硝子戸の中 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010151

感想・レビュー・書評

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  • なんとも優しい気持ちになれる漱石最晩年のエッセイ。こんなのがあるなんて寡聞にして知らなかったなぁ。

     死の前年の1月から2月にかけて朝日新聞に連載したものをまとめたもの。
    ”則天去私”の心境に達していたという晩年、負惜しみ好きの変わり者(漱石)の面影はない。大病を経て、胃潰瘍で自宅療養が長引く頃のエッセイなだけに、穏やかな、少しとぼけた老人然たる趣がある。
     原稿を読んで欲しいという依頼に応じて時間の許す限り読む漱石。でも実は読んで欲しいだけでなく相手はそれを新聞や雑誌に推薦してほしい、あわよくば金になればと持ち込んでくる。それを好意的に読んでやったのになんということだと疲れ果てていく様は、ホントか嘘か実にお茶目でおかしい。
     世間ずれしていない老人っぽい趣がある・・・が、享年が49歳なのだから、まだ47,8の頃の話だ。昔の人はよほど老成していたとも思わせるが、時々のぞく負けん気や大人げない意地っ張り具合も微笑ましい。

     依頼された講演を済ませたら、後日謝礼が届く。それをどうしても受け取れないと来客相手にゴネているのだ(送りつけた相手にではないあたりが可愛い)。 本業(原稿を書くこと)以外のことは好意でやったに過ぎない、相手にその気持ちが通じればそれがなによりの報酬だと。
    ”「もし岩崎とか三井とかいふ大富豪に講演を頼むとした場合に、後から十円の御礼を持つて行くでせうか」”
    と、もはやほとんど屁理屈のような理屈をこねくり回す。聞く方の相手も半ば冗談と思って聞いているのか、
    ”「よく考へて見ませう」と云ったK君はにやにや笑ひながら帰つて行つた。”
     と、ユーモラスに締めくくる。清廉潔白とまでは言わないが、誠実で徳に篤い漱石の人柄が偲ばれるストーリーだ。

     特に、原稿を見て欲しいと訪ねてくる女性客とのやり取りは、まるで見事な短編を読むかの如し。原稿を見て欲しいというのは方便で実は身の上相談。しかもそうとう思い詰めていると察した漱石は、登場人物の去就になぞらえて自分の将来を問うていると察して、その結末について「何方(どちら)にでも書けると答へ」るあたり、なんだろうこの心の機微の微妙やり取りは!と唸らされる。
     そればかりか、、、うーん、この後は是非本書を読んで確かめて欲しい。こんなに心温まる話はちょっとないぞ。

     美しい心や、人への優しさがここまで表れているエッセイにはお目にかかったことがない。しかも新聞に連載したひと月余の日々の中で起きているというのだから、人生を通じどれほどの人に生きる希望を与えたことだろうか。
     時代は第一次世界大戦の頃。日本がおかしな方向へと舵を切っていく(既に切り始めている)頃だ。

    「日本でも其戦争の一小部分を引受けた。それが済むと今度は議会が解散になった。来たるべき総選挙は政治界の人々にとっても大切な問題になってゐる。米が安くなり過ぎた結果農家に金が入らないので、何処でも不景気だ不景気だと零してゐる。」

     その戦争の一部分を引き受ける???‐集団的自衛権発動か?  来たるべき総選挙??? -まさに今年だ。 米が安くなり過ぎ? -TPPのせい? 時代は巡るようで空恐ろしい。

     最後の一文はこう締めくくられる:

    「家も心もひつそりとしたうちに、私は硝子戸を開け放つて、静かな春の光に包まれながら、恍惚(うっとり)と此稿を書き終わるのである。さうした後で、私は一寸(ちょっと)肱(ひじ)を曲げて、此縁側に一眠り眠る積りである。」

     ちょっと肱を曲げて、というのは有名な肖像写真のあのポーズのようではないか。 日本はまた太平の眠りを覚まされることになるのか。漱石のポーズをとりながら案じてみる。

  • 脳科学者・茂木健一郎さんが、著書『頭は「本の読み方」で磨かれる』の中で、大きく推薦していた夏目漱石の随筆集。淡々と日常が語られるなかに明治の東京の町が自然に浮かんでくる。 中でも、入院中に亡くなってしまった楠緒さんとのエピソードは、「一期一会」という言葉が浮かび考えされられた。

  • 三浦しをんの「しをんのしおり」を読んでいました。
    どうもついていけません、途中で投げ出しました(⌒-⌒;)
    彼女ってこんなに飛んでいましたっけ!?
    随筆なんですが話題が私にはナウイ過ぎて、どうも~

    じゃあ、同じ本の厚さということで、
    夏目漱石の随筆「硝子戸の中」を引っ張りだしました。
    こんなにも違うものでしょうか!
    この両書の時代差は100年ぐらいあるのでしょうか?
    執筆時の年齢差もあるかもしれません、

    漱石のこの本には「死」という言葉がやたらと出てまいります。
    学生時代に読んだ時はなんと陰気臭い本だなという感想がありましたが、
    今の私にはなにかしっくりきます。私も年取ったんですね~


    『「じゃ絶交しよう」などと酔った男が仕舞に云い出した。
    私は「絶交するなら外で遣ってくれ、此処では迷惑だから」と注意した。
    「じゃあ外へ出て絶交しようか」と酔った男が相手に相談持ちかけたが、
    相手が動かないので、とうとうそれぎりになってしまった。』

    もう一つ
    『次の曲り角へ来たとき女は
    「先生に送って頂くのは光栄で御座います」と又云った。
    私は「本当に光栄とおもいますか」と真面目にに尋ねた。
    女は簡単に「思います」とはっきり答えた。
    私は「そんなら死なずに生きていらっしゃい」と云った。


    さすがですね~、『生きていらっしゃい』
    これからは、「さすが」という漢字は「漱石」にして、
    「流石」という漢字はローリングストーンズにあてたら如何でしょう(笑)

  • 夏目漱石の随筆集。今で言うエッセイ。
    夏目漱石の人柄がわかり、面白かった。
    兎に角、真面目なのでストレスで胃が悪くなったんじゃないかと思う。

    飼い犬の死、飼い猫の死、知人の死…。
    生と死について、多く語られている。
    以下、一部要約して引用↓
    ○「死は生よりも尊とい」
    然し現在の私は今まのあたりに生きている。私は依然としてこの生に執着しているのである。(P23ー24)
    ○「他の死ぬのは当たり前のように見えますが、自分が死ぬという事だけは到底考えられません」私も恐らくこういう人の気分で、比較的平気にしていられるのだろう。それもその筈である。死ぬまでは誰しも生きているのだから。(P64ー65)
    漱石の生死の哲学を知り、理解した上で作品を読むとまた感じ方が変わるかもしれない。

    私はまともに読んだのは『こころ』だけなので、まずは再読をしようかな。
    本当は何作品か読んでから、『硝子戸の中』を読む方がよかったかも。作品傾向を分かってから読む方がエッセイって面白いような気がする。理解していない私は、ちょっとおいてかれてる感じがあった(笑)

    ☆あらすじ☆
    硝子戸の中から外を見渡しても、霜除けをした芭蕉だの、直立した電信柱だののほか、これといって数えたてるほどのものはほとんど視野に入ってこない ――。宿痾の胃潰瘍に悩みつつ次々と名作を世に送りだしていた漱石が、終日書斎の硝子戸の中に坐し、頭の動くまま気分の変るまま、静かに人生と社会を語った随想集。著者の哲学と人格が深く織りこまれている。

  • 夏目漱石の、エッセイみたいな本です。
    漱石は、心配性で『こころ』みたいな本も書いていたり、自分の中で生きることについていろいろ考えるところもあったと思うのに、「生きてらっしゃい」と思い切りのよいことを言っていて、漱石の中にはいろいろ葛藤があったのだろうな、と思いました。
    やっぱり、生きていてほしいな、という気持ちが、漱石の背中を押したのだと思います。

    漱石は、ところどころに人間的な優しさとか悩みとかがあって、そこがいいところだと思います。全体的に。

  • 漱石が死の約一年前に綴った随筆集。

    朝日新聞に、一ヶ月と少しの期間連載されたらしく、
    「私のどうでもよい話が、
    今、この国で起こっている重大なニュースと
    肩をならべるなんてとてもとても・・・。」と
    最初に一応謙遜してみせているが、
    いやいやさすが漱石先生、
    一つ一つの文にきちんと彼しか出せない味わいがある。
    短い文にもプロの「文章家」の仕事が光ってる。

    当時、様々な分野において日本は急激な変化が求められ、
    一般市民の大切な情報源であった
    新聞は、読者の熱狂や不安を煽ったり、
    時に緊張を強いるものだったに違いないが、
    そんな中で漱石先生の書いたエッセイは、
    「この先、わが国はどうなってしまうのか、
    不透明な状況は続き、不安にもなるが、
    このように大変なご時勢であっても、
    人付き合いにああだこうだ悩んだり、
    人間誰しもいつかはやってくる死について考えたり、
    日常生活で起きる雑事に目を留め、心を留め、
    一日一日をコツコツと生きている。
    そんな悪く言えば「ガンコ」、
    よく言えば「揺るがない」人間もいるのだ。」
    といった、ある意味安心感を与えていたのではないかと思う。

    当時の新聞の購読者達も
    「どうでもいい話なんだけど
    ついつい読んじゃうんだよなぁ。」とか
    「これを読まないと一日が終わらないんだよ。」なんて
    人もいたのでは。

  • 大学の講義で「八」を読み、気付けば夢中でノートに書き写していました。文庫を買った今も、その切れ端を捨てられずにいます。漱石の中で一番好きな作品。淡々とうつくしいです。

  • ひと嫌いだがひと好きにもなりたい漱石の心象がよくわかる。

  • 「心」の発表後、4度目の病気を煩った後に書かれた、回想や日々の日常事を主体にした小品集。文章を味わうのに最適。

  • 夏目漱石の家を訪れた人、過去の友人や知人、家族などの思い出を淡々と書き連ねた作品。
    今風で言うところの"自分語り"と揶揄できるかもしれないが、読んでいると目の前で漱石が自分に語りかけているような感覚を覚える。
    この本を読めば、漱石の思想に直接的に触れることができる。
    圧倒的語彙力は同作でも健在で、夏目漱石は日本語の天才だと改めて思う。

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著者プロフィール

慶応3(1867)年、現在の新宿区生まれ。明治23(1890)年、帝国大学文科大学英文科に入学。明治28(1895)年から29(1896)年には『坊っちゃん』の舞台となった松山中学校で教鞭を執る。明治33(1900)年9月、イギリス留学出発。明治38(1905)年、『吾輩は猫である』を俳句雑誌「ホトトギス」に連載。明治40(1907)年、朝日新聞社に入社。以降、朝日新聞紙上に『三四郎』『それから』『こころ』などを連載。『明暗』が未完のまま、大正5(1916)年12月9日、胃潰瘍にて永眠。

「2018年 『道草』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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