冊。

    「自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです…
    自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の観念とが、まるで食い違っているような不安…自分ひとり全く変わっているような、不安と恐怖に襲われるばかりなのです…そこで考え出したのは道化でした。」

    幼い頃からこのようなことを考えて育った主人公。
    成長してからも、どんどん人生の暗闇から抜け出せなくなっていく。

    人間の精神的に極限の状況を太宰自身の経験から描いているため、
    人が何に悩み、何に苦しんだのかということが生々しくも克明に分かります。自分自身共感できるとこともあり、きっと誰もが考えることなのではないかと思います。しかし、あとはそれをどう捉えるかが問題のような気がします。

    落ち込んでるときにこそ読むと

    自分自身を客観視できて新たな発見があると思います。

  •  実を言うとそんなにグッとこなかったのだが、作者の気迫に負けて★5つ。
     自分なんてダメなヤツなんだ、と言うヒトは大概、他の人に「そんなことないよ!」と言ってもらいたいから言うのだと思う。自分を卑下しているようでいて、実のところ他の人に許してもらいたい、慰めてもらいたいというエゴが潜んでいる。
     この作品はその好例だと思う。主人公葉蔵=作者と置き換えてほぼ差し支えないだろうが、最後に、彼を「神様みたいないい子でした」と第三者に認めさせることで自ら救われようとしたのだと思う。と同時に、それは、程度の大小はあるとしても、主人公の苦悩に共感する読者を救うことになる。実際、私も「人生もっと気楽でも大丈夫な気がするぜ」と思ったのだ(笑)
     「あなたはひとりぼっちじゃないと伝えるため」に小説を書くのだと言ったのはスーザン・ヒルという作家さんなのだそうだが、この作品もまた、そのために生まれたような気さえする――作者の生命そのものを代償として。太宰にとって顔も名前も知らない誰かに救いの手を差し延べるために、未来永劫存在し続けるのだろうと思う。

    • yoshimurayuujiさん
      ”自分を卑下しているようでいて、実のところ他の人に許してもらいたい、慰めてもらいたいというエゴが潜んでいる。”私も読後まさしくそう思いました...
      ”自分を卑下しているようでいて、実のところ他の人に許してもらいたい、慰めてもらいたいというエゴが潜んでいる。”私も読後まさしくそう思いましたよ。葉蔵甘えてるなって。
      2010/05/11
  • しばらく頭をハッキングされそうなほど波長が合い過ぎてしまった。精神病院送りになったことが、自身を「人間、失格」とみなす決定打となったことは現代の感覚と合わないが、精神薄弱者の私宅監置が行われていた時代であることを考えれば理解はできる。罪のアントニムは何だろう。

  • 2019年新潮文庫のプレミアムカバーに引かれ購入。
    読んでみようと思いつつも、「純文学」の敷居の高さになかなか手が出せなかった一冊。
    読んでよかった。
    さらけ出した人間性を整然と文章にし小説として完成させたのは、死を確信したから書けたようにも読めるし、集大成に相応しい遺書とも読める。
    少なからず自分も持ち合わせる思考を垣間見たことで、肩の力が抜けた。
    太宰治作品をまた読もうと思う。

  • 人間失格を読み始めたとき、主人公の葉蔵は人間の弱さを全て詰め込み、強いところを根こそぎ取り除いたような人間だと感じました。

    けど、そうではなかった。

    そもそも、人間の本質は「弱さ」なんですね。
    「強さ」は、生きていく上で自らの研鑽によって培われていくものだったようです。
    もともと「強い」人間はいない。
    でも、「強さ」を手に入れる方法をしっているか、そうでないかの違いは、あると思いました。

    葉蔵は、「強さ」を手に入れる方法を知っていた。
    けど、それを実行しなかった。
    実行するだけの「強さ」も持ち合わせていなかった。
    どこまでも人間らしくあり続けた結果、「人間失格」の烙印を押されてしまったのですね。

    今の時代には、同じように「強さ」を手に入れる方法を知っていながらそれを実行するための「強さ」を持ち合わせていないばかりに「弱さ」に囚われている人のみならず、
    もともと「強さ」を手に入れる方法すら知らないために、「弱さ」から抜け出せず、不可抗力で「人間失格」の烙印を押されてしまう人が大勢いる気がします。

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著者プロフィール

1909年6月、青森県生れ。学生時代から小説の創作を始める。東大仏文科入学を機に上京。在学中に非合法運動に従事するもやがて転向し、以降、本格的な執筆活動を開始する。1935年に「逆行」が第1回芥川賞の次席となり、翌年、第一創作集『晩年』を刊行。1939年に結婚し、「富嶽百景」や「女生徒」、「走れメロス」などを発表。戦後には『斜陽』がベストセラーとなり、流行作家となる。「人間失格」を発表した1948年の6月に、玉川上水で入水自殺。織田作之助、坂口安吾らと共に「新戯作派」「無頼派」と呼ばれた。

「2019年 『太宰治 女性小説セレクション 誰も知らぬ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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