人間失格 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 15901
レビュー : 1939
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101006055

感想・レビュー・書評

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  • これが「人間失格」か。
    読んで良かった!

  • う〜ん、この何とも言えない感じ。

  • 堕ち、女に出会い、また堕ち…。
    ずぶずぶに堕ち続ける男の姿。
    おもしろい。

  • これはれっきとした 悪書 である。

    下手をすれば
    生きる意義を見失いかねない、アブない一冊。

    常軌を逸しているようで
    案外、太宰の心情はありふれたものであり
    現代人にとっても共感できるものではないかと思う。


    物凄く読後感の悪い作品である。
    物語だけでなく、読み手のこちらの思考にまで
    影響を及ぼす。

    自分自身の空っぽさに気付き
    凄まじい虚無感に襲われた。

    それでも生きていかねばならない。
    平凡で残酷な現実を甘んじて
    受け入れたプンプンのように。



    ということで、
    「おやすみプンプン」とセットで読んでも
    わりと面白いかも。

    これはテキトーな思いつきなので保証はしませんし責任も持ちません(笑)

  • もう何度か読んでいるが、あまりなじめない作品である。世間の評価ほど自分の中では評価が高くない。何年かたち、今度こそは良さが分かるのではないかと期待し読むが、まだそこまで達していない。主人公に全く共感できないのが原因かと感じる。

  • 人間の一番弱い部分に切り込んだ作品。
    共感するかしないかはその人によって全く分かれるでしょうね。

    自分は高校の時に似たような感情を抱いていた時期があったので、その時の事を思い出しながら読んでいました。


    自分にどうしても自信が持てない人っているんです。
    どうしても自分に価値がある気がしない。
    自身の事を好きになれない。
    自信がなくて、臆病で、自分で自分の価値を見いだせないから、他人の中に自分の価値を見いだそうとする。
    だから、他人や状況に致命的に振り回される。

    真っ当に、自分を信じて、自分の腕一本で勝負して生きてる人にとってみたら、「甘え」や「うぬぼれ」に思えるでしょう。
    もっと周りを見ろと言いたいかもしれません。
    しかし、そんな批判は何の役にも立たないのです。
    なぜなら、本人は、そんな批判も自分の弱さもよくわかっているから。
    そしてだからこそ、周囲の何倍も自分を責めている。
    責めたってどうしようもないけれど、弱い自分に向きあう方法を、それしか知らないのです。
    そして責める事は、更に自分の首を絞めます。
    まさに蟻地獄なのです。

    「自分に自信を持つ」というのは感覚で得るものです。
    考え込んだってどうしようもありません。
    しかし、苦しみからなんとか逃れようと、
    考え込んで、考え込んで、余計なことまで考えてしまう。
    「弱くて駄目な自分」を責めてしまう。

    逃れようと、もがけばもがくほど、
    穴の奥深くに沈んでいく。

    「甘え」という一言で片付けられるのでしょうか。
    とんでもない苦しみです。

    そして、この苦しい蟻地獄には、
    誰だって、簡単に陥ってしまうかもしれません。



    この蟻地獄でもがいている真っ最中の人間の心境を綴ったのが、
    この「人間失格」です。

    「彼は人間失格である」と彼は綴ります。
    「だめね、人間もああなると」と彼は綴ります。

    しかし、わたしは思います。
    そう考えるのは、
    蟻地獄に落ちたことが全くない人間か、
    蟻地獄でもがいている真っ最中の人間だけだと。


    本当は、
    誰にどう思われたとしても、
    誰に迷惑をかけたとしても、
    誰に愛されなかったとしても、
    堂々と生きていていいのが世の中であるはずです。

  • 生きていて一番大変なのって、人間関係だと思う。自分の常識が相手の常識ではないから、自分のちょっとした仕草が相手に不快を与えていたりすることもある。別に人間関係で悩んでいるわけではないが、人間関係って大変だと思うから、たまにすべて投げ出したくなる時がある。私って生きていて良いのかな、と思うこともある。だから、この本の内容で、共感する所も多々あった。

    道化を演じる、というのは自分でもあり、道化を演じて疲れてしまう時がある。また、道化を演じたり嘘をついてしまう時が自分でもあるからこそ、他の人は裏ではどのように考えているのか非常に考え、考え過ぎて怖くなって人間不信になる時がある。人は表では良い顔をして、裏では嫌いな人のことのことを悪く言っている。私は愚痴や悩みを聞くことが多いが、そういうものを聞いていると胃が痛くなってくる。断れず聞くハメになるが。

    たぶん、社会でうまく生きていくのは、男でも女でも、自分の意見をハッキリ言う人や、自分の感情を出しても可愛がられる人、計算高い人だと思う。そういう人々が表では上手くやって裏では違ったりすると、皮肉でなく単純にすごいなあと思う。自分は馬鹿正直だが不器用でもあり、そのようなことが出来ない人間がなので、裏で頑張っても上記のような人が全て脚光を浴びて、怒られたり尻拭いするのは自分だったりするので、たまに自分の存在意義が分からなくなる時がある。

    また、この本の中で、「人に好かれることは知っていても、人を愛する能力においては欠けているところがあるようでした。」と著者は書いているが、私はむしろどちらも欠けている。

    まず、人に好かれるのを極端に避ける。それは、自分と居てもきっと楽しくないだろうと、自分が思っているからだ。だから、人とずーっと近い距離で過ごすことが出来ない。距離が縮まろうとしても、どうせ私と居ても楽しくないよ、と距離が縮まらないように少し離れる。人に自分の全てを見せることが出来ない。だって、小学校の親友にも未だに遠慮している位だから。人に連絡も出来ない。私なんかに時間割いてもらっても良いのだろうか?と思うから。また、褒められるのも苦手。照れくさいから。だから、素直にストレートに自分の感情を全て吐き出せる人のことを単純にすごいな、と思ったりする。こんな私が組織に入ってうまくやっていけるのか、今からとても不安である。
    自分は人を愛することも極端に苦手である。本当に、ストレートに自分を表現出来る人は素晴らしいと思う。基本自分は、言わなくても分かってくれるだろうと思ってしまうが、今年になって、相手は全く気付いていないことが多いと気付いた。言葉にして伝えなきゃ意味ないのだ。けれど、親には素直に感謝の言葉などを言えず、未だに強がってしまい、感謝の言葉の代わりに物を送ることが多い。直接言うのなんて照れる。(未だ反抗期?)

    人間失格、ひたすら不器用な人物の話だったが、そのような不器用な人物がなんとか生きようとしているのを本の中から読み取り、こんな自分でも生きていて良いのだ、と思った。

  • できることなら、死んでほしくなかった。
    遺書のつもりとしながら、死ぬことのなかった『晩年』の時のように、恥の多い人生でも、生き延びてほしかった。

  • 初太宰。図書館のリサイクル市で入手。帰省途中の高速バス内で読む。中3長男にはあらかじめ「三四郎」を夏の課題で読むように言っていたが、なかなか読みすすめられない。安易に、ページ数が少ないことだけを理由に太宰に変更。中身は、中3にはきついと思ったが、何とか読了。さて、本の紹介をどうするか。「人間失格」は太宰が自死する間際に著した最後の著書と言える。雑誌に3回に分けて掲載している途中で亡くなったというのだから、いわくつきの作品と言えそうだ。「私は、その男の写真を三葉、見たことがある。」で始まるはしがき。その男が書いた手記を紹介するという形で本書は進行する。第一の手記は「恥の多い生涯を送って来ました。」と始まる。いずれも、印象的な文章である。私自身も、そこから一気に引き込まれていった。明らかにその男は太宰本人のことである。青森の大富豪の六男として生まれる。子どものころから道化を演じ続け、まわりの人間からは好かれていた。けれど、それは本当の自分ではない、そのことに次第に気付いていく。中学校に入って、竹一という男と出会う。そこで、自分が周りに好かれるためにやった行為を見抜かれる。高等学校に入ると、東京に出て親の目から離れ、行動は次第に自由になっていく。本当は美術学校に進みたかったと言う。それで、洋画家の画塾に通い出す。そこで、堀木正雄という画学生と出会う。堀木は「5円貸してくれないか」という。仕方なしに差し出すと、「よし、飲もう。俺がお前におごるんだ。」という。「三四郎」に出てくる与次郎のようだ。個人的にはそういう人間とは付き合いたくないが、三四郎も、「人間失格」の主人公葉蔵も、こうして世界を広げていく。葉蔵が覚えたのは、酒と煙草と淫売婦と質屋と左翼思想。しばらくは、マルクスによってつながれた人間関係の中、非合法がかえって心地良く感じられたりするのだが、それも長くは続かない。自分はもとから日陰者だという。そして、世間から日陰者と言われる人に出会うと心優しくなれる。銀座のカフェでは自分をさらけ出すことができた。そこで出会ったツネ子(ちゃんと名前すら覚えていない)と鎌倉の海に飛び込む。相手だけが亡くなり自分は助かる。そして警察のお世話に。検事の前で病気を装う。ハンカチを口に当てて咳をする。「ほんとうかい?」竹一のときと同じように検事に見透かされる。自分の生涯でこの二つが、演技の大失敗の記録なのだそうだ。忘れられない苦い思い出。そういうものが誰にでもあるだろう。このあたりから大きく人生が狂い出す。勘当。起訴猶予になった葉蔵は、父親の知人であるヒラメと呼ばれる男の下にしばらく身を寄せる。不自由な生活。高等学校に戻る気もない。美術の世界で食って行ければ良いが、思い切って掘木を訪ねていく。彼も絵を描く仕事を始めてはいるが、老母との貧しい生活。葉蔵を置いてくれるわけでもない。そこで、シヅ子という編集者の女性と出会う。夫を3年前に亡くしており、娘が一人いる。その部屋に居候。漫画を描く仕事を与えてもらい、ようやく社会でやっていけるようになる。そのころは一人娘のシゲ子から「お父ちゃん」と呼ばれるまでになっている。しかし、酒。結局、その部屋も出て、バアの2階に居候する。その向かいに自分の酒を止めようとしてくれる17,8歳の娘がいた。名をヨシちゃんという。煙草を買いに行くたびに酒を止めるように忠告する。やがて、結婚。酒も止めて幸せに暮らすはずだった。しかし、そうは簡単に話が進まない。たずねてきたのは堀木。自分から「飲もう」と言ってしまう。会話がはずむ。「罪の対義語は何か。」「罪と罰」ドストエフスキー。と思考が展開している最中、階下でヨシ子が訪ねてきた商人の男に乱暴をはたらかれている。それを見ても、恐ろしくて助けることすらできなかった。そこから当然のように、夫婦生活は崩れていく。ヨシ子が死ぬために準備をしたのかもしれない睡眠薬を自分が飲み病院に運ばれる。退院後は酒・酒・酒を止めるためについには薬にも手を出す。そして精神科の病院に入院。女はどこにもいない。酒もない。自分は罪人、狂人、いや廃人という刻印を押されてしまった。ついに人間、失格。「もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。」「自分はことし、二十七になります。白髪がめっきりふえたので、たいていの人から、四十以上に見られます。」と手記は締めくくられている。太宰自身は40歳になる直前に亡くなっている。あとがきにはこの手記を手に入れた経緯が書かれている。この手記を持っていたのは、バアのマダム。最後はその女の言葉で締めくくられている。「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、・・・神様みたいないい子でした。」この一文に、太宰の思いが込められているように感じた。

  • 長年読み続けられているという事実が、主人公に感情移入した者としての救い。

    この先何度読み返すだろうか。
    だけどあんまり読み返したくないなぁ。

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著者プロフィール

1909年(明治42年)、青森県金木村(現五所川原市)生まれ。本名、津島修治。東大仏文科在学中に非合法運動に従事し、やがて本格的な執筆活動へ。35年、「逆行」で第1回芥川賞の次席となり、翌年には処女作品集『晩年』を刊行。以後「走れメロス」「斜陽」など多数。

「2018年 『津軽』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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