門 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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レビュー : 219
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010069

感想・レビュー・書評

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  • すげぇぇぇぇ。夏目漱石ってすげぇぇ! と、思った一冊。
    私は漱石のいい読者ではなく、「漱石で一番好きな本は?」と聞かれたなら、「うーん、『夢十夜』かなぁ?」ぐらいしか答えられないような人間であった。
    この本を手に取ったのも、『三四郎』『それから』は読んでいるのに、そう言えば『門』は読んでいなかったなぁ、というおかしな貧乏性がきっかけだった。

    それがいやはや、どうしたことだろう。読めば読むほど、え、漱石ってこんなに凄い作家だったんだ、やばい、私全然漱石の本を読めていなかったんだ、と過去の自分の読書を疑いたくなったのである。
    なんという生きることのナイーブさ、そして日常というものの怠惰さ。脆くて柔くて甘えているのに、図太くてそっけなくて突き放している。
    自分自身ですらままならないのに、自分一人では生きていけない。社会では生きていけないと思っているのに、社会がないと生きていけない。

    つまりこれ、膨大にして矮小な、圧倒的にして視野狭窄な、矛盾。普段は何気なく過ごしている、あるいは見ないふりをしている「矛盾」というものを、漱石は実に丁寧に、それこそ悲しくなるくらいリアルに描いている。
    その手腕のなんというブレのなさ、確実さ。凄すぎる。常人じゃない。何しろ、物語にどんな事件らしい事件も起こらないのである。むしろ、主人公が体験した一番の山場(切迫シーン)は、もう遠い過去へと過ぎ去っているのだ。
    それなのに、漱石はその淡々と過ぎ去るだけの、あまりに怠惰で茫漠とした日常を、あくまで堅実に着々と書く。そこには妥協も安定もない。ぐらぐらとして脆弱で、哀しいセンチメンタルな気持ちを、一切の同情を切り捨てて書く。

    これじゃ、漱石が神経症に悩まされたのも当然だ。こんなに微に入り細を穿って人間を描写する目と頭と腕があるんだもの。そして、そんなものを書く自分にどんな甘えも許していないんだもの。辛いに決まっている。
    少なくとも、この本を読んで私は漱石のことをそう思ったのだった。

  • 『三四郎』『それから』『門』に登場する三四郎、代助、宗助は、かなり多くの点で、自身と一致する部分があります。

    もっと若い時期に薦められて読んでいたら、あるいは人生が変わっていたかも知れません。
    代助・宗助のような過ちは冒さないよう、その香りのする道を迂回して通ることもできたでしょう。

    しかし、もしそうしてしまっていたら、この三作品を今のような気持ちで味わうことはできなかったのでしょう。

    私は宗助と御米の苦しみを理解することができます。また、ふたりの生活のある種の善さを感じることもできます。

    人生と読書体験は、どちらが先ということなく、相互に影響しあうようだな、と深く感じ入るに至った一冊でした。

    • 藤首 亮さん
      「一致するという事について」
       
      僕は『こころ』の中の私の名前は;小川三四郎だと思った。

      先生の衝撃;;;明治天皇が崩御になりました。その...
      「一致するという事について」
       
      僕は『こころ』の中の私の名前は;小川三四郎だと思った。

      先生の衝撃;;;明治天皇が崩御になりました。その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終わったような気がしました。
      最も強く明治の影響を受けた私どもが、その後に生き残っているのは必竟時勢遅れだという感じが激しく私の胸を打ちました。;;

      僕はこの考えは夏目漱石その人のものだと思ったのです。


      2019/05/18
  • 夏目漱石を読むときには、当時の明治の時代背景を重ね合わせながら、
    その時代に生きる人々の思いを知ろうとする。

    「門」についていえば、京大出の官僚で、ある意味では社会の成功者であるはずの主人公の宗助が、混沌とした社会の荒波に敢えて波風立てず、妻の御米と寄り添いながら生きていく。その時代とは?
    ただし、彼の精神は不安定であり、決して満足しない。宗教(座禅)への傾倒も試みるも、その精神を満たすことにはならない。

    御米(妻)は親友の安井の前妻であり、その裏切りに悩みながらも、その安井は冒険者として新しい生き方を探し求めており(それもまた新時代の生き方)、宗助は、その生き方も気になる。混沌とした時代に冒険する側とそれを傍観する側のコントラス。
    また、大家の坂井は旧幕時代から続く裕福な家庭で、ある意味では旧体制のノスタルジーを醸し出す。

    叔父や実弟との関係は血縁関係が希薄になる世相を示し、子供ができない御米との関係もそれを暗示する。

    最後は、御米と二人の世界に閉じこむことになるのだが、御米に全ての心を開くわけでなく、どこかで個人主義的な生き方となり、明治の時代に生きることの難しさを伝えようとしているのだろうか。

    ストーリーとしては淡々と進むのだが、夏目漱石の表現力が、ストーリーをうまく脚色しており、その技量の素晴らしさに感嘆させられる。

    • 藤首 亮さん
      時代背景を重ね合わせると言うこと。
      妻お米とその先夫安井‣大家の坂井・叔父と弟;;登場人物を全て並べて説明し、終わりに漱石の表現力を評価す...
      時代背景を重ね合わせると言うこと。
      妻お米とその先夫安井‣大家の坂井・叔父と弟;;登場人物を全て並べて説明し、終わりに漱石の表現力を評価する。
      ::短いレビュウーで簡潔に仕上げられておりますね。
      2019/05/11
  • 漱石の小説の中では一番好きかもしれません。夫婦の距離感がなんか好き。

  • 『三四郎』『それから』に続く三部作完結編。

    宗助と御米との隠居のような静謐な暮らしの描写が美しい。二人の人生の影は過去の千悔を拭い切れぬことにある。坂井とのふとした交流が過去の思わぬ想起と引き合わせが生じるわけだが、そこに至るまでの嫋やかな文章はさすが文豪夏目漱石。『こころ』のような緩やかながら激情を有す展開かと思わせながら、宗助は仏門に入る(出家体験?)トンデモ展開。あとがきを読むとタイトルの『門』然り衰弱気味であった著者がやややっつけ気味でそうなった模様だが、終盤の仲の良い二人の間にある溝と互いの秘密を独り抱えて淡い昏みのなか物語が閉じていく様子は、仏門のくだりはよいスパイスであったと思わされるから不思議だ。

    夏目漱石は『こころ』が好きだが(『坊ちゃん』や『吾輩は猫である』はあまり好きではない)、この『門』は個人的に好みであった。

  • 三部作の最後の作品。「それから」の二人はどうなったのだろう・・・と思いながら読みました。大きな波のある話ではありませんでしたが、宗助と御米の、何気ない会話がなんとなく良いなぁと思いました。二人の中で、二人の仲で、二人をつなぐものがあるのだなぁと感じました。それは、御米の「そのうちにはまたきっと好い事があってよ。そうそう悪い事ばかり続くものじゃないから」という言葉から思いました。また、宗助の弟の存在が、色んなことを抱えながら二人でやってきた宗助と御米と対比になり、彼のこれからの人生がどうなるのかも気になりました。

  • 世間とは深い関わりを持たずに身を寄せ合って生きてきた、宗助と御米(およね)。つましく節倹した生活を送るなか、学生という身の宗助の弟・小六が二人のもとに越してくる。

    物語の前半部分は、この小六の学費をいかにして捻出するかという生活的な問題に、宗助達2人があれこれ思い悩むことに終始しています。


    そして物語が進み、宗助と御米の過去が明らかになると、読者はこの作品が『それから』や『こころ』のように三角関係を描いたものであったと分かるのです。

    三角関係を克服したうえに成り立つ夫婦であることの罪悪感が、宗助と御米の生活に影を落とし、世間から隠れなければならない独特の暗さと疎外感を生み出しています。

    宗助夫妻の後ろ暗い過去に触れたところで、宗助の友人であり御米のかつての男である安井という人物が、2人の身近に現れることになるのですが…。


    題名『門』とは、安井の登場に怖じ気づいた宗助が、家を離れ身を寄せた禅寺の『門』を表すのでしょう。
    この作品は言ってしまえば、自分が恋人を奪った男に会いたくないが為に、禅寺へ駆け込む…というだけの話なのです。

    漱石が描く三角関係は必ずしも、幸せな結末を生むものではありません。

    ある日、鶯が鳴いたのを『ようやく春になった』と喜ぶ御米に対して、『しかし、またすぐに冬がくる』と言ってみせた宗助。

    『こころ』の中では先生が妻に隠れて自殺したように、本作では物語の最後まで、夫婦である宗助と御米の間には避けられない隔たりがあることを示しているのです。

  • 十年以上前に読んだときに気に入つたこの小説の『何もおこらなさ』が十年以上経つた今になつて普遍的なものに思えてならないのであつた。

  • 9/29
    三部作最後。
    何が起こるわけでもなく、何が解決されるわけでもなく。
    この平坦がたまらない。

  • すこし昔の言葉遣いが多いため読みにくい部分があったが、情景の描写が鮮やかであった

著者プロフィール

夏目漱石(なつめ そうせき)
1867年2月9日 - 1916年12月9日
江戸・牛込馬場下(新宿区)生まれの小説家、評論家。本名は「夏目金之助」(なつめ きんのすけ)。1890年、帝国大学文科大学英文科に入学。1895~96年には『坊っちゃん』の舞台となった松山中学校で教鞭を執る。1900年、イギリスに留学。1905年、『吾輩は猫である』を俳句雑誌「ホトトギス」に連載し始め、作家活動を本格的に開始。1907年、朝日新聞社に入社。以降、朝日新聞紙上に『三四郎』『それから』『こころ』などの代表作を連載。日本の文学史に多大な影響を与えており、作品は多くの人に親しまれている。学校教科書でも多数作品が採用されている。

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