吾輩は猫である (新潮文庫)

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レビュー : 303
  • Amazon.co.jp ・本 (624ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010014

感想・レビュー・書評

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  • にゃんこ、しんだかなしい。

  • 長い、長かった。
    これがかの有名な「吾輩は猫である」なのか、と。

    細かく記述を追っていけば、全体としては風刺の効いたユーモラスな文体で、100年後の現代に生きる私でもくすっと笑ってしまう内容がふんだんに盛り込まれていた。
    「吾輩」が初めて銭湯というものに出会った時の感想は、かなり合点がいった。また、坊ばととん子とすん子の3姉妹のやり取りは、今思い出しても思い出し笑いをしてしまうほどである。

    しかし、全体として夏目漱石氏がこの作品を通じて何を言いたいのか、まではたった1回読んだだけでは到底把握できなかった。その点が私にとってこの小説を分量以上に厚く感じさせているものなのかと感じるとともに、またこの作品を面白くしているのかもしれない。

  • 明治37年12月に、高浜虚子のすすめによって書かれた漱石の最初の小説。翌38年1月の「ホトトギス」に掲載されたところ好評を博し、当初第一回のみの短編であったものが、連載されることとなった。
    物語は猫の一人称。中学教師苦沙弥先生の家に住み込んでいる猫の日常のつぶやきを通して、漱石の痛烈な社会批判が繰り広げられる。一見物語としての起伏がなく、論理的になりがちな文章だが、苦沙弥、迷亭、金田といった登場人物たちのキャラクターや、それに対する猫の鋭いつっこみがユーモアたっぷりで笑いを誘う。
    結末は悲しくもあっけないもので、落語のようだと思ったら、それもそのはず、漱石は落語の愛好者だったそうだ。

  • 昨日(12月9日)は夏目漱石の没後95年目に当たる日でした。『吾輩は猫である』はたいそう思ひ出深い作品であります。
    いはゆる児童書以外で、一般の書籍として初めて買つて貰つたのが本書であつたのです。小学六年生でした。
    なぜ『猫』かといふと、当時コーヒーのCMで「吾輩は猫である。うちの主人は寝る前だといふのにコーヒーを飲んでゐる...さうか、カフェイン抜きだから寝る前に飲んでも大丈夫なのか...」といふのがありまして(せりふは正確ではない)、『吾輩は猫である』を読んでみたくなつたからであります。もうすぐ中学生だし、かういふものを読んでも問題あるまい...

    実際に読むと、コーヒーは登場しませんでしたが、予想以上の面白さに夢中になつたものであります。影響を受けすぎて、当時は普段の会話の中に意味も無く「アンドレア、デル、サルト」「大和魂!」「タカヂアスターゼ」などのフレイズを挿入させてゐました。

    本作は元元第一章のみで完結する短篇として発表されました。それが好評だつたので連載が続き、かかる長篇小説の体をなしてゐる、といふのは有名な話。
    したがつてこれといつた物語の筋はございません。映画やアニメでは寒月君と富子の恋愛に重きを置いた演出が多かつたやうな記憶があります。
    また、吾輩は犬であるなどのパロディを数多く生んでゐて、その数は数え切れぬほどであります。ちなみに「我が肺は2コである」の駄洒落を最初に活字にしたのはさだまさしさんらしい。

    で、本書との付き合ひ方としては、別段大文豪の代表作だからといつて畏まる必要は全くありません。たとへば、①猫の目を通して、当時の社会風俗などが分かつて面白い(同時に、昔も今も変らぬ人間の物悲しさも)。②漱石先生の生活ぶりが窺はれて微笑ましい。③苦沙弥先生の家に集ふ迷亭君や寒月君との落語調の会話が愉快だ。といつたところでせうか。
    書名は知つてゐるが、読んだことはないといふ人が多いらしいので、該当の方は是非読むとよろしからう。と勘考する次第であります。

    http://genjigawakusin.blog10.fc2.com/blog-entry-276.html

  • いまいち集中して読めませんでした。
    なんだか文章が散漫な気がするんですよね。私の読解力がないだけなのか?
    吾輩の人間考や登場人物たちの駄目っぷリはたいへんユーモアに溢れていて面白かったですが、ほんと散漫で読み辛い…。

    気が向いたら再読します。

    11.11.09

  • 大きな筋があるわけではなく、苦沙弥先生の家に飼われている猫が、日々起こることを語っていく。気楽に読めばいいんですね。教科書にとりあげられる・誰でも知っている・明治の大文豪・夏目漱石だ!なんて構えずに。

    トチメンボーには笑いました。

  • 猫の目から見た人間の観察録。日露戦争当時の知識層に属する人々の言動が面白く、一気に読める。長編小説というよりも連作社会風刺小説。ただ、エピソードのそれぞれにきちんとオチがある。ラストはすべてのエピソードを締めくくる壮大なオチと考えても良いかもしれない。やや厭世的。明治人の話し方が心地良い。

  • おそらく日本で一番有名な”無名ネコ”の話。

    そういえば読んだことないな、っと思い着手したネコの話。今年は特に意識はしていないのだが漱石を読む機会が多い。
    どんな話かと言えばネコ目線での買い主であるくしゃみ先生を取り巻く人々の様子を描いた物語。
    ネコ目線というのがこの物語のポイント。勿論小説なので完全にネコにはなりきらず、しかし人でもないので登場人物に起こる出来事に巻き込まれることもない。
    この巻き込まれることもない、というのが良い。どうやら頭のいいネコでなかなか世の中の摂理をわかっているのだが、不用意な発言がない。だからそれによって登場人物に袖にされるようなこともない。いるけど、いない扱い。ネコならではのポジションだな。
    そんなことを私に考えさせるぐらいに、はじめ目の1~3章がものすごくおもしろかった。
    元々私はイヌ派なんだけどネコもたまらん、なんて考えてしまったぐらいで、次は「ノラや」を読もうかと考えたぐらいだ。
    とはいえ読み進んでいくうちに、ちょっと長すぎるな、と思い始める。
    はじめの頃はネコのからみが多かったのだけれども、最後の方の章とかは登場人物が一堂に揃い訳のわからぬ話を始める。
    いや訳のわからぬ、はこの小説全体に言えること、この小説には筋という筋はなく、色々な逸話を盛り込んでいる。しかしその逸話のあれこれは、とんちも風刺も効いているのでけしてこちらを退屈させない。漱石の時代なのでてっきり古い内容だろうと思いきや、意外にも現代に通じる部分も多い。
    一カ所引用しよう。


    【「死ぬ事は苦しい、然し死ぬ事が出来なければ猶苦しい。神経衰弱の国民には生きている事が死よりも甚しき苦痛である。従って死を苦にする。死ぬのが厭だから苦にするのではない。どうして死ぬのが一番よかろうと心配するのである。只大抵のものは智慧が足りないから自然のままに放擲して置くうちに、世間がいじめ殺してくれる。然し一と癖あるものは世間からなし崩しにいじめ殺されて満足するものではない。必ずや死に方に付いて種々考究の結果、斬新な名案を呈出するに違いない。だからして世界向後の趨勢には自殺者が増加して、その自殺者が皆独創的な方法を以てこの世を去るに違いない。」】


    これには驚いた。勿論大まじめに出てくる言葉というよりは一種の風刺的なニュアンスで登場する会話だが、この後には、【万年の後には死と言えば自殺より外に存在しないモノのように考えられるようになる」】と、最後には【「自殺も大分研究が積んで立派な科学になる」】とまで言う。
    恐れ入ったというもんだ。
    こちらも当然ながら大まじめに捉えるつもりはないが、作家がよく選ぶ自殺という選択をとらなかった大御所のこんな意見は非常に興味深い。漱石は残された作品から見て、けして自殺という行為から遠い存在ではなかったはずだろうと私は思う。だからこそ、この人とそれを交えて論じたらなかなか興味深いものが出来そうな気がする、なんて思ったりもする。いや、ここでは題材の本とあまりにかけ離れているからしないけどね。
    話を戻すが、引用の部分からも見えるとおり、人間というのは進歩がない。というより未だに日本人というのは西洋文化の流入に中途半端な変化や適応しか出来ていないのかもしれないと私は感じた。
    と、各部分を掘り下げればざくざくよいモノが出土するのは当然なのだが、筋のない小説のコアであるネコが、最後の章にはほっぽられ、言いたいこと言ってのけた感が少し強かったかなと思えた。
    【「芸術が繁盛するのは芸術家と享受者の間に個性の一致があるからだろう。」】と言う部分のくだりは好きだったんだけどね。
    解説にも冗長的と言われていたがその通りだな。
    とはいえ初めての小説だから仕方がない。くさすなんて、おこがましいのはわかっているが、いや気になっちゃってさ。


    漱石のかの有名な鼻毛のくだり、てっきりエピソードなのかと考えていたんだけど小説にもばっちり出てきてるじゃない。
    下品というよりかはひどい内容だよな。
    ま、チャーミングって事で、いや流せない気もする。

  • 漱石の処女作であると共に、一躍その名を高からしめた代表作でもある。苦沙弥先生に飼われる一匹の猫にたくして展開される痛烈な社会批判は、今日なお読者の心に爽快な共感を呼ぶ。(

  • 名作だが、ひとつ気になる場面が。
    家の竹垣で生じる子どもとの"もめごと"の場面がつまらない。
    実体験の話となると小説に描くのは難しいのか。

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著者プロフィール

慶応3(1867)年、現在の新宿区生まれ。明治23(1890)年、帝国大学文科大学英文科に入学。明治28(1895)年から29(1896)年には『坊っちゃん』の舞台となった松山中学校で教鞭を執る。明治33(1900)年9月、イギリス留学出発。明治38(1905)年、『吾輩は猫である』を俳句雑誌「ホトトギス」に連載。明治40(1907)年、朝日新聞社に入社。以降、朝日新聞紙上に『三四郎』『それから』『こころ』などを連載。『明暗』が未完のまま、大正5(1916)年12月9日、胃潰瘍にて永眠。

「2018年 『道草』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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