明暗 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (688ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010199

作品紹介・あらすじ

勤め先の社長夫人の仲立ちで現在の妻お延と結婚し、平凡な毎日を送る津田には、お延と知り合う前に将来を誓い合った清子という女性がいた。ある日突然津田を捨て、自分の友人に嫁いでいった清子が、一人温泉場に滞在していることを知った津田は、秘かに彼女の元へと向かった…。濃密な人間ドラマの中にエゴイズムのゆくすえを描いて、日本近代小説の最高峰となった漱石未完の絶筆。

感想・レビュー・書評

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  • 曲者だらけの「明暗」。未完作品である事実も既にひとつの魅力になっているのかもしれない。

  • もし一言だけで表すとしたら「感嘆」の一言に尽きる見事な作品。

    新婚半年なのに互いをさらけ出すことをできずに探り合っている、気位が高くも臆病で気のおける若い夫婦のあやうい関係と心理を、彼らを取り巻く周囲の人々の姿と共に描いています。

    主人公のみならず、十数人はいる主要登場人物の立場、利害、そして個人的気質を、そこまでするかと驚愕するほど事細かに深く掘り下げて描写しつつ、その相反する点を綿密に組み合わせて、こちらの場面では誰と誰、あちらの場面では誰と誰、と、多様すぎるぐらい多様な形で、それぞれのエゴや思惑を対立させ、絡ませることを繰り返しながら、破綻も無駄もなく一つの大きな流れとして進めていくその奥行きのあまりの深さには、他の追随を許さない王者の風格さえある作品です。さすが、日本近代文学の父。

    本作は、漱石の死によって未完の絶筆となった作品です。そのため、一つ目の山場が来るか、というところでとまってしまっています。彼がこの作品を完成させていたら、どれほど究極的な人間劇ができていたかと思うと、惜しくなります。

  • 漱石の未完作品。高校生のころ、「いやはや、大人だわ~」と思いながら読んでもさっぱりわからない、記憶も残らないまま時がすぎました。
    大人になって再読してみると、なかなか面白い小説だと思いながら読了しました。我欲、我執だらけの登場人物のねちっこいやりとりや、金や地位名誉がらみの世俗描写が、牛のような歩みで描かれています。

    「明暗」の主題、はたまた漱石が晩年ころに唱えたといわれている「則天去私」を巡って、漱石亡き後、文壇は百家争鳴の様相。結局、則天去私とは何なのか明快にはなっていないようですが、漱石は若いころに老子に関する論文も書いているようですし、東洋思想や禅などから影響を受けていますので、この作品に限らずそのようなニュアンスが滲み出ていますよね。

    この作品では、とりわけ女性陣のキャラが際立っていて凄い。当時の古い慣習、結婚制度の因習、低い地位や身分に置かれた女性らの天然・自然な内面や行動の描写、優柔不断で見栄っ張りな男性の弱さやあわれみ、トリックスターのような小林の言動、いろいろな人間の赤裸々な姿がねっちりと描き出されています。さまざまな束縛――外面も内面さえ――からも解き放たれた人間、陰陽、明暗あって無為自然、男も女もそれでいいじゃない、明のみならず暗にも、醜にさえも人間美を見い出したような、ある種、漱石の諦観すら感じられて興味深い。なんだかんだ言っても、漱石はきっと人間というものが好きなんでしょうね~(^^♪

    一番いいところで絶筆となってしまって残念ですが、この続きは水村美苗さんの「続明暗」で楽しんでみたいです(^^♪

  • 津田由雄は30歳、延という23歳の女性と結婚して半年も経っていない。
    お延とか延子とか呼ばれる彼女は細おもて色白、目が細いのだけど眉を動かすと魅力的である。

    新婚なのに津田は病気で手術しなければならない、なのにしかしなにやら家計が苦しいのである。そのわけは新妻に高価な宝石の指輪をプレゼントしたから?いや、裕福に育った派手好きの彼女にいい顔をしたからに違いない。

    気が強い新妻は新妻とて、なぜだか不安に付きまとわれる。一目ぼれの弱み、彼の愛情を独占したくてたまらないが、いまひとつすっきりしない。深いわけがありそうなきざしがあるのだ。

    この夫婦がてんでばらばらならば、相談する津田の両親や親代わりの叔父夫婦と、延の親代わりの叔父夫婦らは、みんなそれぞれ、思い通りにはなってくれない。仲人も友人も妹も津田をつつきこそすれ、親身になってくれない。

    くれない、くれないと言ったって、他人は思い通りにならないもの。その他人だって津田がエゴイストと思っているのだから。

    その証拠に相思相愛と思っていた清子という人に逃げられた過去がある津田、どうもそんなところに原因があるらしい。らしいしかわからない。なぜなら漱石の死去によって絶筆になってしまったから。

    いろいろあって津田が別れた清子を「どうして?どうして?」と温泉場まで追って、ストーカーまがいの行動に移っていくのにはあっけにとられる。漱石さんいいところで筆を置いちゃった。

    とストーリーは通俗的?って思わない。ちゃんと立派な近代小説の始まりにして最高峰、そう、こんな長い会話文の(ドストエフスキーばりの)日本の小説が昔にもうあったんだね。迫力満点、おもしろいのなんの、さすが文豪。これを読んで小説を書きたいと思った人が多い、というのもわかる。いまごろわかって恥なんだが。

    書いちゃった作家さん、あろうことか続きを書いちゃった水村美苗さんの「続 明暗」すごく楽しみなような、こわいような。

  • 何と言う小説。

    水村美苗さんの「続明暗」を読みたいな、と思い再読したのだけど。

     此処に津田という男がいる。主人公である。会社員で、まずは悪くない勤め人で、30前後のようで、新婚である。その妻が延子。
     粗筋で言うと、津田が胃腸らしき病気である。大層ではないが数日入院して手術が必要だ。会社と、世話になっている親戚筋に挨拶して入院。手術する。
     津田の家庭はやや使い過ぎで、毎月の給料では足りない。京都の親が仕送りをくれていたが、仲違いしてそれが途切れた。金策に困る。

     延子は新婚で、津田との愛情、夫婦のあり方にぼんやり不安がある。
     津田の妹、秀子。津田の上司の吉川氏の奥さん。…などが、「延子は、いまいちな嫁ぢゃないか」、と言う。
     津田はプライドと保身だけではっきりしない。ふらふらする。そうして無事に退院する。

     退院したら、吉川の奥さんが、「湯治の旅に行け」、と、言う。津田が独身時代に惚れ抜いて、振られた女、清子。その清子会いに行け、と言う。
     津田はかつて、吉川の奥さんの紹介で清子と交際した。そして、津田は清子に振られた。清子は津田を振って、別の男と結婚した。で、津田もしょうがなく延子と結婚した。延子は、そんなことは何も知らぬ。
     その清子が今、ちょっと病気で、その温泉宿にいる。吉川の奥さんが、津田に「行け」、と言う。なんで振ったのか、聞いてこいと言う。会社は夫に言って、休みにしてやる。金はあげる。延子にはタダの湯治と言え、と。その間に延子には私が「教育」してやる、と。

     津田は情けなく言いなりになる。湯治に行く。清子と再会する。色々会話をはじめる。どうなるどうなる。 東京の延子には何が起こるのか。怖くて不安な心理小説である。

     だが、そこんとこで、漱石は死んでしまう。
     未完。おいおい!!

     というわけで。
     会社員と専業主婦の夫婦が、ちょっとやりくりに困りながら、夫が胃腸らしき病気で入院して退院して湯治に行く、という粗筋(笑)。

     それが、最高に面白い。

     もう、心理描写が全て。
     ヒトというものは、プライドと競争と、人情と依存と見栄と、世間体と愛情に、揺れて揺られて高瀬舟、というマコトに情けなくも可笑しくて、ゾッとするものである、というサスペンス。
     津田が妹と、妻延子の噂をしている病室に、当人の延子が、ガラッと入ってくるところなど、単純に小説的な痛快さ、タマラないカタルシスがある。
     うーん。文章のテンポ、格調、日本語の快楽。心理を解剖して観察するのだが、淡泊端然、偉ぶらず、の諧謔精神。
     好みとしては、至高の小説。

     10代の頃に漱石は、夢中に読破したのだけど、40になって改めて舌を巻く。

    (脱線すると、漱石初体験に「我輩は猫」は、最悪。アレは第一章ダケならともかく、通して考えれは漱石最悪の退屈小説です。初めは「坊ちゃん」「こころ」あたりが良いと思う。オモシロイから。)

     25年ぶりくらいの二度目の体験、この歳になってなお更に、愉快興奮な読書だった。
     初の青空文庫。タダっていうのもヘンな心地ではあるけれど。

  • 僕にとっては…「微細な糸を、丹念に、緻密に織り上げていった結果、巨大な、極美な織物が出来上がった」といった感じの作品。未完に終わっているので、「出来上がった」とはいわないのかもしれないけど…。読めども読めども、知り尽くせない、語り尽くせない、巨大なミクロコスモス。

  • とってもいいとこで未完。承知で読んだから文句は言わないけど。小林、ものすごくドストエフスキーの小説に出てくる人物みたいだ、と思って読んでいた(カラマーゾフに出てくるスメルジャコフ的な)。その小林の言葉と思想が清子に合った後の津田にどのように響くのか、津田と清子がどのように転ぶのか、読みたい。読めないけど。

  • (個人的)漱石再読月間の15。
    2020年5月2日〜19日。

    ラストを飾る未完の大作。

    何回も読んでいるのにその度に、「清子と会話する場面までよく生きて書いてくださいました」と思ってしまう。清子が姿を見せ、口を開かなかったらまったく次を想像できないから。
    水村美苗『続 明暗』をすぐに読みたいが我慢。

    『こころ』が米澤穂信なら、こちらは石持浅海だろう(個人的見解です)
    相手の裏を読み合うヒリヒリする会話がたまらない。まあ、津田はだいぶ甘いけど。

    せっかく中長編15作品を読み終えたので、短編も一気に行ってしまいましょう。

  • 絶筆の作品。だが、絶筆かな?と疑うほどで、あえてここでペンを置いたのではないかと勘繰りたくなる。
    非常に面白い作品だった。日本近代文学の最高傑作という声もこけおどしじゃない。

    明暗には一つの主題も視点がないといわれる。でも物語の軸になるのはやはりお金の問題かと思う。とくに前半。
    主人公・津田。妻・お延。実家に余裕があるからと結婚当初の津田は京都にいる父から金銭援助を受けていたが、ある日津田の妹・お秀が父に告げ口したか何かでお金が送られこなくなる。しかも津田は病気で入院しないといけない。でも金が送られこない。生活費・入院費に困ってしまう。


    お金の問題をめぐって津田・お延・お秀の三人の会話が繰り広げられるシーンは秀逸。病気・お金・夫婦問題が一緒くたになって会話が進む。誰ひとり噛み合ってない。ただ話がこじれていく。そこでは相手が見通せない、わからない「他者」として存在している。
    わからない「他者」の存在は明暗に出てくる全ての人物たちにいえる。(江藤淳や解説の柄谷さんが言うとおり)。誰からみても相手のことがわからない。際立つのは津田を強請りにくる小林。この小林という人物造形はドストエフスキーの影響だといわれてるが、まさしく!と膝を打ちたくなる。
    小林と妻・お延との会話もここまで相容れないのかと唸るほどの他者同士が対面している。

    対話すればするほど相手がわからなくなっていく。ズレていく。本当のことが分からない。見通せない。でもわからないんだけど関わらないといけない。しかも関わらないと「分からない」ということさえ分からない。まるで迷宮だ。迷宮だが人間と世界は結局そういうことだろう。読む内に迷宮にどんどん迷いこむ。ここが明暗の凄みである。

  • 最後の作品がこんなにぎすぎすした小説だったとは。
    そりゃあ生きて行くうえで誰もが大なり小なり本音と建前を使い分けているのだろうけれど、この登場人物たちは…ちょっとアクが強すぎる。こんな人たちが周りにいたら、自分なんかきっとすぐ泣かされてしまうだろうな。特に行動原理が理解できず気持ち悪かったのが吉川夫人と小林。小林には何度「早く帰れ!」と叫びたくなったことか。吉川夫人も、何が目的なんだこのおばはんって感じ。
    津田対お延、津田対お秀、お延対お秀、津田対小林、お延対小林、吉川夫人対お延…と話が進む中でいろんな関係や対立が明らかになってくる。敵の敵は味方、と単純にそうならないからまた難しい。お延が孤立していくのが気の毒だと思ったが、彼女自身のプライドの高さと意地が招いた結果でもあるからな…。岡本に津田の愚痴でも言えれば少しは違うのだろうけど。
    津田が男らしくないという点においては吉川夫人に同意。はっきりしやがれと言いたくなる。清子は津田を冷静に観察した結果結婚相手として不足を感じ見限ったのではないかという気がする。
    きっと小林の予言は的中し、いずれ津田は痛い目を見るのだろう。お延との夫婦関係は、どうなるのかなぁ。体面を気にする二人が本心で語り合える日は来るのだろうか。私には想像できない。

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著者プロフィール

1867(慶応3)年、江戸牛込馬場下(現在の新宿区喜久井町)にて誕生。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表。翌年、『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。1907年、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々の傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50。

「2021年 『夏目漱石大活字本シリーズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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