ヰタ・セクスアリス (新潮文庫 も-1-3 新潮文庫)

  • 新潮社 (1949年12月2日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784101020037

みんなの感想まとめ

テーマは性欲的生活であり、著者自身の体験を基にした赤裸々な描写が特徴です。主人公が自身の性欲の歴史を淡々と語る様子は、文学的な視点から捉えられ、時には微笑ましくも感じられます。しかし、描写が中途半端で...

感想・レビュー・書評

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  • 本題はラテン語で「VITA SEXUALIS」(性欲的生活)とのこと。森鴎外の前半生の性欲体験を小説に託し自伝体的に描いたもののようだ。これを収載した雑誌「昴」は風俗を乱すかどで?発売禁止になったとのこと。
    男なら誰でも体験するような性欲の芽生え(!)について、自らの体験?に基づき赤裸々に描いているのに驚かせる。
    ただ、本書の最後にもあるように中途半端さ感は否めず、その描写にしても大体スルーしているので、エロティックなところは全くなく、逆に物足りなさが残った。(笑)あまりにも淡々とした思い出の羅列のような記述で、あるいは微笑ましくもあり、いまひとつ入り込む余地がないまま終わってしまった感じだ。もっと言えば、むしろストイックなのではないかという内容であり、「性欲的生活」の逆説的物語だったのではないだろうか。

  • めちゃくちゃ鴎外やな〜〜という文ですがやはり私はそこまで得意ではありませんでした。整えられすぎて少し作者に距離を感じるからでしょうか。

    短い話がたくさんあるような構成なので鴎外の文体が好きな方はとても楽しめると思います。ひたすら鴎外文がたくさん集められた作品な気がします。内容はないようです多分。

  • 昭和53年10月30日 46版 再読(全く覚えて無かった。)
    1909年 明治42年 発表

    哲学講師の主人公が、自身の性欲の歴史をを、幼児期の体験から、淡々と語る。
    最初は、発禁処分を受けた作品のようですが、文学的で内容も鴎外が発表できる程度です。
    まあ、どんな文豪も経験の蓄積は重要ですよね。ちょっと、ドキドキなところは、学生寮のお話。可愛い男子は、いろいろ大変ですね。腐女子必見。

  • 鴎外の中でずば抜けてこれが好き。
    別に言っちゃえば内容なんてないけどさ、こうこういい意味での内容の無さっていうのもあるよ!小説だもん。

    ヰタ・セクスアリスって言葉はラテン語なのだそうですが、すごく美しい言葉じゃない?声に出して!「ヰタ・セクスアリス!」ほら素敵。
    まず思春期の男の子のギムナジウム的閉鎖性って、女の子みんな好きだと思うの。そこに出てくる登場人物が概ね醜男っていうのがまたいいよね!わくわくしちゃう。

    森鴎外の書く女の人がそもそもあんまりタイプじゃないから、こういう話はすごく嬉しかった。なんて性的で、なんて耽美な童貞文学。女好きを「軟派」男好きを「硬派」って呼んじゃうとか、可愛すぎる。

  • まさか森鷗外も、この作品が100年後まで読み継がれることになるとは思ってもいなかったんじゃなかろーか。

    青春小説といえなくもないけれど、女子が真面目に読むものではありません(笑)

    まさに、親が自分の息子に読ませるくらいがちょうどいい本。

  • 『性欲的生活=ウィタセクスアリス→ヰタセクスアリス(独語)』

    本作品は、哲学の教授である金井湛君の人生における性的生活について、鴎外本人の実体験を織りまぜ、書かれている。

    性欲のことについて書かれている、しかもこの小説が載った雑誌は発禁になったと知ると、途端に興味がわいてくる。際どいことを述べている部分も確かにあるが、不愉快ではない。

    日本語表現の幅が本当に広く、思わず惚れ惚れしてしまった。

    選ぶ言葉のひとつひとつが繊細で美しい。その言葉のかけらが鎖となって繋がるとき、フレーズはひとつの芸術にもなり得る。日本語の美しさをあらためて感じることができ、大変うれしい。

  • いつ買ったのか忘れたけど、350円のブックの値札が裏表紙に貼ってある。

    この間、何十年ぶりかに実家の片付けをしていると、同じ本が昔自分が使っていた本棚にあった。おんなじ本買ってまうんやな、と大人のビデオを借りていたときの経験がふと蘇った。
    本棚からそれを引っこ抜くと、埃をかぶって変色した本が、そのまま自分の性に対する距離と重なるように思えた。

    主人公の性的体験について、その目覚めから結婚するくらいまでの変遷を振り返る物語は、淡々としていて読み応えはないが、文学は自己弁護のためにあるという指摘はごもっともだと思う。そういうところに、淡白な表現の底に、まだ自分が感じられていない何かがあるのかなと、思うけれども50になって読めてなければ、死ぬまでわかりそうにないな。


  • 哲学講師である金井湛による、己の性欲史。六歳のときに目にした絵草紙の記憶から、ドイツへの洋行が決まり筆を置く二十一歳まで、性とどのように接触してきたかが綴られていて、ずいぶん奥深い一冊だった(なんと注釈だけで50ページに及ぶ)。
    本書が文芸誌『昴』に掲載された当時は、ポルノグラフィーとして読まれたがために発禁になったというのだから驚きである。
    けれど、子どもの性への芽生えや、思春期の性への好奇心って、昔も今もそんなに変わらないものなのかもしれない、などと思った。

    〈世間の人は性欲の虎を放し飼にして、どうかすると、その背に騎って、滅亡の谷に墜ちる。自分は性欲の虎を馴らして抑えている。〉
    〈只馴らしてあるだけで、虎の怖るべき威は衰えてはいないのである。〉

    性欲の歴史だけじゃなくて、その考察も面白かった。

  • なかなかユーモアのある作品である。難しくもなくさっと読める。発禁となるほどの内容だったのね当時は。

  • 生活風俗を探求する、という意味では楽しめたし興味がそそらられたものの、性欲的生活、とはいいつつ結局日本人って「真面目か?!」と言いたくなった。
    この真面目さ加減に、純文学と言われる世界が谷崎潤一郎が境界線の内側になってしまっているのだし、谷崎を超える世界が同人漫画をはじめとする「サブカル」になってしまう所以なのだろうと感じた。

  • ヰタって何て読むんだろう?から手に取った。正解はウィタ。
    アリスも可愛らしいと思ったが、日本語訳はファンタジーの欠片もない「性欲的生活」でした。

    鴎外の分身とも言える金井湛くんの性欲との出会いとお付き合いが朴訥と、時にユーモアも交えて書かれている。
    文章にはリズムと美学があって、あぁ文芸に触れているという感じ。
    これは心地良くて病みつきになる類のもの。
    当時は漢詩が身近だったから、文章のリズム感に優れているんだろうなぁ。

    坂の上の雲の時にも書いた気がするが、明治の人たちの勉強熱心で自身の哲学を持っている生き様が格好良い。
    貧富の差や女性差別の上に築かれた上澄みの部分しか見えていないが、
    若者が日本社会と自分の立ち位置を踏まえた上で、世界を見据えている溌剌とした感じが良いなぁ。

    題材としては、誰がどう性に目覚めようがそれほど興味はなかったが、
    程よい自虐のスパイスが効いた森鴎外史と、当時の日本が垣間見れたのは面白かった。

  • 小さい頃に感じた春画や周りの大人子供たちに関する違和感が成長するにつれ確信に変わっていくことが、私自身も似たような経験があるのでとても共感できました。個人的には、寄宿舎の生活で硬派の逸見が金井を狙うところのシーンの描写に緊迫感があってハラハラさせられました。森鴎外の著書は、高校の時に「舞姫」を少しかじった程度だったので、その時にも感じてはいたのですが、やや読みにくいと感じてしまいました。

  •  実際は新潮文庫版でなく学研から出版されている全集もので読んだ。
     森鷗外といえば『舞姫』のような堅牢な文章を操るイメージがあったが、『ウィタセクスアリス』においてはかなり平易な文体で書かれている。内容は草食系男子の性にまつわる体験に関するものだ。性にまつわる体験といいつつ、露骨なものに関しては匂わせつつもほぼ描かれないので安心して読める。
     作中で「硬派」と「軟派」の2派が登場するが、読んでいるとどうも「硬派」というのがホモセックス野郎のことを意味しているようでド肝を抜かれた。寄宿舎生活の中で年少者は硬派の先輩の餌食になる。主人公が短刀を持って硬派の先輩から逃げ回り、アヌスの貞操を死守する場面がちょこちょこ登場するが、これが鷗外の自伝的性質を帯びた作品であることを踏まえると、男性読者なら当時の寄宿舎生活の凄絶さに恐怖を禁じ得ないはずだ。尻穴を狙う硬派から命からがら逃げ回る、そう、これはほとんど「ウォーキング・デッド」の世界なのだ。
     ところで「金井湛君は哲学が職業である。」という書き出しは端的で内容にスッと入れるいい書き出しだ。「石炭をば早や積み果てつ。」に並ぶぐらいのいい書き出しだと思う。

  • 当時、発禁処分になったとのことだが、理由が分からないくらい、性的描写はない本。

    森鴎外が、当時流行りだしていた自然主義に対して、賛同?意義?、とにかく挑んでみた作品。

    主人公は、森鴎外の諱の一文字を名前に持つ金井澹(しずか)。哲学者を生業として、教鞭をとっているが、ある日、夏目漱石やら自然主義の台頭をきっかけに、自分もこれまでのこしかたを振り返って、自らの性的エポックメイキングな出来事を綴り、芽生えなかった性的欲求の芽生えを探ろうと試みる。

    鴎外自身が医者だったからか、さっぱりと描かれており、いやらしい感じはしない。実在のモデルが人でも学校でもすべて存在し、鴎外の人生と重なるので、どこまでが、フィクションなのか気になってしまう作品。

    作品の中で、金井が成長、学習する過程で興味を持った書籍やら思考などが紹介されるので、文学史的知的欲求も満たされるし、主人公の澹の考えを通して、鴎外の?思考の流れが分かるようで興味深く、決して性的なだけの著作ではない。

    知らなかったのだけれど、その福沢諭吉の学問にたしての姿勢は功利的だったらしい。当時は、その考えが蔓延しており、その中でも澹は「学問の為めに学問をする」という考えの持ち主である。その考えにも共感したし、お見合いをさせられた相手に対して、文句のない相手だし、嫌いではない。だけど、その相手の様な娘は他にもたくさんいて、この娘でなければならない理由がなく、どう決断していいのか悩むところに、主人公の意外な正直さを感じて、共感した。

  • 主人公が幼年期から青年期にかけての性的な体験を冷静に考察しています。といってもあまりエロくはないです。短いので森鴎外を読んだことない人にもオススメです。

    九州大学
    ニックネーム:山本五朗

  • 性欲への心情の表現が丁寧ですごいなぁと。

  • 当時としては斬新だったのかな。哲学者が息子の性教育に使うため、自分の性欲への目覚めや性体験について振り返って本を書くという話。本の内容を追想する形?で話は進む。見合いを急かす母に対して「俺はあんまりカッコよくないし女側にも男を選ぶ権利はあるだろう」と母に談判するシーンが面白かった。また、流れで遊女と寝ちゃって「案外セックスって大したことないな……」と気づくシーンも良かった。「別に、やろうと思って行ったわけじゃないし……喧嘩しようと思って出かけたわけじゃないけど流れで喧嘩しちゃうことあるじゃん?あれと同じだし……」ってなんかめちゃ言い訳してるのも、お母さんに「ずいぶん遅かったわね」ってしっかり遊んできたことバレてるのも面白かった。森鴎外ってこんなおもしろ作品も書くんだなと思った。まあ英語やドイツ語はたくさん出てくるけど、なんとなく話の流れで読める感じ。
    めちゃくちゃ前の作品なのに、似たような奴らでつるむから男友達同士で全員童貞のまま学校卒業する感じとかなんかすごくリアル、というか現代と大して変わらない感じがする。
    最後の方で「なんだかんだ貞淑ぶってないといけない世の中だからなかなかこれを世に出すのは憚られるな〜」みたいなこと書いてるのもとても素直でよかった。これが発禁になるなんて本当に貞淑な世の中だったんだねえ。ある男の性生活、というだけで全然エロい描写とかはないし、面白く読めた。ところどころ関わった人がどうなったかまで書かれてるのがより味わい深くてよかったな。

  • 生活の中で切り離せず、誰しもがその萌芽を少し思いながら読めるのではないかと。

    どこか意固地になるような思いは少しながら共感しつつ、この時代でもよく聞くような自信の持ち方と軽蔑的な視線など面白い。
    日本に直接的な表現はないのが、ドイツでの大胆さなど見比べるのも考えさせられるのでは。

  • 森鴎外『ヰタ・セクスアリス』を読みました。
    題名は「vita sexualis(性欲的生活)」というラテン語・・・ウィタ・セクスアリスから来ています。
    日本近代文学の第一人者が谷崎みたいなヤリチン自慢ではなく、どんなふうに自分が性欲に目覚めて性欲と折り合いをつけていったのかという半自伝小説です。
    「私はそんなにモテる方でもないから軟派にはならなかったし、性欲に駆られて学業をおろそかにして退学処分をうけることもなかった。まぁ淡白で助かりましたわ。」っという青春時代の話を自虐半分、色恋に冷笑的な立ち位置を持ち続けた俺ってかっこいい、ま、たまに本気だすけどね、っというタッチで書いてある本です。
    このご時世、フェミニズムもジェンダーフリーも大事です。対象が男だろうと女だろうと、相手の性指向がどっち向いていようと、性の対象を商業的に消費することに批判は免れません。ですので健全な性の発露、くだけた言い方をすれば「誰も傷つけない正しい下ネタ」って何だろう?という疑問から手にとってみたのですが全く参考にはなりませんでした。
    そりゃそうですよね、森鴎外は笑いを取ろうとしたわけではないのですからw
    私が面白く読めたのは閉鎖的な寮生活で男色の被害に遭わないように一所懸命な立ち回りだとか、ボスキャラ的な「鰐口」なる男子学生のサディスティックな性向を「犬」に例えて分析するくだりでした。鰐口くんは嫌なやつだけど、彼に間接的な庇護のしたにおかれているせいで男色家に襲われずに済んでいる、ということが結構あっけらかんと書かれているのです。
    この作品の掲載誌が発禁処分を受けたという保守的な時勢の割には、当時の人達のセクシャリティというのはほどほどにおおらかだったのですね。
    そこらへんの話はアルフレッド・キンゼイ博士がトーマス・ペインターという写真家にインタビューをした経緯を書いているこの記事が参考になると思います。
    https://news.yahoo.co.jp/.../16fb53ac2f013e00fa49fd267f01...
    それと、金原ひとみの『オート・フィクション』がテーマ的にも構成的にも、絶対本作にインスパイヤされていると思うのだよね。そんな解説記事落ちてないかな。

  • 古典的な文章は得意じゃないけど
    教養として読んでおこうと思って手をつけた。

    何の予備知識もなく読み始めたから、始まりの
    「性欲的生活について書き記してみよう」で
    そういう感じの内容か〜と覚悟したけども
    ハッキリした描写は一切無く、
    欲にありつける環境に身を置かれながらも
    頑なな態度を見せる金井君の心情を楽しめた。

    文章にドイツ語が頻出するのも独特。

    最後の VITA SEXUALIS 表記は
    「だからこのタイトルなのか〜」と納得して
    スッキリした。

    個人的には、最後の高橋氏の解説にもあった、
    児島君のきんとんのくだりが
    一番印象に残っているし好き。

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著者プロフィール

森鷗外(1862~1922)
小説家、評論家、翻訳家、陸軍軍医。本名は森林太郎。明治中期から大正期にかけて活躍し、近代日本文学において、夏目漱石とともに双璧を成す。代表作は『舞姫』『雁』『阿部一族』など。『高瀬舟』は今も教科書で親しまれている後期の傑作で、そのテーマ性は現在に通じている。『最後の一句』『山椒大夫』も歴史に取材しながら、近代小説の相貌を持つ。

「2022年 『大活字本 高瀬舟』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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