阿部一族・舞姫 (新潮文庫)

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レビュー : 100
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101020044

感想・レビュー・書評

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  • 削ぎ落とされた文体、本当に美しいと感じます。
    実は昭和25年発行、32年印刷版(旧仮名、旧字体)を実家の棚から見つけて読みました。直ぐに頭の中で変換できないせいかゆっくり読むこととなり、却ってじっくり味わうこととなりました。作家が書いた筈の文字で読む体験、貴重かもしれないと実感。

  • 図書館より。

    『舞姫』『うたかたの記』は擬古文で書かれているので、とっつきにくいのですがリズムがよいのでその分では読みやすいかな?といっても現代語訳がないのがつらいところ…『舞姫』はエリスの存在がとてもかわいらしくいじらしいです。

    現代語で書かれた作品では始めのうちはセリフのない場面での一段落が長くて苦労したのですが、慣れてきてからはあまり気にならなくなりました。殉死を描いた歴史小説『阿部一族』『堺事件』が印象に残りました。

  •  高校時代に現代文の授業で読んだ『舞姫』を久しぶりに読みたくなり手に取った。きちんと森鷗外を読むのは高校以来だと思う。

    ◆舞姫
     ドイツへ留学した官吏の太田豊太郎は、踊り子のエリスと出会い、心を奪われる。その後、豊太郎は仲間の讒言によって免職されてしまうが、友人である相沢謙吉の仲立ちにより復職への道が開ける。妊娠していたエリスは、豊太郎が帰国するという話を知って発狂する。
     明治23年に発表された鷗外最初の小説。『うたかたの記』、『文づかい』とともに、擬古文で書かれた初期三部作の一つ。
     高校時代に読んだときは、妊娠しているエリスを見捨てて出世のために日本へ帰国する豊太郎をひどい男だと思った。しかし、今回は出口汪氏の『早わかり文学史』を読んでからだったため、また異なる読み方をすることができた。
     出口氏は、日本に自我(近代的自我)という概念を初めて持ち込んだのが森鷗外の『舞姫』だったという。自我とは集団から個人を切り離そうとするもので、この動きを直接起こしたのが浪漫主義だ。封建時代には自我という意識はなく、集団の中に自分という意識が入り込んで、個人と集団との区別はまだなかった。
     この自我という意識に目覚めながら、一方では自我を潰されていくのが豊太郎である。時代に潰された、ということもできる。豊太郎は「棄て難きはエリスが愛」と思っていて、エリスを見捨てて帰国するかどうかについて、その意志は曖昧なままである。しかし、豊太郎の知らないところで、相沢謙吉が大臣にその帰国についての話をつけてしまい、狂言回しの役割を演じたため、豊太郎は帰国することとなる。この相沢は、「学識あり、才能あるものが、いつまでか一少女の情にかかづらひて、目的なき生活をなすべき」と考える典型的な封建人だ。そして、豊太郎が思い悩んだあげく意識不明になっている間に、相沢がエリスに豊太郎の帰国のことを話し、エリスは発狂することとなる。「嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼を憎むこころ今日までも残れりけり」という最後の部分に、豊太郎の感情がよく表れている。
     豊太郎は鷗外そのもので、鷗外にとってエリスは一生忘れられない存在だったといわれることがある。鷗外は、心の奥底でエリスへの想いを抱きながらも、表面上はそれを押し殺し、家や国家を背負って生きようとしたのだろう。鷗外は強靭な精神力を持つ人物だった。
     なお、鷗外がドイツから帰国した後には、実際にエリスが追いかけてきた「エリス事件」が起こっている。

    ◆うたかたの記
     ドイツに留学している日本の画学生・巨勢は、ミュンヘンのカフェでマリイと再会する。マリイはかつて巨勢が助けた花売り娘で、巨勢はその面影が忘れられず、自作のローレライのモデルとしていた。作中でマリイは次のようにいう。
    「英雄豪傑、名匠大家となるには、多少の狂気なくて愜はぬことは、ゼネカが論をも、シエエクスピアが言をも待たず。……狂人にして見まほしき人の、狂人ならぬを見る、その悲しさ。狂人にならでもよき国王は、狂人になりぬと聞く、それも悲し。」

    ◆鶏
     石田小介は少佐参謀として小倉に着任した。石田は雌雄の鶏を飼うこととなったが、別当の虎吉も自分で鶏を買ってきて一緒に飼うこととなった。そして虎吉は、石田の鶏の産んだ卵まで、自分の鶏のものだと言い出すのだった。また、下女の時は、石田が出勤すると毎日風呂敷包みを持って家のものを持ち出すのだった。このような微妙な軋轢が、善悪ではなく、石田と田舎の人々との価値観の相違によるものとして描かれる。

    ◆かのように
     子爵家に生まれた五条秀麿は、文科大学を立派に卒業した。しかし、国史の研究を真面目にしようとするあまり神経衰弱になっていた。というのも、神話を歴史の中でどのように位置づけるかについて八方塞がりになっていたのであった。そして、秀麿はファイヒンガーの『かのようにの哲学』を参照して、次のようにいうのだった。
    「人間の智識、学問はさて置き、宗教でもなんでも、その根本を調べて見ると、事実として証拠立てられない或る物を建立している。即ちかのようにが土台に横わっているのだね。」
     すなわち、神や義務は事実として証拠立てられないが、それが「あるかのように」みなすことで社会生活は成り立っているということが説かれる。

    ◆阿部一族
    「殉死にはいつどうして極まったともなく、自然に掟が出来ている。どれ程殿様を大切に思えばと云って、誰でも勝手に殉死が出来るものでは無い。泰平の世の江戸参勤のお供、いざ戦争と云う時の陣中へのお供と同じ事で、死天の山三途の川のお供をするにも是非殿様のお許を得なくてはならない。その許もないのに死んでは、それは犬死である。武士は名聞が大切だから、犬死はしない。」
     肥後藩主細川忠利の病状が悪化し、老臣の阿部弥一右衛門は殉死の許可を乞う。しかし、その許可を得られないまま、忠利は死去した。このため、弥一右衛門はその後も以前どおり勤務していたが、家中から命を惜しんでいると誹謗が出るようになったため、切腹を遂げる。この遺命に背いた殉死が阿部一族の悲劇を招く。
     明治45年、明治天皇崩御の際に乃木希典が殉死、当時はその是非をめぐる議論が盛んだった。『阿部一族』はこうした当時の世相を反映した作品とされる。また、この事件以降、鷗外は歴史小説を書くこととなる。鷗外の歴史小説は、「歴史其儘」(『阿部一族』など)と「歴史離れ」(『山椒大夫』など)に分類される。
     本作は、理不尽な状況に対して武士の面目を立てるため、意地を貫く姿を描いたものだ。鷗外は歴史小説において、運命の中で最後まで自分に与えられた使命や立場を貫いて生きる人間像を数多く描いた。そして、歴史や運命の中で自己の立場や使命を冷静に引き受ける態度を諦念と呼び、これに人間の生きる道を求めたとされる。

    ◆堺事件
     鳥羽伏見の戦いの後、土佐藩が堺を警備することとなった。この堺において、フランス水兵が上陸、狼藉のうえ一斉射撃してきたため、土佐藩兵との間で銃撃戦となった。この事件に対して、フランス公使は土佐藩の部隊を指揮した士官二名、兵卒二十名の処刑を要求した。処刑される兵卒は籤引によって決められた。兵卒たちは死の覚悟はできていたが、不名誉な犯罪者としての処刑は承服できなかった。このため、上役に対し、「兵卒が隊長の命令に依って働らくには、理も非理もござりませぬ。隊長が撃てと号令せられたから、我々は撃ちました。命令のある度に、一人一人理非を考えたら、戦争はできますまい」と訴えた。こうして、切腹と士分への取り立てが認められることとなった。
     堺・妙国寺が切腹の場所と定められた。一人目の箕浦猪之吉は、「フランス人共聴け。己は汝等のためには死なぬ。皇国のために死ぬる。日本男児の切腹を好く見て置け」と言った。そして、「箕浦は衣服をくつろげ、短刀を逆手に取って、左の脇腹へ深く突き立て、三寸切り下げ、右へ引き廻して、又三寸切り上げた。刃が深く入ったので、創口は広く開いた。箕浦は短刀を棄てて、右手を創に挿し込んで、大網を摑んで引き出しつつ、フランス人を睨み付けた」。その後、二人目、三人目と切腹は続けられた。この間、臨検の席に着いていたフランコ公使は、驚愕と畏怖の念に襲われ、不安に堪えない様子で立ったり座ったりしていたが、ついに十二人目のときに突然席を立ち、艦艇へ帰ってしまった。こうして残った兵卒の切腹は中止となり、その後フランス公使から助命嘆願がされることとなった。

    ◆余興
     私は同郷人の懇親会に出席した。そこでは幹事の畑少将が大好きな浪花節が余興として披露されたが、私には苦痛な時間が流れた。しかし、私は先輩に対する敬意を忘れてはならぬと思うので、「死を決して堅坐」していた。このような私の姿を見た若い芸者は、私を浪花節の愛好者かと誤解したため、私はその勘違いに一瞬いらっとした。しかし、他者の無理解に対する自身の不寛容を悟って反省し、次のように思うのだった。
    「己の感情は己の感情である。己の思想も己の思想である。天下に一人のそれを理解してくれる人がなくたって、己はそれに安んじなくてはならない。それに安んじて恬然としていなくてはならない。」

    ◆じいさんばあさん
     江戸の大名の屋敷の中に隠居所が作られ、そこへ爺いさんと婆あさんが住みだした。二人の仲の良さは無類であった。この夫婦はある事情により、長い間離れて暮らすことを余儀なくされていたのだった。

    ◆寒山拾得
     唐の貞観の頃、閭丘胤という官吏がいた。台州の主簿となった閭は、天台の国清寺を訪ねた。閭は長安に居た頃、その頭痛を豊干という僧に治してもらったことがあった。この豊干が国清寺の者で、さらに豊干が言うには、この寺の拾得は普賢で、寒山は文殊であるというのだった。しかし、閭が国清寺に行ってみると、どうも様子が違うのであった。作中では次のように述べられている。
    「全体世の中の人の、道とか宗教とか云うものに対する態度に三通りある。自分の職業に気を取られて、唯営々役々と年月を送っている人は、道と云うものを顧みない。これは読書人でも同じ事である。勿論書を読んで深く考えたら、道に到達せずにはいられまい。しかしそうまで考えないでも、日々の務だけは弁じて行かれよう。これは全く無頓着な人である。次に著意して道を求める人がある。専念に道を求めて、万事を抛つこともあれば、日々の務は怠らずに、断えず道に志していることもある。儒学に入っても、道教に入っても、仏法に入っても基督教に入っても同じ事である。こう云う人が深く這入り込むと日々の務が即ち道そのものになってしまう。約めて言えばこれは皆道を求める人である。この無頓着な人と、道を求める人との中間に、道と云うものの存在を客観的に認めていて、それに対して全く無頓着だと云うわけでもなく、さればと云って自ら進んで道を求めるでもなく、自分をば道に疎遠な人だと諦念め、別に道に親密な人がいるように思って、それを尊敬する人がある。尊敬はどの種類の人にもあるが、単に同じ対象を尊敬する場合を顧慮して云って見ると、道を求める人なら遅れているものが進んでいるものを尊敬することになり、ここに言う中間人物なら、自分のわからぬもの、会得することの出来ぬものを尊敬することになる。そこに盲目の尊敬が生ずる。盲目の尊敬では、偶それをさし向ける対象が正鵠を得ていても、なんにもならぬのである。」

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    https://opac2.lib.nara-wu.ac.jp/webopac/BB00193287

  • 人間とは愚かな生き物です。特にお前。というコラ画像を思い出すような内容だった。
    これが当時の人のリアルなのかな。

  • 数十年ぶりの舞姫、懐かしい。内容もちゃんと覚えていた。あまりにも人の命が軽すぎると思うが、阿部一族などの歴史物も非常に興味深かった。思うのは、鷗外はこれらの史実を書いて何を言いたかったのだろう。鴎外の思想はどこにあったのだろう。まさに"これぞ美しい日本文学"だと思うが、主題が見えない。ただ単に自分の力不足か。

  • 高校の教科書にあった「舞姫」はなつかしい。テンポよい語感であるが終盤腑に落ちぬところもあった。他短編が収録。2018.7.5

  • 2011.1.8『阿部一族』

    2017.1.6『舞姫』

    2016.10.4『うたかたの記』

    2018.2.11『鶏』

    2011.1.10『かのように』

    2011.3.2『堺事件』

    2015.12.29『余興』

    2011.3.2『じいさんばあさん』

    2010.12.28『寒山拾得』

  • 森鴎外記念館に行って、その後購入。寒山拾得は前にも読んだが、よくわからない。

  • 舞姫のあのダメ男感がとても好き。
    エリスに対する行動に全く誠意が感じられないし、嫌なことから逃げ回っているのがよくわかる。
    それでもどこか惹かれるものがあり、読み進めてしまった。
    森鷗外自身の自伝的な部分もあると言われているが、本当に森鷗外がこんな人だったのかと思うと文豪も人間なんだなぁと思ってしまう。
    自分が悪く見えないような書き方をしている主人公の文章の書き方を見ると、良くも悪くも人間臭さを感じると思った。

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著者プロフィール

1862-1922年。小説家、評論家、翻訳家。本名は森林太郎。陸軍軍医として最高位を極める一方で、旺盛な文筆活動を展開し、晩年は歴史小説、さらに史伝に転じた。1917年から没するまで帝室博物館総長兼宮内省図書頭を務め、歴代天皇の諡号(おくりな)の出典を考証した『帝謚考』(1921年)を刊行。主な著作に『舞姫』(1890年)、『高瀬舟』(1916年)など。

「2019年 『元号通覧』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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