門 (新潮文庫)

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レビュー : 218
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010069

感想・レビュー・書評

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  • 序盤から終盤まで、気だるい雰囲気が漂っている。俗世離れした宗助と御米の生活。崖を目の前にした住居が象徴的で、一見平穏そうに見える二人の生活に様々な方面から暗い影が忍び寄ってくる。小六の身の置き所や、学費の支援で一悶着あった。さらには二人の子供をめぐる暗い過去や、親友を裏切った上で得た二人のおぼつかない生活。良心の呵責を抱え込んだまま、世間から隔離されたかのような生活を送る二人の様子を想像すると、思わず暗い気持ちになってしまう。
    終盤では宗助が救いを求めて禅寺の門をくぐるが、そこでも自らの不甲斐なさを再認識してしまう。門を開けてもらおうとしたが、そんなもの自分で開けろと諭された。開け方を考えてはみたが、自分は門を通ることができない、されど門を通らずに済むわけではない。そこに親友を裏切った罪を背負う者の、全てを凝縮した思念が表現されているように感じた。
    人間が生きていく中で、誰しもが抱えるであろう苦悩。それに対して、どのように向き合っていくべきか、考えさせられる一冊だった。

  •  「それから」から続けて読んだら宗助の素朴っぷりに心を洗われる気がした。

     至る所に諦念の満ちた作品だと思った。小六のために話をつけてやりたいけど、何かを頼みに行くのは怖いし、不安だし、自分はそんなことをして許される人間じゃない。自分は最下にいるから、いいことなど起こらなくて当然。御米と生きていられればそれでいい。
     子供がいればもう少しは明るいかも、と無邪気に発した言葉は御米を傷つけた。だけど傷つけたいわけじゃないし、傷つきたいわけでもなかった。ただ情けなかった。ふたりがお互いを求め合っているのが、せめてもの救いだったと思う。

     安井のことを御米に話さない宗助がいじらしかった。門の前に立っても開かれず、自分で開く力もない。開けられないものだったのだ、とやはり宗助はあきらめる。
     最後に訪れた小康状態がこのままずっと続けばいいと思う。だけどいずれまた冬が来るんだ。

  • 漱石先生の作品で1番好き。夫婦の静かな日常に幸せを感じる。

  • 中年以降の処世術指南書としても読めるかもしれない。

  • 「三四郎」、「それから」に続けて読んだ。自分は漱石の文章が好きだからこの3部作は自分にとっての予言書にでもなるといい。平安なだけの人生は想像つかないけれどいつ来るかわからない不安におびえながら暮らすのも嫌だ。

  • 漱石小説のなかで好きな一冊をあげれば「門」。

    吉本隆明さん以下漱石ファンの多くが薦める一冊。

    不安をかかえながらもささやかな幸せな夫婦生活の描写がだんぜんいい。

    明治以来何百万人という漱石中毒患者が生まれ、その一人ひとりが自分の漱石論を語り始める、という不思議な魔力。

    はては胃潰瘍にもなってみる。

    書けそうで決して書けない小説、漱石。

  • 明治43年に朝日新聞に連載された作品で、「三四郎」「それから」と続く三部作の終編。
    宗助と妻の御米は、世間から隔てを置いて、お互いにお互いだけを相手にしてひっそりと暮らしている。叔父一家や、そこに預けている実の弟の小六とも、親しく付き合うことはない。それには二人が過去に犯したある罪が原因しているらしかった。
    のらりくらりとした夫婦の会話から始まる「門」は、最後ものらりくらりとした夫婦の会話で終わる。その中に回想が挟まれ、二人の過去が知れるわけだが、始めは何があったのが全く分からない。(三部作と知っていれば分かっちゃうんだけど。) 思わせぶりな表現がチラチラ出てくるだけである。これといって何か事件が起きるわけでもなく、少々退屈なお話ではあるが、三部作だと思うと有り難がって読んでしまう。

  • 本文で明らかにして欲しかったのは次の2点。

    まず一点目は、宗介、御米、安井の間に具体的に何があったのか。下衆い話かもしれないが、その「何か」の前後で3人の性格がガラリと変わってしまったことから見ても、この「何か」がとても重要であることは明らか。わざとブラックボックスにしたということは、そこを読者に想像して欲しいということか?あまり性急に欲してはいけないのかもしれない。

    もう一点は安井の話を聞いた後に宗介が宗教に傾倒した、その思考の道筋。この時代の常識的な思考経路なのか、あるいはこれも作者の恣意的なブラックボックスが置かれているのか判断できない。禅寺のエピソードは本書の題「門」にも直結することであるから、この思考経路も見逃せない要点ではあると思うが、少なくとも今の自分にその思考経路は共感を持てない。

    等々、掴みどころのない点も多々あったが、全体的には気に入っている。何より日本語が綺麗。表現が明快で多彩。宗介と御米の二人組がとても愛おしく思える作品。

  • 『門』というタイトルは漱石の弟子が付けたものだが、作中で野中夫妻が人生や心情のある転機を迎えるごとに「○○の門をくぐる」シーンが出てくるので、作中の「門」については興味深いテーマである。
    また、一度読んだだけでは根底で夫婦が分かり合えていないのではないかと感じたが、読み返してみるとあまりにも見落としている箇所が多いことに気づかされた。一見重要ではないかのようなシーンに物語の辻褄を合わせる重要な文章が織り込まれていることが多いからだ。
    宗助とお米は過去の過ちを抱えながらも、互いに向き合って二人の世界を形成していたが、二人が過去に裏切った安井の消息が酒井を通じて明らかになると宗助の小さな平穏は脅かされる。宗助はお米に安井が崖の上にやってくる事実とその強烈な不安を伝えられない。そこから最後の場面に象徴されるような夫婦間のすれ違いの影が兆してくるように私には思われた。だがそれはあくまでも宗助のこころの問題なのである。お米はいつでもあるべき方向を向いている。

  • 世間と隔絶し、何をするでもなく生きる夫婦2人。彼らの罪は友人を不幸にしたことではなく、ただ2人でいるだけで幸福であることなのかもしれません。

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著者プロフィール

夏目漱石(なつめ そうせき)
1867年2月9日 - 1916年12月9日
江戸・牛込馬場下(新宿区)生まれの小説家、評論家。本名は「夏目金之助」(なつめ きんのすけ)。1890年、帝国大学文科大学英文科に入学。1895~96年には『坊っちゃん』の舞台となった松山中学校で教鞭を執る。1900年、イギリスに留学。1905年、『吾輩は猫である』を俳句雑誌「ホトトギス」に連載し始め、作家活動を本格的に開始。1907年、朝日新聞社に入社。以降、朝日新聞紙上に『三四郎』『それから』『こころ』などの代表作を連載。日本の文学史に多大な影響を与えており、作品は多くの人に親しまれている。学校教科書でも多数作品が採用されている。

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