羅生門・鼻 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.52
  • (305)
  • (477)
  • (980)
  • (95)
  • (13)
本棚登録 : 6629
感想 : 405
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101025018

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  •  収録作品は何れも今昔物語や源平盛衰記、宇治拾遺物語など平安時代の文学に題材を得て、芥川先生なりに解釈、脚色して新たな作品にしたもの。王朝物と言われている。
     中でも一番出典が多い、今昔物語を題材にした作品は、平安時代の庶民や貴族でも凡庸な人物を扱った、人間味、生命力に溢れ、残酷さもあり、可笑しさもあり、魅力的な作品が多かった。
     「羅生門」は災害続きですっかり寂れた都で、生きていく手段がなく、羅生門の所に佇んでいた男が、死体から髪の毛を抜いて鬘を作ろうとしている老婆を見て、その老婆から着物を剥ぎ取って自らの命を繋いでいく、生命力の残酷さが描かれている。
     「鼻」「芋粥」はロシアのゴーゴリの「鼻」「外套」の影響を受けていると解説にあった。たまたま直前にゴーゴリの同作品を読んでいたので、比べることが出来た。なるほど、「芋粥」「外套」の主人公はどちらも最下級の役人で冴えない、貧乏で、常に周りから馬鹿にされている人物。その主人公が唯一拘ったのが「外套」ではロシアでの生活必需品の、〈外套〉で、「芋粥」では主人公にとっては贅沢な料理であった〈芋粥〉だった。「外套」では重苦しい気持ちになったが、「芋粥」は可笑しい、ほんわかした気持ちになることが出来た。
     「好色」は〈天が下の色好み〉と噂された平の貞文が唯一自分に振り向いてくれない、美女侍従にとった行動が…!!いやあ、もうバカ殿です。こんな下品たお話が今昔物語にあり、それを芥川先生の上品な文章で皮肉っぽく書かれている時点で面白い。
     今昔物語そのものを私が読むことはないと思うが、芥川先生の筆により再構築された平安時代の古典の世界を私は大事にしたい。そうやって、時代の途中の人がその時に受けた影響で解釈したり脚色したりしていけるのも古典の面白さかもしれない。

  • 芥川龍之介 王朝物短編8編

    羅生門 1915 今昔物語
    長引く飢饉。荒れる京の都。生きる為の最後の迷い。生き抜く為のエゴイズム。

    鼻  1916 今昔物語・宇治拾遺物語
    鼻のコンプレックスを持った男。鼻を小さくしても、安寧は訪れず。世間は人の幸福を妬み不幸を笑う。世間を憚る自身の気持ちの問題。

    芋粥 1916 宇治拾遺物語
    周囲から虐げられていた男。芋粥を思う存分食べたいと願う。悪意を持って芋粥をもてなす上役。願っていた事が叶ってしまった男の虚脱感。

    運 1917 今昔物語
    貧しい若い女が観音にお参りして、生活の安定を願う。お告げを受け、盗賊の男の妻になってしまう。生活は安定するが、果たして、幸福とは。

    袈裟と盛遠 源平盛衰記
    これは、面白い。男と女のミステリー。上を男の独白、下を女の独白。盛遠はある袈裟を欲情のまま犯す。袈裟は贖罪の為、夫の殺人を依頼して自分が身代わりとなって殺される計画を立てる。愛のない男女の悲しい最後。

    邪宗門 1918 大鏡•栄華物語
    未完なので、何を書こうとしてたのかわからない。
    面白いのは、地獄変で、絵師の娘を目の前で焼き殺し地獄絵を描かせた、あの大殿の息子・若殿が主人公。父親とは、真逆の性格で仲も宜しくない。
    話の感じだと、政略的な感じかな?

    好色 1921 今昔物語 宇治拾遺物語
    恋愛上手な男が、一人の女性に夢中になってしまう。冷たくされても諦めない。ちょっと病む。遂に嫌いになるために、女の排泄物を食べちゃう。
    まあ、女は他のものとすり替えていたんだけど。

    俊寛 1922 源平盛衰記
    流刑となった俊寛は、物語では絶望して嘆いていたとなっているが、実はそれなりに島に馴染んで、日々を送っていた。都の噂が全てでないよ。って感じ。

    そのうち古典も読めればとは思います。たぶん、ビギナー用になるけれど。

  • できるだけ同じ作家の本は作風に偏見を持ってしまわぬよう3冊は読むようにしている
    というわけで芥川3冊目
    芥川作品王朝モノ


    ■羅生門
    ぜんぜん記憶に残ってない…
    読み終わってやっと、確かにそんな話だったなぁ…と薄らぼんやり

    この下人の変わり身の早さにはおかしみを感じると同時にどうしようもない人間臭さに妙に納得してしまうのだ 
    だからこの悪事を不思議と憎めないのだ
    髪の長い女の屍骸の髪を抜く老婆に激しい憎悪を抱く
    これも偽りのない感情であろう…

    しかし子供が読むには怖い気がする
    死体の髪をむしる婆さんだけでも恐ろしいのに、下人の豹変には肝を冷やすんじゃないのかなぁ


    ■芋粥
    途中まであまりにもうだつの上がらない、かつ煮え切らない五位にうんざりし、読む気が失せそうに…
    滑稽過ぎなのだ
    が、芋粥はあまりに美味しそうだし、あれほど熱望したのにいざとなったらちょっとしか食べられない…とか
    わかるなぁ
    ま、何事も分相応ですな
    そんな横で立派にお使いをした狐が芋粥食べちゃう
    なんだかおかしな構図で最後はクスっとしてしまう


    ■袈裟と盛遠
    盛遠は鎌倉時代の文覚上人の俗名である
    文覚出家前のお話
    ちなみに「鎌倉殿の13人」では市川猿之助が悪目立ちして演じておられる(笑)

    これは楽しめた
    前半は盛遠の独白
    後半は袈裟の独白

    昼ドラのようなストーリー
    〜あの人は来るのかしら
    〜今夜私を殺しに来るのだ
    何とも陳腐なセリフなのにニヤけてしまう
    これぞ悲劇と喜劇の極み(喜劇が勝つのだ)
    これは恋愛ではなく、恋愛の悲哀に転換させた人間のエゴだなぁ
    勝手に自分の落とし所を自分の理屈で持っていく
    そして、二人共が…ってのが面白い


    ■邪宗門
    なんと未完の作品
    ええええー
    電車で声を上げそうになった!
    こんな良いところで⁉︎

    「地獄変」とかなり被る登場人物たち
    懐かしいっ!
    (しかし堀川の大殿様はやっぱり嫌なヤツじゃん
    語り手も同じ人物らしいけど、地獄変ほど褒めてないわねぇ 今回若殿様を結構持ち上げてますが、こちらもなかなかしたたかな方とお見受けしますけど…そしてあの絵師の良秀もチラリと登場 ああ、娘の乗った燃えしきる車を思い出す)
    異教の怪しくて強い摩利信乃法師が大暴れ
    横川の僧都さえも負けてしまう
    そこへ若殿様が登場…
    終わり( ̄◇ ̄;)

    全て中途半端で意味深で…気になりすぎる

    大殿の若殿親子の執拗な比較は何か意味あるの?
    とか
    摩利信乃法師と姫様の関係は?
    とか
    もちろん
    摩利信乃法師と若殿の決着は?
    とか
    気になるじゃあありませんか!
    冒頭に若殿様の生涯でたった一度の不思議な出来事…とあるからきっとこの事なんだろうけど…
    うー
    残念だぁ

    ■好色
    平中(平貞文)の驚愕のお話…
    平家の三人兄弟の真ん中というのが名前の由来
    雑過ぎますがな
    兎にも角にも色好みのそしてなかなかのイケメンらしい
    平中が今とってもお気に入りなのは、とある侍従
    どんな女性も落とせる!と自信満々の平中が、手こずっている
    文を送っても送っても返事を寄越さない
    せめて「見つ(文を見た)」とひと言だけでも…と切望すると、平中の文のこの二文字を切り取って貼り付けた文を送り返す(笑)
    他にも手を変え、猛アタックするものの、侍従はのらりくらりと賢くかわし続ける
    とうとう送った文は60通に…
    平中はプライドはズタボロ、侍従を諦めようと何度も思うが無理…
    そしてもう発狂寸前
    こうなったらあの女の浅ましい所をみつけることだ!と決意
    そして極めつけの最後の事件が…
    ちなみにこの章タイトルは
    「まりも美しとなげく男」
    わかります?
    「まり」…
    まり…
    まり…
    漢字にしましょう

    すみません
    ※この先は下ネタだめな方や、お食事中、お食事前の方はご注意くださいませ
    そうとうとう侍従のまり(糞)の入った箱(便器)を女の童が運んでいたところ、その箱を横取りする
    この中を見れば百年の恋もさめるはずだと…
    そしていざオープンΣ(゚д゚lll)
    んん?
    あれ?
    おかしい
    そんな馬鹿な…
    薄い香水に濃い香色の物が二つ三つ沈んでいる!
    平中は何度も髭にも触れるほど匂いを嗅ぎ、水をすすってみる∑(゚Д゚)
    ……
    丁子(香木)の香がたちこめ、よくよく見れば香細工の糞を作ったのだ
    恐るべし侍従…
    何枚も上手過ぎる侍従に身も心もやられてしまい、とうとう平中は死んでしまうのだ…

    キョーレツ極まりないんだけど、最後切ないのよ…ええ
    これは喜劇のはずか悲劇が最後に勝ってしまった珍しいパターン
    はぁ色々な意味でドキドキが止まらない…

    ■俊寛

    平家打倒の陰謀に加担したとされ、鬼界が島に流された僧、俊寛のお話
    同じく流刑にあった他の面々には恩赦がおり、迎えの船が来るか、俊寛はひとり残される
    しかし出来た男なのだ
    居心地は悪くない
    やかましい女房に小言を言われることもない
    そうカラッと島に会いにきた有王に語る
    俊寛に仕える主人の悲運を嘆き泣いてばかりいる有王に
    何よりまず笑う顔を学べ
    と教える
    有王は都に帰らず、俊寛の御側勤めをするというが、俊寛はそんなことしたら娘に誰が便りを届けるのだと反対する
    粋な男なのだ
    無粋なワタクシはどんなオチがあるのかと、探り探り読み進めたが、こちらはそういうゲスの勘繰りの要らない誠に出来た僧侶の話

    他、「鼻」、「運」

    匂い立つような季節の移り変わりの描写は本当にお見事で、日本の古き良き情緒にはんなり
    〜橘花の匂と時鳥の声とが雨もよいの空を想わせる…
    〜御池の水に、さわやかな星の光が落ちて、まだ散り残った藤の匂がかすかに漂ってくるような夜…

    今昔物語はもちろん
    平家物語、源平盛衰記、宇治拾遺物語など
    そろそろ読んでおかなくては…
    そろそろ…

    • 淳水堂さん
      ハイジさん
      コメントありがとうございます!

      >作風に偏見を持ってしまわぬよう3冊は読むようにしている
      私も、まずは2冊は読んでおく...
      ハイジさん
      コメントありがとうございます!

      >作風に偏見を持ってしまわぬよう3冊は読むようにしている
      私も、まずは2冊は読んでおく方針です。一冊目でつまらないと思ったら、二冊目が面白かったらすごく嬉しい。

      邪宗門!未完! Σ(゚Д゚)
      芋粥は、元ネタは豪快さを感じましたが、芥川龍之介版だと小物の悲哀が_| ̄|○

      やっぱり芥川龍之介は文章が素晴らしいなーと思いました。
      2022/05/15
    • ハイジさん
      淳水堂さん
      ありがとうございます(^ ^)

      やはり比較が面白そうですね
      改めて芥川作品の魅力を発見出来そうです!
      こんな風に深めていくとい...
      淳水堂さん
      ありがとうございます(^ ^)

      やはり比較が面白そうですね
      改めて芥川作品の魅力を発見出来そうです!
      こんな風に深めていくという方法があるとは、面白いですね〜♪
      2022/05/15
  • やっぱり「羅生門」のインパクトが大。
    このニキビの下人の心情を、嫌ってほど細かく習った記憶がまざまざとよみがえった。

    下人の自分の無さとかエゴとか屁理屈などよりも、かつての平安京の様子(惨状だが)がありありと目に浮かぶ描写をたのしむ。
    単簡な文章なのにパッと映像が立ち上がるのは、単語の選び方が秀逸だから。
    無駄のない超簡潔な語り口なのだけれど、全体柔らかさが感じられて読みやすい。(羅生門に限る)


    なかなか集中力を要する読書だった。
    再読だし、もっとサラッと読めるかと思っていた。
    王朝ものを舐めていた。
    感想もなかなか書けなかったし。
    疲れたけど、めげずに少年ものにいく。

  • 芥川龍之介王朝物。元ネタの「宇治拾遺物語」の現代語訳と、完全版とを比べながら。
    芥川龍之介は今昔物語の特色を「美しい生々しさ」「野性の美しさ」にあるとしている。それ当時の人々の笑い声、泣き声を聞き取り、人間心理を加えて、読み物としている。
    現代語訳。「池澤夏樹 日本文学全集 08」
    https://booklog.jp/item/1/4309728782
    完全版。「岩波 宇治拾遺物語 上下巻」
    https://booklog.jp/item/1/B000J98DT2

    『羅生門』
    元ネタ:今昔物語 巻29、巻31
    芥川龍之介:
    京に続く災害や飢饉に洛中は寂れていた。平安京の正門である羅生門も、修理はおぼつかなく、野党の溜まり場や始末に困った死体の放置所になっていた。
    ある時下人が羅生門の下で途方に暮れていた。このままでは食うに困る。盗人になるよりほかはない。しかしその最後の一線を超えるだけの勇気が出ずにいた。
    すると下人の耳に人の声がする。羅生門を上がると、放置された死体から髪の毛を抜く老婆の姿があった。老婆は言う「この女だって餓死しそうになり人を騙して生きてきた。それならその女の死体から髪を抜き鬘として売って生きようとするわしのすることの何が悪い」
    下人はそれを聞いてある不思議な勇気が湧いてきた。先程羅生門の下では欠けていた勇気である。「それならおれがお前の着物を剥いでも恨みはないな」そういうと、下人は老婆から着物を剥ぎ取り裸の老婆を死体の上に蹴倒して羅生門を降りる。
    下人の行方は、誰も知らない。

    …解説によると、初稿ではラストは「強盗をしに京に走った」というようにしていたようですね。それをあえて「知らない」にしたところで、下人が完全に強盗として闇に紛れたという終わりになりました。
    別の解説だと、「この下人の続きの話が『偸盗』になる」という研究もあるようです。完全に本人というわけでなくても、そうやって盗賊になって行く姿なのか。
    黒澤明の映画「羅生門」では、最後は「人は信じたい」と言って身寄りのなくなった赤子を抱いて家に帰る貧しい男で終わり少し人間に希望を見ている。


    『鼻』
    元ネタ:今昔物語 巻28、宇治拾遺物語 巻2「鼻がメチャクチャ長いお坊さん」
    鼻の長いお坊さんがいた。色は赤紫色で、顎の下まで垂れて、粒粒があってそれが痒くなる。
    ある時対処法を聞いた。蒸して小僧さんに踏んでもらって油の塊をとってもらう。すると小さくなった、気持ちいい。しかし数日後にまたもとに戻ってしまう。食事のときは小僧さんに杓子で鼻を持ち上げてもらうが、あるとき小僧さんの手が滑り、お坊さんの鼻がお粥のなかに入ってしまった。お坊さんは「わしだからまだ良かったが、もっと身分の高い人にこんな無礼を働いたとしたらなんとする!」と怒った。
    しかしその場にいた小僧さんや弟子たちは「あなたより鼻の大きい身分の高い人がいるわけないじゃないか〜!」と、お粥だらけのお坊さんを見て笑いが抑えきれませんでしたとさ。

    芥川龍之介:
    ↑という元ネタを踏まえて、お坊さんの長い鼻はすでに体の一部だったので、小さくなったらむしろ周りに笑われて本人も居心地が悪い思いをした、だから数日たってもとに戻ったらホッとした、結局自分の見かけも居心地も世間体に左右されるよね。という話になっていました。

    『芋粥』
    元ネタ:今昔物語 巻26、宇治拾遺物語 巻1「利仁将軍が芋粥をご馳走した」
    ある貴族の家に、冴えない下っ端宮仕えのおっさんがいた。名前はわからないから身分から”五位”と呼ぶ。ケチで貧乏で威張りん坊で嫌われていたけれど、長年努めているので情報だけは持っていた。
    ある時その貴族の家の宴会で、当時は珍しくご馳走だった芋粥が出た。五位は「ああ、芋粥をたくさん食べたいなあ」と呟いた。
    その言葉が侍として使えている藤原利仁の耳に入った。その後なかにつけて豪快な藤原利仁将軍として高名になる侍の若い姿であった。「え?芋粥でいいの?だったらご馳走しますよ」
    それから数日後、利仁に誘われた五位が何気なくでかけたら、思ったより遠いところまで連れて行かれた。しかも途中で狐に出会ったら利仁が捕まえて「やい、おれの家のものに『客を連れて帰るから準備しておけ』と伝えておけ!伝えなかったらお前(※狐)をただでは済まさんぞ!」などと言うではないか。
    利仁の家に到着したらまた驚いた。田舎だがすごい豪邸、すごい豪快な人たち、すごいおもてなし。しかも五位の歓迎が整っている。あの狐がちゃんと伝言したらしい。
    なんだか五位の過ごしてきた環境とまるで違う。しかもその翌日、準備された食卓に更に驚いた。
    庭に特大の鍋と焚き火、近くの住人たちがそれぞれ持ってきた大きな山芋、多くの人たちが特大の芋粥づくりに従事している。
     …なんだか見ているだけでお腹いっぱいになってきた。
    結局五位はせっかく望んだ芋粥を一杯しか食べられなかった…。
    残りを家や近所の者たちで食べていると、あの狐がやってきた。「伝言のお礼に芋粥頂戴」とでも言うのか、与えてみたら食べたからみんなで笑った。
    結局利仁の家での歓待が気持ちよくて長居した。
    利仁がなぜこの冴えないおっさんにそこまでしたかと言うと、五位は政界官界の情報には長けていたから、利仁たちの世渡りに大いに役立つんだよ。

    芥川龍之介版:
    ↑という元ネタを踏まえ、五位という人の冴え無さもっと強調し、小さな望みを小さな幸せとしていた中年男が、ありあまるだけ与えられて戸惑ってしまい、もとの冴えない自分でいることこそ安心するという心理描写を強調している。

    …この「芋粥」に関しては元ネタ宇治拾遺物語(の原題誤訳版)で読んだときに、実に豪快で楽しかったので、芥川龍之介の話の展開に「こうしたか」という感じでした。
    人間心理としてはなるほどですが、大きい幸せを怖くなってしまう小さな人間というのは悲哀を感じてしまう。


    『運』
    元ネタ:今昔物語 巻16
    芥川龍之介版:
    熱心に祈れば神仏は運を授けてくださる。しかしその運にも善し悪しというものがある。たとえばあの女だ。
    苦労したから「一生安楽に暮らしたい」と祈った。するとある男と出会う。家に連れてゆかれそのまま縁が結ばれた。女房として留まることにしたが、男の留守中に家を見て驚いた。宝の山、妙に怯える召使い。
    どうやら強盗の家に連れ込まれてしまったらしい。
    女は豪華な反物をいくつか頂戴すると、召使いを突き殺して逃げ出した。
    その夜京を引き立てられる強盗、それはあの男だった。自分もあの家に残っていたら召捕られただろう。
    結局女は持ち出した反物で一生安楽な暮らしができた。
     「しかし、いくら金銭が満ちたと言ってもそんな経験など幸運といえるのだろうか。わしはまっぴらごめんだ」
     「そうか?私なら二つ返事で授けていただくね」


    『袈裟と盛遠』
    元ネタ:源平盛衰期 巻19
    芥川龍之介版:
    遠藤盛遠が、源渡の妻である袈裟御前に横恋慕した。貞淑な袈裟御前は「それなら夫を殺してください」と言い盛遠を誘い出すが、夫の身代わりとなり自分を殺させる。盛遠はその後出家し、文覚上人となり、昔馴染みの平清盛を諌めたり、後白河法王に遠島にされたり、源頼朝の鎌倉幕府で要人についたりするが、時代騒乱のなか流罪の地に向かう途中に死ぬことになる。
    ↑ということを踏まえて、芥川龍之介版では、前半は盛遠の一人語り、後半は袈裟御前の一人語りとしている。
    盛遠は以前恋した袈裟御前と再会し、昔の思い出よりも衰えを感じるが袈裟御前を手に入れる。しかし欲望よりも強い感情に支配された盛遠は、恨みももない源渡を殺すことにする。
    そして袈裟御前は、盛遠を見たときに恋と自分の醜さを実感し、彼の物になっても生き甲斐も死に甲斐もなく、いまはただその盛遠が自分を殺しに来るのを待っている。


    『邪宗門』
    元ネタ:色々
    芥川龍之介版:
    『地獄変』の「堀川の大殿」に使えていた語り手が、その後の堀川のお屋敷のことを語る。
    大殿は熱病に侵されて亡くなり(清盛を踏まえているのか)、若殿に世代交代する。
    強引な権力者の大殿と、貴公子然とした若殿の関係を平清盛と重盛、藤原道長と頼道の関係になぞられている。
    そのころ京の都では、摩利の教(キリスト教とか色々混ぜた架空の宗教)を布教する摩利信乃法師という沙門がいた。
    どうやらこの摩利信乃法師は、若殿の想い人である姫君となんぞやの曰くがあるらしい。
    摩利信乃法師は法力と幻影で信者を増やし、高名な仏教僧との対決にも勝つ。
    そこへ新たな対決相手として若殿が名乗りを上げ…
     というところで未完!!ええーーー!!
    そもそも随分と話が広がるしテーマもたくさんあるし(親子確執、恋愛、宗教対決、過去の曰く)どうするんだと思っていたが、新聞連作だったようで、風呂敷を広げすぎてたためなくなったらしい?
    これは毎日現行を挙げなければいけない新聞連載ではなく、最初から長編として考えていたら完結したのだろうか。いや、やっぱり怪奇メロドラマとなって未完になったかな。

    これを読んで思い出したのが「神州纐纈城」でした。絢爛豪華で話が広がり結局未完。。
    https://booklog.jp/item/1/4309408753


    『好色』
    元ネタ:今昔物語 巻30
    芥川龍之介版:
    天が下の色好み、平の貞文、通称平中(へいじゅう。三人兄弟の次男だかららしい)の、愛すべきお間抜け色恋駆け引きを語る。
    残した歌や評判から平中の容貌を思い描いたり、平中の色好みで困った人もいるけど助かった人もいるよね、という語りを挟んだりしている。
    平中に関しては、谷崎潤一郎が「少将滋幹の母」でも書いている。
    https://booklog.jp/item/1/4122046645
    作家にとって愛すべき人物像なのか。


    『俊寛』
    元ネタ:平家物語 第4、源平盛衰記 第7
    芥川龍之介版:
    後白河法皇側近で、平家打倒の謀に加わったとして鬼界島に流された俊寛を訪れた使用人の有王。
    平家物語では、流罪となった他の二人は許されたが自分だけが残されたことに狂わんばかりの姿が書かれているが、どうやら他の作家たちも俊寛の話は書いていて「それなりに島暮らしに馴染んだ」または「自殺した」などいくつかの創作があるようだ。
    芥川龍之介も、島で簡素な生活をして達観して受け入れている俊寛の姿を書いている。
    「この苦厳を受けているのは、なにもおれ一人に限ったことではない。(…略…)人界に浮かれでたものは、他とこの島に流されずとも、皆おれと同じように孤独の歎を漏らしているのじゃ。(…略…)天が下には千の俊寛、万の俊寛、十万の俊寛、百億の俊寛が流されている」(P209より抜粋)

    • 地球っこさん
      淳水堂さん、こんにちは。
      コメントありがとうございます。

      芥川龍之介の王朝物やっぱり良いですね。
      淳水堂さんのおかげで、芥川を読ん...
      淳水堂さん、こんにちは。
      コメントありがとうございます。

      芥川龍之介の王朝物やっぱり良いですね。
      淳水堂さんのおかげで、芥川を読んでワクワクしていたことを思い出すことが出来ました。
      これは今昔物語、宇治拾遺物語、そして平家物語もちゃんと読まなきゃなと思いました。
      『羅生門』のあの下人が『偸盗』に続く説があるんですね、面白いっ!
      『邪宗門』『俊寛』などなど淳水堂さんの
      レビューを読ませていただいて、忘れていたことを思い出したり、そうそうと頷いたり、そうなんだ!といろんなことを知ることが出来ました。
      本当にありがとうございます☆
      2020/04/05
    • 淳水堂さん
      地球っこさん

      私も改めて芥川龍之介良いな〜と思いました。

      羅生門の下人のその後が偸盗というのはネットで、そんな考察があるとか読ん...
      地球っこさん

      私も改めて芥川龍之介良いな〜と思いました。

      羅生門の下人のその後が偸盗というのはネットで、そんな考察があるとか読んだ程度で、
      本当に本人というより、下人のような者たちが、太郎次郎のようになった、というかんじなのかなあと思いながら読みました。
      太郎さんは強盗殺人一通りするけれど、一応人の道に戻るし、それなら下人も人の心があると考えても良いのかなあなとも思いました。

      読書って、読み返すとまた新たな気持ちになるから面白いですよね。
      2020/04/05
    • ハイジさん
      淳水堂さん こんにちは

      またまた淳水堂さんのレビュー
      大変参考になりました!

      しかし邪宗門は残念ですね…
      どなたか続きを作ってくださらな...
      淳水堂さん こんにちは

      またまた淳水堂さんのレビュー
      大変参考になりました!

      しかし邪宗門は残念ですね…
      どなたか続きを作ってくださらないかしら?
      2022/05/12
  • 今昔物語って面白い。なので案外スラスラと読むことか出来ました。文豪のお話って難しいんだろうなって食わず嫌いはいけませんね。
    学校で習った『羅生門』は何十年経ってもやっぱり覚えていて、最後の1文は自分の中の不安を掻き立ててしまいます。
    今回読んだ中では『俊寛』面白かったです。俊寛のおおらかでお茶目な言動が微笑ましい。この人物にあっては『平家物語』や菊池寛などが描く『俊寛』とかいろいろな解釈で登場するみたいなので、どの『俊寛』が自分好みか比べてみるのも楽しいかも、なんて思いました。『邪宗門』は、これからどんどん面白くなっていくだろうなってとこで未完となってるので、とっても残念。登場人物も魅力的だし、平安の世に『切支丹物』ってロマンが広がります。芥川の壮大な空想物語、読みたかったなぁ。

    • 淳水堂さん
      こんにちは。
      私もこちらの芥川龍之介も読みました!
      地球っこさんの感想か、まさにそのとおり!です。
      邪宗門、ぇえ、未完?切支丹の浪漫て想像広...
      こんにちは。
      私もこちらの芥川龍之介も読みました!
      地球っこさんの感想か、まさにそのとおり!です。
      邪宗門、ぇえ、未完?切支丹の浪漫て想像広がりますよね。
      俊寛、案外うまくやっていて安堵しました。いうことごもっともだ。
      羅生門、下人は行方知らず→完全に闇に紛れる者になった、ううん、不穏だ。
      2020/04/05
  • 引き続き昔の文学を…の流れで、芥川龍之介作品を。
    オーディオリスニングにて読める代表作をパラパラ(蜘蛛の糸、蜜柑、羅生門、トロッコ、杜子春、鼻)と…代表して感想をここに記載。

    いや…何かエモいやん、芥川龍之介・大先生( ̄∇ ̄)

    美しいながらも読みやすい…程よく装飾性のある文章、個人的にはスゴく心地良かったです。

    今読むと話自体は決して珍しくはないんですが…
    芥川龍之介作品とは、その超絶王道なストーリーを「巧みな筆力」と「偉大なる文豪の肩書き」を命綱にして読む作品なのかなぁと…我ながら、結構なお手前で…( ̄∇ ̄)wwwww

    あと、どの作品も最後(あたり)の一文が素晴らしいですね。
    羅生門で言うところの「下人の行方は、誰も知らない。」的な(笑)

    綺麗なフリオチのストーリーを、最後の圧倒的な美しい文章で仕上げつつ、ピリッとした緊張感を持たせる…コレが「文学」感を出してるんかなぁと。

    「ええ感じのオチ書いたやろ」って、ほくそ笑んでる芥川龍之介さんの顔が浮かんできますね…うっすら漫才の最後で言ってんなぁ…「もうええわ」って…したり顔で…(´∀`)


    <印象に残った言葉>
    ・下人の行方は、誰も知らない。(P18)

    ・ーこうなれば、もうだれも嗤うものはないにちがいない。内供は心の中でこう自分に囁いた。長い鼻をあけ方の秋風にぶらつかせながら。(P29)

    ・しかし極楽の蓮池の蓮は、少しもそんなことには頓着致しません。その玉のような白い花は、お釈迦様の御足のまわりに、ゆらゆら蕚を動かして、そのまん中にある金色の蕊からは、なんとも言えないよい匂いが、絶え間なくあたりへ溢れております。極楽ももう午に近くなったのでございましょう。(P70)

    ・暮色を帯びた町はずれの踏切と、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落する鮮やかな蜜柑の色とーすべては汽車の窓の外に、瞬く暇もなく通り過ぎた。が、私の心の上には、切ないほどはっきりと、この光景が焼きつけられた。そうしてそこから、ある得体の知れない朗らかな心もちが湧き上がってくるのを意識した。(P152)

    ・塵労に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細々と一すじ断続している。……(P236)


    <内容(「BOOK」データベースより)>
    この天才を越えた者がいただろうか? 近代知性の極に荒野を見た作家の珠玉作品集。
    小説家の登龍門である「芥川賞」に、その名をとどめる芥川龍之介は、深刻な人生の悩みに耐えながら、機智と諧謔と博識を駆使し、みごとな短篇小説を書き残した。
    平安時代、荒廃した都で途方に暮れていた下人は、若い女の遺体から髪を引き抜く老婆に怒りを燃やす……「羅生門」。
    蜘蛛の糸につかまって自分だけ助かろうとした男のエゴイズムの果てを描く「蜘蛛の糸」。
    贅沢と転落を繰り返し、人間に愛想をつかした若者が仙人になりたいと望んで……「杜子春」。
    新鮮な抒情、傑出した虚構、そして明晰な文章で、今なお人々を魅了してやまない不世出の天才の代表的作品を、一冊に収めた21世紀への日本の遺産。

  • ​​先ごろ『妙な話』を読んで懐かしく思い出したので新潮文庫で読みなおしてみた。教科書で親しんでおり、夏目漱石と並んで古典中の古典であるから、全集などですべての作品を読もうと思いながらも、まだまだ幾作品か残している。

    この文庫に収められてる『羅生門』『鼻』『芋粥』『運』『袈裟と盛藤』『邪宗門』『好色』『俊寛』は読んでいるのだが、細部は忘れているものだし、それによく理解していなかったなあと気がつくのがおもしろい。

    例えば『邪宗門』という作品。
    これはまさしくファンタジー・エンタメではないか!ええええ、日本文学の始まりからあったんだ!
    平安王朝時代、ある貴族の若者が遭遇する青春活劇。恋のさやあてあり、荒くれどもとの知恵比べによる退治あり。妖怪変化を見破るの巻ありで、「(未完)」となっているのが惜しい。これこそ「つづき」をどなたかが書けばよろしいのに・・・。しかし、出典から引いた難しい熟語があまりにもおおいので、雰囲気を模写するのも大変ではあると思う。

    こういう古典は注釈を参考にしながら読むのも苦労である。わたしは注釈をあまり見ないで読んでみたが、というのは読書歴がながいので昔の単語もわかるのだ。全部わかったわけではない、特にこの出典からくるものがなかなか難物だ。昔の人はこのくらいの教養は当たり前だったのか。

    ま、学習ではないので気楽に読めばいいと思う。

  • 「羅生門」
    恐らく2回読んでいます
    感想としてはこの下人と老婆の二人しか登場人物っていなかったっけ?と思いました
    一応再読なんですけど全く前回読んだ時の感想を覚えていません
    ですが恐らくは似たような感想ではないと思います
    確か去年?に読んで今日読みましたが去年の間に色々な本を読んだので違うと思います
    感想ではなくなりましたが話を戻して感想は当時は戦いというものがなく多分時代は平安時代なんですけど震災が多かった時代だったので亡くなる方々が多かったと思いますが、
    羅生門の中で髪を取っている老婆…
    少し不気味だなと最初は思いましたが当時震災で餓死寸前なので生きるためには死者の髪の毛を引き千切って売ったりして生きていかなければ行けないので髪を取っている老婆でしたが…
    ちょっとした事ですけど下人は侍ですかね?二本差しとは感じませんでしたが刀は持っていたので老婆を切り捨てることも出来ましたしですが老婆の言い分も正しいので切り捨てませんでした
    少し理解できないところもありましたが奥が深いなと思いました
    「鼻」
    主人公の内供は鼻がとても長く恐らくこの本の表紙が内供ですかね?まあこの表紙ほどの長さで弟子たちから馬鹿にされていたので無理矢理鼻を短くしましたが逆効果で、哂われたので最終的に元の長い鼻に戻りました
    感想としては最初の場面で内供が鏡を見て鼻を見てとても気にしている様子が書かれているのですがまあ気にしているのは間違いなさそうですよね
    そして鼻を短くしますが哂われる
    そして翌日ですかね?起きたら鼻が長くなっている
    これで思ったのは元々の自分が一番だということですかね
    嘘の自分で生きていくのは辛いだろうな〜と思いました
    「芋粥」
    感想を率直に言うと主人公の五位ってとても冷静だと思うんですよね
    途中で芋粥にありつきたいと言ってたので芋粥好き?になったのかと思いました
    少し昔の言い方のところが多かったので感想という感想はないのでそんな感じです
    「運」


  • 1.おすすめする人
    →日本文学に興味がある、定番を読んでみたい

    2.内容
    →芥川龍之介の書く内容が独特で
     着いていくのに必死だった。
     少しでもいいから、日本史を勉強しておくと
     読みやすいのかもしれない。
     羅生門は不気味さが勝ってしまった。

全405件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1892年(明治25)3月1日東京生れ。日本の小説家。東京帝大大学中から創作を始める。作品の多くは短編小説である。『芋粥』『藪の中』『地獄変』など古典から題材を取ったものが多い。また、『蜘蛛の糸』『杜子春』など児童向け作品も書いている。1927年(昭和2)7月24日没。

「2021年 『芥川龍之介大活字本シリーズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

芥川龍之介の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×