坊っちゃん (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010038

感想・レビュー・書評

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  • はい、実は読んだことありませんでした。
    「死ぬまでに読まねばリスト」に着手中。

    ***
    「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」
    子供の時からまっすぐな気性の“坊ちゃん”は、その気性で周りとも衝突することが多いが、唯一の理解者…というか盲目的に可愛がってくれる相手はばあやさんの清。坊ちゃんという名前も清が「坊ちゃん坊ちゃん」と呼んでいるもの。

    さて、坊ちゃんは学校を卒業すると四国の中学校に数学講師として赴任する。
    東京で御家人筋の家柄の坊ちゃんには町も教師たちもつまらん。だからみんなに渾名をつけてやった。
     校長には「狸」、
     気取った教頭には「赤シャツ」、
     顔色が紫でやたらに控えめの英語の教師は「うらなり」、
     悪僧のような風貌の数学教師は「山嵐」、
     赤シャツの腰巾着の画学は「野だいこ」。

    初めての宿直の晩、やってられんと温泉に抜け出した坊ちゃん先生。学校に戻ったら寄宿生徒たちのいたずらの洗礼を受ける。短気な坊ちゃん先生と田舎の生徒たちの噛み合わない遣り取り。
    「おれの床の中にバッタを入れたのは誰だ!!」
    「バッタとはなんぞなもし」
    「バッタとはこれのことだ!!」
    「それはイナゴぞなもし」
    「べらぼうめ!バッタもイナゴも同じようなもんだ!なもしだか菜飯だか知らんが誰が入れたんだ!」
    「なもしと菜飯はちがうぞなもし」
    坊ちゃんは憤る。
    ここの生徒どもいたずらに対して罰を受けるという覚悟ができていないからダメだ、いたずらと罰はセットだ、罰があるから安心して悪さができるんだろう、こんなやつらにだれが負けるか、今日勝てなければ明日勝つ、明日勝てなければ明後日勝つ、明後日勝負がつかなければ勝つまで相手になってやる!

    数日後、赤シャツと野だいこに釣りに誘われた坊ちゃん先生は、「山嵐が生徒たちを扇動し…」とかいう二人のわざとらしい会話にあっさり乗っかり、「おれに仕掛けたのは山嵐か!喧嘩上等!」といきり立つ。

    しかしその翌日の職員室、山嵐は山嵐で「おれが紹介した宿で坊ちゃん先生が無礼を働いた」という讒言を信じて詰め寄ってきた。

    …この二人、気性がまっすぐ…と言っていいのか、とにかく人の話を途中までしか聞かない、他人からの讒言をあっさり信じて直接本人に聞かない、そして思い込みで突っ走る。大丈夫かこの二人。

    さて。宿直の夜の騒動は職員会議の議題になる。
    その会議で山嵐の態度を見た坊ちゃんは、山嵐を見直し(というかお互い讒言を信じただけのコミュニケーション不足)、二人はその後意気投合。

    坊ちゃん先生が唯一敬意を払っているのは青白い顔のうらなり先生。なんか聖人君子という感じじゃないか。
    しかしうらなりの婚約者も同然だった”マドンナ”を赤シャツが狙うというややこしい人間関係が繰り広げられていた。
    赤シャツは策を弄してうらなりを度田舎の学校に追いやる。

    ある日坊ちゃんたちの学校の生徒と、師範学校生ととの間に大規模な喧嘩が勃発し、坊ちゃん先生と山嵐が首謀者と見做されてしまう。
    憤った坊ちゃん先生と山嵐は、赤シャツと野だいこの芸者遊びの現場を捕え、二人に鉄拳制裁!!!を加えると、辞表を叩き付けて東京に戻ってやったぜ。

    …あれ?先生生活1か月?気が短いとかいう問題か(笑)

    ともあれ東京に戻った坊ちゃんは、清を引き取り鉄道工場の技師ついて働きましたとさ。

    ***

    有名な作品のため粗筋は知っていたし、なんかアニメで見たような覚えはあるんだが、この作品は夏目漱石の文章で読んでこそだろう。
    「焦慮ている」「愚迂多良童子を極め込む」など独特な言い回し、坊ちゃん先生と生徒たちのイナゴバッタ菜飯論争などかなり笑える。

    坊ちゃんは「策略は苦手、風流も苦手、口が回らないこともないが喧嘩の時に取っておいている」というが、彼の独白はなかなか軽妙で洒落が効いている。
    釣りに行った時のつまらなさを「沖へ行って肥料を釣ったり、ゴルキが露西亜の文学者だったり、馴染みの芸者が松の木の下に立ったり、古池へ蛙が飛び込んだりするのが精神的娯楽なら…」とか、
    怠けている様子を「愚迂多良童子を極め込んで~」など、
    悪口にしてもかなり頭が回るではないか。

    しかしこの小説は坊ちゃん先生の一人称なのだが、最初から最後までヤられる前にヤッたるぜ!のテンションなので、「直接相手の話を最後まで聞け!」と何度思ったことか。
    そんな坊ちゃんを心配した清が手紙で「そんなことをしたら人に恨まれる元になる。気を付けて酷い目にあわないようにしろ」と書いてきたが全くである。

    さらに坊ちゃんと山嵐は、それぞれ真っ直ぐな気性で、職場の学校での事なかれ主義や、大人のいじめ、長いものに巻かれろ精神に対抗しようとするが、真っ直ぐ過ぎて結局跳ね返されてしまっている。
    坊っちゃん先生が嫌っている赤シャツや野だいこからも「あの坊っちゃん先生はカワイイもんだ」と言われていて、ようするに与し易い相手と思われているのだ。
    この小説が妙に現実的と言うか、世間とはなんともどうにもしようもないところ。

    そして小説のラストは清の消息で閉じる。死ぬ間際の清が坊ちゃんに、坊ちゃんの家のお墓に入れてもらい、お墓の中で坊ちゃんを待ちたいといたいと願う。
    「だから清の墓は小日向の養源寺にある」
    このなんともぶっきらぼうな報告口調で幕を閉じるのだが、このぶっきらぼうさが坊ちゃんの“情”だろう。

  • 朝日新聞の天声人語で人物のセリフを引用間違いしたとする謝罪含みの天声人語という珍しいものを最近読んで興味を持ちました。恥ずかしながら漱石でこれは、昔国語の時間に一部を読んだ記憶があったものの全編を読んだことはありませんでした。引用本当に間違ってました。天声人語を書くような日本語の識者でも読み間違えってあるんですね。

    とにかくおっかしいですね。

    笑えます。久しぶりにこれだけ笑える小説を読んだ気がします。思えば小説ではあまり笑ったことがなかった。

    あと思ったのが、この坊っちゃんがアスペルガー症候群と言えるという点です。専門家ではありませんが、かなり自信あります。

    例えば
    ・物事の裏や含みが理解できない
    ・物事や人を白黒で判断しグレーを認めない
    ・差別的で独断で決めつけが多い
    ・弁は立つが、実は言葉を完全に理解して使っているわけではない
    ・癇癪持ち
    ・超頑固
    ・空気が読めないので時に大胆な行動に出る

    他にも周りの状況として
    ・使用人清は真っ直ぐな性格とほめるが、父親からはろくなものにならんと異常に嫌われている
    ・ほかの教師や生徒に嫌われたりたりからかわれる

    などアスペルガーという症状だったとしたらあり得るけど、ちょっと普通では考えられないような部分が多いです。自己認知として知恵がないなどはわかっていたりするので、アスペルガーとも言い切れないのですが、生い立ちとして環境でこうなったというよりは、生まれながらの先天的部分に坊っちゃんが坊っちゃんたるゆえんがあるようなので、アスペルガーかと思いました。アスペルガー的という言葉があるなら、間違いなく当てはまります。

    しかし漱石はこのことを良しとしています。寛容しています。いやもっというと羨望のまなざしすら感じます。

    この坊っちゃんの正直さと純粋さはバカの裏返しです。おそらくバカ正直という言葉がぴったり当てはまるかと思います。つまりバカなんです。しかしこのバカを漱石はとてもうらやましく、尊いと感じていたのです。しかし世の中ではやはり坊っちゃんは負け組になったといえるような終わり方です。もちろん当人はまったく気にしていませんしむしろ清の元へ帰れてうれしかったでしょうが。ここにうらやましく思いつつ、侮蔑も含まれているような印象を持ちましたし、侮蔑とまではいかずとも、世の中ではそういったものは受け入れられないという悲しみのようなものも感じました。
    しかし漱石はそのバカを良しとして、寛容いやむしろ尊敬していたのです。

    おそらく漱石の世間への皮肉と自己への嫌悪がこの作品の裏にあるように思います。
    一般人は坊っちゃん的ではなく、確実に赤シャツや狸、野だやうらなり君のような人物なのです。そして漱石自身は赤シャツやうらなり君に当てはまるのではないでしょうか(漱石の伝え聞く人物像によると)。間違いなくいえることは、こころなどを書いた漱石が坊っちゃん的な人物の要素はまったくなかったということです。
    まとめると、坊っちゃんに対しての羨望と侮蔑、世間と自己への嫌悪を、落語のようなテンポの良さで皮肉たっぷりに面白おかしく書いた作品と言えるかと思います。
    それにしても坊っちゃんの使用人だった清へのツンデレな愛情はとても美しいです。24の若者がばばあへあそこまで愛情を寄せるその純粋さは美しいとしか表現できません。やはり坊っちゃんのような性格への憧れが強かったんですかね漱石先生は。

    例えばアスペルガーという症状の人がいたとして、社会に受け入れるだけの寛容さは間違いなくありません。相当生きづらいでしょう。おそらく多くの人が坊っちゃんを読んでもハナカラ主人公が理解できないまたは、正義の味方として関心したり、ただの差別的なバカとかのーたりん、のように感じてバカにするだけで終わってしまうような気がしないでもないです。
    坊っちゃんというタイトルが示す通り、漱石の意図としてはそのどちらでもないと思いますが、現代ではもはや解説なしにはそれこそ、表面的な部分をとらえて終わってしまいそうな気がします。まあ読む人の判断が全てなんで別にそれはそれでいいのですが、あまりにもそういう人が多くなってしまうと、メッセージが伝わらない世の中になってしまうという気もしますし、なにより寛容の精神という日本の美徳が消え失せそうで怖いです。


    もっとも読みやすいながら、漱石の天賦の才をもっとも強く感じる作品でしたので夏目漱石の入り口と出口としてはベストだと思います。

  • 何度も読んで、毎回最後まで見きれず挫折していた「坊ちゃん」。

    どうしても坊ちゃんのイライラについていけず…。
    田舎をバカにする態度も、いろんな人に対する
    傲慢な態度にも辟易してしまって、どうしても最後まで
    読み切ることができなく、パタリと本を閉じる…。

    その繰り返しだったけど、今度こそ!
    と絶対に読むと決めて挑んだ何度目かの坊ちゃん。
    やっと最後まで読むことができた。

    やっぱり今回も何度も閉じたくなりつつ[´ー`;]
    でもでも最後まで読んでほんとによかった。
    私にとっては、よく「坊ちゃん」について聞く批評とは
    感じることがまるで違うというか、勧善懲悪でも
    胸のすく話でもなく、不条理で憤懣やるかたない
    切ない話という全体の印象だった。

    山嵐とうらなりさん以外はいい人に感じられない。
    清は現実度外視で坊ちゃんだけを溺愛し、
    坊ちゃんと同じく「田舎の人」への偏見にも
    満ちていたりもするので、褒められた人とは感じないけど
    その愛情は揺らぐことなくあたたかく愛おしい。

    坊ちゃんは気性は真っ直ぐだけど、とにかく怒りっぽく
    1つの角度でしか物事を考えたり捉えたりすることしかできない
    欠点はあるけど、間違ったことにはちゃんとすぐ詫びることもできる
    ただ頑固な人ではなく、まだ日本が今の日本とはまったく別の国
    とも言えるほどの倫理観だったので、いろいろな道理の祖語は
    仕方ないこともあるんだと思うので、最後まで読み通すと
    坊ちゃんの勝手さに振り回されることだけでなく
    とても魅力的な小説であることに気づくことができた。

    明治39年に書かれた作品なので、その当時の日本の背景や
    暮らしぶりもとても興味深く、なによりいい人は少ないけど[笑]
    1人1人の人物が生きた人として心にくっきりと残る。
    道後温泉や坊ちゃんの愛した団子、天麩羅蕎麦。
    今度旅行する時はゆっくりと坊ちゃんの足跡も感じながら
    楽しい文学散歩ができるかなぁと思うとわくわくした。

    中盤からは特に一気に物語を読ませる熱量を感じて
    村上春樹さんを読んだ時と同じく、これが天才なのか…と
    難しいことや仔細について考えていくまでもなく
    いかに魅力的な文筆家であるかを感じて感動した。
    他の作品はもちろん、夏目漱石という人にとても魅力を感じて
    いろんな資料を読みたいなと思った。

    あたたかい古き日本を愛し、近代に絶望を見た夏目漱石の
    人となりを知りたいと思えた素晴らしい作品でした。

    • kuroayameさん
      松山にいとこがいるので、北海道に住んでいた頃から何度か訪ねているのですが、坊ちゃんはこれまで二度ほど読んだ本で、道後温泉、松山城などに足を運...
      松山にいとこがいるので、北海道に住んでいた頃から何度か訪ねているのですが、坊ちゃんはこれまで二度ほど読んだ本で、道後温泉、松山城などに足を運ぶたびに坊ちゃんの光景と重ねることができ、わくわくしちゃいます(^з^)-☆。
      坊ちゃん団子を初めて食べた時には嬉しくてたまりませんでした( ´ ▽ ` )ノ。
      2013/03/10
    • 山本 あやさん
      [♥óܫò]∠♡えぬちゃん

      本の中の景色を知ってたりすると
      ますますうれしくて愛着がわくよねー[*Ü*]
      本で読んだ場所に後から行くのもす...
      [♥óܫò]∠♡えぬちゃん

      本の中の景色を知ってたりすると
      ますますうれしくて愛着がわくよねー[*Ü*]
      本で読んだ場所に後から行くのもすごい楽しいし
      いろんな楽しみを本って増やしてくれるよねー♡

      私も早く道後温泉を見に行きたいなぁ~☆
      何日も滞在できるんだったら、現地で
      その空気と景色を前に坊ちゃんを読みたいねー♪
      2013/03/13
  • へー、こんな話だったんだ。
    赤シャツやら山嵐やら聞き覚えのある登場人物に、なんとなく知っているようで実はよく知らなかったおはなし。
    教科書や試験問題で一部だけ読んでもわからないよね。
    有名な冒頭がやはりかなり面白く、ラストは切ない。
    真ん中あたりは愚痴だらけ(笑)

    最終的に、赤シャツをまんまとやり込めて、マドンナにも感謝され、生徒からも慕われ、ハッピーエンド…というヒーロー像をイメージしていたので、なんかあっけないというか、物足りないというか。
    現実はこんなものなんでしょうな。

    坊ちゃんの独りよがりで上から目線の語り口調に、ちょっとついていけないところもあったけど、気持ちよく共感できるところもあった。
    散々けなされている松山にもなんだか行きたくなってしまう。

  • 坊ちゃんの乱暴な言い回しが面白過ぎる!
    私の頭の中での映像は常に大泉洋ちゃんだった。
    口は悪くて乱暴だけど、子供みたい真っ直ぐで、人の心の傷みも解る、凄く素敵な人だと思う。
    読みながら笑えるし、心が温かくなる一冊でした。

  • 読んだ後の率直な感想として
    「切なかった」

    主人公坊ちゃんの性格は、まっすぐな性格で裏表があるのは嫌い。
    それでいて近所にすむ育ての親の代わりのようなおばあさんを大事に、そして田舎に来て尊敬の念させ抱く、とてもいい青年のイメージ。

    ストーリーは、大学を卒業していやいや勧められた田舎の中学校
    に新人教師として赴任するが、色々な事件に巻き込まれその中で疑問や悪を心の中で抱きながら葛藤するお話である。

    設定は学校である。しかし自分はこのお話の状況が仕事であったり
    社会で経験する大人の汚さを描いていると感じた。
    周りで何か起きても結局は「大人(組織)の都合で自分に良いように仕向けていく」そんな便宜を図る行為は悲しい。

    その中でも、この主人公は、悪に向かう正義を存分に発揮していた。
    寝床でのバッタ事件、お団子、温泉事件、うらなり君からの彼女ぶんどり事件、高知のお祭り喧嘩事件、恐らくそのすべてに当人の過失があまりないように感じる出来事さえ、学校のお偉いさんは周りのせいでなく
    あなたが悪いと押し付け、ともすれば濡れ衣を着させる演出を立てる
    というのもいじめに近い印象をうけた。
    印象的な言葉は、「履歴なんて構うもんですか、履歴より義理が大切です」
    P123より引用

    正義を貫く、坊ちゃんの行動に万歳!
    また読みたい。

  • 「坊ちゃん」は日本文学の中でも特に有名な作品であろう。世俗性がなく竹を割った性格である「坊ちゃん」が社会に出て、そこで「赤シャツ」といった俗な人間の悪事にもめげず、最後反撃する。分量も多くなく、内容もわかりやすく、漱石の他の作品のように難解というのでもない。非常にとっつきやすい作品である。「青春文学」や漱石の中でもっとも大衆的である、とされている。
     しかしながら、今回この作品を読了して、私は世間一般の評価とは異なったものを抱いた。いや、前にこの作品を読んだのは5年前だったが、その時抱いた感想は世間と同じ ような感想だった。社会に悪に信念を持って抗し最後を勝利をおさめる痛快な作品、そういう感想を抱いた。しかしながらいいことか悪いことかはわからないが、とてもそのような感想を抱くことは出来なかった。
     
     まず、この作品は「勧善懲悪」ものであるといわれている。果たして本当にそうか、と疑問を抱いた。確かに善と悪は明確である。
     まずこの作品における悪は決して大きな悪ではない。世界征服といってものでは勿論なく、暴力的なものでもなく、あからさまいじめではない。いや、悪には違いあるまい。しかし俗的なのである。あるいは陰湿といえばいいのか。私が何を言いたいのかというと、ここに描かれている悪は、現実にあってもおかしくないものばかりである。いや現に程 度の差こそあれ、人間が集まり上下関係が出来れば、ここに描かれている悪はどこの組織でもあるものであろう。さすがは日本を代表する文豪の作品といったところで、ある程度社会経験がある人間ならば、ここに描かれている悪、陰湿さがとてもリアルなものと捉えることができるであろう。
     そして何より「坊ちゃん」は社会の悪に勝利したのではない。せいぜい一矢報いただけである。結局学校をやめているのが何よりの証拠である。赤シャツを懲らしめはしたが、結局何かが変わったわけではない。うらなりの転任という名の左遷を阻止したわけでもなければ、山嵐の辞職、赤シャツの結婚も阻止されていない。新聞における冤罪も結局はそのままである。感情を排して冷静な目で作品を追っていけ ば、悪が勝利したことは明らかである。夏目漱石の描く作品は人間関係、現実における人間関係を描いたのを何よりの特徴とする。そしてそれはどこか暗く、あるいは悲劇的なものと言っていいだろう。この一見明るそうな作品でも基礎低音は一緒である。
     「坊ちゃん」の出会った悪はたまたま赴任した学校で出会ったのではなく、きわめて日常的である。仮に「坊ちゃん」が別の組織に赴任したところで似たような経験をしたことは想像に難くない。確たる描写や証拠があるわけではないが、作者は「坊ちゃん」の性格をむしろどこか冷笑しながら描いたのかもしれない。

     青春とはいわば陶酔である。理性の麻痺である。だが、「坊ちゃん」の理性は麻痺ではない。そして陶酔はしていないどころか、社会の荒波にどこか翻弄されている。そこに描かれているのは、青春が終わり社会への第一歩を踏み始めた姿である。それゆえこれは「青春文学」ではなく「脱青春文学」と呼称して差し支えなかろう。

    • シャクナゲとエビネさん
      おっしゃるとおりだと私も思います。
      おっしゃるとおりだと私も思います。
      2018/03/25
  • うん十年ぶりに坊ちゃん、山嵐、赤シャツ、清が私の中に蘇りましたw
    うふふ、べらんめぇ!こんな話しでしたっけなもしww
    正直で鉄砲玉みたいな坊ちゃん、気持ちがよくなりました。それにしても、ポカポカ殴る最後のシーン。表現が今読むと斬新で面白いなぁ。
    ふふふ。

  • 【感想】
     読むと元気が出る。「坊っちゃん」のごとく無鉄砲かつ実直に暮らせたならさぞストレスも感じないだろう。とはいうものの、「坊っちゃん」も最終的には田舎の窮屈さに嫌気が差して東京の清の元へ帰り薄給に甘んじたところをみると、それなりにストレスを抱えていたとも思える。
     「坊っちゃん」はいわゆる“世間知らず”であり、周りを田舎者扱いしてめいめいあだ名を付けつつ、彼らに決して媚びず染まらずの世渡りを貫いた。このような“世間知らず”の目線から見てみると、いかに世間というものが狭苦しい、面白みのない、儀礼的なもので溢れかえっているものであるかが逆照射されてくる。
     漱石が「赤シャツ」や「野だいこ」など典型的に見られる世間人を登場させてこてんぱんにこき下ろしたのは、世間に対して冷めきった目とともに、これを人間社会の現実として面白がる目とがあったのではないだろうか。自身を「坊っちゃん」と置き換えてみると、普段の生活でいかに世間というものに縛られて生きているかを思い知らされ、元気が出てくるのである。

  • 坊っちゃんって作品自体は、道後温泉とかかわりなくね?(夏目漱石が道後温泉あたりにいた時の生活とリンクさせとるのは分かるけど)
    高知がかわいそう・・・ってか、高知のカツオのたたき(塩味?)が食べたくなってきた!

    本自体は、おもしろい。本嫌いがなくなってきた。青春というか、青臭い人生の教本的な本だと思った。

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著者プロフィール

明治、大正時代の小説家、英文学者。1867年、江戸(東京都)に生まれる。愛媛県松山で教師をしたのち、イギリスに留学。帰国後、執筆活動を始める。『吾輩は猫である』『三四郎』『こころ』など作品多数。

「2017年 『坊っちゃん』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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