きりぎりす (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101006130

感想・レビュー・書評

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  • 太宰にとって、報われぬ人生こそ表現者として最も大切で、美しいものであり、それを無理やり華々しくしてしまうことは全てを汚し破壊する行為なのだろう。
    そんな太宰の価値観は己の生き様や人間性を自分で受け入れ肯定する為に生まれたのだろう。
    太宰が狂人に成り得なかったのは妻子の存在があったからこそなのであろう。
    狂人になり得ぬ表現者は時に世界一つまらぬ人間にもなってしまう。
    太宰も、きりぎりすの画家も、報いるべき存在によって狂人に成り得なかった。
    そんな自分の、表現者として必要のない、大切な人に報いる気持ちを自虐するかのように書かれているようだった。

    失敗作の人生を与えられた人間にとって、陽の光を浴びることは俗欲にまみれた行為でしかなく、脚光を穢れとして永遠に苦悩の中で生きなければならないのかしら。
    諦めることを肯定も否定もせず世の理としてするっと飲み込ませる感覚は、太宰の亡霊に足首掴まれて彼の生きた世界へ引きずり込まれるよう。

    きりぎりすは、「おわかれ致します。」の一言で始まった。その固い意思が宿る切れ味のある一言に引き込まれる。
    あなたは、嘘ばかりついていました。私にも、いけない所が、あるのかも知れません。と。
    そして、「この世では、きっと、あなたが正しくて、私こそ間違っているのだろうとも思いますが、私には、どこが、どんなに間違っているのか、どうしても、わかりません。」で終わる。
    世間の価値観に一切鑑賞されることなく二人の間にあった幸せ。
    ひとつの出世から濁流のように世間が二人の間へ入って来る。
    表現する者は、干渉されてはならないのだ。
    表現者としての成功は、大衆から喝采を浴びることかもしれないが、表現者としての幸せは、誰にも邪魔されず、大切な人のためだけに、贅沢もせず、醜い見栄も張らず、ただ純粋に表現することなのである。

  • 実に清々しい読後感です。

    『いいお仕事をなさって、そうして誰にも知られず、貧乏でつつましく暮らして行く事ほど楽しいものはありません』

    これは戦前の小説だけど、仕事への想いや生き方は、令和の今となんら変わらない事にちょっと感動しました。

  • 50に手が届く歳になって太宰治に目覚めました。私の感性に合うのです。嫌いな人、読まない人がいるのもわかります。私にとっては、今が出合う時だったんだろうな。
    「佐渡」の書き出しが好きです。

    • nejidonさん
      村のすずめさん、はじめまして。
      お気にいりとフォロー、ありがとうございます。
      ワタクシからもフォローさせていただきます。どうぞよろしくで...
      村のすずめさん、はじめまして。
      お気にいりとフォロー、ありがとうございます。
      ワタクシからもフォローさせていただきます。どうぞよろしくです。
      本は出会いですものね。年齢は関係ないかなと思います。
      村のすずめさんは、お気に入りの絵本はありますか?
      2017/06/11
    • ねこ和毛さん
      フォロー、ありがとうございます!
      お気に入りの筆頭が「馬車で~」です。先日小学校5,6年対象で読み聞かせに利用しました。
      絵本も、もっと...
      フォロー、ありがとうございます!
      お気に入りの筆頭が「馬車で~」です。先日小学校5,6年対象で読み聞かせに利用しました。
      絵本も、もっとブクログに挙げて行きます。
      貴方の本棚を参考にさせてくださいね
      2017/06/11
  • これ読んで自分は太宰治が好きなんだなと思った。自分の中のネガティブな波長が合うというか。
    世間的に手紙小説といえば「こころ」なのだろうけど自分にとっての手紙小説はこの作品だなぁ。

  • 燈篭
    スピードが速い。量ではなく思いの。女性目線のモノローグという太宰らしさ。

    姥捨
    心中物。絶望した描写がよい。どれほど愛し、どう裏切られたかが書かれてないので、そこに至る曲折は想像。結果生きてしまうことによって、いろいろな後始末が面倒

    黄金風景
    目をかけるというのは多義?感謝される振る舞いの記憶は抜け落ちたのか、奉公していた家への義理が強く、水に流していたところも「負けた」と言わしめたのか

    畜犬談
    ユーモア小説。Twitterで漫画化されてそう

    おしゃれ童子
    これもユーモア。意にそぐわなくてやけくそになるファッションも思春期

    皮膚と心
    待合室で妄想膨らむあたりで色が随分変わった。前半の、自虐と不満のないまぜのあたりが女性らしくて


    退廃的で太宰っぼくて。まだそこまで荒れてないけど、自己を悲観するところが。まだ水たまりという美しいモチーフが残っているだけ

    善蔵を思う
    善蔵って誰やったん。読み飛ばしたかな。これも切ない太宰らしさ。でも乱れて迷惑かけた描写がないのが新鮮。弱いとこだけ出てる。やっぱり誰でも故郷に錦を飾りたいという思いはあるもの。故郷に錦は比喩的だとしても、それくらい立派で、世間から認められるような立ち位置でいたいと思うのが人の性。取り払えたらずいぶん楽なのに、と今の自分のメンタルに重なる刺さる疲れる。一旦積読に戻そうかな。
    と思ったけど次作が表題作。

    きりぎりす
    多分自伝的なメタ作品なのか。そんな天狗になるような時代が太宰にあったのか。良人の根っこに惚れ、名声と共に夫をけいべつする。まさにカエル化現象!

    佐渡
    佐渡には何もない、けれども来てみないうちは気がかりなのだ。
    この人生でさえも、そんなものだと言えるかも知れない。見てしまった空虚、見なかった焦燥不安、それだけの連続で30歳40歳50歳と、精一杯あくせく暮らして、死ぬるのではなかろうか。

    千代女
    読みやすい。わかりやすい。切なくて怖い。
    せっかくその気になったのに、不十分なのは根気か、才能か、若さか、タイミングか。お見捨てなさるなと書く心情は確かに狂ってしまいそう。

    風の便り
    恥ずかしい、痩せた小説を、やっと三十篇ばかり発表しました
    往復書簡形式。途中その必要あるかと思ったが、終盤意味をなしてきた。ある意味好き同士の二人、なぜこんなにも噛み合わないものか。偏屈で自尊心と謙遜のバランスが取れてない人間はめんどくさい。身近にもいる。言葉面だけ慇懃で行動その他が伴わないやつ。

    水仙
    女が狂う、という自分の中では珍しい太宰。とはいえ狂わせたのは周りの男と遠回しの貧しさなんだけど。芸術的に生きるというのはすなわちストイック、と言うのを、太宰は肯定したいのかそれとも鼻で笑っていたいのか。あまりに今回の短編集はそこへのフォーカスが強い。

    日の出前
    湊かなえみたいなやつ。オチまで冒頭に来たからあとは落ちていく様を追う。そういう楽しみ方をする作家ではないのだけど。これと水仙は解説によると本格小説というジャンルらしい

  • 「いいお仕事をなさって、そうして、だれにも知られず、貧乏で、つつましく暮らして行く事ほど、楽しいものはありません。私は、お金も何もほしくありません。心の中で、遠い大きいプライドを持って、こっそり生きていたいと思います。」
    この文章にはとても勇気付けられる。

  •  太宰治の作品は、冒頭がいい。『人間失格』は「恥の多い生涯を送ってきました」で始まる。
    この本では、「おわかれ致します。あなたは、嘘ばかりついていました」で始まる。なぜか、私が言われているような気にもなる言葉だ。
     私は、19歳で、家族の反対を押し切って、売れない画家のあなたと結婚して、はや5年。25歳になった。私は、「私でなければ、お嫁に行けないような人のところへ行きたいものだと、ぼんやり考えていた」。あなたの画は、「小さい庭と日当たりのいい縁側の画で、縁側に白い座布団が一つ置かれていた」。それを見て、どうしてもあなたのところへお嫁に行かなければ、と思った。
     私を必要とする男性のところに嫁ぐ。そして清貧な生活を続けたいと思っていたが、どういうわけか、あなたの画が売れて、お金が入りはじめて、窮屈な淀橋のアパートから、三鷹の家に住むようになって、変わってしまった。
     死ぬまで貧乏で、わがまま勝手な画ばかりを描いて、俗世間に汚されずに過ごしていくと思っていたが、今の俗世間に汚れたあなたは、はずかしくして仕方がない。だから、別れるのです。
     ふーむ。太宰治の世界の中には、恥ずかしいという言葉がよく出てくるが、お金儲けできる絵描きになって、言うことが他人を批判したり、面と向かえば、褒めたりで、全く一貫していない人格。それが恥ずかしいという。女性の視点から見る世界と世俗にまみれる画家の有り様があまりにもかけ離れた人になった。
     やっぱり、別れるべきだね。でも、夫婦って一体なんだろう。利他的でありながら自分中心なんだね。夫婦の価値観は共有できにくい。画を描いて何を表現するかであり、あくまで画は手段。そこを見ないとねぇ。何を妻は支えるべきだろうか。

  • 電子書籍『きりぎりす』を読む。
    短編ですぐに読めてしまう。

    お金が入ってくると、別のものを失っていく寂しさ、悲しみ。もう戻ってこないのだなと思った妻はお別れする。
    きりぎりすの声が聞こえてくるようだ。

  • 没入させられる

  • なんかすき

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著者プロフィール

1909年〈明治42年〉6月19日-1948年〈昭和23年〉6月13日)は、日本の小説家。本名は津島 修治。1930年東京大学仏文科に入学、中退。
自殺未遂や薬物中毒を繰り返しながらも、戦前から戦後にかけて作品を次々に発表した。主な作品に「走れメロス」「お伽草子」「人間失格」がある。没落した華族の女性を主人公にした「斜陽」はベストセラーとなる。典型的な自己破滅型の私小説作家であった。1948年6月13日に愛人であった山崎富栄と玉川上水で入水自殺。

「2022年 『太宰治大活字本シリーズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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