リバース&リバース (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101013527

作品紹介・あらすじ

大切なものは、些細なことで壊れてしまう――。ティーン向けファッション誌の編集者・禄(ルビ・ろく)は、お悩み相談ページに投稿してきた渚との間にトラブルを抱えていた。地方に暮らす中学生の郁美は親友の明日花とともに同誌を愛読中。だが、東京からの転校生・道成の存在が二人の関係を次第に変えてゆき……。出会うはずのない人生が交差するとき、明かされる真実とは。心揺さぶる新時代の青春小説。

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、『加害者』でしょうか?

    なんですか!唐突に!失礼な!

    では、あなたは、『被害者』でしょうか?

    いやいや、それも失礼でしょう。そもそも、ブクログのレビューを読んでいるだけなのに、そんな意味不明な決めつけをされても困りますよね。

    唐突な書き方で始まったこのレビューですが、そんな言葉をもう少し考えてみたいと思います。『加害者』と『被害者』。この世で日々起こる数多の事件にはこの両者が必ずいます。そのいずれか一方だけでは事件は起こりません。そして、『加害者』と『被害者』、全く相反する立場ではありますが、この両者は必ず対になって存在します。

    思えば世の中はこんな風に対になることがとても多いと思います。白と黒、表と裏、そして日向と日陰といった感じで、私たちはさまざまな場面でそんな対を表した表現も目にします。例えば、このブクログの場だって同じことが言えるでしょう。私は今、投稿者の立場でレビューを書いています。一方でこのレビューを読んでくださっているあなたは読者の立場でこのレビューを読んでくださっています。書く側と読む側の両方が一つのレビューを介してそこに存在することが分かります。

    一方でそんな対になる事ごとにおけるそれぞれの立場を考えてみましょう。確かにこのレビューについて私は書く側の立場にいます。しかし、このレビューから離れてブクログに数多存在するレビューを見る時、私は読む側にまわります。一方でこのレビューであなたは読む側ですが、レビューを書く側でもあるでしょう。そう、書く側と読む側は一つの側面でしかなく、その立場は常に変化していくものであることがわかります。

    さて、ここにそんな対になる立場に光を当てた作品があります。

    『人はね、ずっと被害者の立場ではいられないの。日常生活の中では、誰もが被害者にも加害者にもなるの』。

    そんな瞬間を物語の中に感じるこの作品。オセロの白が黒になり、黒が白になる瞬間が決して特別でないのと同じように『加害者』と『被害者』の立場が変化していくのを感じるこの作品。そしてそれは、そんな物語の中に、私たちは『許したり許されたりしながら、何度も何度も関係をひっくり返しながら、なんとか進んでいくしかない』という人の世のあり方を見る物語です。

    『菊池くん、今日面接だったよね?』と編集長の笹川から声をかけられたのは主人公の菊池禄(きくち ろく)。『よさそうな子だったら、明日からでも来てもらって』と給湯室へ編集長が去ってしばらくして、受付から連絡を受けた菊池は、ロビーへと向かいました。『仁木さんですか?』、『「Can・Day!」編集部の菊池です』と切り出した菊池は、応接スペースで面接を始めます。『女子中学生を対象にした雑誌、「Can・Day!」』の『編集部には現在八名が在籍』、『二十代は僕を含めて四人』という陣容ながら、『現役中学生はあまりに遠い』という理由から『学生に限定してライターを募集』しています。幾つかの質問のやりとりで『受け答えは的確で、なにより明るい』と感じる菊池。そんな中、菊池の社員証に気づいた仁木は『禄』という下の名前から『もしかして、ろく兄、ですか?』と訊きました。そんな呼び方に『彼女が読者だったという事実が立体感を増した』と感じる菊池に、『〈ハートの保健室〉のコーナー、大好きでした』と仁木は語ります。『毎月二十から三十件程度のさまざまな悩み』に『相談役』の菊池が答えるそのコーナー。『面接でろく兄に会えるなんて』と感激した仁木は『「Can・Day!」で働きたいです。働かせてください』と頭を下げ、仁木の採用が決まります。
    場面は変わり、『次、郁ちゃんの番だよ』と言われ『白を表にして、右上の角の下に』石を置いて『はい、太佑の番』と返すのはもう一人の主人公の郁美(いくみ)。『オセロは我が家のブームになっていた』と姉弟はオセロに興じます。そんな時、『店のほうから声がし』、郁美が出ると『甜麺醤はありますか?』と声の主は語ります。『わたしと同じくらい』とその男子を見る郁美。『おばあちゃんが留守』で私には『甜麺醤』が分からないと返した郁美は、会話の流れで、その男子が『東京から』越してきたことを知ります。『万が一、「Can・Day!」モデルの高梨弥子ちゃんに会ったらどうしようと』『ずっと足元がふわふわしていた』という『去年、家族で旅行した東京』のことを思い出す郁美。そして、居間に戻った郁美は『あの子の年も名前も訊かなかったことに気づ』き、『話しやすい子だった』と振り返ります。
    片や二十九歳の編集者、片や中学生の読者というそれぞれの立場で「Can・Day!」に繋がる菊池と郁美、そんな二人が主人公となるそれぞれの物語が、一つに鮮やかに結ばれていく独自性に溢れる物語が始まりました。

    “出会うはずのない人生が交差するとき、明かされる真実とは。驚きがやがて胸打つ感動にかわる、新しい時代の青春小説!”と内容紹介にうたわれるこの作品。そんな謳い文句からは”青春もの”な物語が展開すると普通には予想されます。そして、そんな物語の冒頭には字体を変えて、何かの媒体に投稿されたような一文が置かれています。

    『ずっと親友だと思っていた子から、「あちゅのことが好き。友だちとしてじゃなくて好きなの」と告白されました。その子は女です… 女同士なんて、絶対に変。もう友だちでいるのも無理です。わたしはどうしたらいいですか?』

    『(長野県14歳/あちゅ)』という署名入りの文章の後には、『どうして女の人同士の恋愛を気持ち悪いと感じるのかな?僕にはその理由が分かりません…』から始まる、上記文章への回答のような文章が続きます。『どうかあちゅさんの視野が広がりますように』とまとめられた文章の最後には『ろく兄より』とこれまた署名が入ります。そして、そんな次のページから始まるのは、『「Can・Day!」編集部の菊池です』と大学生の面接を行う菊池禄が働く編集部の風景です。そんな中で『ろく兄』というのが主人公の菊池のことであり、『ハートの保健室』という『さまざまな悩みが掲載される』コーナーを専任で担当していることが明らかになっていきます。そう、冒頭に置かれた文章とその回答はそんなコーナーに掲載された内容であることがわかります。この世には数多の小説があり、作家さんたちはさまざまな工夫の中に独自性を見い出していきます。この作品の始まり方はそういった意味でもなかなかにインパクトのある始まり方と言えますが、実はこの冒頭が物語の中で大きな意味を持つことになります。恐らく大半の読者が読後にこの冒頭を読み返すことになる、そんな大切な内容がここには存在します。とはいえ、初見の読者には、これだけでストーリーを予測することはできません。物語の中には他にもコーナーに取り上げられた質問と回答が合計六つ掲載されていきます。これから読まれる方には、是非、「Can・Day!」の読者になった気持ち、そして回答を書く編集者の気持ち双方の立場を思いながら読まれることをおすすめします。それこそが、二人の主人公の思いを知る一歩になると思うからです。

    そんな物語には、もう一つ面白い仕掛けがされています。この作品は章立てされてはいませんが、オセロの石のアイコンのようなイラスト、それも白が上のものと黒が上のもの、両者が交互に、まるで章区切りのように登場します。

    ・白が上のもの: 菊池が主人公の物語。『Can・Day!』の編集部が舞台となる。

    ・黒が上のもの: 郁美が主人公の物語。『一学年あたり六十人』という中学校が舞台となる。

    オセロのアイコンは上記の通り並行して語られていく二つの物語の切り替えの役割を果しています。そう、この作品は主人公も舞台も全く異なる二つの物語が完全パラレルに描かれていきます。とはいえこのような構成をとる物語は他にもあり必ずしも珍しいとは言えません。しかし、この作品はパラレルに進む物語の内容が極端に異なるという大きな特徴を持っています。それが、菊池が主人公となる物語では、編集者の”お仕事小説”が描かれ、一方の郁美が主人公となる物語では、中学生の”青春小説”が描かれていくという二面性です。

    『女子中学生を対象にした雑誌、「Can・Day!」』編集部を舞台にした物語では、『就活のときから文芸書が希望』だった主人公の菊池が、まさかの配属先に『真剣に上司への直談判を考えた。絶対に無理だ、僕に務まるはずがない』と悩みながらも『数年間は、修行』と思いながら仕事に邁進していく姿が描かれます。この物語のみ切り取ると、同じ”中学生女子”を対象とした”ピピン”の編集部への不本意な異動の中で”やってみるとね、案外、面白い”という瞬間を知る主人公・新見佳孝の活躍を描く、大崎梢さんの傑作「プリティが多すぎる」が思い浮かびます。違いとしては大崎さんの作品では、”不本意な人事異動”の先に人はどうすべきかという点に光を当てているのに対して、この作品では菊池が歩んできた青春時代の、ある後悔の先にある今、専任担当している『ハートの保健室』という悩みの相談コーナーに回答者として向き合う菊池の姿により光が当たります。いずれにしてもここで描かれるのは間違いなく”お仕事小説”です。『雑誌編集者の仕事は、一般的なイメージに反してとても地味だ』というそのお仕事の中では、『ハートの保健室』が出来上がるまでの働き方も詳述されます。就任当初、『ゲラで読んでいた』菊池は『新聞の投書欄や人生相談と同じように捉えてい』ました。しかし、『読者直筆の手紙を目にし』、『これは、読みものではない。生きた人間の生きた言葉だ』と、衝撃を受けます。『剥き出しの自意識が、爆発しそうな感情が、便箋の隅々までぎゅうぎゅうに詰まっていた』という手紙に対峙し、『最初の一、二年は、返事を書くのに時間がかかった』という菊池は、一方で『僕の回答で気持ちが楽になったと、一件でも反響があれば疲れは吹き飛んだ』と『やりがいを覚えて』いきます。編集者として『少しずつ自信を』得ていくという菊池の物語は、”お仕事小説”を愛する方にはまさしく王道の内容だと思います。

    しかし、上記の通りこの作品は”青春小説”がパラレルになって描かれていくところが単純な”お仕事小説”でない読書をもたらしてくれます。そんな”青春小説”、つまり郁美が主人公となる中学校を舞台にした物語は、『小学校のときから友だちなんだ』という中原明日花との二人の時間をかけがえのないものと考える郁美の日常が描かれていきます。弟とオセロに興じ、中学校では、『毎年十月の下旬に行われる』文化祭で『お化け屋敷』を出しものとすべく準備に勤しむ姿が描かれていきます。そんな二人の前に『東京から』転校してきた種田道成の存在が二人の関係に変化を与えていきます。もうこれだけ書いてもいかにも”青春小説”、もしくは”学園小説”という面持ちです。”お仕事小説”と”青春小説”の二つが同時に楽しめる、この両者が好きな方にはなんともたまらない読書の時間が待っているとも言えます。

    しかし、そんな二面性のある物語がそれだけで終わるはずがありません。それを結びつけていくのが、両者の冒頭に共通のキーワードのごとく登場する「Can・Day!」です。菊池が主人公の物語では当たり前のその名前ですが、郁美が主人公の物語にも、『万が一、「Can・Day!」モデルの高梨弥子ちゃんに会ったらどうしよう』と語る郁美の姿が描かれていきます。そう、この両者は結末に向けて蔦が絡まり合うように結びついていきます。ネタバレになるためこれ以上書くのは避けたいと思いますが、少しずつその結びつきが明らかになっていく物語は、結末に向かってどんどんスピードを上げる中に鮮やかなまでの融合を見せていきます。恐らく多くの方はかなり早い段階でその両者の関係性に気づくはずですが、それによって物語の醍醐味が失われたりはしません。何故なら、この作品の本質はもっと深い世界、もっと深い響きを持った言葉の中にあるからです。

    『人はね、ずっと被害者の立場ではいられないの。日常生活の中では、誰もが被害者にも加害者にもなるの。なっちゃうの。なにかでは傷つけられる側にいても、また別のなにかでは人を傷つけてる。私たちはね、許したり許されたりしながら、何度も何度も関係をひっくり返しながら、なんとか進んでいくしかないんだよ』。

    そう、私たち人間は、常に善人の立場でいられる人はいません。場面によっては気付かぬうちに悪人の立場に立っている。長い人生の中ではそんな立場の交代はいくらでも起こりうるものです。そんなことはない、私は常に善人だ、そんな風に思う方もいるかもしれません。そんな方にこそ、この物語を是非読んでいただきたいと思います。『誰もが被害者にも加害者にもなる』、そんな言葉に込められた意味合いを知り、自分の生き方を振り返る瞬間を見る物語がそこに待っていると思います。

    『白が裏返り、黒になる。黒がひっくり返って、白になる』というオセロ。『表裏をひっくり返しても着られ』る『リバーシブル』のジャケット。そして、『誰もが被害者にも加害者にもなる』という現実。この作品では、”お仕事小説”と”青春小説”がパラレルに描かれていく中に、そんな『反転』にこだわった物語が描かれていました。

    パラレルに展開する物語が見事な融合を果たすその結末に、奥田亜希子さんがこの作品に込められた深い思いを感じた素晴らしい作品でした。

  • 奥田亜希子に、相変わらず揺さぶられてる!

    ティーン雑誌「Can•Day!」にある、お悩み相談室こと〈ハートの相談室〉の回答者「ろく兄」のパートと。
    「Can•Day!」の読者である中学生の女の子、郁美のパートが交互に展開されていく。
    二つのパートがどんな風に重なるかというのは、まぁ読んでのお楽しみなのですが。

    個人的には、雑誌のお悩み相談室という存在と、時間感覚という組み合わせが秀逸だと思う。

    こういう文通募集とか雑誌の投稿欄って、どんどんインターネット、つまりオンラインに換わっていっているわけだけど。(もはや文通は死語?)
    本当に、即時即答が良いのかっていう疑問を提示してくれている。

    「手紙なら、ものすごい力で一方向に流れていく時間に、少しだけ逆らえるような気がするんです」

    この台詞、良いなぁって思って。
    タイムラグがあって、届くこと、返ってくること。
    それまでの時間、モヤモヤしたりもするんだけど、反対に整うものも、多分あって。

    ついつい、直ぐに見てほしい、返してほしいって思いがちなのだけど。
    そういう、時間がかかるから、間があるから、ストンと落ちたことや分かったことって、素敵だと思う。

    それと、ろく兄にとって悩みに回答することが「いつかの自分への罪滅ぼし」になっていることの意味も、よく分かる。
    あの時は傷つけてしまったこと、を、今度は救いに変えたいという思いは、自分勝手なのだけど。
    償うことは自分への祈りでもあると思うから。

    解説の朝井リョウさんの奥田亜希子レポ(笑)も、すごく的確で面白いので、ハードカバーで読んだ人も、解説読んでみて欲しいです。

  • 僕は結構好きな作品でした。

    タイトルのように、文中でさまざまなものが入れ替わる。

    世の中に当てはめても色々と思うことがある。お金を持っている人と持ってない人、働いてる人と働いてない人、強い人と弱い人、互いに反し合うものが世の中に溢れている。

    でも、どちらが良いってことはないし、いずれか一方にずっとい続けることは難しい。それを自覚して生きるだけでも大分生きやすくなる。

    登場人物の現在と過去の話を通じて、とてもわかりやすい文章だったかつ、凄く考えさせられるよい物語だった。

  • 人は否定される側にもなると言う言葉は大切にしたいと思いました。

  • ティーン向け雑誌を読む世代の危うさ、脆さがよかった。

    オセロの白と黒のように
    被害者と加害者は裏表。
    批判するのとされるのも裏表。

    人にはそれぞれ事情がある。それをわかってあげられるなんておこがましいことは思わないけれど、
    自分軸以外の視点をもつことは大切だと思う。

  • 眩しい青春小説。

  • 他者に対しての理解、共有、傲慢さ。自分でも気づかなかったうちに見下していたり傷つけていたり。その微妙な変化をとてもうまく切り取っていてじわじわと、時には一瞬で傷を負い、傷つける。二つのパートがリンクする瞬間に現れるもの。一瞬で傷ができるように一瞬で前も向けそうな気持ちになる。

  • 中学生の未熟な、まっすぐな感じが眩しい。悩んで、傷ついて、もがいて、そうやって大人になるんだよなあと昔を思い出しながら読んだ。
    小学生や中学生女子向けの雑誌に親としてあまりいい印象を持っていなかったが、素敵な大人達が使命を持って取り組んでいるんだと思うと、世の中捨てたもんじゃないと思う。

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著者プロフィール

1983年愛知県生まれ。愛知大学文学部哲学科卒。2013年『左目に映る星』で第37回すばる文学賞を受賞しデビュー。他の著書に『透明人間は204号室の夢を見る』『ファミリー・レス』『五つ星をつけてよ』『リバース&リバース』『青春のジョーカー』『魔法がとけたあとも』がある。

「2021年 『求めよ、さらば』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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