それから (新潮文庫)

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レビュー : 346
  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010052

感想・レビュー・書評

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  • ブンガク
    かかった時間 4〜5時間くらい?

    何度目かの再読。いつ読んでも後半の盛り上がりが半端ない。愛に向かう理由もいきさつもなにもないのに、その激情だけが胸に迫る。

    定番の読み方のように、個人や恋愛のあり方に適応しきれない社会や人間をこの作品が描いているのだとすれば、やはり現代はそうした飢えが起こらない不幸がある時代だと思う。

    ぐっとくる、し、大きな時代の流れの中でこの作品を考えることもできる、が、果たして、古文もそうだが、この作品はいつまで普遍性をもつだろうか。それとも、やはり、永遠の普遍性(まあそもそも普遍性とは時間軸も考慮されるべきものだが)を、この作品は持っているのだろうか。

    以前、能を観た時に、前半の静寂が後半を際立たせていると思った。この小説もそんな感じがする。

  • 話しとしては高等遊民である主人公が略奪愛をする話しです。主人公は悩んだ末に"自然"に従います。

  • 読んでいるうちに代助の鬱屈した感じがうつったような気もした。ここまで徹底したモラトリアムぶりには脱帽。

    誰かが漱石の描く女性にはリアリティがないと書いていたのを思い出した。

  • 時は明治時代。西洋化されていく日本。嫌世感から働こうとしない主人公。しかし、嫌世感というのは言い訳で、実は三角関係となる想い人があった。時代背景、人間関係の構図は、『こころ』にも相似している。

    主人公長井代助30歳。成功した実業家長井得の次男として生まれる。東大卒。兄長井誠悟が事業を継ぐ。

    東大の同級生だった平岡、菅沼。菅沼の妹だった三千代。代助と三千代はお互い想いつつあったが、菅沼がチフスで死去。卒業後、平岡が三千代への想いを代助に告白したことにより、代助が平岡と三千代の間を取り持ってしまう。平岡と三千代は結婚し、銀行マンだった平岡は転勤により三千代を連れて関西へ赴く。

    3年経過し、平岡が三千代を伴って帰ってくる。三千代は出産するも子供を亡くし、また平岡は、部下の使い込みで実質解雇になった。平岡は酒を飲み荒れるようになり、部下の使い込みの返済と酒代で借金を抱えてしまう。

    平岡に「何故働かない」と問われ、代助はかくのごとく答える。

    「何故働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。もっと、大袈裟に云うと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ。第一、日本程借金を拵えて、貧乏震いをしている国はありゃしない。この借金が君、何時になったら返せると思うか。・・・」

    社会のせいばかりにして、自分には責任がないという。一体、なんて奴だろう。ぶんなぐってやろうかと思った。

    一方、代助は、良家の子女との縁談が進もうとしている。

    平岡の命により、三千代が代助に500円、無心に来る。義姉からなんとか200円を工面する代助。三千代との再会により、代助は、自分の中の「真実」「自然(こころ)」に気づく。代助が前向きに動けなかったのは、嫌世感ではなかったのだ。実は代助は三千代を愛していた。

    父の進める縁談を断り退路を断った上で、三千代を呼び出し、三千代に告白する代助。三千代の同意を取り付けた上で、平岡にも三千代をくれるよう告げる。

    平岡は三千代を代助にくれてやることを同意するも、三千代は病気で臥せっており、夫としての最後の義務を果たす旨を代助に告げ、代助を三千代に会わせない。またその間、平岡は長井家に代助の不義を密告する。代助は長井家に絶縁され、生活費の仕送りが絶たれる。

    三千代にも会えない、実家からも断絶された代助。

    赤い郵便筒、赤い蝙蝠傘、真っ赤な風船玉、赤い車、赤い暖簾、赤い旗。赤い電柱に赤ペンキの看板。「仕舞には世の中が真っ赤になった。そうして、代助の頭を中心としてくるりくるりと焔の息を吹いて回転した。代助は自分の頭が焼け尽きるまで電車に乗って行こうと決心した。」(完)

  • 自分も仕事をするようになったら、変わってしまうのかということを考えさせられた。主人公代助の行動の遅さにイライラしてしまう自分もいたが、思索に耽る時間はとても大切なんだろうなとも思った。2018.8.15

  • 大学時代に読んだが、全く記憶から飛んでいた。読んでいたのかさえ定かではない。休日に集中して読んだので2日で読めた。主人公の代助は、いわば今の時代のニートで親の金に頼って暮らしている。しかも30歳。そして、人妻に手をだしてしまうのだからとんでもない奴といえば、とんでもないやつ、ということになるのだが、この代助も相当な教育を受けてきたらしく、文明と個人の関係などについてはいっちょ前の相当立派な思想を持っている。この思想に関する部分は読みごたえがあって、読ませるものがある。他の漱石作品でも感じることだが、よくもまぁこうやって話を膨らませて、2,3ページで話がついてしまいそうな話を300ページ以上にもわたって展開させる筆力には脱帽してしまう。読むほうも疲れるのだが。肝心の代助は、最後は親に見捨てられ、途方に暮れる、という感じで終末を迎える感じか。はっきりとは描かれていないが。結婚する前から好きだったという、手を出してしまった人妻も体調が悪く、悲劇的な小説だと思う。3部作の1作だが、この1作だけでも、相当読みごたえがあるのは確かである。少し読むのに疲れさえ、した感じがした。

  • モラトリアム。門に続く。

  • ものすごく高等遊民。
    こういう人を読んでて、年配の人はイライラするのかなーでも私もちょっとイライラするなー。一回身体を動かして働いてみて、その上で高等遊民になって偉そうなことを言えばいいのに、と思った。でも、『三四郎』『門』の何も起こらなさと消極性からすれば、代助は頑張った。
    先の見通しも糊口を凌ぐあてもないまま決意表明だけしてしまった主人公、本当に「それから」って感じでした。

  • 周りに何を言われようが、自分のしたいことをしていた代助だが過去に自分の気持ちより友情を優先してしまい、平岡に三千代を譲ったことを後悔。結局今になって親友、家族を捨てて美千代を貰う話。それからどうなるのか。

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著者プロフィール

慶応3(1867)年、現在の新宿区生まれ。明治23(1890)年、帝国大学文科大学英文科に入学。明治28(1895)年から29(1896)年には『坊っちゃん』の舞台となった松山中学校で教鞭を執る。明治33(1900)年9月、イギリス留学出発。明治38(1905)年、『吾輩は猫である』を俳句雑誌「ホトトギス」に連載。明治40(1907)年、朝日新聞社に入社。以降、朝日新聞紙上に『三四郎』『それから』『こころ』などを連載。『明暗』が未完のまま、大正5(1916)年12月9日、胃潰瘍にて永眠。

「2018年 『道草』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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