虞美人草 (新潮文庫)

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レビュー : 113
  • Amazon.co.jp ・本 (496ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010106

感想・レビュー・書評

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  • 面白かった!
    先に読んだ「坑夫」は新聞小説の代打としてやっつけ(?)書きながらも虞美人草の主人公のその後の要素を持つらしいことを解説で読み、「自分」はなぜ出奔したのかと興味津々の体で読む。

    持つ者の理想と持たざる者の現実、表向きダメ男vs表面イイ男。高慢な女性と淑女の対比が際立って、重なる曖昧な部分がなくて面白い。

    随所に現れる漱石の思想は西洋の古典文学の文語調に展開されながらも格調高く、分厚い小説ながらぐいぐいと惹きこまれ、雰囲気いや増します。

    小野の冒頭と結末の変化が面白く、藤尾の結末がバッサリ切られていてビックリかつ呆気ないところは神経症を患っていた先生がこんな力技に持って行って、あなたけっこう体力あるし、前向きな心さえ感じてしまう。物語だもの、これでイイ。

    漱石先生は「こころ」と「それから」のほかは読みづらいと思い込んでいたがそんなことはないようだ。

  • 幾度と無く挫折してきた虞美人草。初めて読み切った感想は「私は大人になった」。少なくとも難しい言葉に惑わされることなく表現の意味するところと文脈を読み取れる程度には。漢文と日本文化の素養に溢れた流麗な言葉遣い素晴らしいですね。

    舞姫やこころと同じく、頭が良いけれど優柔不断な男が八方美人をして思いを断ち切るのを躊躇っているうちに、周りの人間が可哀想な思いをする(もしかしたら当時の人は高慢な女に降った罰に拍手喝采なのかもしれないが今は自立して美しく賢い藤尾の何が悪い)ので、小野を許すことはできないですが、女性に象徴される「文明」と「伝統」の間で揺れ動く文明人として小野くんは苦悩していたのでしょう(小野に憤慨しないだけでも大人になった)。
    男が3人、女が3人、それでも決してハッピーエンドにはならない、この結末は、皆が自分で考え始めたこの時代から始まる。それにしても18節の宗近と糸の立派さ!「真面目になれる」「お迎えに参りました」漱石の本でこんなに胸が熱くなるとは思わなかった。自由恋愛で先進的な男女のこの小説でも古い道義とか誠実さとかが勝つんだなぁ。良くも悪くも。
    「此処では喜劇ばかりが流行る」

  • 漱石の『虞美人草』を読んだ。とても人間的な、いい小説だった。そうして久し振りに、悲しい気持ちで小説を読んだと思った。そこには、悲劇の本質が現実的な力を持って描き出されていた。とても悲しい。

    『虞美人草』には、藤尾と小夜子という二人の美人の間に挟まれて、糸子という女性が登場する。学のない、平凡な女として描かれているが、僕はこの糸子ほど素晴らしい女性はいないと思った。糸子の兄の宗近と、糸子が想いを寄せる甲野も素晴らしい。彼らは皆、慥かな眼を持って生きている。

    僕はといえば、甲野と小野の中間地点に自分を置いて、どちらのなかにある闇にも同調できる気がして終始苦しさを感じながら読み進めた。しかしそこには、昔の人の言葉のなかに自分と同じ苦しみを見い出すことの安心があったようにも思う。人間の型に触れることを通して普遍的なものに出会うことの安心。

    かつて書かれた言葉が力を失い始めているのが現代であるという問題意識を僕は持っているが、漱石の文学は未だにその力を保持しているように思える。その言葉は現実に起きたことのうちに働いていた力だ。それは現実に苦しまれた苦しみであり、悲劇であった。それは紛れもなく、言葉の持つ現実的な力だ。

  • 難解な中にもこの時代の美しい文体を楽しむことができる。
    宗近の云う「真面目になること」は自分の心に備え置いてきたことと重なり合う。

    「真面目になれる程、自信力の出る事はない。真面目になれる程、腰が据わる事はない。真面目になれる程、精神の存在を自覚する事はない。天地の前に自分が厳存していると云う観念は、真面目になって初めて得られる自覚だ。真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。遣っ付ける意味だよ。遣っ付けなくちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。口が巧者に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない。頭の中を遺憾なく世の中へ敲きつけて始めて真面目になった気持ちになる。安心する・・・」

    • 抽斗さん
      この抜粋を読んで、とても『虞美人草』が読みたくなりました。
      この抜粋を読んで、とても『虞美人草』が読みたくなりました。
      2013/08/08
  • 「甲野さん。頼むから来てくれ。僕や親父のためはとにかく、糸公のために来てやってくれ」
    「糸公のために?」
    「糸公は君の知己だよ。叔母さんや藤尾さんが君を誤解しても、僕が君を見損なっても、日本じゅうがことごとく君に迫害を加えても、糸公だけはたしかだよ。糸公は学問も才気もないが、よく君の価値を解している。君の胸の中を知りぬいている。・・・僕は責任をもって糸公に受け合ってきたんだ。君がいうことを聞いてくれないと妹に合わす顔がない。たった一人の妹を殺さなくっちゃならない。糸公は尊い女だ、誠のある女だ。正直だよ、君のためならなんでもするよ。殺すのはもったいない」

    甲野は哲学の研究者。継母と妹からは、社会的地位もなく、ふらふらした情けない人と蔑まれている。
    だけど、親友の宗近は、甲野の本質を見抜いていて、人付き合いを避ける甲野を何かと気にかける。

    宗近の妹糸子は甲野を慕っているけれど、甲野が何気なくいった「あなたはお嫁に行かないで、そのままのほうがいい」というひとことに縛られて、気持ちを伝えられない。

    上の会話は、妹の気持ちを知った宗近が、家出しようとする甲野のところに来て、自分の家に来るよう説得する場面。
    (私の筆力ではエッセンスを抜き出せず、引用・・・)

    恋愛は、動物みたいに求めあう面だけがクローズアップされがちだけど、それだけじゃない。
    自分を理解してくれる誰かがいること。理解したいと思う誰かがいること。その幸せに気づかせてくれた作品。

  • 小野は学問に優れた男で、東京帝大の銀時計を授与されるほどだが
    性格は優柔不断で、人の意見や雰囲気に流されるばかりだった

    宗近は呑気でいいかげんな性格のために、軽く扱われがちだ
    しかしその実、有言実行の男でもある

    甲野はいつも深刻な顔で超然ぶっており、周囲の反感を集めるが
    それは財産を独占しようとする母親への、愛と不信に引き裂かれてのこと

    藤尾は甲野の妹、美人で、才気走ってて、高慢
    クレオパトラに自らを重ね、男を意のまま支配することを愛情と信じる

    糸子は宗近の妹で、家庭的な女
    詩情を解さないとして、藤尾からひそかに軽蔑されているが、気にしない

    小夜子は小野の恩師の娘にあたり、暗黙のうちに許嫁とされている
    古いタイプの女だから、小野の心変わりに泣いてばかりいる

    これら男女6人の、友情と恋愛をめぐる青春残酷物語
    かなわなかった夢のつづきが、いずれ小野の未来を苛むのだろうが
    その意味で「こころ」の原型と呼べるのかもしれない
    「虞美人草」は、大学教授の地位を捨てて専業作家になった夏目漱石が
    朝日新聞に連載したはじめての作品で
    気負いはあったのだろう
    りきみ返った美文調をこれ見よがしに連ねており
    その読みづらさから
    今では漱石作品のなかでも敬遠されがちな印象にある
    ただし個人的には
    日本の小説で文章の美しさといえば、この時期の漱石と思うんよね

  • 【Impression】
    「虞美人草」が一体誰のことなのか、結局は藤尾さんであると分かるんだが、虞美人草の花言葉は「平穏、無償の愛、慰め」などであるらしい。

    作中の藤尾さんは全くの正反対である。
    最後は意中の人を得る事が出来なかったため死んでしまうような、気性の荒い人である。

    この正反対にある状況は一体どういうことを意味しているのか、いや、面白かった。
    文章が綺麗で、詩的で、漢語のにおいがする、また読み返したい本
    【Synopsis】
    ●宗近と糸子、甲野と藤尾、そこに小野が加わり、表面的には平穏に、内面では策略を巡らせた人たちとの恋愛もの。宗近と甲野はこの策略に飽き飽きしている、小野は利己的にこれを利用している、藤尾は母と共に何とか小野と婚約しようとしている
    ●表面的には比喩や揶揄、暗喩、皮肉、が飛び交い、ここぞとばかりに機を窺っているやり取り、それを分かっていながら策略に乗っかる甲野、策略に真っ向から戦う宗近、「真面目」をキーワードに小野は立ち直る。糸子は藤尾と宗近が婚約することに反対している、学問はないが非常にロジカルな面を持っている。
    ●虞美人草に例えられているのは誰なのか、恐らく糸子ではない。糸子は平穏ではない、慰めでもない。甲野の母親と真っ向から対立し、一歩も譲らない。藤尾は死んで漸く「虞美人草」になったのか、平穏を漸く手に入れたのか。

  • お祖母さん、母親、私、と三代それぞれの本棚に一冊づつ置かれています。大好きです。学生の時に授業で先生が「夏目文学の中でこんなに文学的価値がなくてつまらない作品はない」と仰って、え~っとショックを受けた思い出があります。

  • 7月7日読了。博士号取得に向け勉学に励む優柔不断なモテ男・小野さんと許婚の小夜子、哲学者の甲野さんと腹違いの勝気な妹・藤尾、外交官を目指す宗近くんとその妹の糸子、とその周囲の人々が他人と世間に気を使いながら自分の主張を通そうとして生きるさま。冒頭の山歩きの男連から始まる登場人物たちの会話のやり取りの面白さと、それをときに神の視点で見下ろしときに登場人物の視点から語る漱石の筆が実に軽快でスカしたユウモアに溢れ、面白い・・・。ぐじぐじ悩む自分も、神の視点から見下ろせば滑稽に見えるものだろうか(そうに決まっているが)。ラストの宗近君の一言の切れ味・余韻も絶妙。

  • 優柔不断な男と、それに振り回される旧時代の親子と、それを振り回す新時代の女。
    と一行で片付くお話をすさまじく回りくどく美麗字句で飾り立てている。

    しかしその飾り立て方が、すばらしく美しい。
    怠惰で鬱々として暗い、墜ちていく時だけに見られる後ろ向きの不健全な美しさ。チェーホフをちょっと思い出した。かもめとか桜の園とか。

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著者プロフィール

夏目漱石(なつめ そうせき)
1867年2月9日 - 1916年12月9日
江戸・牛込馬場下(新宿区)生まれの小説家、評論家。本名は「夏目金之助」(なつめ きんのすけ)。1890年、帝国大学文科大学英文科に入学。1895~96年には『坊っちゃん』の舞台となった松山中学校で教鞭を執る。1900年、イギリスに留学。1905年、『吾輩は猫である』を俳句雑誌「ホトトギス」に連載し始め、作家活動を本格的に開始。1907年、朝日新聞社に入社。以降、朝日新聞紙上に『三四郎』『それから』『こころ』などの代表作を連載。日本の文学史に多大な影響を与えており、作品は多くの人に親しまれている。学校教科書でも多数作品が採用されている。

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