白痴 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101024011

感想・レビュー・書評

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  • 『私はそのころ耳を澄ますようにして生きていた』
    極度に物を所有したがらなく、1か月の給与を1日で無理にでも使い切ろうとする語り手は、複数の女たちの間で爛れるような生活を送る。
     /いずこへ

    『その家には人間と豚と犬と鶏と家鴨が住んでいたが、まったく、住む建物も各々の食べ物もほとんど変わっていやしない』
    井沢の住む町は安アパートが立ち並び、淫売や山師や軍人崩れが住んでいた。
    井沢の隣人は気違いで、気違いの母はヒステリイで妻は白痴だ。その白痴の妻が井沢のアパートに転がり込んできた…。
     /白痴

    『母親の執念は凄まじいものだと夏川は思った』
    郷土の実家との関係を断ち切ろうとする夏川だが、その母はどうやったか夏川のアパートを突き止める。
    アパートに帰るか帰らないか…そしてその生活を顧みる。
     /母の上京

    『二人が知り合ったのは銀座の碁席で、こんなところで碁の趣味以上の友情が始まることは稀なものだが、生方庄吉はあたり構わぬ傍若無人の率直さで落合太平に近づいてきた』
    一人の女を巡る男たち。
    脱がなかった外套とその向こうの青空。
     /外套と青空

    『私はいつも神様の国へ行こうとしながら地獄の門を潜ってしまう人間だ。ともかく私は初めから地獄の門を目指して出かける時でも神様の国へ行こうということを忘れたことのない甘ったるい人間だった』
    元女郎と暮らす男。私は一人の女では満足できない。私は不幸や苦しみを探す。私は肉欲の小ささが悲しい、私は海をだきしめていたい。
     /私は海をだきしめていたい

    『カマキリ親爺は私の事を奥さんと呼んだり姐さんと呼んだりした。デブ親爺は奥さんと呼んだ。だからデブが好きであった』
    私は昔女郎だった。今はある男と暮らしている。戦争中だけの関係。
    日本が戦争に負けて、男が全員殺されてもきっと女は生きる。
    でも可愛い男のために私は可愛い女でいようと思う。
    私は夜間爆撃に浮かぶB29の編成、そして被害の大きさに満足を感じている。
    男たちは日本中が自分より不幸になればいいと思っている。
    だから戦争が終わった時には戸惑いを感じたのだ。
    『私たちが動くと、私たちの影が動く、どうして、みんな陳腐なのだろう、この影のように!私はなぜだかひどく影が憎くなって胸が張り裂けるようだった』
     /戦争と一人の女

    『匂いってなんだろう?
    私は近頃人の話を聞いても、言葉を鼻で嗅ぐようになった』
    私の母は空襲で死んだ。
    私は私を迎えに来た男のオメカケになっている。
    私は避難所の人ごみで死ぬのなら、夜這いを掛けてきた青鬼に媚びて贅沢してそしていつか野垂れ死ぬだろう。
    すべてがなんて退屈だろう、しかし、なんて、懐かしいのだろう。
     /青鬼の褌を洗う女

  • これまで読んだどんな小説よりも、エロティックで背徳的。戦時下、常に死と隣り合わせの日常で、享楽を貪る男と女を描いた7編を収録。

    その中からいくつかの感想。
    「白痴」
    空襲の最中、男と女が押入れで息を殺しておびえている状況が現実感を伴って空恐ろしい。がなりたてるラジオ、警戒警報のサイレン、高射砲の音、B29の通り過ぎる音。照空灯の真ん中にぽっかり浮かぶ機影、真っ赤に色ずく夜空……
    畳み掛ける恐怖のイメージに鳥肌が立つ。戦争という言葉は、あまりに大きすぎて概念として捉えることしか難しいけれど、この物語はリアルに教えてくれる。

    「戦争と一人の女」、「青鬼の褌を洗う女」
    戦時下の日常において、自分の体をおもちゃにして遊ぶ女たちを描いた作品だ。
    ただ、己の肉欲のために肉欲の塊と化した女の匂い立つようなエロス。
    背徳的、官能的で、エロ小説以上にエロい。快楽のアリ地獄に落ちていきそうだ。苦しくて切なくて胸がふさがれそうな物語だ。

    肉欲でつながった相手の喪失感は、時に心でつながっていた相手の時よりもダメージが大きいのは、それは一点の曇りもない純粋さがそうさせるのだろうか。人間の理智なんて肉欲の前では簡単にひざまずいてしまうのだろう。

  • 前回読んだ岩波文庫とは収録されているものが若干違うので(かなりかぶってはいるけど)、こちらも読んでみた。
    やっぱり「白痴」には格別に感動するけど、他も全て良かった。
    「青鬼の褌を洗う女」の主人公が好き。

  • 中学生の頃だったか、浅野忠信の映画のポスターがすごく印象的で気になってて、でも何かエロスな感じもあって見に行く勇気のないまま、映画館の前を通るたび悶々としてたのを思い出します。

  • 哲学とか思想というとあいまいで
    ファッションとか姿勢というほうがよりちかい
    在り様ひとつのありかたとしてあこがれる向きの多い立ち方
    それを短い文章でかつある程度の時代を越えてあり続け差閉めていることについて
    文句なしの作品

  • 当たり前だけど戦争がこの時代の文豪に与えた影響では計り知れないなあと
    世界が終わるかもしれないという恐怖とある種の期待のようなもの、、これって三島が感じていたのと同じだとおもった。

  • 引用 頁六一〜 

    「私はあなたを嫌っているのではない、人間の愛情の表現は決して肉体のものではなく、人間の最後の住みかはふるさとで、あなたはいわばそのふるさとの住民のようなものだから、などと伊沢も始めは妙にしかめつらしくそんなことも言いかけてはみたが、もとよりそれが通じるわけではないのだし、いったい言葉が何者であろうか、何ほどの値打ちがあるのだろうか、人間の愛情すらもそれだけが真実のものだという何のあかしも有り得ない、生の情熱を託すに足る真実なものが果たしてどこに有り得るのか、すべては虚妄の影だけだ。」

    頁一六四〜 
    「私は女が肉体の満足を知らないということの中に、私自身のふるさとを見出していた。満ち足りることの影だにない虚しさは、私の心をいつも洗ってくれるのだ。私は安んじて、私自身の淫慾に狂うことができた。何物も私の淫慾に答えるものがないからだった。その清潔と孤独さが、女の脚や腕や腰を一そう美しく見せるのだった。」

  •  坂口安吾という人は天才だ。文章が本当に美しい。誰もこのような形で戦争や生活を描けないと思う。美しいのだけれど感情が爆発している。なんというか、書きなぐっている感じがする。だけれどその文章の優れた部分に誰も太刀打ちすることができないように思う。精緻を重ねた文章では恐らくないのにも関わらず、だ。
     まるでのんべんだらりとしている浮浪者の体の男が、オリンピックの会場で堂々と金星を挙げている趣がある。重ねていうが、この人はやはり天才なのだろう。
     表題作の「白痴」には、どこか清々しい匂いが漂っている。文字通り白痴の女と、空襲に生活を追いやられる一人の男を描いた作品なのだけれど、爽快感がある。読んでて気持ちが良い。これって、すごくないですか?

  • 初めての坂口安吾。想像していた以上に読み易かったです。
    戦時中の様子がサラッと表現されていました。
    「堕落論」もぜひ読んでみようかと。

  • 一文一文がとにかく迫力があってかっこいい。痺れる。
    戦争についての記述からみても、人物の感性からみても、一般とはかけ離れていたのだとわかる。

    一家に一冊ほしい。買おう。


    しかし「母の上京」では声が出た。

    「ナアさん。お恨みは致しません。運命ですわねえ。あたくし、こうして、おそばに坐っているだけで、しあわせですのよ。」
    この本に出てくる誰よりも貞淑で美しい女性です。

著者プロフィール

1906年、新潟生まれ。評論家、小説家。おもな著作に『風博士』『堕落論』『白痴』など。1955年没。

「2019年 『復員殺人事件』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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