羅生門・鼻 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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本棚登録 : 4653
レビュー : 332
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101025018

感想・レビュー・書評

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  • 芥川龍之介王朝物。元ネタの「宇治拾遺物語」の現代語訳と、完全版とを比べながら。
    芥川龍之介は今昔物語の特色を「美しい生々しさ」「野性の美しさ」にあるとしている。それ当時の人々の笑い声、泣き声を聞き取り、人間心理を加えて、読み物としている。
    現代語訳。「池澤夏樹 日本文学全集 08」
    https://booklog.jp/item/1/4309728782
    完全版。「岩波 宇治拾遺物語 上下巻」
    https://booklog.jp/item/1/B000J98DT2

    『羅生門』
    元ネタ:今昔物語 巻29、巻31
    芥川龍之介:
    京に続く災害や飢饉に洛中は寂れていた。平安京の正門である羅生門も、修理はおぼつかなく、野党の溜まり場や始末に困った死体の放置所になっていた。
    ある時下人が羅生門の下で途方に暮れていた。このままでは食うに困る。盗人になるよりほかはない。しかしその最後の一線を超えるだけの勇気が出ずにいた。
    すると下人の耳に人の声がする。羅生門を上がると、放置された死体から髪の毛を抜く老婆の姿があった。老婆は言う「この女だって餓死しそうになり人を騙して生きてきた。それならその女の死体から髪を抜き鬘として売って生きようとするわしのすることの何が悪い」
    下人はそれを聞いてある不思議な勇気が湧いてきた。先程羅生門の下では欠けていた勇気である。「それならおれがお前の着物を剥いでも恨みはないな」そういうと、下人は老婆から着物を剥ぎ取り裸の老婆を死体の上に蹴倒して羅生門を降りる。
    下人の行方は、誰も知らない。

    …解説によると、初稿ではラストは「強盗をしに京に走った」というようにしていたようですね。それをあえて「知らない」にしたところで、下人が完全に強盗として闇に紛れたという終わりになりました。
    別の解説だと、「この下人の続きの話が『偸盗』になる」という研究もあるようです。完全に本人というわけでなくても、そうやって盗賊になって行く姿なのか。
    黒澤明の映画「羅生門」では、最後は「人は信じたい」と言って身寄りのなくなった赤子を抱いて家に帰る貧しい男で終わり少し人間に希望を見ている。


    『鼻』
    元ネタ:今昔物語 巻28、宇治拾遺物語 巻2「鼻がメチャクチャ長いお坊さん」
    鼻の長いお坊さんがいた。色は赤紫色で、顎の下まで垂れて、粒粒があってそれが痒くなる。
    ある時対処法を聞いた。蒸して小僧さんに踏んでもらって油の塊をとってもらう。すると小さくなった、気持ちいい。しかし数日後にまたもとに戻ってしまう。食事のときは小僧さんに杓子で鼻を持ち上げてもらうが、あるとき小僧さんの手が滑り、お坊さんの鼻がお粥のなかに入ってしまった。お坊さんは「わしだからまだ良かったが、もっと身分の高い人にこんな無礼を働いたとしたらなんとする!」と怒った。
    しかしその場にいた小僧さんや弟子たちは「あなたより鼻の大きい身分の高い人がいるわけないじゃないか〜!」と、お粥だらけのお坊さんを見て笑いが抑えきれませんでしたとさ。

    芥川龍之介:
    ↑という元ネタを踏まえて、お坊さんの長い鼻はすでに体の一部だったので、小さくなったらむしろ周りに笑われて本人も居心地が悪い思いをした、だから数日たってもとに戻ったらホッとした、結局自分の見かけも居心地も世間体に左右されるよね。という話になっていました。

    『芋粥』
    元ネタ:今昔物語 巻26、宇治拾遺物語 巻1「利仁将軍が芋粥をご馳走した」
    ある貴族の家に、冴えない下っ端宮仕えのおっさんがいた。名前はわからないから身分から”五位”と呼ぶ。ケチで貧乏で威張りん坊で嫌われていたけれど、長年努めているので情報だけは持っていた。
    ある時その貴族の家の宴会で、当時は珍しくご馳走だった芋粥が出た。五位は「ああ、芋粥をたくさん食べたいなあ」と呟いた。
    その言葉が侍として使えている藤原利仁の耳に入った。その後なかにつけて豪快な藤原利仁将軍として高名になる侍の若い姿であった。「え?芋粥でいいの?だったらご馳走しますよ」
    それから数日後、利仁に誘われた五位が何気なくでかけたら、思ったより遠いところまで連れて行かれた。しかも途中で狐に出会ったら利仁が捕まえて「やい、おれの家のものに『客を連れて帰るから準備しておけ』と伝えておけ!伝えなかったらお前(※狐)をただでは済まさんぞ!」などと言うではないか。
    利仁の家に到着したらまた驚いた。田舎だがすごい豪邸、すごい豪快な人たち、すごいおもてなし。しかも五位の歓迎が整っている。あの狐がちゃんと伝言したらしい。
    なんだか五位の過ごしてきた環境とまるで違う。しかもその翌日、準備された食卓に更に驚いた。
    庭に特大の鍋と焚き火、近くの住人たちがそれぞれ持ってきた大きな山芋、多くの人たちが特大の芋粥づくりに従事している。
     …なんだか見ているだけでお腹いっぱいになってきた。
    結局五位はせっかく望んだ芋粥を一杯しか食べられなかった…。
    残りを家や近所の者たちで食べていると、あの狐がやってきた。「伝言のお礼に芋粥頂戴」とでも言うのか、与えてみたら食べたからみんなで笑った。
    結局利仁の家での歓待が気持ちよくて長居した。
    利仁がなぜこの冴えないおっさんにそこまでしたかと言うと、五位は政界官界の情報には長けていたから、利仁たちの世渡りに大いに役立つんだよ。

    芥川龍之介版:
    ↑という元ネタを踏まえ、五位という人の冴え無さもっと強調し、小さな望みを小さな幸せとしていた中年男が、ありあまるだけ与えられて戸惑ってしまい、もとの冴えない自分でいることこそ安心するという心理描写を強調している。

    …この「芋粥」に関しては元ネタ宇治拾遺物語(の原題誤訳版)で読んだときに、実に豪快で楽しかったので、芥川龍之介の話の展開に「こうしたか」という感じでした。
    人間心理としてはなるほどですが、大きい幸せを怖くなってしまう小さな人間というのは悲哀を感じてしまう。


    『運』
    元ネタ:今昔物語 巻16
    芥川龍之介版:
    熱心に祈れば神仏は運を授けてくださる。しかしその運にも善し悪しというものがある。たとえばあの女だ。
    苦労したから「一生安楽に暮らしたい」と祈った。するとある男と出会う。家に連れてゆかれそのまま縁が結ばれた。女房として留まることにしたが、男の留守中に家を見て驚いた。宝の山、妙に怯える召使い。
    どうやら強盗の家に連れ込まれてしまったらしい。
    女は豪華な反物をいくつか頂戴すると、召使いを突き殺して逃げ出した。
    その夜京を引き立てられる強盗、それはあの男だった。自分もあの家に残っていたら召捕られただろう。
    結局女は持ち出した反物で一生安楽な暮らしができた。
     「しかし、いくら金銭が満ちたと言ってもそんな経験など幸運といえるのだろうか。わしはまっぴらごめんだ」
     「そうか?私なら二つ返事で授けていただくね」


    『袈裟と盛遠』
    元ネタ:源平盛衰期 巻19
    芥川龍之介版:
    遠藤盛遠が、源渡の妻である袈裟御前に横恋慕した。貞淑な袈裟御前は「それなら夫を殺してください」と言い盛遠を誘い出すが、夫の身代わりとなり自分を殺させる。盛遠はその後出家し、文覚上人となり、昔馴染みの平清盛を諌めたり、後白河法王に遠島にされたり、源頼朝の鎌倉幕府で要人についたりするが、時代騒乱のなか流罪の地に向かう途中に死ぬことになる。
    ↑ということを踏まえて、芥川龍之介版では、前半は盛遠の一人語り、後半は袈裟御前の一人語りとしている。
    盛遠は以前恋した袈裟御前と再会し、昔の思い出よりも衰えを感じるが袈裟御前を手に入れる。しかし欲望よりも強い感情に支配された盛遠は、恨みももない源渡を殺すことにする。
    そして袈裟御前は、盛遠を見たときに恋と自分の醜さを実感し、彼の物になっても生き甲斐も死に甲斐もなく、いまはただその盛遠が自分を殺しに来るのを待っている。


    『邪宗門』
    元ネタ:色々
    芥川龍之介版:
    『地獄変』の「堀川の大殿」に使えていた語り手が、その後の堀川のお屋敷のことを語る。
    大殿は熱病に侵されて亡くなり(清盛を踏まえているのか)、若殿に世代交代する。
    強引な権力者の大殿と、貴公子然とした若殿の関係を平清盛と重盛、藤原道長と頼道の関係になぞられている。
    そのころ京の都では、摩利の教(キリスト教とか色々混ぜた架空の宗教)を布教する摩利信乃法師という沙門がいた。
    どうやらこの摩利信乃法師は、若殿の想い人である姫君となんぞやの曰くがあるらしい。
    摩利信乃法師は法力と幻影で信者を増やし、高名な仏教僧との対決にも勝つ。
    そこへ新たな対決相手として若殿が名乗りを上げ…
     というところで未完!!ええーーー!!
    そもそも随分と話が広がるしテーマもたくさんあるし(親子確執、恋愛、宗教対決、過去の曰く)どうするんだと思っていたが、新聞連作だったようで、風呂敷を広げすぎてたためなくなったらしい?
    これは毎日現行を挙げなければいけない新聞連載ではなく、最初から長編として考えていたら完結したのだろうか。いや、やっぱり怪奇メロドラマとなって未完になったかな。

    これを読んで思い出したのが「神州纐纈城」でした。絢爛豪華で話が広がり結局未完。。
    https://booklog.jp/item/1/4309408753


    『好色』
    元ネタ:今昔物語 巻30
    芥川龍之介版:
    天が下の色好み、平の貞文、通称平中(へいじゅう。三人兄弟の次男だかららしい)の、愛すべきお間抜け色恋駆け引きを語る。
    残した歌や評判から平中の容貌を思い描いたり、平中の色好みで困った人もいるけど助かった人もいるよね、という語りを挟んだりしている。
    平中に関しては、谷崎潤一郎が「少将滋幹の母」でも書いている。
    https://booklog.jp/item/1/4122046645
    作家にとって愛すべき人物像なのか。


    『俊寛』
    元ネタ:平家物語 第4、源平盛衰記 第7
    芥川龍之介版:
    後白河法皇側近で、平家打倒の謀に加わったとして鬼界島に流された俊寛を訪れた使用人の有王。
    平家物語では、流罪となった他の二人は許されたが自分だけが残されたことに狂わんばかりの姿が書かれているが、どうやら他の作家たちも俊寛の話は書いていて「それなりに島暮らしに馴染んだ」または「自殺した」などいくつかの創作があるようだ。
    芥川龍之介も、島で簡素な生活をして達観して受け入れている俊寛の姿を書いている。
    「この苦厳を受けているのは、なにもおれ一人に限ったことではない。(…略…)人界に浮かれでたものは、他とこの島に流されずとも、皆おれと同じように孤独の歎を漏らしているのじゃ。(…略…)天が下には千の俊寛、万の俊寛、十万の俊寛、百億の俊寛が流されている」(P209より抜粋)

    • 地球っこさん
      淳水堂さん、こんにちは。
      コメントありがとうございます。

      芥川龍之介の王朝物やっぱり良いですね。
      淳水堂さんのおかげで、芥川を読ん...
      淳水堂さん、こんにちは。
      コメントありがとうございます。

      芥川龍之介の王朝物やっぱり良いですね。
      淳水堂さんのおかげで、芥川を読んでワクワクしていたことを思い出すことが出来ました。
      これは今昔物語、宇治拾遺物語、そして平家物語もちゃんと読まなきゃなと思いました。
      『羅生門』のあの下人が『偸盗』に続く説があるんですね、面白いっ!
      『邪宗門』『俊寛』などなど淳水堂さんの
      レビューを読ませていただいて、忘れていたことを思い出したり、そうそうと頷いたり、そうなんだ!といろんなことを知ることが出来ました。
      本当にありがとうございます☆
      2020/04/05
    • 淳水堂さん
      地球っこさん

      私も改めて芥川龍之介良いな〜と思いました。

      羅生門の下人のその後が偸盗というのはネットで、そんな考察があるとか読ん...
      地球っこさん

      私も改めて芥川龍之介良いな〜と思いました。

      羅生門の下人のその後が偸盗というのはネットで、そんな考察があるとか読んだ程度で、
      本当に本人というより、下人のような者たちが、太郎次郎のようになった、というかんじなのかなあと思いながら読みました。
      太郎さんは強盗殺人一通りするけれど、一応人の道に戻るし、それなら下人も人の心があると考えても良いのかなあなとも思いました。

      読書って、読み返すとまた新たな気持ちになるから面白いですよね。
      2020/04/05
  • ​​先ごろ『妙な話』を読んで懐かしく思い出したので新潮文庫で読みなおしてみた。教科書で親しんでおり、夏目漱石と並んで古典中の古典であるから、全集などですべての作品を読もうと思いながらも、まだまだ幾作品か残している。

    この文庫に収められてる『羅生門』『鼻』『芋粥』『運』『袈裟と盛藤』『邪宗門』『好色』『俊寛』は読んでいるのだが、細部は忘れているものだし、それによく理解していなかったなあと気がつくのがおもしろい。

    例えば『邪宗門』という作品。
    これはまさしくファンタジー・エンタメではないか!ええええ、日本文学の始まりからあったんだ!
    平安王朝時代、ある貴族の若者が遭遇する青春活劇。恋のさやあてあり、荒くれどもとの知恵比べによる退治あり。妖怪変化を見破るの巻ありで、「(未完)」となっているのが惜しい。これこそ「つづき」をどなたかが書けばよろしいのに・・・。しかし、出典から引いた難しい熟語があまりにもおおいので、雰囲気を模写するのも大変ではあると思う。

    こういう古典は注釈を参考にしながら読むのも苦労である。わたしは注釈をあまり見ないで読んでみたが、というのは読書歴がながいので昔の単語もわかるのだ。全部わかったわけではない、特にこの出典からくるものがなかなか難物だ。昔の人はこのくらいの教養は当たり前だったのか。

    ま、学習ではないので気楽に読めばいいと思う。

  • 今昔物語が好きなので案外スラスラと読むことか出来ました。文豪のお話って難しいんだろうなって食わず嫌いはいけませんね。学校で習った『羅生門』は何十年経ってもやっぱり覚えていて、最後の1文は自分の中の不安を掻き立ててしまいます。今回読んだ中では『俊寛』面白かったです。俊寛のおおらかでお茶目な言動が微笑ましい。この人物にあっては『平家物語』や菊池寛などが描く『俊寛』とかいろいろな解釈で登場するみたいなので、どの『俊寛』が自分好みか比べてみるのも楽しいかも、なんて思いました。『邪宗門』は、これからどんどん面白くなっていくだろうなってとこで未完となってるので、とっても残念。登場人物も魅力的だし、平安の世に『切支丹物』ってロマンが広がります。芥川の壮大な空想物語、読みたかったなぁ。

    • 淳水堂さん
      こんにちは。
      私もこちらの芥川龍之介も読みました!
      地球っこさんの感想か、まさにそのとおり!です。
      邪宗門、ぇえ、未完?切支丹の浪漫て想像広...
      こんにちは。
      私もこちらの芥川龍之介も読みました!
      地球っこさんの感想か、まさにそのとおり!です。
      邪宗門、ぇえ、未完?切支丹の浪漫て想像広がりますよね。
      俊寛、案外うまくやっていて安堵しました。いうことごもっともだ。
      羅生門、下人は行方知らず→完全に闇に紛れる者になった、ううん、不穏だ。
      2020/04/05
  • 新潮文庫の芥川龍之介短編集その1。『羅生門』『鼻』『芋粥』『運』『袈裟と盛遠』『邪宗門』『好色』『俊寛』の8編を収録。

    芥川龍之介は国語の教科書に載っていた『羅生門』と『鼻』のみ読んだことがありました。(鼻は載ってたか記憶が曖昧だけど、読む理由が他に見当たらない)
    ちゃんと読みたかった理由は、黒澤明の『羅生門』がヴェネツィアで受賞した理由を考えたことと、遠藤周作がキリスト教ものとしての芥川作品について書いていたため。

    読んでみた結果、「芥川龍之介ってホラー作家だったのか!!」と驚きました。

    例えるなら『世にも奇妙な物語』とかスティーヴンキングとか、あるいは今で言うイヤミスってやつに近いと思う。不条理な話や、後味があまり良くない、余韻を残す話が多い。黒沢清みたいな。(よくわからんやつを黒沢清フォルダについ分類してしまう悪いクセ)

    不条理な話というのはつまり教訓的な話ではない、話が丸く収まってめでたしめでたしではない、ということです。これは実際の人間がそもそも不条理だから、よりリアルになる。
    もうひとつ特徴としては、人間の心理描写が細かい点が挙げられると思います。『羅生門』なんて善悪の彼岸とか善悪の相対化の話だもんね。

    『鼻』は若い時には気づかなかったけど、これってどう考えても陰茎の、男根の…オティンティンの話なんじゃないでしょうか。そして実際に芥川龍之介は巨根だったそうで。もうちょい拡大解釈するなら、性欲の話としても良い。ありすぎれば性欲をもてあますし(CV大塚明夫)、なさすぎても困る。まあ普通に読むなら自意識の話ですけど。
    芥川龍之介って、日本人離れしたイケメンだし学も文才もあるし巨根だしで、天は一物も二物も与えるという例。

    この中で一番面白かったのは『邪宗門』で、最近の韓国映画の『哭声』なんかに近いと思う。あとなんだろ、『陰陽師』とか『帝都物語』とかあれ系の、いややはり『哭声』かな。
    話がクライマックスになってさあいよいよこれから!って時に〈未完〉。あー風呂敷広げすぎたんだなってなんとなくわかる。でも面白いです。

    『俊寛』は『インタビューウィズバンパイア』いや『小さな巨人』的な、「後世にはこう伝わってるけど本当はこうなんですよ」って話。

    のちに谷崎潤一郎と論争をするけど、芥川龍之介はストーリーがまとまるとかそういう作家ではないよなと思う。とにかく描写。
    話してて「で、オチは?」って訊いてくる奴たまにいてめっちゃイラッとしますよね。「オチなんてねえよ!」って思うんだけど、そういうタイプの作家だと思う。

    お話自体はどれも好きだけど、読点が多すぎて文章のリズムが今と違っていて、最初の方は読み辛かったです。

  • 昔は、芥川にあまり興味がなかった。
    青春時代の私には物語りすぎたのだ。
    もっと苦悩とか葛藤とかそういうたぐいのものを私は求めていたのだ。
    だが、そんな期間をある程度くぐり抜けて、今の私は芥川と仲良くしたいな、と思えるようになった。
    きっかけは「河童」と「歯車」である。
    あの作品で私の芥川のイメージはがらりと変わった。
    「河童」はものすごく好き。ほんとに、あのコミカルだが辛辣な内容が気に入った。
    どちらも世の中に対して多少の絶望を抱えている。
    もしくは芥川自体が闇の中に入り込み始めている。
    しかし、芥川の”それ”は計算のないあまりに重い、しかし美しい苦悩なのだ。
    その一面を見てからいわば勝手な話だが、見方が大幅に変わった。
    年をとったというのもあるのだが、芥川自体はいわば、とても親しみやすい作家なのだ。



    芥川の作品のメインは「短編」そして「王朝もの」といわれる。
    本書に収録されていたのもほとんどがそうで、代表作とも言える「羅生門」が入っている。
    作品の形態としては基になった古典のお話から物語を生成している。
    私は原文を読むような教養が残念ながらないから、これはありがたいことだ。
    本来ならその出典との比較でもできればいいのだが、まぁなんともね。
    古典の名著を漫画にする、なども近頃よく聞く話。
    文字好きの私としては解せないことなのだが、時代の流れとしては当然のものなのかもしれない。
    芥川自体も当初はそんな風にさらされたのやもしれない。
    まぁ、何でもかんでも勝手に調理されるのは困るが、うまい人の調理ならよいのかも知れない。
    ふと、芥川をそう見てみて考えたりもした。



    読んでみて一番驚いたのは「邪宗門」である。
    物語に、といいたいところなんだが、まさか途中で終わるとはおもわなんだ。
    思わずリアルに「えーっ」と声を上げてしまった。
    気になるじゃないか、よく考えれば基になった物語を見てみればいいのか。
    本気で今気がついた。
    いい具合にライトなスペクタクルだと私は思う。
    冒険活劇と言っても差し支えがない。
    あと気になったのが「好色」である。
    この物語の筋はうっすら記憶にとあり、どうしてか谷崎の印象があるなと思ったが、それもそのはず「少将滋幹の母」に出てくるエピソードなのだ。
    このお話もきれいにするっと描かれている。
    平中が闇の中で一度触れることが叶ったあの場面なんてとてもうまい、しかしながれねちっこくはせずに物語はするりとすすめる。
    内容が内容なので好き嫌いはかなり別れるかもしれないが私は好きな物語だった。



    ぽんぽんと読んで楽しめる。
    それが芥川のよいところ。
    私小説の形態に囚われないというのは重要な要素なのでは何かと今は思う。
    私小説ってのはその作者の人となりとのマッチングが必要だと私は思うからだ。
    もちろん色々な苦悩や葛藤ってのは人類共通の存在だが、その調理方法と言う意味でね。
    ならばいっそ芥川のように物語に投写してくれた方がすんなり読める。
    おもしろい一冊である。
    人生は悲喜こもごも、しかし限りなく喜劇でありたいものである。

  • 有名な「羅生門」や「鼻」、「芋粥」など全8篇収録。
    先述の3作品はどれも引き込まれる構成。メッセージも明瞭で、なんというか小説というより道徳の授業を受けているようです。
    ところで、解説を読んではじめて知ったのですが、「羅生門」はその結びの一文が「下人は、既に、雨を冒して、京都の町へ強盗を働きに急ぎつゝあった」から「下人の行方は、誰も知らない」に書き換えられているとのこと。そのため、「鼻」や「芋粥」と異なり、メッセージが不明瞭に落ち着くとともに、より文学性を秘めていると感じました。本当、傑作だなと。

    その他の作品では、「好色」がなんだかコメディちっくに読めたのがよかったのですが、「邪宗門」は未完で終わって欲しくなかった…

  • 老婆の言い訳から己のこれから為そうということにある勇気を見出し、
    あっけなくそれを成し遂げてしまう様は、人間の強さなのか弱さなのか。
    言いようのない気持ちになるが、共感できるのが面白い。

  • 「芋粥」が一番好き。衝撃を受けた。

  • 精緻な文書で語られる、今昔物語から引用したエピソード集。「羅生門」は黒沢監督の羅生門を見たのちなのであまりに違う内容に驚いた。
    また、なんといっても印象深いのは「好色」。作者の作品であり、優雅な文体でなければ吐き気をもようす内容でこちらも印象深い。また、「鼻」についてもあまりの展開に苦笑。その他どの作品にも味はあるが、この3作品のインパクトで印象が薄くなってしまいます。邪宗門はとても面白い人物設定と展開なだけに未完であることがとても悔やまれる。しかし、読んだ人がその先を夢想する楽しみはある。

  • 芥川龍之介の著書の中でも特に有名な作品である『羅生門』・『鼻』のほかに、『芋粥』『好色』といった8編が収録されています。『羅生門』は、荒れ果てた羅生門やその登場人物、文章など総じて見事に暗い内容となっており、物語の後の行方も気になるような作品です。『鼻』は、長い鼻をもつ僧侶がどうにかして短くしようと全力で頑張る姿をユーモラスに描き、夏目漱石にも絶賛された内容(『漱石書簡集』(岩波書店刊)より)となっています。
    (土木・環境工学系土木工学コース M1)

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著者プロフィール

小説家(1892-1927)。東京帝国大学文科大学英文学科卒業。創作に励むかたわら、大阪毎日新聞社入社。「鼻」「蜘蛛の糸」など数多くの短編小説の傑作を残した。1927年、服毒自殺。

「2020年 『羅生門・鼻・蜘蛛の糸 芥川龍之介短編集 Rashomon, The Nose, The Spider Thread and Other Stories』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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