門 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 219
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010069

感想・レビュー・書評

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  • ドラマティックな設定(『それから』ですね)とコントラストを成すように、
    どこまでも純朴で飾り気のない愛で結ばれる夫婦の姿が、
    際立つように描かれています。あまりにも、素敵すぎます。。
    ・・・個人的には、これが小説の最高峰だなぁ。

  • これでもか、というくらい徹底的に、
    侘しい二人。
    侘しさが透明な水のようにたまっていき、
    その深い底のほうにいる二人も、
    だんだん透明になって消えてしまいそう。
    赤く燃えた後の燃えカスの黒、
    というよりは、
    もう何色に染まることもない透明さ。
    この透明さを感じさせる文章が美しく、
    気持ちのいいところもあった。

  • 2019/8/20

  •  言わずと知れた漱石の傑作。何も起こらないし、主人公が参禅してクヨクヨするだけのように読まれてきた一面がある。しかし、「青空」とそこからふりそそぐ庭先の明るい日差しが、人が生きていることを支えるという、なんでもない奇跡に心打たれるのは僕だけだろうか。
    https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/201904260000/

  • すこし昔の言葉遣いが多いため読みにくい部分があったが、情景の描写が鮮やかであった

  • 『それから』のその後の話ですが、『門』では宗助とお米の夫婦の物語になっています。
    宗助は親友の安井の妻を奪ってしまった。そのことへの罪の意識ですね。でも仮に安井が大学を卒業し、別の人生を歩んでいたら? 彼が冒険者になったことにも自らの選択の影響を感じてしまったんじゃないんでしょうか。
    逃げるように求めた仏道修行ですが、そこでも平安は得られず、物語終了後もきっと安井の影はついて回るんだろうなと思います。
    救いへの扉であるはずの門は閉ざされ、中に入ることができない。でもその門は本当に彼が望んだものが得られる門だったんでしょうか。拒絶されたのではなく、違う門の前に立っていたように自分には思えました。この作品が書かれた明治ではなく現代の感覚なのでしょうけど。
    ただ自分は宗助とお米、二人の距離感が好きですね。

  • 彼は門を通る人ではなかった。又通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。


    その後ろ暗い過去のために、社会に背を向け身を寄せ合って生きる宗助と御米。
    二人は父の死を機に、東京の実家に帰ってくる。
    叔父に預けていた資産が跡形もなく消えていたり、弟の学費が続かなくなって金策を迫られたりと日々の生活は苦しい。
    それでもなんとか暮らしていく仲の良い夫婦であったが、自然は二人にさらなる試練をもたらす。

    参禅の場面がなんとも悲しくて。これまでのらりくらりしているように見えた宗助の懊悩は、なかなか深いです。
    ちょっと夢十夜第二夜を思い出します。

    御米も宗助も、自業自得なのですが、突然天災に見舞われたかのような表現をされているのが不思議でした。
    しかも、夫婦はともに大人しく思慮もあり、感情に流されて不義理を犯す人とは思えないのですが……漱石にとって恋愛とは、それほど苛烈で決定的なものなのでしょう。

    それにしても、安井は二人をどう思っているのでしょう。
    重々しい性格だった安井が、蒙古で冒険家のようなことをしているとは…彼もやはり変わってしまったんですね。

    巻末の解説の
    「結局何ごともおこらなかったのであり、そして何ごとも解決しなかったのである」
    に、うんうんと頷きました。道草の解決しない感じに似てますね。春先のいい季節に、又冬が来ることを予期する宗助の言葉は象徴的ですね。

  • 序盤は金銭が絡む親戚同士のいやな展開、しかし後半はこの作品本来のテーマに激変。人付き合いでのお互いの立場から思考する繊細な気持ちがよく表現されています。また、作者執筆時の時代背景やその当時の庶民の暮らしなどが描かれ、とても興味深いです。
    宗助と御米夫婦の暗い過去が語られる一四章あたりから作品が変わるように文体ががらりと変わり、大胆かつ難解な表現がみられるようになります。勿論意図していると思われますが、その必要性には個人的には疑問です。読みやすい一三章までのほうが振り返ると楽しく読めていたと感じました。
    新潮文庫版の難点として、背表紙にあらすじがほぼストーリの9割方記述されており、これを読んでから読み始めると先が見えてしまい、先が気になり読み進める気持ちが失せるので注意が必要と思います。

  • 「それから」のそれからを描いたとのこと。タイトルである「門」とは漱石の弟子たちが決めたようで、読んでいて「なにが門なんだ…?」と疑問を抱いたのですが、漱石自身、書きはじめてからも「一向に門らしくなくて困っている」とこぼした模様。

    「三四郎」や「それから」と違い、なんだか平坦な物語です。主人公の宗助は妻である御米と二人暮らし。そんなに年老いてはいないのだけど、このふたり、穏やかというより、枯れている。とりわけ情熱的なところがなく、倦怠ただよう宗助にちょっとイライラしてくる反面、物語の節々で仄めかされる彼が起こした過去の過ちに興味を覚えます。やがて、その過ちも次第に明るみになりますが、すべてが明白に示されるわけではありません。解るのは宗助が親友である安井を裏切り、御米と結ばれたという事実だけ(これが解れば十分なのでしょうが)。また、終盤には宗助がその安井と対面しそうな展開になりますが、結局、対面することはなく、物語は大きな波乱もなく終わりを向かえます。

    御米は障子の硝子に映る麗かな日影をすかして見て、
    「本当に有難いわね。漸くの事春になって」と云って、晴れ晴れしい眉を張った。宗助は縁に出て長く延びた爪を剪りながら、
    「うん、然し又じき冬になるよ」と答えて、下を向いたまま鋏を動かしていた。

    とは、本書のラストシーンですが、どうも微妙に後味の悪さを感じる終わり方。安井と対面しなかったことは、ある意味では、いずれ訪れるその機会にこれからずっと怯え続けなければいけないことを意味しているのではないでしょうか。
    とかく、すべてが曖昧なままに幕を閉じる本書。解説で柄谷氏は「この日常には、希望もないが絶望もない。激しいものは何もない。(中略)結局なしくずしのまま老いていくような予感がこの作品にはある」と評し、「『門』はある独特の時間をとらえている。それは激しくもなく、ただ生活において微妙に累積されていくような時間であり、漱石ははじめてそれを書いたのである」と論じます。誤解を恐れず、荒っぽい言い方をするならば、精神的引きこもりといった感じでしょうか。そんな宗助と御米の関係について、作中で特に印象深かった記載を引用します。

    彼等が毎日同じ判を同じ胸に押して、長の月日を倦まず渡って来たのは、彼等が始から一般の社会に興味を失っていたためではなかった。社会の方で彼等を二人ぎりに切り詰めて、その二人に冷かな背を向けた結果に外ならなかった。外に向かって生長する余地を見出し得なかった二人は、内に向かって深く延び始めたのである。

    やっぱり物語全体のトーンは、こういうところから出ているのかな。そう考えると、こんな微妙で独特の感傷をもたらす著者の手腕に敬服のひとこと。

  • 友人から奪った妻と共につましく生きていく男の苦悩を描く。夏目漱石の前期三部作の一。

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著者プロフィール

夏目漱石(なつめ そうせき)
1867年2月9日 - 1916年12月9日
江戸・牛込馬場下(新宿区)生まれの小説家、評論家。本名は「夏目金之助」(なつめ きんのすけ)。1890年、帝国大学文科大学英文科に入学。1895~96年には『坊っちゃん』の舞台となった松山中学校で教鞭を執る。1900年、イギリスに留学。1905年、『吾輩は猫である』を俳句雑誌「ホトトギス」に連載し始め、作家活動を本格的に開始。1907年、朝日新聞社に入社。以降、朝日新聞紙上に『三四郎』『それから』『こころ』などの代表作を連載。日本の文学史に多大な影響を与えており、作品は多くの人に親しまれている。学校教科書でも多数作品が採用されている。

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