坊っちゃん (新潮文庫)

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  • 新潮社
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感想 : 892
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010038

感想・レビュー・書評

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  • はい、実は読んだことありませんでした。
    「死ぬまでに読まねばリスト」に着手中。

    ***
    「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」
    子供の時からまっすぐな気性の“坊ちゃん”は、その気性で周りとも衝突することが多いが、唯一の理解者…というか盲目的に可愛がってくれる相手はばあやさんの清。坊ちゃんという名前も清が「坊ちゃん坊ちゃん」と呼んでいるもの。

    さて、坊ちゃんは学校を卒業すると四国の中学校に数学講師として赴任する。
    東京で御家人筋の家柄の坊ちゃんには町も教師たちもつまらん。だからみんなに渾名をつけてやった。
     校長には「狸」、
     気取った教頭には「赤シャツ」、
     顔色が紫でやたらに控えめの英語の教師は「うらなり」、
     悪僧のような風貌の数学教師は「山嵐」、
     赤シャツの腰巾着の画学は「野だいこ」。

    初めての宿直の晩、やってられんと温泉に抜け出した坊ちゃん先生。学校に戻ったら寄宿生徒たちのいたずらの洗礼を受ける。短気な坊ちゃん先生と田舎の生徒たちの噛み合わない遣り取り。
    「おれの床の中にバッタを入れたのは誰だ!!」
    「バッタとはなんぞなもし」
    「バッタとはこれのことだ!!」
    「それはイナゴぞなもし」
    「べらぼうめ!バッタもイナゴも同じようなもんだ!なもしだか菜飯だか知らんが誰が入れたんだ!」
    「なもしと菜飯はちがうぞなもし」
    坊ちゃんは憤る。
    ここの生徒どもいたずらに対して罰を受けるという覚悟ができていないからダメだ、いたずらと罰はセットだ、罰があるから安心して悪さができるんだろう、こんなやつらにだれが負けるか、今日勝てなければ明日勝つ、明日勝てなければ明後日勝つ、明後日勝負がつかなければ勝つまで相手になってやる!

    数日後、赤シャツと野だいこに釣りに誘われた坊ちゃん先生は、「山嵐が生徒たちを扇動し…」とかいう二人のわざとらしい会話にあっさり乗っかり、「おれに仕掛けたのは山嵐か!喧嘩上等!」といきり立つ。

    しかしその翌日の職員室、山嵐は山嵐で「おれが紹介した宿で坊ちゃん先生が無礼を働いた」という讒言を信じて詰め寄ってきた。

    …この二人、気性がまっすぐ…と言っていいのか、とにかく人の話を途中までしか聞かない、他人からの讒言をあっさり信じて直接本人に聞かない、そして思い込みで突っ走る。大丈夫かこの二人。

    さて。宿直の夜の騒動は職員会議の議題になる。
    その会議で山嵐の態度を見た坊ちゃんは、山嵐を見直し(というかお互い讒言を信じただけのコミュニケーション不足)、二人はその後意気投合。

    坊ちゃん先生が唯一敬意を払っているのは青白い顔のうらなり先生。なんか聖人君子という感じじゃないか。
    しかしうらなりの婚約者も同然だった”マドンナ”を赤シャツが狙うというややこしい人間関係が繰り広げられていた。
    赤シャツは策を弄してうらなりを度田舎の学校に追いやる。

    ある日坊ちゃんたちの学校の生徒と、師範学校生ととの間に大規模な喧嘩が勃発し、坊ちゃん先生と山嵐が首謀者と見做されてしまう。
    憤った坊ちゃん先生と山嵐は、赤シャツと野だいこの芸者遊びの現場を捕え、二人に鉄拳制裁!!!を加えると、辞表を叩き付けて東京に戻ってやったぜ。

    …あれ?先生生活1か月?気が短いとかいう問題か(笑)

    ともあれ東京に戻った坊ちゃんは、清を引き取り鉄道工場の技師ついて働きましたとさ。

    ***

    有名な作品のため粗筋は知っていたし、なんかアニメで見たような覚えはあるんだが、この作品は夏目漱石の文章で読んでこそだろう。
    「焦慮ている」「愚迂多良童子を極め込む」など独特な言い回し、坊ちゃん先生と生徒たちのイナゴバッタ菜飯論争などかなり笑える。

    坊ちゃんは「策略は苦手、風流も苦手、口が回らないこともないが喧嘩の時に取っておいている」というが、彼の独白はなかなか軽妙で洒落が効いている。
    釣りに行った時のつまらなさを「沖へ行って肥料を釣ったり、ゴルキが露西亜の文学者だったり、馴染みの芸者が松の木の下に立ったり、古池へ蛙が飛び込んだりするのが精神的娯楽なら…」とか、
    怠けている様子を「愚迂多良童子を極め込んで~」など、
    悪口にしてもかなり頭が回るではないか。

    しかしこの小説は坊ちゃん先生の一人称なのだが、最初から最後までヤられる前にヤッたるぜ!のテンションなので、「直接相手の話を最後まで聞け!」と何度思ったことか。
    そんな坊ちゃんを心配した清が手紙で「そんなことをしたら人に恨まれる元になる。気を付けて酷い目にあわないようにしろ」と書いてきたが全くである。

    さらに坊ちゃんと山嵐は、それぞれ真っ直ぐな気性で、職場の学校での事なかれ主義や、大人のいじめ、長いものに巻かれろ精神に対抗しようとするが、真っ直ぐ過ぎて結局跳ね返されてしまっている。
    坊っちゃん先生が嫌っている赤シャツや野だいこからも「あの坊っちゃん先生はカワイイもんだ」と言われていて、ようするに与し易い相手と思われているのだ。
    この小説が妙に現実的と言うか、世間とはなんともどうにもしようもないところ。

    そして小説のラストは清の消息で閉じる。死ぬ間際の清が坊ちゃんに、坊ちゃんの家のお墓に入れてもらい、お墓の中で坊ちゃんを待ちたいといたいと願う。
    「だから清の墓は小日向の養源寺にある」
    このなんともぶっきらぼうな報告口調で幕を閉じるのだが、このぶっきらぼうさが坊ちゃんの“情”だろう。

  • 遠野遥『改良』『破局』→夏目漱石→『坊ちゃん』のルート。
    逆から攻めてみた。2021年積読本消化8冊目。
    『破局』の主人公は意外と坊ちゃんしていた。破局しちゃったけど…。

    夏目漱石って…文豪の中でもあまりパッとしなくって(なんて失礼な…)いまいち読む気が起らなかった。遠野遥の作品を読まなかったら、たぶん夏目漱石の本はずっと積まれたままだったと思う。

    よく分からない部分があったけど、とりあえず最後まで読み切ることが出来て達成感があった。文豪ってすごいな…。いつの世でも通じるようなことがサラッと書かれていて面白かった。この調子で積んでる『こころ』も読んでみよう!

    結局、昔から「察しろ」「空気を読め」というお国柄なんだな…とあらためて思った。『「俺は聞いてない!」と怒り出す人たち』と並行して読んで、共通点があったのでよかった。(『日本史快刀乱麻』も参考になった)

    「履歴なんか構うもんですか、履歴より義理が大切です」「そりゃ御尤――君の云うところは一々御尤だが、わたしの云うことも少しは察して下さい。」(168ページ)

    坊ちゃんが清を想い手紙を書こうとするシーンが、とても懐かしかった。
    “こうして遠くへ来てまで、清の身の上を案じてやりさえせれば、おれの真心は清に通じるに違ない。”(148ページ)
    亡くなった祖父母を思い出した。じーちゃんばぁちゃんっ子には沁みる話だと思った。

    【本つながり】『破局』『改良』『日本史快刀乱麻』

  • 世の中の理不尽なことに屈せずに自分を貫く無鉄砲で真っ直ぐな坊っちゃん。

    あだ名付けや田舎を馬鹿にする所など、ユーモラスに描かれていてクスッと笑ってしまう箇所が所々ありました。

    夏目漱石は高校時代授業で扱った「こゝろ」の印象が強かったけれど、こんなユーモアのある人だったなんて、印象変わりました。



    【追記】
    読んだ後に、中田敦彦のYouTube大学で坊っちゃんの解説動画を視聴しました。

    あっちゃんの解説によると、夏目漱石は江戸の終わり、明治時代の初めから終わりを生きた人だった。

    「坊っちゃん」はまさに、江戸→明治を描いた、明治維新の象徴のような作品だったのです。

    「坊っちゃん(江戸)・山嵐(会津)/ラストサムライ」VS「赤シャツ/新時代エリート」という構図です。

    そして、江戸時代の武士の美学が、「敵討ち」です。坊っちゃんは曲がったことを許さず、赤シャツへ天誅を加えました。

    しかし、山嵐と松山を去るという結果は、赤シャツに勝ったようで、実は負けてしまっている。権力に屈したということだ。これは、江戸→明治という時代の変わり目に散っていった敗者の美学だ。という解釈はなるほど時代の背景が分かるとより面白いなぁと思いました。

  • 朝日新聞の天声人語で人物のセリフを引用間違いしたとする謝罪含みの天声人語という珍しいものを最近読んで興味を持ちました。恥ずかしながら漱石でこれは、昔国語の時間に一部を読んだ記憶があったものの全編を読んだことはありませんでした。引用本当に間違ってました。天声人語を書くような日本語の識者でも読み間違えってあるんですね。

    とにかくおっかしいですね。

    笑えます。久しぶりにこれだけ笑える小説を読んだ気がします。思えば小説ではあまり笑ったことがなかった。

    あと思ったのが、この坊っちゃんがアスペルガー症候群と言えるという点です。専門家ではありませんが、かなり自信あります。

    例えば
    ・物事の裏や含みが理解できない
    ・物事や人を白黒で判断しグレーを認めない
    ・差別的で独断で決めつけが多い
    ・弁は立つが、実は言葉を完全に理解して使っているわけではない
    ・癇癪持ち
    ・超頑固
    ・空気が読めないので時に大胆な行動に出る

    他にも周りの状況として
    ・使用人清は真っ直ぐな性格とほめるが、父親からはろくなものにならんと異常に嫌われている
    ・ほかの教師や生徒に嫌われたりたりからかわれる

    などアスペルガーという症状だったとしたらあり得るけど、ちょっと普通では考えられないような部分が多いです。自己認知として知恵がないなどはわかっていたりするので、アスペルガーとも言い切れないのですが、生い立ちとして環境でこうなったというよりは、生まれながらの先天的部分に坊っちゃんが坊っちゃんたるゆえんがあるようなので、アスペルガーかと思いました。アスペルガー的という言葉があるなら、間違いなく当てはまります。

    しかし漱石はこのことを良しとしています。寛容しています。いやもっというと羨望のまなざしすら感じます。

    この坊っちゃんの正直さと純粋さはバカの裏返しです。おそらくバカ正直という言葉がぴったり当てはまるかと思います。つまりバカなんです。しかしこのバカを漱石はとてもうらやましく、尊いと感じていたのです。しかし世の中ではやはり坊っちゃんは負け組になったといえるような終わり方です。もちろん当人はまったく気にしていませんしむしろ清の元へ帰れてうれしかったでしょうが。ここにうらやましく思いつつ、侮蔑も含まれているような印象を持ちましたし、侮蔑とまではいかずとも、世の中ではそういったものは受け入れられないという悲しみのようなものも感じました。
    しかし漱石はそのバカを良しとして、寛容いやむしろ尊敬していたのです。

    おそらく漱石の世間への皮肉と自己への嫌悪がこの作品の裏にあるように思います。
    一般人は坊っちゃん的ではなく、確実に赤シャツや狸、野だやうらなり君のような人物なのです。そして漱石自身は赤シャツやうらなり君に当てはまるのではないでしょうか(漱石の伝え聞く人物像によると)。間違いなくいえることは、こころなどを書いた漱石が坊っちゃん的な人物の要素はまったくなかったということです。
    まとめると、坊っちゃんに対しての羨望と侮蔑、世間と自己への嫌悪を、落語のようなテンポの良さで皮肉たっぷりに面白おかしく書いた作品と言えるかと思います。
    それにしても坊っちゃんの使用人だった清へのツンデレな愛情はとても美しいです。24の若者がばばあへあそこまで愛情を寄せるその純粋さは美しいとしか表現できません。やはり坊っちゃんのような性格への憧れが強かったんですかね漱石先生は。

    例えばアスペルガーという症状の人がいたとして、社会に受け入れるだけの寛容さは間違いなくありません。相当生きづらいでしょう。おそらく多くの人が坊っちゃんを読んでもハナカラ主人公が理解できないまたは、正義の味方として関心したり、ただの差別的なバカとかのーたりん、のように感じてバカにするだけで終わってしまうような気がしないでもないです。
    坊っちゃんというタイトルが示す通り、漱石の意図としてはそのどちらでもないと思いますが、現代ではもはや解説なしにはそれこそ、表面的な部分をとらえて終わってしまいそうな気がします。まあ読む人の判断が全てなんで別にそれはそれでいいのですが、あまりにもそういう人が多くなってしまうと、メッセージが伝わらない世の中になってしまうという気もしますし、なにより寛容の精神という日本の美徳が消え失せそうで怖いです。


    もっとも読みやすいながら、漱石の天賦の才をもっとも強く感じる作品でしたので夏目漱石の入り口と出口としてはベストだと思います。

  • いつも同じことを言ってますが、昔の小説ってどうにも読むまでに気合いというか“読むぞ”って意気込みみたいなもんが要るんですけど、いざ読み始めると、とても読み心地が良いです。

    特に漱石先生は、未だにいろんな人に読み継がれているだけあって、その心地良さがとても顕著で、文章に不自然な部分がなく、スルスルと頭に入ってくる感じがして気持ち良いです。

    とは言ってみたものの、漱石先生の作品は“こころ”くらいしか読んだことなかったので(本棚には何作品か差さっているのだけれども、、)今回なんとなく“坊ちゃん”を読んでみました。

    この“坊ちゃん”、ストーリーはもの凄くシンプルで、東京育ちの主人公が学校を卒業してから、松山の中学校に数学の教師として赴任したのだけれど、、、ってだけの話なのに、こんなにも面白いのは、やっぱり登場人物のキャラ立ちの良さなのかなぁ、、と勝手に思ったりします。

    冒頭の「親譲りの無鉄砲で子供のときから損ばかりしている。」って文に全てが集約されているよね、、とか、したり顔で言いたくなるような、主人公のキャラ。
    良く言えば正直で真っ直ぐ、悪く言えば空気の読めない主人公、、、(多分名前は出てきてない?)そりゃあんたの言っていることは正しいよ、正しいけどさぁ、、って場面が物語の最初から最後まで貫かれていて、主人公の心の声というか独白のシーンでさえ、独りよがりで共感できないのに、なぜか憎めない、この絶妙なラインのキャラ設定が出来てしまうのが漱石先生の漱石先生たる所以なのだ!と勝手に納得してみたり、、。

    劇中に主人公が、街中で団子やら天ぷらソバやらを食べたら、次の日に黒板に団子やら天ぷら先生やら書かれて、生徒にからかわれる、みたいなシーンがあるのですが、こんな昔(時代設定は恐らく本書発行当初の1906年(明治39年)?)から、生徒が教師をからかう文化があったのか、と思うとなんだかドス黒い気持ちになりました。

    あと、昔の小説なだけあって分からないところが結構あって、巻末の脚注のページにポストイットを貼って、行ったり来たりしながら読んでいたのですが、“赤シャツ”の策略だったり、主人公に起こったいろいろなことは、結局は彼の被害妄想だったのか、それとも実際に主人公が“正直者”だからこそ、引き起こしてしまったトラブルなのか、、その辺が気になるところです。

    それにしても主人公の田舎のディスりかたが凄かった。
    でもそれすらも、「上手くいかないことを田舎のせいにして自分を守っている小せぇ器の主人公」ってニュアンスを遠回しに表現することが狙いなのだとしたら、やっぱり漱石先生凄いなぁとか思ってしまいます。

  • 何度も読んで、毎回最後まで見きれず挫折していた「坊ちゃん」。

    どうしても坊ちゃんのイライラについていけず…。
    田舎をバカにする態度も、いろんな人に対する
    傲慢な態度にも辟易してしまって、どうしても最後まで
    読み切ることができなく、パタリと本を閉じる…。

    その繰り返しだったけど、今度こそ!
    と絶対に読むと決めて挑んだ何度目かの坊ちゃん。
    やっと最後まで読むことができた。

    やっぱり今回も何度も閉じたくなりつつ[´ー`;]
    でもでも最後まで読んでほんとによかった。
    私にとっては、よく「坊ちゃん」について聞く批評とは
    感じることがまるで違うというか、勧善懲悪でも
    胸のすく話でもなく、不条理で憤懣やるかたない
    切ない話という全体の印象だった。

    山嵐とうらなりさん以外はいい人に感じられない。
    清は現実度外視で坊ちゃんだけを溺愛し、
    坊ちゃんと同じく「田舎の人」への偏見にも
    満ちていたりもするので、褒められた人とは感じないけど
    その愛情は揺らぐことなくあたたかく愛おしい。

    坊ちゃんは気性は真っ直ぐだけど、とにかく怒りっぽく
    1つの角度でしか物事を考えたり捉えたりすることしかできない
    欠点はあるけど、間違ったことにはちゃんとすぐ詫びることもできる
    ただ頑固な人ではなく、まだ日本が今の日本とはまったく別の国
    とも言えるほどの倫理観だったので、いろいろな道理の祖語は
    仕方ないこともあるんだと思うので、最後まで読み通すと
    坊ちゃんの勝手さに振り回されることだけでなく
    とても魅力的な小説であることに気づくことができた。

    明治39年に書かれた作品なので、その当時の日本の背景や
    暮らしぶりもとても興味深く、なによりいい人は少ないけど[笑]
    1人1人の人物が生きた人として心にくっきりと残る。
    道後温泉や坊ちゃんの愛した団子、天麩羅蕎麦。
    今度旅行する時はゆっくりと坊ちゃんの足跡も感じながら
    楽しい文学散歩ができるかなぁと思うとわくわくした。

    中盤からは特に一気に物語を読ませる熱量を感じて
    村上春樹さんを読んだ時と同じく、これが天才なのか…と
    難しいことや仔細について考えていくまでもなく
    いかに魅力的な文筆家であるかを感じて感動した。
    他の作品はもちろん、夏目漱石という人にとても魅力を感じて
    いろんな資料を読みたいなと思った。

    あたたかい古き日本を愛し、近代に絶望を見た夏目漱石の
    人となりを知りたいと思えた素晴らしい作品でした。

    • kuroayameさん
      松山にいとこがいるので、北海道に住んでいた頃から何度か訪ねているのですが、坊ちゃんはこれまで二度ほど読んだ本で、道後温泉、松山城などに足を運...
      松山にいとこがいるので、北海道に住んでいた頃から何度か訪ねているのですが、坊ちゃんはこれまで二度ほど読んだ本で、道後温泉、松山城などに足を運ぶたびに坊ちゃんの光景と重ねることができ、わくわくしちゃいます(^з^)-☆。
      坊ちゃん団子を初めて食べた時には嬉しくてたまりませんでした( ´ ▽ ` )ノ。
      2013/03/10
    • 山本 あやさん
      [♥óܫò]∠♡えぬちゃん

      本の中の景色を知ってたりすると
      ますますうれしくて愛着がわくよねー[*Ü*]
      本で読んだ場所に後から行くのもす...
      [♥óܫò]∠♡えぬちゃん

      本の中の景色を知ってたりすると
      ますますうれしくて愛着がわくよねー[*Ü*]
      本で読んだ場所に後から行くのもすごい楽しいし
      いろんな楽しみを本って増やしてくれるよねー♡

      私も早く道後温泉を見に行きたいなぁ~☆
      何日も滞在できるんだったら、現地で
      その空気と景色を前に坊ちゃんを読みたいねー♪
      2013/03/13
  • まさか今更?の初読。
    私自身衝動的に動く傾向が強く周囲を驚かせることも多い人間ですが、直情径行の見本のような主人公の坊っちゃんの行動にはそんな私も「もうちょっと考えてからにしたらいいのに…」と思いながら読み、思いがけず己を顧みる読書となりました←超個人的な感想です^^;
    流れるような、ほとばしるような文体が心地よく、坊っちゃんのつく悪態のキレのよさにしびれます。何度も声に出して笑ったほどの面白さでした。「議論のいい人が善人とはきまらない。遣り込められる人が悪人とは限らない」(125ページ)など、スパッと言い切る至言も気持ちいい。なにしろ言葉の響きがいいんだなぁ。漱石の小説を読むと日本語の美しさを改めて感じます。
    69ページに出てくる「単純や真率が笑われる世の中じゃ仕様がない。清はこんなときに決して笑った事はない。大に感心して聞いたもんだ。清の方が赤シャツより余っ程上等だ。」という一節も好きです。この、婆やの「清」と坊っちゃんの関係の温かさがとてもいい。時々優しく坊っちゃんを諌めながらも、無条件に坊っちゃんを認める清と、何かにつけて清を思う坊っちゃん。2人のやりとりには温かい涙が出ます。
    結局勝ったのか負けたのか分からない。山嵐とも東京に着いて別れたきり。東京に戻ってからは先生とは全く違う職に就く。坊っちゃんにとって四国の学校での出来事はいったい何だったのか…と思わずにはいられませんが、清の話で締めくくられる物語の終わり方に救われます。
    文句なしに面白かったです。

  • 破天荒で自分に正直、だけど荒くれ者とは言い過ぎな粗野な青年教師のお話。
    自分の感情に正直に生きて、何も解決せずに、ただ終わる。坊っちゃんが自分に正直に日々生きている、ただそれだけの話。清々しい。

  • 来週四国へ旅行に行くので、せっかくならと思い読了。
    ずいぶん前に買ったはいいものの敬遠して積読になってたものが消化された達成感は一入だ。

    江戸で生まれ育ち、曲がったことを許さない性格。それがこの小説の主人公、坊っちゃん。
    なんとなく、もっと柔らかな話なのかなとイメージしていただけにこんなに諍いが起こる話なのかと驚いた。

    物語は田舎(四国おそらく愛媛)へ赴任した主人公である新米教師が社会の意地汚さに触れて抗いながら進んでいく。

    主人公は最初、純粋であるからなんでも鵜呑みに信じてしまうが、悪に触れるにつれ不快感が高まっていく。
    この描写は私自身が社会に触れるにつれ、感じた不快感と似ていた。

    口では上手いこといいながら、裏では現金配ったりして得票数を稼いでいる政治家がいい例だ。赤シャツのような存在は世間にごまんといるのだろう。自身の体験とも結びつかせて、ここまで落とし込んだ漱石は凄い。


    純粋に自分の正義を信じられるような坊っちゃんに私もなりたい。

  • とりあえず名作からと思っていたところ、短い作品であったため読んでみました。

    江戸っ子である坊ちゃんを中心にした物語。
    坊ちゃんというくらいだから、わんぱく坊主の話だろうくらいに思っていたが、全く違う話だった。

    ストーリーは至ってシンプルで東京で育った主人公が大学卒業後、田舎の学校に教師として赴任し、......というもの。
    何も特別な要素はないのにこれだけ読み継がれているのは、話の爽快さや登場人物のキャラが立っているところが理由なのだろうか。

    主人公の坊ちゃんは登場人物全てにあだ名を付けるのだが、それがどれも秀逸で印象深い。


    ただ、純文学としては話も爽快で非常に読みやすいのだろうが、普段読書をしない身からすると読むのがしんどい気持ちもあったとだけ言っておこう、、、

    • 読書太郎さん
      わんぱく坊主の話だろうっていうのは
      甘く見過ぎですwww
      わんぱく坊主の話だろうっていうのは
      甘く見過ぎですwww
      2020/05/16
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著者プロフィール

夏目漱石(なつめ そうせき)
1867年2月9日 - 1916年12月9日
江戸・牛込馬場下(新宿区)生まれの小説家、評論家。本名は「夏目金之助」(なつめ きんのすけ)。1890年、帝国大学文科大学英文科に入学。1895~96年には『坊っちゃん』の舞台となった松山中学校で教鞭を執る。1900年、イギリスに留学。1905年、『吾輩は猫である』を俳句雑誌「ホトトギス」に連載し始め、作家活動を本格的に開始。1907年、朝日新聞社に入社。以降、朝日新聞紙上に『三四郎』『それから』『こころ』などの代表作を連載。日本の文学史に多大な影響を与えており、作品は多くの人に親しまれている。学校教科書でも多数作品が採用されている。

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