こころ (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.89
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本棚登録 : 16810
レビュー : 1920
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010137

作品紹介・あらすじ

親友を裏切って恋人を得たが、親友が自殺したために罪悪感に苦しみ、自らも死を選ぶ孤独な明治の知識人の内面を描いた作品。鎌倉の海岸で出会った"先生"という主人公の不思議な魅力にとりつかれた学生の眼から間接的に主人公が描かれる前半と、後半の主人公の告白体との対照が効果的で、"我執"の主題を抑制された透明な文体で展開した後期三部作の終局をなす秀作である。

感想・レビュー・書評

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  • 日本語が凄い。表現が凄い。もうどうにもならないほど損なわれてしまった人の、孤独な告白。そういう暗闇は周りの人も不幸にしてしまう。奥さんが一番かわいそうだ。お嬢さんが好きなのに、どうしても幸せにしてあげられなかった先生もかわいそうだ。

  • 高校の現代文の授業で一部抜粋して読み、そこから興味が出て本を買って読んだ。
    なんだろう、何とも形容し難い気持ちが心のなかに渦巻く作品。
    K、お嬢さん、先生や奥さん、多くの人の感情が入り交じり、読む人の立場で作品の味や見解が変わる作品だと思う。

    人間の汚らしさやエゴイストな部分、不器用な部分が上手く表現されていて、もはや苦しい。

  • 言わずとしれた夏目漱石の名作。
    「精神的に向上心のないやつは馬鹿だ」というセリフが印象深い。
    漱石というだけで敷居の高さを感じて敬遠されがちかもしれないけど、中身は恋愛を主軸にしたストーリーで読みやすいと思う。

  • 昔の純文学みたいなのはこれまで避けてきたが、
    試しに読んでみて一気に惹きつけられた。

    「とにかく恋は罪悪ですよ、よござんすか。そうして神聖なものですよ」

    先生のこの言葉にドキリとさせられた。

  • 高校時代以来、10年以上ぶりに読み返しました。

    神経衰弱や失恋など、高校生の私にはいまいちピンと来ないものでした。
    確かに気持ちが塞ぎ込んだり、叶わなかった恋をしたりはありましたが、その結果「死」を選ぶ理由というものが分からなかったのです。
    おそらくですが、そのときの私は「K」に感情移入しようとしていたのだと思います。
    そして懸命に理解しようとしていたのだと思います。

    しかし、月日が流れ、多くの人間と触れ合ってきたことにより、一人ひとりが「何と言われようとも変えられないポリシー」というものを持っていることを知りました。
    Kの場合は、「精進」や「精神的な向上心」などですが、それは私の中ではそれほど重要視されていないものだったので、Kの心も理解できなかったのだと思います。

    逆に今の私は、「先生」の心がとても理解できました。
    目先の欲望を抑えることができず、成し遂げることによって一時的な満足感は得られるが、あとで取り返しのつかないことをしてしまったと気付いてもそれを打ち明けることができない…そんなことはよくあります。
    ましてや先生は、懺悔すべき相手を亡くしてしまったのだから、悔やんでも悔やみきれない気持ちになるのは当然です。
    奥様の「Kさんが生きていたら、貴方もそんなにならなかったでしょう」という言葉が、どれほど残酷に先生の胸に刺さったかを思うと、とても辛いです。
    でも、これは誰にでも起こりうる悲劇なのです。

    時代こそ違えど、夏目作品は古くなることを知らないと痛感しました。
    さて、10年後、20年後の私は、この本をどういう風に読むのでしょうか…。

  • 世間を恐れず己の信念のままに、自虐的とも言える生き方を貫く友人Kに、
    彼の人生を根底から覆すような言葉を吐き、裏工作をして手に入れた妻。
    先生はKに恋を諦めさせたかっただけなのに、
    その言動はKの人格の全てを打ちのめし、死に追いやった。
    主人公の私は親に言われるがままに、先生に就職の斡旋を乞う手紙を書く。
    この手紙が私の思惑とは無関係に、結果的に先生を自殺へと導いてしまう。

    人間の言動というものは、それを発する側の意図しない働きをすることがある。
    軽い行き違いで済むものならいいが、
    この話のように、取り返しのつかない事態になるかもしれないから、
    言葉を発する際は気を付けなければと、感情的な私は思うのでした。

    Kの自殺以来、先生自身もいずれは自殺するという予感を抱きながらも
    実行に至らなかったのは、誰かに腹の中を全て曝け出し懺悔したかったのだろう。
    自分の罪悪感と心情を酌んでくれる「真面目な人」に全てを告白したとき、
    心の欲求が満たされ、この世の未練を断ち切ることができた。
    本書は、先生がそうまでして手に入れた妻を置き去りにして、
    自害するという究極の矛盾を描く事によって、
    人間が人間たる所以の難解な「こころ」をあぶり出している。

  • 国語の教科書で読んだだけのこの作品は、今読んでも本当に、見事としか言いようがない。
    時代背景知りませんので、先入観抜きで作品自体のレビューします。

    3章から成り、「先生と私」「両親と私」そして最も知名度の高い「先生と遺書」と構成されていますが、
    まず言いたいのは、「先生と私」の素晴らしさ。
    結末を知った今読み返すと、如何に著者が先生の苦しみを表すのに適切な言葉を選んだかがわかります。
    「私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代わりに、淋しい今の私を我慢したいのです。」
    「平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです。」
    結末に対して100納得するのはやはり気が進まず、平成の日本人として何かしら反論を、と読後考えたりもしましたが、
    振り返ってみれば、1章から続く先生の渇いた佇まいは異論を挟み込む余地など無いように思います。
    その牙城を更に完璧に築く後押しをするのは、あまりにも美しい日本語で書かれた3章の手紙。
    有名だからという理由でこちらも身構えてましたが、そんなアンチの意など何の意味も無い程、終盤の文章は圧巻です。
    しつこく繰り返される先生の葛藤は、あまり好感は持たれないものの、共感という点で誰もが頷かざるを得ない。
    というか時代を越えた今私なんかを唸らせている時点で、もうそれは真理でしょう笑。

    いわゆる文豪の小説に手を出したくなるきっかけとして、本作はとても良いと思います、
    少なくとも私は今、文豪モード

    • HNGSKさん
      な、なんと素晴らしいレビュー。
      私もはばかりながら、この作品が大好きです。
      tacbonaldさんのレビューに、引用されている文章がどこにあ...
      な、なんと素晴らしいレビュー。
      私もはばかりながら、この作品が大好きです。
      tacbonaldさんのレビューに、引用されている文章がどこにあるのか、確かめてみたくてたまりません。今すぐに、「こころ」を手にとって読みたい衝動に駆られました。
      もしよろしければ、フォローさせてください。
      2013/01/29
    • tacbonaldさん
      すみませんコメントに気付いてませんでした…
      コメントありがとうございます。
      レビューを書くことで、気持ちの整理にもなってさらに作品を好きにな...
      すみませんコメントに気付いてませんでした…
      コメントありがとうございます。
      レビューを書くことで、気持ちの整理にもなってさらに作品を好きになりますよね。
      これからもガンガンレビューしてってください!
      2013/02/24
  • 負が連鎖する話。関係ないかもしれないが知識が無いと問題に直面した時に解決するための選択肢が少なくなる。この世の最高の道楽は学問だそうだが学問で得た知識と経験で大きな問題を解決できれば楽しいに違いない。死をもって終わりにするより他に方法があったのではないかなと考えてしまう。100年ほど前(1914年)に書かれた物語にこれほど感情移入できるとは思わなかった。もやもやする感じが残って考えさせられるがうまく文章にすることが出来ないのは頭の中で消化しきれていないからだろう。時間をおいてもう一度読んでみたいと思う。誤字脱字はありませんでした。

  • 「明治」を知る一環として読む。特に乃木希典の殉死に影響された小説として興味を抱いたことがきっかけ。過去にも読んだことがあるのだろうか、授業なので。新鮮な気持ちで読むことができた。

    テーマとしては、金銭と恋愛を巡るエゴイズムの追及と批判、高度な自己否定に到達した人間像等、普遍的なものであり、それ自体共感を得る。
    加えて、明治時代の価値観、大正における厭世的な気分を描いたものであり、その時代風景も垣間見ることができる。

    「明治天皇」ドナルド・キーン著の中で日露戦争後の「不機嫌の時代」(山崎正和)について記されている。
    岡義武「青年の間には人生の意義を求めて懐疑、煩悶に陥るものが少なからず生じた。このような傾向は日露戦争前に既に兆していたが、戦後それは一段と顕著になり、煩悶を口にすることは今や青年間の一つの流行である、とまで評せしめるにいたった」
    若い青年男女で流行していた「煩悶的先生思想」、この厭世思想は皮肉なことに、日露戦争終結後十年間の文学が異常な開花を見せたことの一因となったかもしれない。夏目漱石は、この時期に彼の最高の作品を書いた。森鴎外、石川啄木、島崎藤村の名を今日に留めている傑作群は、主として同じ時期に登場した。この時期はまた、永井荷風、志賀直哉、芥川龍之介、谷崎純一郎が彼らに最初の名声をもたらした作品を発表した時でもあった。

    バブル崩壊後の約20年間、やはり厭世的ななものが充満しているわけだが、3.11が明治の時代にあった新しい世を築く力強さへの回帰を促しているような気がしている。

  • 夏目漱石の『こころ』を学生時代の課題図書ぶりに再読。姜尚中の『続・悩む力』内での絶賛ぶりに後押しされた形で。

    昔小学生だか中学生だかのときに読んだときは、どうしてこんな小難しい話が面白いんだろうかと、頭を抱えたが、そのときとは全く違った感覚で読むことができた。

    夏目漱石がこの本を書いたのは、1914年。つまり今から約100年前。もちろん、言葉遣いの違いから、時代の違いを感じはするけれども現代人の心の葛藤は100年前と変わらない。つまり人は、100年間同じような悩みを抱えながら、いま尚、そして今後100年ののちも生きるのだと思う。

    人への疑心、家族との不仲、金銭への過剰な執着、どうもしがたい孤独、誰にも相談できない苦悩。。。

    先生が自分の心の闇を誰にも打ち明けられずに生きながらえながら、最期には、私、という家族でも友達でももちろん恋人でもない存在に、その思いのすべてを打ち明けたこと自体が、逆に先生がほんものの孤独であったことを、物語っている。

    いま、メールやLINEやSNSやほんとうにたくさんのコミュニケーションツールがあり、日々多くの言葉が高速で交換されているけれど、その交換のなかにどれだけほんとうに心の通いあったコミュニケーションがあるだろうか。

    コミュニケーションをとればとるほど、孤独に苛まれていくという悪循環。先生の孤独はほんとうに悲しい。

    それにしても漱石先生の人間のこころというものへの繊細な感受性、巧みで表情豊かな表現力は圧巻です。人間という存在に対して、人間のこころというものに対して、悩みに悩んだことの証だと思うのです。

  • 妻の心を一点も汚すことなく、白いままで私は消えたいのです てところ凄い思想だな。人間は変わってしまう。しかし、妻にだけは変わらずにいて欲しいという先生の思想。真剣に告白できる相手を待ち続けた先生。罪の告白そして自ら罰するという。文章力、思想、ぶっちぎりの名作。

  • おそらく20年以上前に読んだ作品。
    その当時衝撃を受け、夏目漱石の多くを読んだ。
    先生、その細君、友人K の心 だれの心の内も相手にはわからない。
    先生の奥さんは、先生なき後その死の理由についてどれだけ苦しむのだろう。

    「恋は罪悪ですよ、そうして神聖なものですよ」

    恋は罪悪…。心に残る言葉です。

    また、20年後読みたい。

    • 9nanokaさん
      深い言葉ですね。私も印象深く感じました。
      まだ罪悪を感じるほどの恋情は持ったことがありませんが、私もあと20年くらいしたらわかるのでしょう...
      深い言葉ですね。私も印象深く感じました。
      まだ罪悪を感じるほどの恋情は持ったことがありませんが、私もあと20年くらいしたらわかるのでしょうか。
      2014/12/29
  • 高校の頃に一度読んだぎりになっていたのを再読。
    当時は、一読して「ふうん」という感じだったのだけれど、今回はちょっと違うように感じました。

    まず、「先生」の恋愛観の純粋さ。
    おそらく中年をとうに過ぎたであろう、おっさんのクセに、妻に対するピュアな恋心を残しているところに、おや?と思いました。妻を思う気持ちそのものは、どこまでもクリアなのですが、それがかえって、猜疑心だとか、罪悪感だとかが重くのしかかっている様子をクッキリ浮かび上がらせているように感じます。

    そして、解けない謎、「K」と「先生」は、最終的になぜ自死に至ったのか?
    これは結局よくわからないままです。
    でも、「どちらに進めばよいのかわからない」というくだりには、妙な迫力があります。どちらに進んでも、結局は幸せになれない、そんな諦観にも似た空気が通底しているように感じられました。

    あと、全く関係ないのですが、「先生」が前半の主人公である「私(♂)」に対して、「お前は恋してるんだろう?お・れ・に」(超訳)みたいなくだりもあったのですが、もしかしたらそっち方面からも解釈しうる本なのかなあ・・・とも思ってみたり。

    とにかく、この本は、多分人生のうちに、再び読み返すことになる本だと思います。

  • 心の機微が繊細に描かれていて読んでいてこっちまで苦しくなる。

    強さも弱さも、汚さも清さも、一人の人間が持つ色んな顔が垣間見えて揺さぶられる。

    教科書で読んだときの衝撃は忘れられない。

  • 改めてきちんと読んでみた。
    先生は、変われなかった人間の象徴のように思う。人間は何か契機があれば変わる事が出来る。しかし、先生は変わらなかったし、変わろうとしなかった。その理由は、お金が有るという裕福な環境だったのかもしれないし、事件のトラウマが深すぎたのかもしれない。
    それにしても、変わらないで自分の殻に閉じこもりウジウジしすぎですぜ。先生。
    しかし、なぜ「こころ」というタイトルにしたのだろう。

  • ただの古い小説のようにはおもえなかった。

  • 約十年振りの再読。

    まず感じたのは、昔の自分には到底この本を深くは理解できないであろうということ。
    恋愛とか友情とか、(その要素も含まれているけれども)そういった単語で一括りには出来ない本。
    「先生」、「私」、「K」の人間的な面に自然と目がいった。
    事後をはっきり書かない点、書く箇所は書く点、読み手に何かを汲み取って欲しいのではないかと思うと安易に小説と呼んでいいのかすら考えてしまう。

  • 大好きな一冊。

    人を傷つけてしまうのも、そのことに悩むのも、人を思いやるのも、思いやれないのも、結局自分のことを考えてるから。

    でも人ってそういうものだから仕方ないんです。

  • 読了。

    高校三年生の国語の教科書に載っていた。
    「K」、「わたし」、「先生」という名前ででてくる登場人物たちのどこか新しい感じに興味を覚えてうちにあった父母どちらかのと思われる古い岩波文庫の小説を手に取るも、読破できなかった。

    それから何度かトライしたけど読めず、他の夏目漱石もダメだったので、苦手なんだなと思って10年以上手をつけなかった。

    最近また読んでみようかなという気になって、現代にあわせた注をうったものを購入。
    昔はあれだけ前に進めなかったのに今回はおもしろくておもしろくて一気に読めた。
    やっぱり本にも読むタイミングってあるなぁ。

    後半の先生の告白がなんとも心に迫るものがある。現代人には理解しかねる価値観もあるにはあるけど、青年期の人の恋心、友情、見栄、素直になれないことからこじれてしまう人間関係、いろんなものが透明感に溢れる文章で表現されていて、共感できた。久しぶりにドッグイヤーの多い一冊になりました。

  • この本を読むのは二回目です。孤独な明治の知識人の苦悩と決断が夏目漱石ならではの美しい文体でありありと書かれています。こうして読んでみると改めて漱石は残酷だったり暗かったりするような場面を美しく表現することに長けていると思いました。
    『こころ』の主題はきっと一つだけではなく、恋と罪悪を主題とする人もいれば孤独を主題とする人もいて、中にはモラトリアムや同性愛に目をつける人もいるかもしれません。いずれの主題もとても興味深いのですが、私はこの本を両立しえない人間の感情に着目して読むことができるのではないかと思いました。お嬢さんが愛しいけれど憎たらしい、Kとお嬢さんたちが仲良くなって欲しいけれど、仲よさげにする二人に嫉妬をしてしまう、無欲でありたいけれど一人の女に惚れてしまう。いずれも矛盾しているように見えるけれど確かにそう感じていて、その両立しえない感情が人を悩ます。やがてその苦悩が誰も自分を理解してはくれないという孤独に変わり、死を決意する。人間の感情に翻弄された人々の苦悩や孤独が『こころ』というタイトルに繋がっているのではないかと読んでいて思いました。先生は作中で自分を狡猾な男だと言いますが、私は決してそうは思いません。Kも先生も人に対して驚くほど純粋で素直で、悲しいほど不器用だったからこそいつしか二人の信頼関係が互いを傷つける関係へと変わってしまい、死を選ぶ運命となってしまったのではないでしょうか。

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著者プロフィール

夏目漱石(なつめ そうせき)
1867年2月9日 - 1916年12月9日
江戸・牛込馬場下(新宿区)生まれの小説家、評論家。本名は「夏目金之助」(なつめ きんのすけ)。1890年、帝国大学文科大学英文科に入学。1895~96年には『坊っちゃん』の舞台となった松山中学校で教鞭を執る。1900年、イギリスに留学。1905年、『吾輩は猫である』を俳句雑誌「ホトトギス」に連載し始め、作家活動を本格的に開始。1907年、朝日新聞社に入社。以降、朝日新聞紙上に『三四郎』『それから』『こころ』などの代表作を連載。日本の文学史に多大な影響を与えており、作品は多くの人に親しまれている。学校教科書でも多数作品が採用されている。

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