それから (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010052

感想・レビュー・書評

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  • 面白くて夢中になって読んだ。
    読み終わっての感想は、「それから?それからそれから?」だ。
    夏目漱石、もっと別の作品も読みたくなった。

  • 「門」「三四郎」「それから」で三部作であるらしい。
    確かにつながってる気もする、が、このまま「門」に流れ込めるのかね。
    完全に見放されて、得たものも少ない状況で、彼に立て直しの精神力があるとは思えない。

    とはいえ、誰しもがこういう部分を抱えているし、彼のような行動を、明治ではなく今においてはよく選択され、世間や社会でも以前より受容の余地は多いと思う。
    が、屁理屈こねて、自然と制度においての恋愛が違ううんぬん、言ってしまうのは正当化も甚だしい。
    せめて、まぁ、道徳的に、社会的によくはない、ということは全面に認めて、もうちょっと堂々とケリをつけてほしいところ。
    卑屈になってしまうってのはずるいようなね、

    まぁでも、読む分には、第三者としては、面白い

  • 漱石先生、前期三部作の第三作。

    学校を卒業して以来、親のお金で暮らし続け、その上、“パン”のために働く周りの同世代たちを小馬鹿にしている高等遊民の代助。屈折した自意識を抱えるために、世の中に入り込もうとせず、常に上から世の中を見つめ、自分だけが真理を解しているような態度や言説を繰り返す。

    こんな人が自分の周りにいたら絶対嫌われていると思う、典型的なタイプ。

    だのに、なぜか代助に心を惹かれてしまうのは、それでも彼が自分には嘘をついていないという点であると推察する。代助自身も告白しているように、そんなひん曲がった性格を持ちながらも三千代への愛においては、実に裏表なくストレートに突き進む。三千代への愛だけはほんものだと胸をはって言えたのだと思う。

    しかし、世間ではその行為は徳義に反しており、最後は悲劇的な結末を予感させるなんともおそろしい表現で終わる。

    世の中に対して諦感の念しか持たなかった代助が、愛にだけは固執しそして身を滅ぼさんとする様はまさに人間の本性だし、エゴだし、だからこそ感情移入出来るし、代助に同情さえするのだと思う。

    どうしようもない人間でありながら、現代の人間が抱えざるを得ない影を漂わせ、共感を呼ぶように書いてしまうのは、さすが漱石先生、ということになるのです。

  • このタイトルセンスすごいなあと思う。
    「三四郎」は全く入り込めず飛ばし読みだったのが、
    「それから」は太宰の「斜陽」と同じく感情移入してしまった。

  • 「三四郎」「それから」「門」の三部作の中で一番面白かった小説です。
    代助と三千代が現代とは比べ物にならないほどの壮絶なまでの覚悟を決めるところが印象的でした。

  • 三四郎に続く三角関係に悩む人物を描いた夏目漱石の作品。なんとなく憎めない主人公に魅力を感じます。

  • 「三四郎」は読んでいないが、先に本作を読んでしまった。友人の妻、かつて互いに思いやった女性に惹かれてしまうのは罪なのだろうか。自我の目覚めであり、人間のエゴを描いた作品だろう。現代にまた映画化してほしい。

  • 『それから』は『三四郎』のそれからであり『それから』のそれからは『門』である。ということで漱石前期三部作の真ん中、『それから』です。


    主人公は長井代助。父親は実業家、兄も実業家で裕福な家庭に育ち父親からの仕送りで家を借りて手伝いを雇い書生の門野を住まわせている30歳です。ブクログを見るとだいたいの人が代助をニートと書いていますが、ニートはそもそも人種、宗教上の理由から就職が難しいというヨーロッパの事情に則してできた言葉で今では使われていません。日本ではニートというとネガティブなイメージがありますがこの括りは障害、病気などで将来的に手助けしなければ職業に就くことが難しい者、中卒、高卒で高等教育を受けることができなかったために職業に就くことが困難なために職業訓練を受けさせる必要がある者、果ては産後職業に就きたくても就けない者の数を統計的に割り出すためにつくられた言葉であるので、よって代助にニートといっても本来の主旨から外れますので僕は使いません。代助は高い教育を受けていながら日々の麺麭を食べるために働くことは劣等だというポリシーにもとづき職に就きません。父親から薦められた縁談も断り独身を通します。高等遊民という言葉があっているのかもしれませんが古代ギリシャの貴族みたいな生活ですね。母親はいないようです。そのことも代助の人格形成に関係している気がしますが母親代わりのような存在の嫂梅子がいます。梅子はいい人ですね。彼女には代助は始終助けられています。


    そんな悠々自適な生活を送っているところに大学時代の親友平岡が勤めていた職を辞して東京に戻ってきます。平岡は結婚していて妻三千代がおりますが、彼女は一度子どもを授かったのですが失くしてしまいそれ以来心臓の病を持つこととなりました。平岡は東京で職を探すために始めに代助の兄が経営している貿易会社を当てにして代助と再会します。代助と平岡と三千代は学生時代からの間柄で平岡と三千代の仲を取り持ったのも代助です。


    果たしてこの3人が繰り広げる愛憎劇を軸に高等遊民代助とその父、兄、平岡、寺尾などの日々の麺麭を求める人々との対立が描かれます。代助は平岡と再会しなんとか彼の職を探してやりたいと思うのですがなかなか見つけられず、とりあえず金を貸すところから平岡と三千代の家を訪ねるようになるのです。平岡の家に通う度に三千代への「アンコンシアス・ヒポクリシー」が代助の忘却の彼方から顕現してきます。


    代助は高等遊民ですから麺麭のためではない仕事に就きたいと思っていますが、それはなかなか見つからず、現代でも見つけるのは難しいですよね、ただ日々を暮していますがしっかりと麺麭の為に働く父親や兄、平岡、そして梅子までも馬鹿にしています。それがいいかどうかは僕にはわかりませんがひとつ感じることは代助は馬鹿にはしていますがだからといって自分が選ばれたものだという特権意識はないようです。金に困らない生活を生まれてからずっとしてきたわけですからそれもやむを得ないということでしょうか。まだ高等教育を受けていて、嫂梅子がいうようにその権利が代助にはあるというのですから彼もしかるべきときにはしかるべく収まるというのがまわりの見解です。


    そして平岡はある小さな新聞社で働くようになります。必死に働きますが稼ぎが少ないのと借金、多分悪徳の高利貸しから借りたと思われる、があるために代助から援助してもらいます。その都度三千代と代助の距離は近づき忘却の彼方だった無意識の偽善に代助は耐えられなくなります。


    というのが主な物語の筋です。


    柄谷行人が解説を書いています。その中で『それから』は姦通小説であるとあります。

    「また、”姦通”がブルジョア社会において小説の特権的主題となる必然をも(漱石は)理解していたと思われる。代助のいう「自然」と「制度」の対立が最も鮮明にあらわれるのは、姦通においてである。つまり、制度性が結婚に、自然性が恋愛に象徴されるとしたら、それらが軋み合うのは、姦通においてだからである。」


    ここまで読んでくれた方には物語がこれからどのような展開を示すかは想像するに難くないと思います。代助は「自然」のあるがままに生き、麺麭の為に生きる旧態依然とした「制度」と闘います。彼は高等遊民を気取ってはいましたが「自然」の欲望の為に生き、選択し、最後は「制度」に屈することに…なるのでしょうか?物語の終盤、代助対平岡はあまりに神経症的であり、その後の平岡の仕打ちはまさに代助にとっては平岡からの復讐でしかないでしょう。そして父親、兄、梅子のとった行動は…。終りはまさにくらくらするような展開です。


    『それから』の文体は非常にストイックで『猫』、『坊っちゃん』、『三四郎』とは明らかに一線を画します。ユーモアのかけらもなく読んでいて息苦しくなります。しかし僕はそこが『それから』の魅力だと思います。代助の生き方は「自然」に適っている。むしろ平岡の「制度」に縛られている生き方などは人間の高等な生き方ではない。柄谷も書いていますがブルジョア階層に、彼らの倫理、法律に背反する代助の行動を共感させ肯定させる必要があったのだと。


    最後にこの『それから』で最も印象的だった一節を。

    「仕舞には世の中が真赤にになった。そうして、代助の頭を中心としてくるりくるりと燄の息を吐いて回転した。代助は自分の頭が焼け尽きるまで電車に乗って行こうと決心した。」

  • 坊ちゃんと比較にならないほど、こういう面倒くさい男いるよね〜、という描写が続くけど、だんだんと主人公が親友の妻に対する抗えない感情に陥っていくところからが本番。「こころ」も然り、漱石はこういう恋愛感情を経験したのかな。

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著者プロフィール

慶応3(1867)年、現在の新宿区生まれ。明治23(1890)年、帝国大学文科大学英文科に入学。明治28(1895)年から29(1896)年には『坊っちゃん』の舞台となった松山中学校で教鞭を執る。明治33(1900)年9月、イギリス留学出発。明治38(1905)年、『吾輩は猫である』を俳句雑誌「ホトトギス」に連載。明治40(1907)年、朝日新聞社に入社。以降、朝日新聞紙上に『三四郎』『それから』『こころ』などを連載。『明暗』が未完のまま、大正5(1916)年12月9日、胃潰瘍にて永眠。

「2018年 『道草』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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