三四郎 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 491
  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010045

感想・レビュー・書評

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  • 2回目の読了。
    大学のキャンパスで三四郎が見た美禰子が美しく、田舎から出てきた青年が嬉しい都会の女性に恋い焦がれていく様が淡々と書かれているなと思いました。自分の恋の気持ちを伝えられないまま、誰かに取られちゃうわけですよね。
    あ、でも、恋する人が誰かに取られちゃうかもしれないって予感した時の、あの独特の嫌な気持ちが小説中ではあまり書かれていなかった気がします。

  • やっと読了。新潮文庫売上TOP20作品もこれにて一応制覇。夏目漱石没後100年の今年、最低限の目標はクリアした。あとは年内に『それから』『門』を読めるか。

    結局みやことは何もなく終わってしまった。自分に重ねてしまうところもあり、100年前も今も人はそんなに変わらないのかなと思ったり。ストレイシープ。先生が出てくるとかなんとなく『こころ』を思い出した。『こころ』よりもっと軽く読めるけど。

    『吾輩は猫である』を読んだ時にも感じたけど、ちょっと冗長な感じが苦手なのかもしれない。途中、西洋文明批判みたいなのが織り込まれているのは興味深かった。

    次は『それから』を読みたい。

  • 恋に友人に振り回されて、素敵な東京大学生生活!

    なんだか森見を思い出した。当然、イメージ映像は久米田康治である。腐れ大学生と、突拍子もない友人と、世間から遥か高みにいる師匠と、雲をつかむようなマドンナ。京大じゃなくて東大なのに。森見が読める人なら、読めると思う、時代が違うけど、まあ、大学生ってこんな感じだよね。

    それまでの田舎と都会の違い。人も違えば、スピードも価値観も違う。大学での人付き合いは、いきなり世界が開けたように感じる。授業も違う、交友関係も違う。自分が小さくなったような、大きくなったような、ふらふらした気持ちになる。漱石の中でも特にすんなりと読めた。

  • 明治41年朝日新聞掲載 デビュー作から3年後
    都会から田舎へ移動する坊っちゃんと並び青春小説の古典

    熊本の高等学校を卒業した小川三四郎は、東京帝国大学に入学するため、汽車で東京へ向かっていた。
    車中で向かい合わせた女と名古屋の旅館で同宿することになり、一つ蚊帳の中で寝たが、事に及ぶことはなく、別れ際に女は「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」と言って笑う。

    三四郎はプラットフォームの上へ弾き出された様な心持がした。車の中へ入ったら両方の耳が一層熱り出した。

    名古屋からは、乗り込んできた髭の濃い中年男と話す。
    「日本もこれから発展するでしょう」といえば「亡びるね」と返され、「日本より頭の中の方が広い、囚われちゃ駄目だ」などと教えられて、はじめて熊本を出た気になる。

     その晩三四郎は東京に着いた。髭の男は分かれる時まで名前を明かさなかった。三四郎は東京へ着きさえすれば、この位の男は到る処に居るものと信じて、別に姓名を尋ねようともしなかった。

    東京での新しい生活が始まり、同郷の先輩で、すでに新進の研究者である理科大学の野々宮を訪ねる。
    野々宮と話したあと、森に入って池を見ていると、看護婦と二人連れの若い女が岡の上に現れ、三四郎の前に白い花を落として立ち去っていく。

     それからうちへ帰る間、大学の池の縁で逢った女の、顔の色ばかり考えていた。―その色は薄く餅を焦した様な狐色であった。そうして肌理が非常に細かであった。三四郎は、女の色は、どうしてもあれでなくっては駄目だと断定した。

    9月になり、大学の授業が始まるが、三四郎は授業にあまり興味を持てない。
    知り合った佐々木与次郎という学生から広田先生という人を紹介されるが、会ってみると汽車で話した中年男で、広田は野々宮の先生でもあった。
    野々宮の妹よし子が入院中と聞いて三四郎は大学病院に彼女を見舞い、そこで池のほとりでチラ見した「池の女」と出くわして強い印象を受ける。
    その後、広田先生の引っ越しの手伝いに行くと、あの「池の女」も現れ、彼女は野々宮の友人、里見の妹だと知る。
    仕事の合間に二人は並んで雲を見たり、先生の画帳を開いて「人魚」(マーメイド)の絵を見たりする。
    その後、同じグループで団子坂の菊人形見物に出かけるが、三四郎と話しながら歩くうち美禰子が体調を崩し、二人はグループからはずれて小川のほとりで休む。

    「空の色が濁りましたね」と美禰子が云った。
     三四郎は流れから目を放して、上を見た。こう云う空の模様を見たのは始めてではない。けれども空が濁ったという言葉を聞いたのはこの時が始めてである。気を付けて見ると、濁ったと形容するより外に形容のしかたのない色であった。三四郎が何か答えようとする前に、女は又言った。
    「重い事。マーブルのように見えます」

    「こう云う雲の下にいると、心は重くなるが気は軽くなる」
    「どう云う訳ですか」と美禰子が問い返した。
     三四郎には、どう云う訳もなかった。返事はせずに、又こう云った。
    「安心して夢を見ている様な空模様だ」

    野々宮たちが探しただろうと三四郎が気にすると、美禰子は「責任を逃れたがる人だから、丁度いいでしょう」「迷子の英訳を知ってらしって?」「迷える子(ストレイシープ)――解って?」となどと謎めいた言葉を連ね、三四郎は困惑する。

     下宿に帰って、湯に入って、好い心持になって上がって見ると、机の上に絵葉書がある。小川を描いて、草をもじゃもじゃ生して、その縁に羊を二匹寝かして、その向こう側に大きな男がステッキを持って立っている所を写したものである。
    …美禰子の使ったストレイシープの意味がこれで漸く判然した。

     学生はハハハと笑った。三四郎は、淀見軒で与次郎からカレーライスを御馳走になったものは自分ばかりではないんだなと悟った。

    こうして美禰子に惹かれつつその謎に苦しむ三四郎は、大学の運動会でまたよし子と美禰子に会ったり、「広田を大学教授に」と運動する与次郎らの集会に出たりと、新しい経験を重ねてゆく。
    与次郎に金を貸したものの、返さないので催促すると、美禰子が用立てすると言っているというので、三四郎は美禰子宅を訪れる。
    美禰子は三四郎を銀行に連れて行って金を渡し、その足で二人で美術展覧会に行くことになる。
    会場に入って野々宮がいるのを目にするや否や、美禰子は三四郎の耳もとで何かをささやくが、何を言ったのか少しもわからない。
    建物を出てから問いただすと、「野々宮さん。ね、ね……解ったでしょう」「野々宮さんを愚弄したのですか」「あなたを愚弄したんじゃないのよ」と、やはり謎の残る会話を交わす。

    …三四郎はこれから曙町の原口の所へ行く。
     子供の葬式が来た。羽織を着た男がたった二人着いてきている。小さい棺は真白な布で巻いてある。その傍に綺麗な風車を結い付けた。車がしきりに回る。車の羽が五色に塗ってある。それが一色になって回る。白い棺は綺麗な風車を絶え間なく揺かして、三四郎が横を通り越した。三四郎は美しい弔いだと思った。

    …ただ事実として、他の死に対しては、美しい穏やかな味わいがあると共に、生きている美禰子に対しては、美しい享楽の底に、一種の苦悶がある。三四郎はこの苦悶を払おうとして、真直に進んでいく。進んでいけば苦悶が除ける様に思う。苦悶を除るために一足傍へ退く事は夢にも案じ得ない。これを案じ得ない三四郎は、現に遠くから、寂滅の会を文字の上に眺めて、夭折の憐れを、三尺の外に感じたのである。しかも、悲しい筈のところを、快く眺めて、美しく感じたのである。

    借りた金を返すため、三四郎は画家の原口宅を訪れ、そこで絵のモデルをしている美禰子に会う。
    その帰り、用事はなんだったのかと聞かれたので、「あなたに会いに行ったんです」と思い切って言う。

     すると、女は少しも刺激に感じない、しかも、例の如く男を酔わせる調子で、
    「御金は、あそこじゃ預けないのよ」と云った。三四郎はがっかりした。

    そこへ人力車に乗った若い立派な紳士が現れ、挨拶もそこそこに美禰子を連れ去るが、この紳士が美禰子の婚約者であることが、やがてわかる。
    日曜日、美禰子が来ている教会を訪ね、三四郎は先日返しそびれた金を返す。

    美禰子は三四郎をしばらく眺め、やがてかすかなため息とともに言う。
    「われは我が咎を知る。我が罪は常に我が前にあり」
     聞きとれない位な声であった。それを三四郎は明らかに聞き取った。三四郎と美禰子は斯様にして分れた。下宿に帰ったら母から電報が来ていた。開けて見ると、何時立つとある。

    原口の絵が完成し、三四郎は仲間たちと展覧会に出かける。
    …与次郎だけが三四郎の傍へ来た。
    「どうだ森の女は」
    「森の女という題が悪い」
    「じゃ、何とすればいいんだ」
     三四郎は何とも答えなかった。ただ口の中で迷羊(ストレイシープ)、迷羊(ストレイシープ)と繰返した。

  • 朝日新聞のおかげで漱石を読む気になってます。が、なかなか手が出ず・・・こころに引き続きやっと第二弾です。

    こころは学生時代に読んだことがあって強烈な印象があったのだけれど、この三四郎は読んだことがなくて、あらすじしか知りませんでした。

    田舎から出てきた三四郎が広田先生と出会い、その言葉に驚き、ちょっと広い世界に足を踏み入れていく、という青春小説です。
    出だしがよかった!上京する汽車の中や宿泊先での出来事も。。
    でも三四郎くん、最後まであまり成長しませんでしたね。
    与二郎くんが光ってる分だけ尚更それが目立つ・・・

    そして、美禰子さんが、やり手すぎる。意図してないのに。
    大人っぽくて掴みどころのないクールビューティーな感じがステキでした☆

    そこそこ面白かったけど、こころと比べると軽いお話で、なんとなく物足りなかった、かなあ。。

  • 読み返すたびに三四郎や与次郎への愛が増すので、三十路を過ぎた今では美彌子に対して「うちの可愛い三四郎ちゃんを誑かさないでちょうだい!」みたいな気持ちになる。
    でも美彌子だってまだ二十二とかなんだから、そんな風に振舞いたくなる年頃なのよねぇ、とかも思って、もはや完全に下世話な近所のおばちゃん気分で読んでしまう。
    読みやすさでは群を抜くと思うので、夏目漱石の小説の中で読み返す回数の多い作品。

  • 夏目漱石の代表作の一つ。

    読んでいる途中で間が空いてしまい、
    再読が必要な作品

  • 吾輩は猫であるを読んでも思ったが、漱石ってひょんなとこから人生の真理を持ってくる気がする。三四郎にもそんな場面があった。

  • この時代は汽車からゴミを投げるのが普通だったのでしょうか。与次郎のおかげで後半から面白くなってきました。「哲学の烟」という表現が気に入りました。

  • 三四郎は草食系男子なのかな?
    美禰子に翻弄されてしまうが、告白出来ずに終わる。エモいですね。
    逆に友人の与太郎は肉食系男子ですね。三四郎を巻き込んで様々な出来事がありますね。

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著者プロフィール

夏目漱石(なつめ そうせき)
1867年2月9日 - 1916年12月9日
江戸・牛込馬場下(新宿区)生まれの小説家、評論家。本名は「夏目金之助」(なつめ きんのすけ)。1890年、帝国大学文科大学英文科に入学。1895~96年には『坊っちゃん』の舞台となった松山中学校で教鞭を執る。1900年、イギリスに留学。1905年、『吾輩は猫である』を俳句雑誌「ホトトギス」に連載し始め、作家活動を本格的に開始。1907年、朝日新聞社に入社。以降、朝日新聞紙上に『三四郎』『それから』『こころ』などの代表作を連載。日本の文学史に多大な影響を与えており、作品は多くの人に親しまれている。学校教科書でも多数作品が採用されている。

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