坑夫 (新潮文庫)

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著者 : 夏目漱石
  • 新潮社 (2004年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (283ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010175

坑夫 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • こんな言い方をすると漱石ファンから袋だたきにあいそうですが(ちなみに私もファンのはしくれ…汗)、漱石作品はごく日常の(人間関係の)じつにグダグタしいことを題材にしているわけです。でも漱石らしい人間観察の中に、文明論やら日本文化と個人主義やら男女関係といったものが暗示されて、決してふにゃふにゃした作品ではありません。それにくわえて、見事な書き出し、細かすぎない程よい描写、手垢のつかない比喩、軽妙で面白く読ませる文才がそこここに光っていて感激!

    「坑夫」は、漱石作品の中でも小説らしからぬ、わりと平板な異色作だと言われているようですが、19歳の育ちのいいひ弱な青年が、命を絶とうと家出をしたものの、流れに流れて炭坑夫になるという突飛な冒険譚は、ある意味でなんともドラマティックな異色作だと思います。大人になった語り手が、自己探求しながら心情や意識の移ろいを語るさまは、まるでモンテーニュ「エセー」のようで、若さを苦笑まじりに描く愉しい物語に仕上がっていると思います。

    「惜しいことに、当時の自分には自分に対する研究心というものがまるでなかった。只くやしくって、苦くって、悲しくって、腹立たしくって、そうして気の毒で、済まなくって、世の中が嫌になって、人間が捨て切れないで、居てもたっても居たたまれなくて、むちゃくちゃに歩いて、どてら(*汚いどてら姿のポン引き男)に引っかかって、揚げまんじゅうを喰ったばかりである」

    あるのは傍若無人な若さばかり。社会経験もない、処世術もない、金もない、頼る者もない青年のまるでまとまりのないはちゃめちゃな内面、それでも人間腹が減れば、どんなにハエがたかったまんじゅうでも喰らいついてしまう野性的なシーンはとても印象的です。一体人間は生きるために食べるのか、それとも食べるために生きているのか? そのような愚にもつかないことを思い、我ながらうんざりして、どれだけ食べても腹は一杯にならず、ひたすらぱくぱく食べていた若いころが……私にもあったな~

    なぜか漱石作品のレビューを書きたくなるのは、なんといっても人間観察の奥深さと卓越した文才(とくに比喩)にひたすら感銘をうけてしまうからでしょうね、たぶん。この作品も一見淡々と進んでいくのですが、そこかしこに漱石の思弁や哲学が満ち溢れ、その表現はやっぱり見事なものです。

    「世間には大変利口な人物でありながら、全く人間の心を解していないものが大分ある。心は固形体だから、去年も今年も虫さえ食わなければ大抵同じもんだろう位に考えているには弱らせられる」

    「一体人間は、自分を四角張った不変体のように思い込みすぎて困るように思う……自分で自分をきゆきゆ云う目にあわせて嬉しがっているのは聞こえない様だ。そう一本調子にしようとすると、立体世界を逃げて、平面国へでも行かなければならない始末ができてくる」

    村上春樹の『海辺のカフカ』には、謎めいた図書館司書の中島さんが、自殺念慮を秘めた家出少年カフカ君に『坑夫』を話題にする場面があります。メジャーな漱石作品はほかにも山ほどあるのに……『坑夫』!? 
    15歳のカフカ君を通して、不安定で繊細で危なっかしい青春を振り返りながら自己探求していこうとする村上春樹は、まるで『坑夫』の語り手漱石のようでもあり、はたまたモンテーニュのよう。時空をこえた面白い繋がりを空想していると、妙に嬉しくなって、独りにんまりしてしまいます。

  • この小説は漱石を尋ねてきた青年の体験談を元に書いたものだという。
    確かに物語の筋らしいものはなく、伏線が回収されることもない。そもそも何が言いたいのかよく分からない。
    著者ご自身がこれは小説のようで小説ではない、と明言しているのでそうなのだろう。

    だからつまらない、というとそうではなく大変おもしろく読んだ。
    赤茶けた銅山の雰囲気や、飯場で新入りの主人公を坑夫たちが品定めしつつ嘲笑する様や、蒲団で寝るたび南京虫に刺されて飛び起きる描写などは小林多喜二の蟹工船よりおもしろくて読ませる。

    銅山のなかは荒くれ者しかいないと思ったら「こんなとこで働くのは止めな」と優しく諭してくれる親切な坑夫がいたりと職場の関係性がいちいちリアルだった。(職場にいるよね、こういう穏やかで優しい人が一人は必ず。)


    しかし、「坑夫」と銘打ったるのに、主人公は坑夫になって結局働かない。
    えー、羊頭狗肉じゃないか、読後に思ったが、ストーリーの筋らしい筋もなく、なにが言いたいのか分からない小説らしくないこの本にはぴったりなタイトルのような気がして納得した。

  • 2017.12

  • 新潮文庫に使われているスピンを見ると本書を開けた風がなく、30数年来の積読本であった。『坊ちゃん』にも似た軽妙な文章で、落語に出てくるような大家の若旦那が女性関係でしくじって、当時最下層の仕事と目されていた鉱山労働者に身をやつした回想を心理的考察を交えて綴られたものと読み進めた。しかし解説を読むと、荒井という青年の持ち込み材料であったことを知り、「小説になる気づかいはあるまい」などと放り投げたような表現が妙に気になったことを改めて実感した。また『虞美人草』との構成の対比など夢想だに出来なかった。修行不足だ

  • 久しぶりに漱石を読もうと思い読み易そうなこれを買ってみた。あとがきに寄ると急遽執筆することになった作品とのことで、特にこれといった筋立てもなく追憶として語られる青い煩悶の反復が特徴的。個人としては斯様に悩む時期は専ら過ぎているので強い感心は惹かれず。
    主人公の過去と符合するらしい虞美人草を読んでいたらもう少し他の感想もあったかも。

  • 夏目漱石は面白いと思うものと面白くないものが自分の中ではっきりしているのだけど、坑夫は何年か前に読んだ時はひどくつまらないと思って途中で読むのをやめてしまった作品だった。

    しかし何年かぶりに再読してみて、とても面白かった。
    ストーリーらしきストーリーがないという評判なのだけど、ストーリーらしいストーリーに食傷気味の自分にとっては、逆に興味深かった。

    人間は矛盾に満ちている、という主人公の考え方は、現代のアイデンティティみたいな概念に対するアンチテーゼとして読めた。日記のように淡々と進んで行くが、出てくる登場人物たちがみな生き生きしているように感じた。

    やっぱり、夏目漱石は読みを極めて行きたい作家のひとりだ。

  • あらすじ[編集]
    恋愛関係のもつれから着の身着のまま東京を飛び出した、相当な地位を有つ家の子である19歳の青年。行く宛なく松林をさまよううちにポン引きの長蔵と出会う。自暴自棄になっていた青年は誘われるまま、半ば自殺するつもりで鉱山で坑夫として働くことを承諾する。道すがら奇妙な赤毛布や小僧も加わって四人は鉱山町の飯場に到着する。異様な風体の坑夫たちに絡まれたり、青年を案ずる飯場頭や坑夫の安さんの、東京に帰った方がいいという忠告に感謝しつつも、青年は改めて坑夫になる決心をして、深い坑内へと降りてゆく。そして、物語の結末は唐突に訪れる。坑道に深く降りたった翌日、診療所で健康診断を受けた若者は気管支炎と診断され、坑夫として働けないことが判明する。結局、青年は飯場頭と相談して飯場の帳簿付の仕事を5か月間やり遂げた後、東京へ帰ることになる。
    解説[編集]
    ある日突然[1]、漱石のもとに荒井某という若者が現れて「自分の身の上にこういう材料があるが小説に書いて下さらんか。その報酬を頂いて実は信州へ行きたいのです」という話を持ちかける出来事が起きる。漱石は当初、個人の事情を小説として書きたくないという思いから、むしろ君自身が小説化した方がいいと本人に勧める。しかし、時を同じくして、1908年(明治41年)の元日から『朝日新聞』に掲載予定だった島崎藤村の『春』の執筆がはかどらず、急遽漱石がその穴を埋めることとなる。そこで漱石は若者の申し出を受け入れ、漱石作品としては異色と言える実在の人物の経験を素材としたルポルタージュ的な作品が生まれる。漱石の代表作として名が上がることは稀だが、作品の研究論文は現在に至るまで多数存在する。

  •  足尾への調査出張を前に久しぶりの再読。さいきん再評価の声が多い作だが、こんなに面白かったか、という印象。いつか演習か講読の授業で取り上げてみたい。
     新潮文庫版の巻末解説は三好行雄が書いている。作中の「自分」が出奔するきっかけとなった二人の少女との関係が『虞美人草』のそれと酷似することから、『坑夫』は前作『虞美人草』に対する自己批評として書かれたのではないか、という指摘はいまだ古びていない。

     「自己」という意識の揺動をできるかぎり微分化して描きながら、「わたし」の一貫性・連続性への懐疑、「主体」「主観」のあやうさに言及していく部分はもちろんだが、それ以上に興味深かったのが、足尾銅山内部の状況がかなり詳細に描かれていたこと。飯場制度や病院、「自分」の仕事としてあてがわれた「帳付け」など、日露戦争後の足尾銅山の状況と比べてみたい気持ちにさせられる。1907年には足尾で暴動が起こっているが、1908年発表のこのテクストにはそうしたキナ臭い雰囲気は感じられない。漱石が書かなかったことをふくめ、一度きちんと分析する必要があるテクストだ。

  • 十九ばかりの育ちのいい青年が、東京の裕福な両親のもとを出奔。家出の道中、人買い手配師の男から「抗夫になると稼げるぞ」と口説かれ、銅山に向かう。足尾銅山がモデルと言われているが、「ヤマ」の暮らしと坑内労働のディテールが実に興味深い。いかつい容貌の抗夫の男たちが寝起きする飯場の長屋。時に胎内くぐりのようにしてようやく進む狭い坑内。深く深く降りてゆく暗黒の地底世界。未知の異世界を垣間見せてくれる面白さに満ちている。一種のルポルタージュを読むような面白さがある。それもそのはず、この小説、実は「聞き書き」らしい。漱石の自宅に一時期滞在していた青年が語った実体験をベースにしているという。
    「虞美人草」や「草枕」と読みついで、それらの理想主義、形而上学に飽いていたこともあり、具体的なリアリズムで描かれる本作に、心地よさを感じた。
    八番坑あたりの地の底で、青年は、知性と品性を備えたひとりの坑夫に出会い、お前の来るところじゃないヤマを降りろ、と諭される。男の優しさ、度量の大きさが、心に残る。

    ところで、ある日、本作を、電車内でビートルズの軽快な楽曲を聴きながら読んでいた。意外としっくりきてハッとした。で、思い至った。陰鬱で不安な雲行きをイメージしつつ読んでいたが、実は意外に、のびのび軽快に描かれた小説かもしれない。

    「 もう少しで地獄の三丁目だぞ 」
    「 マジかよ… 」 (♪You Can‘t Do That )

     …てな具合に。コミカルな青春小説としても読める気がした。

  • 題材もストーリーも漱石らしくない。面白くないかと言えばそんなこともないけど、シーンの一つ一つがやたら長くて冗長なので長さの割に飽きてくる。異色作ってのは確かにそのとおりだと思う。

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