それから (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010052

感想・レビュー・書評

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  •  漱石の前期三部作の二作目。主人公の代助(30歳)は、実家からの仕送りによって、のらくらと本を読んだり音楽を聞いたりして遊んで暮らしている(なお、書生として置いている門野も、勉強をせず、学校へも行かずに一日ごろごろしている呑気屋だ)。高等遊民の代助いわく、「何故働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ」。さらに代助は、「所謂処世上の経験程愚なものはない」、「麵麭に関係した経験は切実かもしれないが劣等だ」と公言し、自分自身をして、職業のために汚されない内容の多い時間を有する上等人種だと考えている。いわば、親の金を使って悠々とニート生活を送ることに誇りを持っているような人物だ。
     そんな代助の前に、関西から東京へもどってきた親友の平岡が現われる。平岡は不祥事に関与して勤めていた銀行を辞めたうえ、借金を負う身となっていた。そして、代助は以前親密だった平岡の妻三千代とも再会することとなる。平岡と三千代は、代助の仲立ちにより夫婦となった。しかし、代助は徐々に三千代への想いを募らせていく。
     この物語の概要を一言でいえば、ニートが人妻を略奪し、それを機に親から縁を切られて仕送りがストップされ、最後は働かざるを得なくなるといったものだ。結婚は先着順だが、その一度定まった秩序に変更を加えようとすると、尋常でない労力が必要となることがよくわかる。物語終盤では、三千代が死骸になってから会わせるとか、三千代の家の周りを徘徊するとか、どんどんクレイジーなことになっていく。平岡については、不祥事に関わって退職したサラリーマンの、その後の悲哀が印象的だ。様々な読み方をできる物語だと思う。

    【印象的な内容】
    「会社員なんてものは、上になればなる程旨い事が出来るものでね。」p.28

    「代助は平岡が語ったより外に、まだ何かあるに違ないと鑑定した。けれども彼はもう一歩進んで飽までその真相を研究する程の権利を有っていないことを自覚している。又そんな好奇心を引き起すには、実際あまり都会化し過ぎていた。二十世紀の日本に生息する彼は、三十になるか、ならないのに既にnil admirariの域に達してしまった。彼の思想は、人間の暗黒面に出逢って喫驚する程の山出ではなかった。彼の神経は斯様に陳腐な秘密を嗅いで嬉しがる様に退屈を感じてはいなかった。否、これより幾倍か快よい刺激でさえ、感受するを甘んぜざる位、一面から云えば、困憊していた。」p.29

    「代助は世間話の体にして、平岡夫婦の経歴をそろそろ話し始めた。……代助は始めから此所へ落す積りだったんだから、判然した調子で、『貴方から借りて置こうと思うんです』と云って、改めて誠吾の顔を見た。兄はやっぱり普通の顔をしていた。そうして、平気に、『そりゃ、御廃しよ』と答えた。誠吾の理由を聞いてみると、義理や人情に関係がないばかりではない、返す返さないと損得にも関係がなかった。ただ、そんな場合には放って置けば自からどうかなるもんだと云う単純な断定であった。」p.82

     「平岡の家は、この十数年来の物価騰貴に伴れて、中流社会が次第々々に切り詰められて行く有様を、住宅の上に善く代表した、尤も粗悪な見苦しき構えであった。とくに代助にはそう見えた。門と玄関の間が一間位しかない。勝手口もその通りである。そうして裏にも、横にも同じ様な窮屈な家が建てられていた。東京市の貧弱なる膨張に付け込んで、最低度の資本家が、なけなしの元手を二割乃至三割の高利に廻そうと目論で、あたじけなく拵え上げた、生存競争の記念であった。今日の東京市、ことに場末の東京市には、至る所にこの種の家が散点している。のみならず、梅雨に入った蚤の如く、日毎に、格外の増加律を以て殖えつつある。代助はかつて、これを敗亡の発展と名づけた。そうして、これを目下の日本を代表する最好の象徴とした。……資本を頭の中へ注ぎ込んで、月々その頭から利息を取って生活しようと云う人間は、みんなこういう所を借りて立て籠っている。」p.92-93

    「『宅の都合は、どうだい。間取の具合は可さそうじゃないか』『うん、まあ、悪くっても仕方がない。気に入った家へ這入ろうと思えば、株でも遣るより外に仕様がなかろう。この頃東京に出来る立派な家はみんな株屋が拵えるんだって云うじゃないか』『そうかも知れない。その代わり、ああ云う立派な家が一軒立つと、その蔭に、どの位沢山な家が潰れているか知れやしない』『だから猶住み好いだろう』」p.95

    「何故働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。もっと、大袈裟に云うと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ。第一、日本程借金を拵らえて、貧乏震いをしている国はありゃしない。この借金が君、何時になったら返せると思うか。そりゃ外債位は返せるだろう。けれども、そればかりが借金じゃありゃしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでいて、一等国を以て任じている。そうして、無理にも一等国の仲間入をしようとする。だから、あらゆる方面に向って、奥行を削って、一等国だけの間口を張っちまった。なまじい張れるから、なお悲惨なものだ。牛と競争をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。その影響はみんな我々個人の上に反射しているから見給え。こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事は出来ない。悉く切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使われるから、揃って神経衰弱になっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、只今の事より外に、何も考えてやしない。考えられない程疲労しているんだから仕方がない。精神の困憊と、身体の衰弱とは不幸にして伴なっている。のみならず、道徳の敗退も一所に来ている。日本国中何所を見渡したって、輝いてる断面は一寸四方も無いじゃないか。悉く暗黒だ。その間に立って僕一人が、何と云ったって、何を為たって、仕様がないさ。」p.102-103

    「そいつは面白い。僕みた様に局部に当って、現実と悪闘しているものは、そんな事を考える余地がない。日本が貧弱だって、弱虫だって、働らいてるうちは、忘れているからね。世の中が堕落したって、世の中の堕落に気が付かないで、その中に活動するんだからね。君の様な暇人から見れば日本の貧乏や、僕等の堕落が気になるかも知れないが、それはこの社会に用のない傍観者にして始めて口にすべき事だ。つまり自分の顔を鏡で見る余裕があるから、そうなるんだ。忙がしい時は、自分の顔の事なんか、誰だって忘れているじゃないか」p.105

    「けれどもね、そんなに偉い貴方が、何故私なんぞから、御金を借りる必要があるの。可笑しいじゃありませんか。……それ程偉い貴方でも、御金がないと、私みた様なものに頭を下げなけりゃならなくなる」p.120-121

    「生涯一人でいるか、或は妾を置いて暮すか、或は芸者と関係をつけるか、代助自身にも明瞭な計画はまるでなかった。只、今の彼は結婚というものに対して、他の独身者の様に、あまり興味を持てなかった事は慥である。これは、彼の性情が、一図に物に向って集注し得ないのと、彼の頭が普通以上に鋭どくって、しかもその鋭さが、日本現代の社会状況のために、幻像打破の方面に向って、今日まで多く費やされたのと、それから最後には、比較的金銭に不自由がないので、ある種類の女を大分多く知っているのとの三カ条に、帰着するのである。が代助は其所まで解剖して考える必要は認めていなかった。ただ結婚に興味がないと云う、自己に明かな事実を握って、それに応じて未来を自然に延ばして行く気でいた。だから、結婚を必要事件と、初手から断定して、何時かこれを成立させようと喘る努力を、不自然であり、不合理であり、かつあまりに俗臭を帯びたものと解釈した。」p.123-124

    「平岡はとうとう自分と離れてしまった。逢うたんびに、遠くにいて応対する様な気がする。実を云うと、平岡ばかりではない。誰に逢ってもそんな気がする。現代の社会は孤立した人間の集合体に過ぎなかった。大地は自然に続いているけれども、その上に家を建てたら、忽ち切れ切れになってしまった。家の中にいる人間もまた切れ切れになってしまった。文明は我等をして孤立せしむるものだと、代助は解釈した。……平岡に接近していた時分の代助は、人の為に泣く事の好きな男であった。それが次第々々に泣けなくなった。泣かない方が現代的だからと云うのではなかった。事実は寧ろこれを逆にして、泣かないから現代的だと言いたかった。泰西の文明の圧迫を受けて、その重荷の下に唸る、劇烈な生存競争場裏に立つ人で、真によく人の為に泣き得るものに、代助は未だ曾て出逢わなかった。」p.140-141

    「代助は人類の一人として、互を腹の中で侮辱する事なしには、互に接触を敢てし得ぬ、現代の社会を、二十世紀の堕落と呼んでいた。そうして、これを、近来急に膨張した生活慾の高圧力が道義慾の崩壊を促がしたものと解釈していた。又これをこれ等新旧両慾の衝突と見傚していた。最後に、この生活慾の目醒しい発展を、欧洲から押し寄せた海嘯と心得ていた。この二つの因数は、何処かで平衡を得なければならない。けれども、貧弱な日本が、欧洲の最強国と、財力に於て肩を較べる日の来るまでは、この平衡は日本に於て得られないものと代助は信じていた。そうして、かかる日は、到底日本の上を照らさないものと諦めていた。だからこの窮地に陥った日本紳士の多数は、日毎に法律に触れない程度に於て、もしくはただ頭の中に於て、罪悪を犯さなければならない。そうして、相手が今如何なる罪悪を犯しつつあるかを、互に黙知しつつ、談笑しなければならない。代助は人類の一人として、かかる侮辱を加うるにも、又加えらるるにも堪えなかった。」p.143-144

    「彼は維新前の武士に固有な道義本位の教育を受けた。この教育は情意行為の標準を、自己以外の遠い所に据えて、事実の発展によって証明せらるべき手近な真を、眼中に置かない無理なものであった。にも拘わらず、父は習慣に囚えられて、未だにこの教育に執着している。そうして、一方には、劇烈な生活慾に冒され易い実業に従事した。父は実際に於て年々この生活慾の為に腐蝕されつつ今日に至った。……けれども封建時代にのみ通用すべき教育の範囲を狭める事なしに、現代の生活慾を時々刻々に充たして行ける訳がないと代助は考えた。もし双方をそのままに存在させようとすれば、これを敢てする個人は、矛盾の為に大苦痛を受けなければならない。」p.144

    「彼の近頃の主義として、人と喧嘩をするのは、人間の堕落の一範疇になっていた。喧嘩の一部分として、人を怒らせるのは、怒らせる事自身よりは、怒った人の顔色が、如何に不愉快にわが眼に映ずるかと云う点に於て、大切なわが生命を傷ける打撃に外ならぬと心得ていた。彼は罪悪に就ても彼れ自身に特有な考を有っていた。けれども、それが為に、自然のままに振舞いさえすれば、罰を免かれ得るとは信じていなかった。人を斬ったものの受くる罰は、斬られた人の肉から出る血潮であると固く信じていた。迸しる血の色を見て、清い心の迷乱を引き起さないものはあるまいと感ずるからである。代助はそれ程神経の鋭どい男であった。」p.152

    「その上彼は、現代の日本に特有なる一種の不安に襲われ出した。その不安は人と人との間に信仰がない源因から起る野蛮程度の現象であった。彼はこの心的現象のために甚しき動揺を感じた。彼は神に信仰を置く事を喜ばぬ人であった。又頭脳の人として、神に信仰を置く事の出来ぬ性質であった。けれども、相互に信仰を有するものは、神に依頼するの必要がないと信じていた。相互が疑い合うときの苦しみを解脱する為めに、神は始めて存在の権利を有するものと解釈していた。だから、神のある国では、人が嘘を吐くものと極めた。然し今の日本は、神にも人にも信仰のない国柄であるという事を発見した。そうして、彼はこれを一に日本の経済事情に帰着せしめた。」p.156-157

    「誠太郎はこの春から中学校へ行き出した。……それから先どんな径路を取って、生長するか分らないが、到底人間として、生存する為には、人間から嫌われると云う運命に到着するに違ない。その時、彼は穏やかに人の目に着かない服装をして、乞食の如く、何物をか求めつつ、人の市をうろついて歩くだろう。」p.175

    「彼は理論家として、友人の結婚を肯った。山の中に住んで、樹や谷を相手にしているものは、親の取り極めた通りの妻を迎えて、安全な結果を得るのが自然の通則と心得たからである。彼は同じ論法で、あらゆる意味の結婚が、都会人士には、不幸を持ち来すものと断定した。その原因を云えば、都会は人間の展覧会に過ぎないからであった。彼はこの前提からこの結論に達する為にこう云う径路を辿った。彼は肉体と精神に於て美の類別を認める男であった。そうして、あらゆる美の種類に接触する機会を得るのが、都会人士の権能であると考えた。あらゆる美の種類に接触して、そのたび毎に、甲から乙に気を移し、乙から丙に心を動かさぬものは、感受性に乏しい無鑑賞家であると断定した。彼はこれを自家の経験に徴して争うべからざる真理と信じた。その真理から出立して、都会的生活を送る凡ての男女は、両性間の引力に於て、悉く随縁臨機に、測りがたき変化を受けつつあるとの結論に到着した。それを引き延ばすと、既婚の一対は、双方ともに、流俗に所謂不義の念に冒されて、過去から生じた不幸を、始終嘗めなければならない事になった。代助は、感受性の尤も発達した、又接触点の尤も自由な、都会人士の代表者として、芸妓を選んだ。彼等のあるものは、生涯に情夫を何人取り替えるか分らないではないか。普通の都会人は、より少なき程度に於て、みんな芸妓ではないか。代助は渝らざる愛を、今の世に口にするものを偽善家の第一位に置いた。」p.200-201

    「彼は西洋の小説を読むたびに、そのうちに出て来る男女の情話が、あまりに露骨で、あまりに放肆で、かつあまりに直線的に濃厚なのを平生から怪んでいた。原語で読めばとにかく、日本には訳し得ぬ趣味のものと考えていた。従って彼は自分と三千代との関係を発展させる為に、舶来の台詞を用いる意志は毫もなかった。少なくとも二人の間では、尋常の言葉で充分用が足りたのである。」p.236-237

    「彼は三千代と自分の関係を、天意によって、――彼はそれを天意としか考え得られなかった。――醱酵させる事の社会的危険を承知していた。天意には叶うが、人の掟に背く恋は、その恋の主の死によって、始めて社会から認められるのが常であった。彼は万一の悲劇を二人の間に描いて、覚えず慄然とした。彼は又反対に、三千代と永遠の隔離を想像してみた。その時は天意に従う代りに、自己の意志に殉ずる人にならなければ済まなかった。彼はその手段として、父や嫂から勧められていた結婚に思い至った。そうして、この結婚を肯う事が、凡ての関係を新にするものと考えた。」p.251

    「一番仕舞に、結婚は道徳の形式に於て、自分と三千代を遮断するが、道徳の内容に於て、何等の影響を二人の上に及ぼしそうもないと云う考が、段々代助の脳裏に勢力を得て来た。既に平岡に嫁いだ三千代に対して、こんな関係が起り得るならば、この上自分に既婚者の資格を与えたからと云って、同様の関係が続かない訳には行かない。それを続かないと見るのはただ表向の沙汰で、心を束縛する事の出来ない形式は、いくら重ねても苦痛を増すばかりである。と云うのが代助の論法であった。代助は縁談を断るより外に道はなくなった。」p.254

    「『余りだわ』と云う声が手帛の中で聞えた。それが代助の聴覚を電流の如くに冒した。代助は自分の告白が遅過ぎたと云う事を切に自覚した。打ち明けるならば三千代が平岡へ嫁ぐ前に打ち明けなければならない筈であった。彼は涙と涙の間をぼつぼつ綴る三千代のこの一語を聞くに堪えなかった。『僕は三四年前に、貴方にそう打ち明けなければならなかったのです』と云って、憮然として口を閉じた。三千代は急に手帛から顔を離した。瞼の赤くなった眼を突然代助の上に睜って、『打ち明けて下さらなくっても可いから、何故』と云い掛けて、一寸蹰躇したが、思い切って、『何故棄ててしまったんです』と云うや否や、又手帛を顔に当てて又泣いた。」p.281

    「会見の翌日彼は永らく手に持っていた賽を思い切って投げた人の決心を以て起きた。彼は自分と三千代の運命に対して、昨日から一種の責任を帯びねば済まぬ身になったと自覚した。しかもそれは自ら進んで求めた責任に違いなかった。従って、それを自分の脊に負うて、苦しいとは思えなかった。その重みに押されるがため、却って自然と足が前に出る様な気がした。彼は自ら切り開いたこの運命の断片を頭に乗せて、父と決戦すべき準備を整えた。父の後には兄がいた、嫂がいた。これ等と戦った後には平岡がいた。これ等を切り抜けても大きな社会があった。個人の自由と情実を毫も斟酌してくれない器械の様な社会があった。代助にはこの社会が今全然暗黒に見えた。代助は凡てと戦う覚悟をした。」p.287

    「代助は死に至るまで彼女に対して責任を負う積りであった。けれども相当の地位を有っている人の不実と、零落の極に達した人の親切とは、結果に於て大した差違はないと今更ながら思われた。死ぬまで三千代に対して責任を負うと云うのは、負う目的があるというまでで、負った事実には決してなれなかった。代助は惘然として黒内障に罹った人の如くに自失した。」p.304

    「『君は何だって、あの時僕の為に泣いてくれたのだ。なんだって、僕の為に三千代を周旋しようと盟ったのだ。今日の様な事を引き起す位なら、何故あの時、ふんと云ったなり放って置いてくれなかったのだ。僕は君からこれ程深刻な復讎を取られる程、君に向って悪い事をした覚がないじゃないか』 平岡は声を顫わした。代助の蒼い額に汗の珠が溜った。そうして訴える如くに云った。『平岡、僕は君より前から三千代さんを愛していたのだよ』 平岡は茫然として、代助の苦痛の色を眺めた。『その時の僕は、今の僕でなかった。君から話を聞いた時、僕の未来を犠牲にしても、君の望みを叶えるのが、友達の本分だと思った。それが悪かった。今位頭が熟していれば、まだ考え様があったのだが、惜しい事に若かったものだから、余りに自然を軽蔑し過ぎた。僕はあの時の事を思っては、非常な後悔の念に襲われている。自分の為ばかりじゃない。実際君の為に後悔している。僕が君に対して真に済まないと思うのは、今度の事件より寧ろあの時僕がなまじいに遣り遂げた義侠心だ。君、どうぞ勘弁してくれ。僕はこの通り自然に復讎を取られて、君の前に手を突いて詫まっている』」p.330-331

    「世の中に分らない人間程危険なものはない。何を為るんだか、何を考えているんだか安心ができない。」p.341

  • ブンガク
    かかった時間 4〜5時間くらい?

    何度目かの再読。いつ読んでも後半の盛り上がりが半端ない。愛に向かう理由もいきさつもなにもないのに、その激情だけが胸に迫る。

    定番の読み方のように、個人や恋愛のあり方に適応しきれない社会や人間をこの作品が描いているのだとすれば、やはり現代はそうした飢えが起こらない不幸がある時代だと思う。

    ぐっとくる、し、大きな時代の流れの中でこの作品を考えることもできる、が、果たして、古文もそうだが、この作品はいつまで普遍性をもつだろうか。それとも、やはり、永遠の普遍性(まあそもそも普遍性とは時間軸も考慮されるべきものだが)を、この作品は持っているのだろうか。

    以前、能を観た時に、前半の静寂が後半を際立たせていると思った。この小説もそんな感じがする。

  • モラトリアム。門に続く。

  • 「三四郎」「それから」「門」は夏目漱石の前期三部作と呼ばれているようで、「三四郎」をずっと前に読んでいたので、それでは次は「それから」を読もうかと思って手に取った本書。最初は「三四郎」の続編なのかと思っていましたが、どうやら三部作とはいえ、主人公はそれぞれ異なるようですね。解説によると、「三四郎」の主人公のような人物の”それから”を描いた作品とのこと。

    前置きはさておき、本書の主人・代助がとにかく理屈っぽくて、なんだか頭はいいけど内面は子供のままな印象。何かやりたいことはあるんだけど、それが何かよくわからないから、先延ばし先延ばしで生きてきている。そんな主人公。屁理屈ばっかいってないで働け!といいたいけれど、実はたまに彼の考えに頷けるところもあって複雑な気分。誰しもが社会の流れに折り合いをつけて生きている、そんな現代社会において、その流れについていけない人物が、流れ自体を理屈っぽく批判している感じ。だからこそ、折り合いをつけている読み手からすると、たまに彼の言動に納得できたりするのかもしれません。

    見方によっては、ずっと子供のままであった代助が父親による強制的なお見合い、そして友人の妻・三千代との出会いをきっかけに大人になっていく、そんな物語かもしれません。一方、代助は三千代への恋心を”思い出した”のではなく、実は強制的なお見合いから逃げ出す口実として、”思い出したことにした”のではないかと思ってしまいました。もちろん代助はそんな自らの心境は理解していないでしょう。それは代助のやけに理屈っぽい性格がすべて彼を正当化するためだけにあるものであり、彼自身も自らの内面を理解し切れていないのではと思うからです。そう考えると、まあ確かに最終的には大人になった代助なのでしょうが、なんだか悲しい、というかやるせない物語だなぁと思ったり。

  • 愛した女性を友人に譲り、後に友人が放蕩に身を持ち崩し、女性も傷ついているのを知り、自分もかつての愛を甦らせ女性を奪い返すという、不倫、略奪なんでしょうけどそれにつきもののエゴをあまり感じなかったです。
    彼の悩みが、道に外れた行為というより自分自身に向けられているからでしょうか。自身に嫌悪し、無価値と感じている彼には多少共感できる面もありました。理論ばかりで実体を伴っていない、今で言うニートぶりにはとても共感できないですけど。
    三千代という女性を得たものの、代助が失ったものも大きかったですね。最後の赤のイメージが印象に残りますが、やっぱり破滅に向かっているんですかね?

  • こんな終わり方をされるとは思わなかった。
    でも妙に律儀だから、平岡の言う通りにしてしまうんだろう。あまりにも真正面から向かいすぎた。
    読んでいてゾッとする箇所がいくつかあった。
    外の刺激に耐えられない時の話、頭が二重になる時の話、同類であった友人が次第に本を理解できなくなったという話など。代助が、父や兄夫婦と疎遠になってでも守りたいとするものが分かる気がする。踏み込まれたくない部分は誰にでもあると思いたい。
    後半から、感情の出ている描写がグッと心を掴んで一気に引き込まれた。
    愛により代助の人間味が感じられて好き。理論家でありながら最後は直感で決めるところや、自然=人間の衝動のようなものを大事にしているところなど、まったく遠い人とは思えなかった。

  • 世の中が悪いから自分が働いても無意味だと言って親のすねをかじってぶらぶらしている主人公。「高等遊民」という漱石の思想がよく表れた作品だと思う。

  • 親のすねをかじって生きる長井代助は、かつて親友に好きだった女性・三千代を譲っていた。父の勧める結婚を断り、三千代への想いを告白する。雨の日に百合の花を眺めながら三千代を待つ間、社会的なしがらみから解き放たたれ幸福を感じる代助。心情の描写が印象的。

  • 代助の親友への態度は、苦悩の末の誠実さを供えたものだったが、やはり現実社会の仕打ちは厳しかった。私も、代助ほどではないし性質も異なるが、社会から遠い生活をしているので、後半は特に彼
    に感情移入して辛かった。最後、代助はどんな気持ちで職を探しにいったのだろう。いっそすっきりした気持ちならいいのだが。三千代が、今後幸せなれるのかも気になる。代助と平岡の関係が変わった以上、三千代はこのまま涙を流し流し短い生涯を耐えなければいけないのかもしれない。代助は、様々な重たい運命を背負ってそれからを生きるのであろう。

  • こんなことを言うのははばかられるようですが、主人公の生い立ちと思想には、かなり共鳴できるところがあります。


    ことをしなくとも、手に入るものがあって、それで満足できるのなら、なにも汗をかくことはないではないか。

    自然とそうなるべきものは、そうしておけばよいのではないか。

    流れに身を委ねながら、ときに僅かに舵を切りさえすれば、のらりくらりとそれなりの岸にたどり着けるのではないか。


    そういう態度が、いつの間にか希望と違う不可逆な状況に至らしむるものであります。

    そんな態度の集積が、彼の思想を腐敗さたとも言えます。

    そしてその思想が、破滅的な情動となって、ある狂気に帰結する。


    自身の経験と重ねあわせながら、じっくりと味わいました。

著者プロフィール

夏目漱石(なつめ そうせき)
1867年2月9日 - 1916年12月9日
江戸・牛込馬場下(新宿区)生まれの小説家、評論家。本名は「夏目金之助」(なつめ きんのすけ)。1890年、帝国大学文科大学英文科に入学。1895~96年には『坊っちゃん』の舞台となった松山中学校で教鞭を執る。1900年、イギリスに留学。1905年、『吾輩は猫である』を俳句雑誌「ホトトギス」に連載し始め、作家活動を本格的に開始。1907年、朝日新聞社に入社。以降、朝日新聞紙上に『三四郎』『それから』『こころ』などの代表作を連載。日本の文学史に多大な影響を与えており、作品は多くの人に親しまれている。学校教科書でも多数作品が採用されている。

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