道草 (新潮文庫 な-1-14)

Kindle版

β運用中です。
もし違うアイテムのリンクの場合はヘルプセンターへお問い合わせください

  • 新潮社 (1969年1月1日発売)
3.51
  • (55)
  • (99)
  • (189)
  • (12)
  • (7)
本棚登録 : 1733
感想 : 124
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (284ページ) / ISBN・EAN: 9784101010144

みんなの感想まとめ

人間関係のもどかしさや心の葛藤を描いた作品は、特に身近な人々との関係に苦しむ主人公の姿を通じて、共感を呼び起こします。主人公の健三は、妻や養父母、兄姉との複雑な関係に悩みながらも、彼自身の内面を深く考...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 妻や養父母、兄姉、義父とうまくいかない人間関係。
    もしかしたら相手側からしたら、健三とはうまくやっているつもりなのかも?ただ健三が神経質で頭が良くいろいろ考えてしまう性格だから、こうなっているのか。。

    とはいえ、健三の考えることに共感できる点も多かった。

  • 漱石の自伝と言われる作品。主に以下3つの事を軸にしている。1.かつての養父から無心2.第二子の出産3.親戚との関係と体調。
    全体的に暗く救いがない雰囲気。子供の出産と言うおめでたい事すら少しも喜びにつながらない。漱石は自身がこんなにも人々の心の襞を観察し表現出来るのに、身近な人達との接触では見栄などが邪魔をしてうまく付き合えないもどかしさを感じる。断ればよいお金の無心を断れないこと、妻への配慮にかける言動など、読んでいていらいらが募る。この作品の発表時期にもよるが身近な人達も含めてこうまで赤裸々に書いてしまうとは。
    ストーリーがないので中盤中だるみしたが、言葉の表現が面白く、また漱石が生きた時代を深く味わえる貴重な作品。ふりがながあるので読みやすかった。研究家による注釈も興味深い。

  • 25年前(大学生時代)に読んだときは、何か暗い小説だなと思った程度。漱石作品の中でもかなり下のほうにランクされていたはず。
    それが「道草」執筆時の漱石とほぼ同年齢になって再読してみたところ…。あまりに身につまされ涙が止まりません(苦笑)。
    この小説が味わえるようになったことを喜ぶべきか悲しむべきか。
    そんなこと自分じゃ分かるわけないです。
    次は明暗を再読しようと思っています。

  • 漱石の文学は一面的に読むものではない、この小説でも多面的に考えさせられる。

    このことがひどく気になった。

    主人公「健三」は大勢のきょうだいの末っ子で生まれてすぐ養子に出され、それが「健三」の精神的放浪になり、行き場所を失うのにつながり、本人が悩むとはなんてことだろう。

    昔は家名を残すために養子縁組が多かっただろうし、子どもがない夫婦が寂しさのためもらい子しただろうが、「健三」の養子先は将来めんどうを(働いて)みてもらうがためもらったのだ。それでは子どもが道具ではないか。

    養家先の不都合で9歳ぐらいの時に実家へ帰されたけれど、籍は養家先に20歳過ぎまであり、吝嗇な養父、養母の後難を恐れ、実父がそれまでの養育費を払い証文まで交すすさまじさ。

    その実父もいらなかった子が返ってくるなんて、という態度なのだからたまらない。

    三つ子の魂百までも、精神的苦しみは性格をゆがめる。

    もう結婚して娘も3人いる主人公、その養父母に、きょうだいに、妻の父に金銭的にたかられるのだ。しかも夫婦の関係がうまくなく、錯綜した悩みに襲われる。

    悩みに悩む主人公を、こんなに追い詰めてどうしようというのだろうと、怖気づいてしまった。『道草』なんて題はとんでもない。


    全くこの通りではないだろうが漱石の自伝的作品という、なんとつらい人生だったのだろうね。

    しかも、これがために文豪になったかも知れず皮肉なものだ。

  •  かつての養父と出会ってしまうところから物語は始まるのであるが、どうして健三は彼の出現を不安に思うのかが徐々にわかってくる。さすが夏目漱石、配偶者、幼い養子から見た養父と養母、姉とその夫比田、兄、それぞれの描写は凄いと感心させられる。
     健三はたいした稼ぎもないのであるが、その健三にお金をせびる人達と健三はそれを断りきれない。貨幣経済が進展した明治時代の世相が透けて見える。

  • (個人的)漱石再読月間の14。
    残すは未完の『明暗』のみ。

    「小説として発表された自伝」とされている。非道い親族たちで、何故漱石が、お金がなくてツライ話ばかりを書いているかが明らかになる。楽しいことのひとつもない話。


    漱石先生が神経症でひどい人だったということはよく知られていることではありますが、
    親族、家族、胃潰瘍、神経衰弱の問題なしに、長生きしてもっとたくさん書いてほしかった。
    ここまで再読してきて本当にそう思う。

    せめて、明暗はもう少し先まで読みたかったなぁ。大好きなんですよ、『明暗』。読み返すの何回目だろう。

  • 夫婦の分かり合えないもどかしさ、時代に関係なく共感できるところもありつつ、明治時代の「家」制度と比較して現代に生まれてきて良かったと感じた。

    主人公の健三に対して、最初は細君の思いに近く被害妄想的な性格に嫌気がさした。
    実父からも養父からも人間ではなくむしろ物品として扱われていたことは健三の人格形成に大きく影響していると推測され、その状況から脱したことでよく闘ったと誇りも持つとともに他と反りが合わなくなる様は気の毒にも思えた。

    心に残ったフレーズ
    「人間の内側はどうでも、外部へ出たところだけを捉まえさえすれば それでその人間がすぐ片づけられると思っているからさ。」「世の中に片づくなんてものほとんどありゃしない。一遍起こったことはいつまでも続くのさ。ただいろいろな形に変わるから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ」 /

    自分勝手に見える健三だが、一緒に円い輪の上をぐるぐる廻るように、喧嘩しながらも時々手を携えて談笑する細君がいてくれて良かった、、と最後には思えた。

  • いつ同じ様な状況になってもおかしくない、ぬるま湯の身動きの取れない地獄がえんえん続く。ラストの場面で一筋の光明を見ようとする。夏目漱石で一番好きな作品。

  • 形を変えて繰り返されるもの、というようなニュアンスの言葉と、いつまで経っても同じ輪を回る夫婦との関係性が印象的でした。
    夏目漱石の作品は、本当に繊細です。小難しい事を書いている訳ではないのに、心の在り方や人の気持ちの向き方の複雑さや、単純さを本当に細やかに描いていると思います。
    子育て中&仕事へ向かう途中にずっと読んでいたので、また時期がきたらじっくり読みたい。

  • 人間関係の描写が生々しく実にリアル。面白い。妻とのやりとりはすれ違いはあるものの、漱石さんの優しさを感じられる場面もあり、ホッとする。

  • 解説が非常にわかりやすかった。
    内容は、まったくもうな主人公と妻の言葉足らずの間柄に肉親だけにストレートな思いのたけ、でもそれももちろん心の中だけに留めて、と、とても歯がゆい聞いてて嫌になっちゃう人物なのに、ついつい読み進めてしまう。
    面白いんだよなぁ。

  • 良かった。
    主人公は極悪人というわけではないが、めちゃくちゃ善人というわけでもなく、普通にいそうなおじさん。仕事ぶりは熱心だが、常に時間に追われていて、ただ成功しているとは言い難い経済状況で、また奥さんに心を開かせるような態度をとれず、癖が強め。
    自伝的要素ありとのこと。どこまで漱石自身が主人公に投影されているのかわかんないけど、気持ちいい作業ではないよね。自分の嫌なところを描くんだから。
    自分もこういう部分あるあると思いながら苦しくなった。そう思わせる漱石の、人間分析&表現の鋭さが好き。

  • ダラダラと長い坂道を登るように怠い、その癖良い展望も望めない。「門」と違って脱世間的ですらない。生々しい人間関係とお金に縛られながら苦悩する夫婦の物語。
    道草を読むと、漱石が奥さんに対して相当な独りよがりの態度を取っていたことがわかる。その態度に共感してしまったのも、読んでいて何となく辛かった原因だったのかもしれない。
    本作品に限らず、漱石の小説は現代文の問題で棒線が引いてあって「このときの登場人物の心情を述べよ」なんていう問題が付きそうな文章があると、すぐ次の文章で漱石先生が勝手に答えを解説しだすような部分が多々ある。想像力を働かせたい読者には余計なお世話かもしれないが、自分には寧ろこれくらいが丁度良い。

  • 解説から、これが漱石の完成された最後の小説であったことを知る。何故『道草』と題したのか? 妻にも子にも優しくできず、元の養親からは無心され、思うように生きられない苦しさが、目的地へたどり着けないもどかしさと重なったのだろうか。漱石の自叙伝でもある本作は、読み手にとっても苦しさ、やりきれなさを感じさせる。だから、途中から妻・鏡子の『漱石の思い出』を読み始めた。そこには多少なりとも温かい家庭人としての漱石が見出されて安心した。漱石の作品を通じて所々で味わう江戸言葉も良い。

  • 漱石自身の生い立ちや生活を題材に、近代中産階級の酷薄な人間関係と「金しか欲しくない」物神崇拝を担々と書いています。
    「世の中に片付くなんてものは殆んどありゃしない。一遍起った事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変るから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ」

  • 人間の内面を描いた作品。
    人間を客観的に,シニカルに描写するという漱石の特徴は抑えられており,自分好みではない。

  • この物語は健三の言う「ペネロピーの仕事」の話で、終わりがない。
    物語は養父に金を渡すという区切りがついているが、健三のペネロピーの仕事の一部を切り取ったにすぎない。

    縁者とのしがらみ、妻との分かり合えなさ、家庭内での疎外感、自身や他者の健康問題、金銭問題が一定の温度で描かれているので少々退屈で何度も挫けそうになったが、人生の大部分はペネロピーの仕事でできているのだなと実感できたし、その僅かな隙間時間の行動や考えを大事にしないと、と思った。

  • 大正4年(1915)に描かれた小説。金を巡る話。

    「みんな金が欲しいのだ。そうして金より外には何にも欲しくないのだ。」
    イギリスから帰ってきて金が無いのに、突然育ての父親がやってきて金をせびる。イギリスで金を借りた優しい先輩からは直ぐに督促状まで送られまた別の友達に借金をする。妊娠中の妻とは気が合わず、ヒステリーと癇癪をぶつけ合ってる。
    金がないと余裕もないよな、わかる。

    「離れればいくら親しくってもそれ切になる代りに、一所にいさえすれば、たとい敵同士でもどうにかこうにかなるものだ。つまりそれが人間なんだろう」

    (金に困り、主人公の外套を着ていった妻の父に対し言った「でもよく着られるね」の返事)
    「見っともなくても寒いよりは好いでしょう」
    細君は淋しそうに笑った。

    「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。一遍起った事は何時までも続くものさ。ただ色々な形に変るから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ」

    みんな金が欲しい、それを交友関係に出しちゃうともうそこはおしまい。仲良くしたければ金のやり取りはいけないですね。金のやり取りのない夫婦仲も悪そうだけど。
    また、この時代の人々は見栄をもってたというか、人情というか。今じゃこんな人間関係あまり見ない気がする。

  • 健三は学問によりいち早く「近代」を吸収したが、個人主義の目をもって故郷を眺めたとき、それは「家族」という名の伝統的価値観によって彼を縛るしがらみでしかなかった。また教員という職業から高給取りとみられていた彼は、かつての養家島田を筆頭に親族一同から常に金銭的援助を求められていた。しかし健三の家にも資産がないばかりか家計は火の車なのである。家族や慣習とったしがらみに悩まされ、また金策に苦労する中で健三は妻御住との夫婦関係も悪化させてゆく。二人の関係が冷えるほど、御住は当てつけの如く産まれたばかりの子どもの世話に傾倒する。しかしそんな妻を健三は冷ややかに見てしまう。「家族」というコミュニティが解体されていく時代において、いつかは自分も妻も自立した子どもに見放される運命にあるからである。それは奇しくも自分が今まさに島田を見捨てようとしているのと同じように。最終的に、健三は島田の執拗な金銭の無心に対して手切れ金という形で決着をつけるが、それによりこれまでのしがらみが片付いたとは到底思えないのであった。
    「家族」という伝統的価値観から抜け出しきれない健三の葛藤が描かれているが、そこからの脱却を試みた先にあるのは、「お金」に象徴される近代的価値観による新たなしがらみであるという皮肉を感じる作品であった。

  • 漱石先生の金言がところどころに見られて読んでいてハッとさせられた。
    特に、p183の「何故物質的の富を目標もして今日まで働いてこなかったのだろうと疑う日もあった。〜みんな金が欲しいのだ。そうして金より外には何にも欲しくないのだ」島田のことを「彼奴の事だから人情で淋しいんじゃない。慾で淋しいんだ。」と評した120ページ、p223の「衰えるだけで案外変わらない人間のさまと、変わるけれども日に栄えて行く郊外の様子」の対照。ここ、「坑夫」での漱石先生の主張「人は時事刻々変わって行く」の主張と矛盾しないか?そして最後p333の「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。一遍起こった事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変わるから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ。」金言。これぞ純文学。

    内容に関してはインテリ、金持ちの苦悩をしみじみと感じた。ただ金があれば人間関係も良いって簡単なものじゃないなと実感。細君と子供との関係も読んでて辛かった。細君可哀想。だけど細君強い。子供を公的な視点で怪物と評していたのは笑ってしまった。(300ページ)漱石先生の子供時代なかなか歪んでいるなと感じた。

全92件中 1 - 20件を表示

この本が好きな人におすすめの本

著者プロフィール

1867(慶応3)年、江戸牛込馬場下(現在の新宿区喜久井町)にて誕生。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表。翌年、『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。1907年、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々の傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50。

「2021年 『夏目漱石大活字本シリーズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

夏目漱石の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×