人間の建設 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 187
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101007083

作品紹介・あらすじ

有り体にいえば雑談である。しかし並の雑談ではない。文系的頭脳の歴史的天才と理系的頭脳の歴史的天才による雑談である。学問、芸術、酒、現代数学、アインシュタイン、俳句、素読、本居宣長、ドストエフスキー、ゴッホ、非ユークリッド幾何学、三角関数、プラトン、理性…主題は激しく転回する。そして、その全ての言葉は示唆と普遍性に富む。日本史上最も知的な雑談といえるだろう。

感想・レビュー・書評

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  • こうしたひとたちが、同じ場所で同じ時間を共有するということはおもしろいようで、実はさびしいものである。何かが変わることはなく、ふたりという人間がひとりひとりであるということが否応なくわかってしまう。けれど、だからこそ、このひとでしかない、そういうことに気づかされる。小林は小林でしかなく、岡は岡でしかない。このことがなんとさびしく、また豊かなものであることか。
    新潮社は、いくらなんでも解説・註釈をつけすぎである。わからないということがどうしてそんなにもいけないことか。平易で簡単であることがどうしてそんなにも大切なのか。ふたりの対話の冒頭部分のことをまるで踏まえていない。専門用語なんて問題は別にどうてもいいはずである。読んでいて註釈記号が多くてなんだかうっとうしい。
    小林という人間が、書くことにおいても話すことにおいても変わらないということのは、ああやっぱりそうか、とそんな気がする。むしろそうでなければ小林ではない。あんな風にものをみて考えられるというのはやっぱり彼しかいない。確かに池田某は彼を心より愛し、尊敬し、そのことばが書き物の中に生きているが、やっぱり彼ではない。どんなに真似をしたり、同じものを呼んだとしても、彼のように考えることはできない。しかし、彼のことばがわかる。彼の心が見えて透ける。実に不思議なものだ。それゆえに、彼のことばを求めてやまない。
    岡という人物は少しラディカルなひとであるように感じられた。革新的であるというよりかは沸点に至るまでがものすごく速い。沸点は決して低いということはない。むしろ高いひとだと思うが、指数関数のように、急激に一気にある一点へ達するひとだ。そこにはやはり、この島国で生きてきた、ただそれだけが彼を突き動かしている。どうしてそんなに愛してやまないのか、ぜひとも聞いてみたいところである。
    お互いがわかりあうことも、培ってきた経験も分かち合うことはできないが、それを承知の上で、互いに感じたこと・思ったこと・考えたことを投げかけあい、応えていく。同じ考えにたどり着くことはない。だけど、どういうわけかふたりが反発することはない。それにはやはりどこかで通底している何かがあるからだ。つなぎとめる何者かが横たわっているからだ。対話というものは、そういうものをどうしたって感じさせずにはいられない、力がある。

  • 対局と思われる分野の二人の知のぶつかり合いに圧倒された。
    全体のうちで理解できたのはわずか。それも二人が考えていたこととは別の意味かもしれない。これほどまでに、次の文章が想像できない本は初めて。いつかこの対談の真意がつかめるのであろうか?
    何回も読み返してみたい作品。その度に理解の度合いが違うのだろう。

  • 批評家と数学者の、異業種の対談だが根底に抱えている思想は似ているんだろうと思う。なので全体を通して、意見の違いはあっても流れが同じ向きで、読んでいて気持ちが良い。

    その思想と言うのは、理性ではなく情緒や共感が支配しているはずだということ。
    ”方程式の上では1つの矛盾も無いが、感情的には矛盾する。それに反駁する理論が無い。”
    ”科学が何を語り、何を語っていないかを知る”

    ”人は自然を科学するやり方を覚えたのだから、その方法によってはじめに人間の心をもっと研究しなければならなかった。〜人間とは何か、自分とは何か、人の心の一番根底はこれである、というところから考え直していく。しかし、大きな問題が決して見えないというのが人間の現状だ。物理で言えば、物理的公理が哲学的公理に変わったことにも気づかない。”

    偉大な数学者でも、理性が全てをまかなうことはでき無いが、愛情は理性を持つことができる、と唱えていた。今の時代は、愛情を「共感することにより生まれるもの」「直感的に把握するもの」として、それを出発点にWEBであれ何かを生み出しているんじゃ無いかと思う。

    3年後に読んだら、さらに違う発見がありそうな本。

  • 「情緒」について。
    はじめに情緒あり、と。
    ●時間は情緒に近いのです(岡)
    ●私の世界観は、つまり最初に情緒ができるということです(岡)

  • 20170520
    素晴らしい。一文字も漏らさずに何度も読み返したい珠玉の対話。叡智とか教養とか、そういうものだろうか。直感を文章で紡ぐことが、知でも意でもなく、情に訴えかける「伝えたい」という情熱の確かな発露であるのだと、思い至る。小我を生きるより、大義を探し求め、世のために生きよ。先達にそう背中を押されることは望外の喜び。色々なことが一気に開けたような爽快感にしみじみと浸る。

    ーよい批評家であるためには、詩人でなければならない

    ー勘というから、どうでもよいと思うのです。勘は知力ですからね。それが働かないと、一切がはじまらぬ。それを表現なさるために苦労されるのでしょう。勘でさぐりあてたものを主観のなかで書いていくうちに、内容が流れる。それだけが文章であるはずなんです。

    ーローマ時代は明らかに暗黒時代であって、あのときの思想は功利主義だったと思います。人は政治を重んじ、軍事を重んじ、土木工事を求める。そういうものしか認めない。現在もそういう時代になってきています。

    ー文章を書くことなしには、思索を進めることはできません。書くから自分にもわかる。

    ー人には知情意と感覚がありますけれども、感覚はしばらく省いておいて、心が納得するためには、情が承知しなければなりませんね。だから、その意味で、知とか意とかがどう主張したって、その主張に折れたって、情が同情しなかったら、人はほんとうにそうだとは思えませんね。(中略)人というものはまったくわからぬ存在だと思いますが、ともかく知性や意志は、感情を説得する力がない。ところが、人間というものは感情が納得しなければ、ほんとうには納得しないという存在らしいのです。

    ー釈尊は諸法無我と言いました。科学は無我である、我をもっているものではないということを教え込まないといかんわけです。(中略)人の知情意し行為することから、そういう生活感情を抜くというのが科学的なことなのですが、科学することを知らないものに科学の知識を教えると、ひどいことになるのですね。主張のない科学に勝手な主張を入れる。ほんとうにそうです。人には野蛮な一面がまじっているのです。

    ー問題を出すということが一番大事なことだ。うまく出す。問題をうまく出せば即ちそれが答えだ(ベルグソン)

    ー数学は必ず発見の前に一度行き詰まるのです。行き詰まるから発見するのです。(中略)その発見はみな行き詰まったとき開ける、いかにも奇妙な開け方です。西洋人は自我が努力しなければ知力は働かないと思っているが、数学上の発見はそうではない。行き詰まって、意識的努力なんかできなくなってから開けるのです。

    ー確信しない間は複雑で書けない。

    ーわかるということはわからないなと思うことだと思います。

    ー思索は言葉なんです。言語中枢なしに思索ということはできないでしょう。

    ー情が納得して、なるほどそうだとその人自身が動き出さなければ、前頭葉も働かない。

    ー「物質と記憶」(ベルグソン)

    ー欧米人は小我を自分だとしか思えない。いつも無明がはたらいているから、真の無差別智、つまり純粋直感がはたらかない。従ってほんとうに目が見えるということはない。(中略)欧米人の特徴は運動体系にある。いま人類は目を閉じて、からだはむやみに動きまわっているという有様です。いつ谷底へ落ちるかわからない。

    ー「青梅雨」(永井龍男)

    ー愛情を持たずに文化を審議するのは、悪い風潮だと思います。愛情には理性が持てるが、理性には愛情は行使できない。

    ー「饗宴」(プラトン)

    ー人間の脳が新しいものを生み出す創造性のメカニズムの詳細は、未だ明らかにされていない。それでも、創造するプロセスが、「思い出す」ことに近いということは分かってきている。脳の側頭連合野に、さまざまな経験が蓄積される。それを、前頭葉が引き出すことが、「思い出す」ことである。この際、過去に経験したことをそのまま再現するだけならば、通常の意味での「想起」である。その一方で、経験の要素を組み合わせて、新たな脈絡をつなぎ、今までにないかたちで生み出すのが「創造」である。(茂木健一郎)

    ー生きている人間などというものは、どうも仕方のない代物だな。何を考えているのやら、何を言い出すのやら、仕出かすのやら、自分の事にせよ他人事にせよ、解ったためしがあったのか。鑑賞にも観察にも堪えない。其処に行くと死んでしまった人間というのは大したものだ。何故、ああはっきりとしっかりとして来るんだろう。まさに人間の形をしているよ。してみると、生きている人間とは、人間になりつつある一種の動物かな。(小林秀雄)

  • これほど静かでそれでいて厳しさを秘めた対談を読んだのは初めて。天才数学者岡の幅広い関心とその思索を平明で的確な言葉で解読していく小林の聞く力に圧倒される。「今日は飲みますよ」と対談後の宴会も示唆されている。かつて11PMという悪質番組でお互いに面識のない詩人金子光晴とボクサー輪島幸一が対談してお互いの職業を当てるという素晴らしい企画を思い出した。調べたら同時期、さもあらん。現代、こうした寓意と好奇心に満ちた対談が成立しない時代になってはしまいか。

    • kemtarouさん
      岡 潔さんについては、平凡社STANDARD BOOKSから随筆が出ていて、考え方、人となりがわかりますよ。
      岡 潔さんについては、平凡社STANDARD BOOKSから随筆が出ていて、考え方、人となりがわかりますよ。
      2016/12/27
  • 人間の「納得」を度外視するような、純粋な知的構築物としての「学問」というものは成立しえない、とする岡氏の「情緒」論は興味深い。それはいわば、「人間的学問」の条件であり、また「論理の暴走」のような事態へのある種の安全弁でもあるのだろう。

  • 己のものの見方を確立した人同士の対話だと、悪口にはならない。

  • 概念操作能力の極めて高い2人が対話すると、ここまで議論が広く、深くなるのかと強烈に感じさせられた。

    正直言って1回読んだだけではほとんど内容を理解することはできなかったが、現代の学びに非常に訳に立つ本だと思う。

  • 表紙のお二人の表情が、いいなあ。

    雑談である。
    だが並の雑談ではない。
    学問、芸術、酒、現代数学、アインシュタイン、俳句、素読、本居宣長、ドフトエススキー、ゴッホ、非ユークリッド幾何学、三角関数、プラトン、ベルグソン、理性。
    話題はあっちへころころ、こっちへころころ。
    でも根底に流れるものは同じ。
    情緒。

    人の考えを聞くのはおもしろい。もちろん全てに同調できるわけではないけれど、だからこそ自分でものを考える契機となりうる。ぶつかり合うことで火花が散るのだね。

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