それから (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010052

感想・レビュー・書評

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  • レフ・トルストイ『コサック』の解説に触発され久しぶりに読んだ日本文学。遊民代助が、友人平岡の妻・美千代と共に堕ちる物語。その過程の美しさ、やるせなさ、凄まじさは、頁を繰る度心に一歩一歩近づいてくる。迫ってくる。最後は代助と併走する自分に気づく。

    ハイライトは百合の中での告白と「赤」。
    にしても、我々はどうしてこうも「『趣味の審判者』的ニート」に憧れるのだろう?

  • あなたが学生の頃に、大好きだった兄と、東京で同居していたとします。
    兄の友人の長井と言う男が居て、仲良く三人で遊んだりします。
    あなたはこの長井に惚れてしまいます。でも秘めています。
    秘めているんだけど、内実、この長井も自分のことが好きだろう、と感じています。
    兄もそんなことを薄々気づいている様子です。

    そしてもう一人、ここに平岡という男が居て、これも兄の友人。長井の友人でもあります。詰まり、三人組です。
    この平岡も、どうも自分の事が好きなようだ、と感じます。モテ期ですね。
    でも、あなたは、長井の方が全然好きなんです。

    あなたは、将来、長井と結婚することになるのでは、と期待をしていました。

    ところが。

    まず、兄が早世、若死してしまうんです。
    実は親元もちょっと困窮しています。たちまち、あなたは大東京で寄る辺ない立場になってしまいました。
    そこに、期待の長井さんがやってきて。
    言うことには。
    「平岡と結婚したら良いのではないでしょうか。是非そうしなさい」

    それでまあ、とにかく結果として、平岡と結婚します。
    平岡は銀行員になる。そして関西の支店に行く。当然あなたも行きます。長井さんは東京に残ります。
    長井さんは、大金持ちの次男坊です。文化芸術にいそしむだけで、働きません。働かずに親から毎月、莫大な仕送りを貰っています。優雅に趣味良く暮らしています。何せ親と兄が経営者です。ぶらぶらしてても、働く気になれば、学歴も教養も人間性も申し分ないので、いつでも重役クラスで働けます。人も羨む立場です。

    数年が経ちます。
    新米銀行員である平岡と、優雅な高等遊民である長井さん。ふたりは親友だったんですけど、大阪と東京に離れ、暮らしぶりはもっと離れ、徐々に疎遠になってきます。

    あなたと平岡との間には赤ちゃんが産まれます。
    が、不幸にしてあっという間に病死してしまいます。
    その頃から、あなたはちょっと体調が悪くなります。
    医者に行くと心臓とかナントカと言われて、どうにも長生き出来ないのかな、と感じます。
    そして、もう子供は産めないだろう、ということです。

    その頃から、夫の平岡が不実になってきます。
    帰宅が遅くなります。
    もともと、長井さんに比べれば俗物なんですが、酒や女で金使いが荒くなります。
    夫婦でなごやかに、笑いながら心休まる時間。と、いうのが無くなります。
    悪いことは重なるものか、上司の不祥事に巻き込まれ、銀行を退職することになります。

    あれから数年。
    呑気な学生だったあなたは。
    結婚して、知らぬ街に引越して、主婦になって、子を産んで、子に死なれ、健康を損ないました。
    それから、夫と気まずくなり、小銭に不自由するようになりました。でもそれはみっともないし、誰にも言えません。

    そして、東京に帰ってきました。
    長井さんは大喜びで迎えてくれます。
    引っ越しのこととか、何くれと面倒見てくれます。心配してくれます。仕事してないし、お金あるし、暇ですから。
    夫の平岡と、旧交を温めます。
    でも、あなたが傍から見ていると。どこか、若い頃のように仲良くは無いんですね。仲良くしようとしてるんですけど。仕方ないですよね。

    あなたは、夫の平岡と、小狭な家に住み始めます。
    夫はあくせくと就職活動中です。上手くいかないのか、ちょっと荒れたりします。
    なんだかんだ、細かい借金が返せないまま、ストレスになってきます。
    あなたも体調がどうもすっきりしません。
    長井さんは、夫の平岡を心配してくれるけど、平岡はどうも長井さんに素直にならない。強がります。仕方ないですよね。
    家にいるしかないあなたは、夫の借金の対応に晒されます。困ります。でも平岡はあくせく出歩いて取り合ってくれません。みじめです。
    あなたはどうしようもなくなって、恥を忍んで、長井さんにお願いします。長井さんは二つ返事で、ぽんっ、と貸してくれます。

    そして。

    長井さんとふたりでいると、どうにもなんだか、やっぱりそういう空気感がただよいます。そんな気がします。
    あれから随分と経つのに、長井さんはまだ独身なんです。
    会社員としてすり減って、俗物度が増している夫と比べると。長井さんは、あのころのまま。シュッしてます。誠実です。

    日々が過ぎます。
    夫の平岡は、何とか就職します。
    就職するとまた忙しくして、午前様が続きます。
    あなたは体調がいまひとつです。
    寝込むほどではありませんが。おおかたは独りで家にいます。

    長井さんとは時々会います。
    夫に会いに来て会うこともあれば、ふたりきりで会うこともあります。
    ふたりきりで会うと、なんだかそういう空気感が濃くなります。
    そんな気がします。でも何も起こりません。
    長井さんには縁談が起こります。当然、政略結婚です。親が義理ある相手です。断れません。
    断るなら、実家から仕送りが貰えなくなります。

    そんな具合に。くるくると日々が回って。
    長井さんが縁談、受けるか蹴るか。煮詰まってきます。
    煮詰まってきて、ある日、あなたに向かってこういいます。

    「昔から、昔から愛していたんです。
    若かったから、平岡との友情を優先する、という愚行をしました。
    ごめんなさい。
    今でも愛しているんです。
    僕の存在にはあなたが必要です。
    平岡はあなたを愛していますか?
    あなたは平岡を愛していますか?」

    さあ、どうする。

    さあ、どうなる。

    ##########

    まあ、つまり、こういうお話なんですね。夏目漱石「それから」。
    いやあ、すごいですねえ。
    民放のよろめきテレビドラマみたいですよねえ。たまりません。

    この小説が、実に面白いです。心理劇です。僕は大好きです。
    風景の描写とか、長井の考える観念論とか文明論とか、色んなことがあります。けれども、取っ払って考えると、上に要約したような、お話です。

    僕は夏目漱石さんの文章というか言葉使いというか、リズムというか、そういうのが大好きです。
    随分と以前に、長編小説は全部読みました。今回、ふっと読みたくなって再読。
    うーん。おもしれえ。至福でした。

    (実は電子書籍で無料で読みました。「それから」だけ、何故か旧仮名遣い版も電子書籍になってるんですよね。ありがたいことです。
    でも、本の見てくれとしては、新潮文庫の安野光雅さんの絵が好きです)


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    特段のブンガク愛好者だったりしない限り、夏目漱石さんの小説は、いきなり読んでも、おもしろくないと思います。
    ヘンな言い方ですけど、ワサビとかウニとか山羊汁とか生牡蠣みたいなものです。
    初めて食べてみて、いきなり口にして、美味しいなんて感じないと思います。
    それでもって、一部の食通気取りの人がありがたがって食べる訳ですね。
    (皆さんどうですか?意外に、太宰治とか好きな人が居ても、夏目漱石って読まれてないと思うんですよね)

    夏目漱石さんの小説、まあいわゆる中編・長編小説っていうのが、15作くらいあるんですけれど。
    正直、読みやすくって、ちゃんと展開がドラマチックで、面白い小説って、そんなにいっぱいありません(笑)。断言します。
    いやそりゃ、山羊汁大好きっていう食通さんなら別でしょうけど(笑)。

    もしも、「夏目漱石って意外とちゃんと読んだことないから、読んでみてもいいなあ」と思う人がいたら。
    ゼッタイに、まず読んではいけないのは「吾輩は猫である」です。
    アレは読むなら第1章だけで良いんです。残りは、漱石を全部読んじゃって、禁断症状になったら読めば良いと思います。面白くないですから、あれ。

    オススメは、まず「坊ちゃん」。その次に「それから」だと思うんですよねえ。絶対。
    (それから「こころ」「行人」あたりですかね…)

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    あと、「それから」は、長い歳月で多少映像化されていますが、なんといっても1985年の映画「それから」。コレ、傑作です。
    松田優作さん、小林薫さん、藤谷美和子さん、草笛光子さん、中村嘉葎雄さん、笠智衆さん。監督が森田芳光さん。
    美術的にも映像的にも、これは本当に素敵です。
    この映画を見てから原作を読むと、読みにくい部分がスッと読めると思います。

  • 友情。むかしの恋心。職業。学問。健康と病。親と子。精神。金銭。結婚。すべてに結論を出すことなく日々を過ごすことは、彼のようにその経済的能力がある身にとっては自由に見える。時折アンニュイに陥ることも、何か為さねばならぬと発起することも。
    それでも本当の意味で、自分の意志で何かを得たいと思ったとき、その「自由」が幻だったことに、もしくはそれが、とてもあやういバランスの上に成り立っていたことに気づく。
    雨の降りしきる中、思い出の百合の香りにつつまれた部屋で告白をする場面はとてもロマンチックだが、同時に浮世離れした二人の様子を想像させる。
    意志の人になった彼は、かりそめの「自由」から新しい世界へと旅立っていく。最後くどいほどの「赤」の描写は、燃え盛る炎の中崩落する彼の《これまで》と、それをくぐり抜けて彼女と生きていく決意の《それから》であるように僕は思う。それはある意味で狂気と隣合わせにあるのかもしれない。

    学生時代ぶりに、本当に久しぶりに漱石を読んだ。描写や言葉選びのセンスが飛び抜けていて、村上春樹の変な夢から覚めたような心地がする。
    三千代の話しぶりが良い女過ぎてもう。川端康成も良いけどやっぱ漱石だな、と思った。しばらく夏目漱石しか読めない気がする。

    代助はつまりダメ男だけど、その迷子ぶりに親近感を覚えてつらい。平岡との議論は、どちらも不景気の迷羊たちの水掛け論にうつる。

    「こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事は出来ない。悉く切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使われるから、揃って神経衰弱になっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、只今の事より外に、何も考えてやしない」(p.103)

    「僕みた様に局部に当って、現実と悪闘しているものは、そんな事を考える余地がない。日本が貧弱だって、弱虫だって、働らいてるうちは、忘れているからね。世の中が堕落したって、世の中の堕落に気が付かないで、その中に活動するんだからね。君の様な暇人から見れば日本の貧乏や、僕等の堕落が気になるかも知れないが、それはこの社会に用のない傍観者にして始めて口にすべき事だ。つまり自分の顔を鏡で見る余裕があるから、そうなるんだ。忙がしい時は、自分の顔の事なんか、誰だって忘れているじゃないか」(p.105)

    迷羊、迷羊。とにかく恋は罪悪だな。

  • 朝日新聞では、昨日(3月23日)まで再連載してゐた『三四郎』の後を受けて、4月からは『それから』の再連載を開始するさうです。再連載シリーズも『こころ』から数えて三作目といふことになります。いつまでも漱石の名声に頼るのはいかがなものか、とも思ひますが、まあ良いでせう。しかし、折角再連載するならば、当時のやうに完全復刻していただきたいなあ。せめて新仮名に直さずに紙面に載せてほしいものであります。

    で、『三四郎』『それから』ときたら、次は『門』だなと想像がつきます。いはゆる三部作ですな。これらは「前期三部作」とも呼ばれ、対応する「後期三部作」は『彼岸過迄』『行人』『こころ』といふことになつてゐます。
    高校時代の国語の試験で、漱石の三部作を答へよ、といふ問題がありました。文学史の問題は国語と関係ないと存じますが、国語教師は文学カブレしてゐるので、しばしばかういふ出題もあつたのです。
    その問にわたくしは、ご親切にも前期と後期の三部作をそれぞれ記入したのでありますが、採点ではペケになりました。どうやら出題した先生は前期三部作しか認めない姿勢で、余計なものを書き込んだとして不正解にしたのでせう。以上は、どうでもいい思ひ出であります。

    この作品は、初読の前から、主人公が何やら親の脛を齧りながら仕事もせず、しかも口八丁で親族を馬鹿にしてゐるやうな人物らしい......といふ情報が入つてゐたので、「そんな奴が主人公なのか。長井代助だと? ケッ。何が高等遊民だよ。好い気なものだ。漱石ともあらう人がこれは設定ミスだな。どうも感情移入も出来さうもないぜ」と先入観を持つて読み始めた記憶があります。

    さはさりながら、つらつら考へるに、漱石作品の主人公は大概、読みながら苛々させられる奴ばかりではなかつたでせうか。
    『坊つちゃん』には「もつと世間を知れよ」と思ふし(まあ、だからこそ「坊つちゃん」なのだが)、『三四郎』に対しては「美禰子さんが好きなら態度をはつきりさせろよ、うぢうぢするな!」と云ひたくなるし、『こころ』の先生には「せつかくお嬢さんを妻に迎へながら、不幸にさせるとは怪しからんぞ」と、尻に敷かれつ放しのわたくしは慨嘆するのであります。

    はたせるかな、『それから』を一読して、やはり唸つてしまひました。うまい。何と言つても構成の妙ですね。まだ文学形式として未成熟だつた頃の「現代小説」としては、完成度が高過ぎると申せませう。ま、中には「こんなの名作でも何でもない。単なる手前勝手なニートの話ぢやないか」と斬り捨てる人もゐますがね。それはそれで分かる。

    しかしねえ、後半、代助が世俗的倫理を捨て、恋愛に走るあたりから終末にかけては、ほとんど神憑り的な展開ではないでせうか。
    周囲がすべて赤く染まつた中で、電車に乗り続ける代助。ああ、代助の「それから」が気になつて仕方がないのであります。
    万人受けはしないかも知れませんが、わたくしは『こころ』よりも好みの作品です。皆様も読みやあよ。

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-531.html

  • 主人公は30歳にもなって定職に就かずに親のすねをかじって、友人に職に就いたらどうかと言われれば「世間が悪い」だのよくわからない理屈をこねくり回すし、しまいには友人の奥さんに手を出す始末。こっちのほうがよっぽど「人間失格」だ

  • 自らの意思を持って生きることは、実際的には真っ赤だということ。
    代助は、三千代と向き合う前までは、基本的にはその場凌ぎで適当にやりすごし、それを得意としていた。また、生活のためではない自らの時間の消費の仕方は、崇高で神聖なものとしていた。一方で、生活のための時間の消費は、愚として多くを見下していた。
    思索家としての肩書きは、実際にはただの現実と向き合わないただの口だけの職であった。

    しかし、三千代を介してはじめて自分の意思を公言すようになってから、もはや思索家としては生きていけずに、それは泳ぐことができない人間がむりやりプールに蹴り飛ばされ、必死で犬かきして泳ぐように、現実社会で蹴り飛ばされた代助は必死になって生きなければならなくなった。

    その瞬間のおいて、世界は目まぐるしく急なもので、今までの実際の行動には移すことのない思索家は、実は何の役に立たないものであることを最終ページで晒す。

    オチが代助とだれかではなく、結局代助1人のみに集中するところが、最初からブレることのない物語として仕上がった。

  • 後半ところどころに登場する百合の花と、ラストの文章の対比がとても印象的でした。
    「夢十夜」好きとしては、「あの百合にはどんな意味があるのだろう?」と考えてみたくなる作品でもありました。

  • 30歳になって、定職に就かず結婚もせず親からの援助で暮らす明治時代の高等遊民・代助。
    代助は学生時代の友人である平岡と三千代の結婚を斡旋。しかし、実は代助は三千代に恋をしており、その事実に今さらながら気づく。また三千代も代助を愛していたのだった。
    この小説は明治時代を背景にしているという事を考えて読むべき。個人同士の恋愛というものが結婚の条件として現れ始めた頃だろうか。だから代助は親が薦める結婚の話はすべて断っていたのだ。
    時代の変遷を学ぶという意味でも面白い小説だった。

  • いつ読んでもあまり印象が変わらない「こころ」とは逆で、「それから」は読むタイミングによってだいぶひっかかりを感じる箇所が変わってきている。
    「明暗」の津田と清子を思い浮かべつつも三四郎を振って結婚した美禰子のそれからなんだよなぁとあの「三四郎」のさわやかな青春小説のような文章からは程遠い。最初はのらりくらりとした理屈っぽい今でいう金持ちの家のニートみたいな暮らしをしている代助の思索の歴史を読んでいれば済んでいたのに、ふと三千代を好きだったと天啓のように思い出してからは息が詰まるやりとりが続く。夏目漱石は好いた惚れたの話を書いても結局社会について書いている。冒頭の椿の描写とラストの「ああ動く、世の中が動く」から始まる赤い世界がお見事。
    いつ読んでも今読むべきと思わせる小説だと思いました。

  • 時代は違えど、現代人で共感できる人多いのではないかな。
    代助の神経症な部分、精神的潔癖、平岡との議論の言葉をはじめ、登場人物の心情の流れがすごくよく描けているなあと感心。終盤部の議論の数々は見事って思った。二人の関係を目の前にした時の、三千代の反応、代助の反応がとてもリアル。梅子も。
    あらためて漱石はおもしろい。
    代助の身体感覚、ナルシシズム等に着目して読むとより味わえるのかな。「それから」という題名が、物事を先延ばしする代助の性格をよく表していると感じる。作中にも不自然に「それから」ってでてきたな。
    門を先に読んでいたので、楽しくよめた。
    あとがきの代助は三四郎を放っておいた美禰子の報いを受けているみたいな解釈が今一つわからなかった。確か小宮さん。

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著者プロフィール

慶応3(1867)年、現在の新宿区生まれ。明治23(1890)年、帝国大学文科大学英文科に入学。明治28(1895)年から29(1896)年には『坊っちゃん』の舞台となった松山中学校で教鞭を執る。明治33(1900)年9月、イギリス留学出発。明治38(1905)年、『吾輩は猫である』を俳句雑誌「ホトトギス」に連載。明治40(1907)年、朝日新聞社に入社。以降、朝日新聞紙上に『三四郎』『それから』『こころ』などを連載。『明暗』が未完のまま、大正5(1916)年12月9日、胃潰瘍にて永眠。

「2018年 『道草』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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