Xへの手紙・私小説論 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101007014

感想・レビュー・書評

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  • 「かたち」が沁みてくる。このひとはこのひとである以上、どうしようもなかつた、そのことに気づかされる時、「かたち」が浮かび上がつてくる。批評とは問題点を取り上げて改善を促す類のものではなく、この「かたち」に辿り着くことだと思ふ。
    「かたち」を物語として書いたところにも彼の姿が映つてゐるが、彼が生き響いた対象に対して語りかけ、そのぎりぎりの境界に辿り着くまでには、一体どれほどの存在が通り過ぎていつたのか。
    Xへの手紙はそんな彼の歩いた道のひとつの里程標だと思ふ。Xと名づけられた未知の存在。生まれたての物書き。ただひたすらに書いていくことを望んだ新人。表現するとは自分であること以上のことは何もできないと知つてしまつた小林からの限りない哀惜と、それゆえに新たな表現を見出せる可能性を背負つた存在。
    彼はいくつもの手紙をかうして書いては誰に宛てるでもなく、しまつていたのかもしれない。
    ひとがそれ以上何にもなれないといふことを知ることは、ひとの生命、人生をみることに他ならない。意匠とでもいふものか。それに触れる時、ひとはさういふものでしかないと思い知らされると同時に、さういふひとしか生きてこなかつたといふ明滅が目の前に拡がる。その明滅はミクロで見れば不連続なものかもしれないが、いくつもの明滅が重なりマクロで見ていけばひとつの線となる。直線は定義上始点も終点も存在しない。これまで存在しなかつたといふことも、今後存在しないといふこともない。「在る」とはそんな風にできてゐる。

  • 再読。小林秀雄という批評家に付き纏う難解さのイメージは、彼が批評の対象にしてきたものの多くが戦前から戦後までの、高度経済成長によって喪われてきた文化であることが原因ではないだろうか。後期に行く程に文体が洗練され、明晰さが発揮されていく内容は時に驚く程言葉が透明に感じられていくのだ。本文でも批評家と詩人は言葉それ自体を扱うものとして同一であるとの旨があるのも理解できる。そして30当時の己の人生観について、直感と情熱を持って練り上げた「Xへの手紙」が持つ確信さには、完膚無きまでに言葉に殺されてしまったのだ。

  • 前半に小説、後半に批評や論文が収録されている。
    難解だし、長いし、さっぱり何がいいたいのか分からない文章ばかりで
    ほとんど飛ばし読みをした。
    まれに数行ほど面白い文があるけれど、やはりその前後が理解不能なので
    読み続けるのが苦痛でたまらなかった。

  • 面白かった。特に中原中也との関係について興味があるからこその面白みもある。(Xへの手紙)
    文章は堅い。けれど本質を伝えたい、という意思が汲めるほど言葉は真っ直ぐだ。
    骨があって肉がある文章である。
    あくまで考えを読み取るもので、小説の面白みではない。

  • 112

  • こっちは確か読んだ筈だがなあ。どうだったかなあ。まあ要再読。

  • 初期の小林秀雄の創作には面食らいますが、面白いです。『新人Xへ』にある、「始末に悪いのは自意識の過剰どころか自意識そのものだ」という言葉は胸に刻むべきだなあ、と。

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