- Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101014517
作品紹介・あらすじ
第二次大戦下、神戸トーアロードの奇妙なホテル。“東京の何もかも”から脱走した私はここに滞在した。エジプト人、白系ロシヤ人など、外国人たちが居据わり、ドイツ潜水艦の水兵が女性目当てに訪れる。死と隣り合わせながらも祝祭的だった日々。港町神戸にしか存在しなかったコスモポリタニズムが、新興俳句の鬼才の魂と化学反応を起こして生まれた、魔術のような二編。解説・森見登美彦。
感想・レビュー・書評
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人にすすめられて読みました。で、びっくり!
これは面白い。何はともあれ、神戸の本好きは必読(?)かも。神戸の空襲を挟んで数年間のトアロード、実録です。イヤ、すごい!詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
何の情報で知ったのだったか、私の好きな作家さんが何人も絶賛してたので、読んでみることにしました。
西東三鬼は俳人で、新興俳句系の句誌を創刊したりしてた。
でも、俳人になる前は歯科医師、その後貿易会社役員など経歴が面白い。
戦時中、京大俳句事件で執筆活動停止処分され、妻子を東京に置いて単身神戸に移住。
これはその神戸の頃の回顧録的な作品。
今まで、映画やドラマや小説で知っている戦争中の苦しさ、貧しさ、暗さ、悲壮感...
その重さで戦争モノは敬遠しがちな私ですが、著者の淡々としていて、ユーモアあふれる文章にぐいぐい引き込まれてしまいました。
しかも生活していたアパートとホテルの間のような止宿人たちの個性豊かな面々との交流が味わい深くて良かった。
本当にこれは戦時中の話なのかと思うほど、外国人もうろうろしてるし、のんびりした感じがあるんだよね。子どもとか出てこないし、大人の世界。
不思議な魅力にあふれてました。
で、解説が森見登美彦氏で満足度上がりました。
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『神戸・続神戸』は、新興俳句運動の中心人物のひとりであった俳人・西東三鬼が物した随筆である。太平洋戦争末期、三鬼が下宿していた神戸のホテルにおいて、住人たちが繰り広げていた狂騒的な日常を描いたものだ。
三鬼自身も戦時下で反戦的な俳句を詠んだとして検挙された経験もある人物だが、『神戸・続神戸』に出てくる人物たちは、それに輪をかけた曲者ぞろいである。どこからともなく貴重な食肉を仕入れてくるエジプト人や、体ひとつで渡世している娼婦たち。ロシアの老婆は日本娘をドイツ兵に売りさばき、台湾の青年はバナナの密輸入に精を出す。男たちは闇物資を、女たちは体を売り、特攻や結核や空襲でゴロゴロと死んでゆく。
このカオスのようなホテルはほどなく空襲で全焼し、前後して住人も死んだり消息不明になってしまう。このような社会の底辺の、いわば非国民たちの存在が公式に記録されるはずもないから、彼らが生きていた証は三鬼が書いたこの本の中にしかない。だが、三鬼が語る彼らの「生」の、なんとリアルなことだろう。なまなかな小説などには出せない凄みが、この随筆にはある。歴史には決して残ることのない、名もなき庶民たちの生の記録がここにある。
彼らの境遇の悲惨さは、ほとんど戦場ルポルタージュの様相を呈しているが、一方で奇妙な明るさにも満ちているから不思議だ。日本全土が軍事色に染まってゆく中、自らが異端者であるという事実は、彼らを萎縮させるどころか、矜持の源泉でさえあったようである。三鬼を含め、彼らはみな生まれついてのアウトサイダーであった。日章旗でも旭日旗でもなく、ただ独立不覊だけが、彼らの掲げる旗であった。 -
どう感想を書けばいいか、分からぬ(笑)
第二次大戦も終わりに差し掛かった時期の、トアロードのとあるホテルでのお話。
このホテルには、様々な理由で滞在している外国人たちや、帰る場所のない日本人たちが身を寄せ、つまるところは身体を売ってお金を稼ぐような人たちにとっての憩いの場となる。
エッセイに程近い小説、といったところか。
私にとって、神戸は不思議な街なのだ。
海に面していて、センスの良い店や建物が立ち並ぶのに、ちょっと鄙びてもいる。
京都のように寺社仏閣に圧倒されるわけでもなく、大阪のように雑然とした賑やかさもない。
けれど、何かがいたような、そんな当時の匂いは感じていて、それがあまりにもこの作品から強く立ち昇ってくるものだから、驚いた。
きっと、神戸を訪れたことのある人なら、その匂いの一致に目が覚めることだろう。
コスモポリタン、なんて言うと硬すぎる気もするが、多様な国の人々が生きるために自分自身を売り買いして、身を寄せ合っていく。
決して底抜けに明るい話ではないけれど、それでも生きることを放棄しない物語は、力がある。
「終戦発表の日、天皇の放送を聞いて、声を上げて慟哭したのはわが家ではナオミ一人であった。隣家の滞日三十年の老仏人ブルム氏も、私が放送の内容を話すうちに、しずかに涙を流した。私は後になって、老フランス人の涙の性質を考えたが、それは日本の敗戦を悲しむ涙ではなかった事に気がついた。しかし、放送を聞いた時の私は、泣けない事を、ナオミやブルム氏に少しばかり恥じた。」 -
めっちゃくちゃ面白かった!
「彼が二十分位も回転運動を試みて、静かに襤褸をまとって立ち去った後は、ヨハネの去った荒野の趣であった。それから二年後には、彼の気に入りの場所に、天から無数の火の玉が降り、数万の市民が裸にされて、キリキリ舞をしたのである。」
もうここで全部持っていかれた。凄まじい。
狂人も聖人も一般市民も天国も地獄も、全部同じ温度で見ているような筆者の視線にぞくぞくした。
書くことのチョイスと文章がとんでもなく上手いので、第一話だけで長編を読んだような充足感だった。ここだけでちょっと泣いちゃった…。
でも感傷的では全然なくて、幾らでも泣かせに持っていけるところも抑えられているのがまたいい。
全編通して思ったのは、自分も含めて人間というものに期待はしていないんだろうな、でも他人に対しては少し希望があって、自分に対してはしっかり自尊心がある。
なので突き放していても読んでいて苦しくなく、絶妙なバランスで成り立っている作品だと思う。
「逃げても軍鶏に西日がべたべたと」
がまためちゃくちゃ良かったので、句集も読むー! -
直近では講談社文芸文庫で読めていた作品だが、どうも絶版になったようで、新潮文庫にお引越し。文章好きの間でじんわり話題になっていたこともあり、手に取った。
1945年前後に数年ずつ、俳人・西東三鬼が神戸のとあるホテルに投宿して過ごした時期を記した随筆的な文章2編。ホテルを定宿とするエジプト人のマジッド・エルバ氏をはじめ、ホテルの支配人や、戦後でいうところの「オンリーさん」的なお姉さんをはじめとする常連(というよりもホテルに住んでいる)世界各国の人々が登場し、お世辞にも上品とはいえない生き方が描かれる。三鬼はそうした人々の間を渡り歩き、半ばコーディネーター的に日々を過ごす。芸能関係者専用老人ホームを舞台とした倉本聰のドラマ『やすらぎの郷』で、石坂浩二演じる脚本家・菊村先生がインテリ枠として入居者の信頼を集め、問題解決に日々奔走するさまに似たポジションだ。
あまりに突拍子もなさそうに思えるのか、この作品は山口誓子から「眉唾」と評されたことがあるようだが、多少なりとも雰囲気を知る者からすると、作品に描かれた世界は港町ならではの「さもありなん」に満ちている。港町はお洒落なのではなく、ただ「経歴不問」で金が稼げるので、金のおまけとして度肝を抜かれるエピソードがときどき飛び出すにすぎない。そして、世界の歴史を多少なりとも知っていたら、この人たちがなぜここにいるのかの遠因がわかるので、愉快ではあるが複雑な気持ちが湧いてくるのも事実。舞台となったホテルはもうないが、かつては外国人が多く住み、日本人からは「あんまり付き合いたくない場所」とくくられていた頃の、あのあたりの雰囲気がダイレクトに描かれている。また、神戸ではその存在を語る人もほとんどいなくなってしまったGHQ向けの通称「遊郭ビル」(名前は本作中に出てこないし、そもそも建物ももう残っていない)で仕事をしていたようなことも書かれていて、歴史・風俗史としてむちゃくちゃ面白い。焼け跡文学として名高い野坂昭如の作品とは違う方向のリアリティである。
題材の面白さは別として度肝を抜かれたのが、三鬼の筆の巧みさである。事実(おそらくフィクションも混じっているが)を淡々と連ねていくさまが、簡潔だがさまざまな情感を描き出す。かといって文体が殺風景なわけではない。安直な感想だが、俳句の世界に生きる人の言葉の切り詰めかたがこれなのだろう。こういう文章が書きたいというお手本がまたひとつ増えた。
解説はモリミーこと森見登美彦さん。三鬼が「続神戸」の前説で書くところの「自由」について論じていらっしゃるが、実は自由とは関係なくて、京都・百万遍近辺の四畳半に囚われたモリミーの創作魂が、この作品で描かれたホテルのパッケージ感に惹かれたといったほうが正確なのではないかと感じた。 -
8月の読書会の課題に推薦した。戦争の話だし、ちょうど良い。良いと言うのも変だが、名前だけ聞いたことのあったこの作家、『神戸・続神戸』は関西住みのワタシには目を閉じれば今の三宮が西東三鬼の三宮と少々重なるくらいには知った町だ。戦争のときにたくさんの外国人が神戸に残っていたとか、女の人たちはどれだけ強い心を持つ必要があったかとか、赤紙を忌避した男の人が出てきたり、広島のことが書いてあったり、戦争と俳句のこととか、何もかもが新鮮で目新しかった。ワタシは私小説みたいなものが好きなんだと思う。全然知らないひとなのに、その人が生きている感じを知りたいから。西東三鬼の俳句は読めるかわかりませんが前に買って好きな橋本多佳子さんも出てくるので句集読み返したいなと思いました。
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小さい頃から通い慣れた街が、戦時中から戦後はこんな様子だったとは
食糧もなく、自由もなく、空襲に怯える日々の中でも、外国の人たちと心は自由に生きていた著者。
戦争の中の現実の生活。
おもしろく描かれているけどつらいな -
戦中戦後の神戸の猥雑な空気や人間模様が、淡々とした距離感と味わいで描かれ素晴らしい。私にとってこんな文章が書きたいと思うお手本のよう。場所柄時代柄の各国の人の交錯が梨木香歩の「村田エフェンデイ滞土録」を思わせる。一人一人の無名の人の持つ大きなドラマをさらりと書くセンスと腕前に感嘆。神戸の民衆史としても興味深い。