地獄変・偸盗 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 2169
レビュー : 181
  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101025025

作品紹介・あらすじ

"王朝もの"の第二集。芸術と道徳の相剋・矛盾という芥川のもっとも切実な問題を、「宇治拾遺物語」中の絵師良秀をモデルに追及し、古金襴にも似た典雅な色彩と線、迫力ある筆で描いた『地獄変』は、芥川の一代表作である。ほかに、羅生門に群がる盗賊の悽惨な世界に愛のさまざまな姿を浮彫りにした『偸盗』、斬新な構想で作者の懐疑的な人生観を語る『藪の中』など6編を収録する。

感想・レビュー・書評

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  • 課題本式読書会というものに参加してみました。
    課題本が「地獄変」だったため、芥川龍之介王朝物を借りて、「宇治拾遺物語」の現代語訳と、完全版とを借りてみました。(※コロナ外出自粛前です)

    芥川龍之介は今昔物語の特色を「美しい生々しさ」「野性の美しさ」にあるとしている。それ当時の人々の笑い声、泣き声を聞き取り、人間心理を加えて、読み物としています。

    現代語訳。「池澤夏樹 日本文学全集 08」
    https://booklog.jp/item/1/4309728782
    完全版。「岩波 宇治拾遺物語 上下巻」
    https://booklog.jp/item/1/B000J98DT2
    読書会では「芥川龍之介といったら学生時代を思い出す」という話が出て、私も高校のときにはかなり好きでした。改めて読んでみると、流れる文体、時系列を混じらせたり、第三者が語ることによる手法、物語としてのドラマチックさ、文章の美しさなど、まさに日本文学を読み出した頃にはちょうどよく心を掴まれる感じがしました。


    ※以下に書く「元ネタ」の題名は、池澤夏樹編集現代語版出てているもの
    『偸盗』
    元ネタ:今昔物語 巻29「何者とも知れぬ女盗賊の話」
    たまたま女に誘われ、そのまま夫婦になり、成り行きで盗賊の手助けをするようになり、だがある時女は姿を消してしまった。彼女は盗賊の首領だったのだろうか?
    この女盗賊がなんともミステリアスでたしかに1本作品がかけそうですね。

    芥川龍之介:
    一人の悪い女を巡る兄弟の確執と和解、老夫婦の醜さと侘しい情、白痴娘の不幸と幸福、など、かなりドラマチックな展開になっています。芥川龍之介自身はこの短編は気に入らなかったようですが、ドラマチックさと言い、当時の京都の下級民衆の生活といい、実に臨場感があり、私は日本の短編の中でも一番好きな作品に入ります。


    『地獄変』
    元ネタ:宇治拾遺物語 巻3「絵仏師の良秀は自分の家が焼けるのを見て爆笑した」(※現代語訳の町田康さんの文体)、および古今著門集 巻11「弘高の地獄変の屏風を書ける次第」
    自分の家が火事になり、妻子も家にいるっていうのに絵仏師の良秀はなんかよろこんでるんだよ。近所の人が「助けに行かないんですか?」と尋ねたら「わたしはねぇ、不動明王さんの後ろの火焔が、うまいことイケへなんでしたが、あの火ぃみてるうちにわかっちゃったんだから儲けもんですよ。家一軒燃やしたって百軒家立てたら儲けでっしゃろ。おたくさんらみたいになんの技能もない人やったら家は損かも知れませんが、私は違うんですよ、おほほほほ」というので(※原文では「あざわらひて」)、みんないや〜な気持ちになったけれど、その後良秀が描いた「大寺のよじり不動」は未だに人々から尊敬されているんですよ。
    よじり不動はこれらしい。残っているんですね。http://www2.kokugakuin.ac.jp/letters/nichibun/syoukai/1nichibun/bungaku_yomu.files/bungaku_yomu-yamaoka.htm

    芥川龍之介:
    絵仏師良秀は、優れた腕を持つが、人格は吝嗇で恥知らずで強欲。当時の権力者で、良いことも残虐なことも豪放な時の権力者堀川の大殿様は、そんな良秀の無礼を許しながら、彼の愛娘を小女房に上がらせていた。この愛娘は良秀がこの世で唯一目可愛がっている存在だった。
    ある時大殿の依頼で地獄返相図の屏風を描くことになった良秀は、狂気と暴力すれすれの日々を過ごし絵に取り掛かるが、どうしても「地獄の業火に焼かれながら落ちてゆく御所車と女房」が描けずにいた。思い余った良秀は大殿に「豪奢な牛車を一台焼いてください。そしてできますならばーー」さすがに言葉に出せないその望みを大殿が告げる。「よかろう。車を一台焼いてやろう。そしてその中に罪人の女を乗せてともに焼き、黒煙と炎とに悶え死にするさまを見せてやろう」
    数日後準備は整えられた。
    見事な牛車一台、だがその車の中にいるのは良秀の愛娘その人だった。
    火がつけられ、生きながらに焼き殺される最愛の一人娘に駆けよらんとする良秀はその足を止める。彼は人としてのこの上ない苦しみと、芸術家としての光悦とに挟まれて後者が勝ったのだ。
    絵の完成とともに良秀は縊死した。
    彼の人格を忌み嫌っていた者たちも、その絵の見事さには膝を打つしかなかった。
    だが車を焼き見事な地獄変を手に入れた大殿は苦笑するだけだった。

    …高校のときに読んで、やはりかなり辛かった。現実的に焼かれ死ぬということがorz
    読書会でなければ絶対読み返さなかったorzけれど、やっぱり芥川龍之介の旨さがひたすら引き立つ作品だと改めて思った。
    読書会で出たこと。
    ✓芥川龍之介というと学生時代を思い出す。→流麗な文章、惹きつける話の筋に校正、まさに純文学に触れた頃の学生が惹かれるのもわかる。
    ✓大殿と良秀の間には娘を巡って書かれていない何かがあったのか?
    ✓この当時は権力者は、通行人を轢いたり、使用人を生き埋めたり生きながら焼き殺したり、まさに人の命の重さが違いすぎて…orz
    ✓良秀自身は「猿秀」と渾名され、いたずらな猿は「良秀」と名付けられて娘と仲良くなった。一種の人格が割れたと言うか、人間と猿の役割が入れ替わっている。
    ✓お猿関係の話は可愛い話なのに、ここで終わっていればねえ…。
    ✓愛娘を手篭めにしようとしたのは誰だろう?大殿?案外若殿?!書かれていない人間関係があったのか?
    ✓まだ車を焼く前に、良秀が見た予知夢のような悪夢は何だったのだろう?自分の娘を殺しても仕方がないと潜在意識にあったのか?
    ✓そのそもこの語り手は、大殿に近い文官だと思われる(言葉選びや話し方が見事なので下男とかではなさそう)。大殿の味方であるこの語り手をどこまで信じてよいのか?
    ✓大殿のモデルは、ネットでみたら「菅原伝授手習鏡」や「少将滋幹の母」でも敵役の藤原時平でないか?考察されていた。シヘイなら「上げて落とす」をやりかねない。
    ✓大殿と良秀の力関係勝負のようなものがあり、大殿は娘を焼くことで良秀を屈服させようとしたが(そのために人肉を食ったという武士まで配置している)、良秀がそれに芸術家として一線を超えたような見事な絵を描き上げたことから、二人の力関係比べは大殿が負けた?
    ✓「地獄変」の良秀を酷いやつだと思って宇治拾遺物語を読んだら、そっちの良秀のほうがもっと非道かった。地獄変のほうが苦しみを知るだけまだ人間的だった(苦笑)
    ✓題名の「地獄変」は「変相図」の変。


    『竜』
    元ネタ:宇治拾遺物語 巻11「蔵人得業恵印と猿沢池の竜の昇天」、および巻2「卒塔婆に血がついたら」
    鼻がデカくて笑われている恵印という僧が、人々を騒がせてやれと池のほとりに「いついつ、この池から龍神が昇天します」という立て札を立てた。ちょっとのいたずらだったのに人口に膾炙してしまって、当日は見物人が押し寄せる大騒動。恵印は恐る恐る見ていたけれど、でも奇妙な気持ちになってきた「嘘の立て札を立てたのは自分だけど、これだけ人が集まって騒動になったということは、もしかして本当に龍神がでてくるんじゃない?」…でも結局何事も起こらず人々は散って帰って行きましたよ。帰り道で恵印にちょっとだけ面白いことがありましたよ。

    芥川龍之介:
    宇治拾遺物語では、結局龍神はでないけれど、芥川版では、突如と起こった大雨の様子がまさに龍神昇天のようで、人々は龍を見た!と口々に言った。ということになっています。
    嘘から出た誠というか、出ると思って待っていたら違うものでもそんなふうに見えてしまった、とかそういうお話。


    『往生絵巻』
    元ネタ:今昔物語 巻19

    芥川龍之介:
    変な法師が来た。「阿弥陀仏よや、おおい。おおい」と喚いている。
    数日前までは乱暴者の五位殿といわれる武士だったが、ある時仏に会って極楽往生したいと思ってすぐに出家したのだ。
    有り難い御上人だと言う者もいるし、頭がおかしいという者もいる。女達は「捨てられた妻子にしてみれば、男を奪ったものが弥陀仏でも女でも、怨みに思うわね」と現実的だ。
    五位殿は仏に会うため西に向かって歩いて歩いて歩いた。海に出たから松の木に登った。餓死するまで木の上で阿弥陀仏を唱えた。
    通りかかった法師は、五位殿の遺体の口から蓮の花が咲いているのを見て、一心に祈れば極楽往生するのだと拝むのだった。

    …女の私からすればちょっといい気なもんだという気がしないでもない(苦笑)


    『藪の中』
    元ネタ:今昔物語 巻29「大江山の藪の中で起こった話」
    若い夫婦が山道を旅していた。男が現れて「宝があるから山分けしよう」と言ってきた。夫は付いて行き、男に身につけていたものを盗まれた。そして妻は夫の目の前で手篭めにされた。
    …しかし男が去った後、妻は夫を責めながらも二人で旅を続けましたとさ。夫は見ず知らずの男を信じてのこのこついていって迂闊だねえ。

    芥川龍之介:
    山の中で、刺殺された男の死体が見つかった。
    関係者たちの証言で構成される物語。なぜそこへ行ったのかは分かっている。どうやって行ったのかも分かっている。だが誰が殺したのかがわからない。
    証言者である強盗、妻、そして殺された夫。彼らはみんなが「自分が殺した」というのだ。一つのことが起きたはずなのに、その場にいた人たちの認識がなぜここまで分かれるのだろう。真相は藪の中だ。

    今回気が付きましたが、この強盗の多襄丸(たじょうまる)は、「偸盗」にも強盗一味として出ていました。

    黒澤明が、「羅生門」と「藪の中」を組み合わせた映画を撮っています。


    『六の宮の姫君』
    元ネタ:今昔物語 巻19及び15

    芥川龍之介:
    六の宮の姫君は、昔気質で時勢に取り残されたような両親に大切に大切に、外には触れさせずなんの感情も揺り動かされることなく育てられた。
    両親が死んだ後何も残らずただただ屋敷は荒廃してゆくが、姫はなにもせずただ成り行きに任せていた。
    通う男ができて生活が上向きになっても喜びも哀しみも知らなかった。
    その男が遠方に赴任するため会えなくなるときも、そのために暮らし向きがひたすら貧しくなっていっても、なんの手立ても打たずに感情も出さずにただただ日々を嘆き衰えていった。
    姫は死後でさえ魂の拠り所を持てなかった。寂し気な荒れ地に、極楽も地獄も知らず不甲斐なくほそぼそとした声を響かせるだけだった。

    • 地球っこさん
      淳水堂さん、こんにちは。
      『地獄変・偸盗』への「いいね」ありがとうございます。

      わたしの場合、高校時代はさほど芥川龍之介を気にもとめ...
      淳水堂さん、こんにちは。
      『地獄変・偸盗』への「いいね」ありがとうございます。

      わたしの場合、高校時代はさほど芥川龍之介を気にもとめていませんでした。
      それがこの数年前、芥川龍之介の作品を読んだとき「なんなんだこれは!」と、突然雷に打たれたかのようにショックを受けたのです。
      「なんて面白いんだろう」「なんて美しい文章なんだろう」とハマッていきました。

      淳水堂さんのレビューを読ませていただいて、わたしも『偸盗』が好きだったこと思いだしました。
      ドラマチックな展開に、妄想を膨らませてどきどきしてました。
      『偸盗』芥川先生はおきに召さなかったようですが、わたしはやっぱり大好きです(*^^*)
      淳水堂さんも『偸盗』が日本の短編のなかでも一番好きな作品に入るとのことで、何だか嬉しく思わずコメントしてしまいました。

      失礼いたしました。

      2020/04/03
  • 新潮文庫の芥川龍之介短編集その2。『偸盗』『地獄変』『竜』『往生絵巻』『藪の中』『六の宮の姫君』の6編を収録。
    その1の『羅生門・鼻』と併せて王朝もの(平安時代の古典を新解釈したもの)と呼ばれているそうで、2冊連続で読んだ。

    ……というか、新型コロナウィルスのせいで3月から図書館が休館とのことで、その前に慌てて数冊借りた次第です。『羅生門・鼻』の方は元々所持していたもの。ここ数年はあまり読書する気にならず、最近せっかく読書熱が上がってきたのにそのタイミングでこんなことに……泣。


    最初の『偸盗』は盗賊団の話。芥川本人も不出来だと言ってるそうで、あまり面白くなかった。ただ時代劇、アクション映画的な描写があるのはけっこう良かった。最後の方で「生と死」が対照的に描かれる。

    この短編集全体で200頁ほど、その内の半分の100頁が『偸盗』で、1/4の50頁が『地獄変』。残りの50頁で4編!芥川龍之介、やっぱり長いのを書くのは苦手なのかな。短編の方が切れ味あって良い気がします。

    この中で一番良かったのは次の『地獄変』!とにかく描写、そして芸術家の狂気を描いたホラー。

    『地獄変』とは真逆で対照的なのがラストの『六の宮の姫君』。前者は絵師の狂気、のめりこんでる人の話だけど後者は「何にも情熱を傾けない人」の話。こちらもなかなか面白かったです。
    解説を読むと原典がすでに面白くて、芥川本人の創作した部位は少ないんだそうな。解説がついているとこういうのを知れるのが良い点なので、私は青空文庫などの単品ではなく、なるべく本という形で読んでます。

    『竜』は『鼻』とリンクしているのが面白い。古典を元にしているけど、不条理で不確か、ゆらぎのある「人間」を描いているのが芥川龍之介のよさだと思う。

    『往生絵巻』は実験的な作品。戯曲、お芝居っぽい。動物の鳴き声がセリフとしてあるのがユーモラスでかわいい。手塚治虫先生の短編での実験的作品を思い出す。こちらも『地獄変』と近いテーマの話。

    続く『藪の中』も同じく。黒澤さんの『羅生門』の原作はこれで、かなり原作どおりだったのかと驚いた。それと、『羅生門』とマッシュアップしてるのが上手い!橋本忍さんの功績。
    こちらは映画同様ミステリ小説。全員が「私が犯人です」という話なので、ミステリの形式を崩していて、だから人間ドラマになる。これも他の話同様、見栄や体面を気にするリアルな人間たちの話。


    話は最初に戻って、コロナウィルスで学校も休校、図書館も休館と、本が好きな小中高生のことを考えるとかわいそうになる。ただこの機会にぜひ読書して欲しいなと願っています。自分がたまたま読書熱が上がってきたのが大きい理由のひとつだけど、私のレビューは常に高校生ぐらいを相手に想定して書いているので、そう思わされます。
    (その相手とは、私の心の中のあまり本を読んでなかった高校生の頃の自分。本を読まない男子高校生が、どうやったらその本に興味を持ってくれるか、ということです。)

  • 「地獄変」「薮の中」「六の宮の姫君」等、芥川龍之介の”王朝もの”6篇を集めた短編集。

    私は泥臭い人間の上に、劣等生気質じみた嫉妬深さがあるせいか、どうも芥川龍之介に対する「あこがれ」がないようである。
    理知的でかっこよく、格調高くてシャープな文体とその内容をうらやましいと思いはすれど、あまりそこに惹かれない。晩年の作品を読んでいないための思い込みだろうか?

    なんとなく、芥川龍之介は「あこがれ」られている人だなー、というイメージがある。
    そういう位置の人なのだろうなぁ、と、勝手に思ってしまっている。
    一言で言うと、なんだか身近に感じないのだ。彼の痛みは高尚すぎる気がしてしまうのかもしれない。

    なので、この短編集で私がもっとも好きだったのは「六の宮の姫君」だった。
    もとより評価の高い短編らしいが、私はこの作品をもっとも「生きてる」と感じた。「地獄変」ではその炎の熱さを感じなかった私だが、この短編では風の冷たさを感じた。氷よりももっと冷え冷えとした、雨の匂いを感じた。

    「あれは極楽も地獄も知らぬ、腑甲斐ない女の魂でござる。御仏を念じておやりなされ」  ――六の宮の姫君 より

    • Pipo@ひねもす縁側さん
      芥川の王朝ものはいいですね。華やかさはみじんもなくて、炎と冷たい雨とはねる泥、、吹きすさぶ風のイメージを持っています。

      自分がまるっきり凡...
      芥川の王朝ものはいいですね。華やかさはみじんもなくて、炎と冷たい雨とはねる泥、、吹きすさぶ風のイメージを持っています。

      自分がまるっきり凡庸な人間だからか、学生の頃からあの冷やかで克明な筆致が好きで、今でもたまにページをめくります。芭蕉の臨終の日を追った『枯野抄』もいいですよ。
      2012/03/05
    • 抽斗さん
      私はどうもその、芥川のシャープさが近寄りがたくて苦手(というのとも違う気がしますが)なのですが、「六の宮の姫君」はしみじみと情景が伝わってき...
      私はどうもその、芥川のシャープさが近寄りがたくて苦手(というのとも違う気がしますが)なのですが、「六の宮の姫君」はしみじみと情景が伝わってきました。
      『枯野抄』も、その設定に興味を惹かれました!「六の宮~」と同じ匂いがしそうで(笑)。機会があったら、手に取ってみたいと思います(^^)。めもめも。
      2012/03/06
  • 偸盗、面白かったです。芥川自身は悪作だと自嘲していたようですが、このストーリー展開や登場人物たちは女性陣たちは好きなのではないでしょうか。まさに解説に書かれているとおりメロドラマ風。ハマってしまいました。そして地獄変。芸術のために娘の死さえも犠牲にする絵仏師。なんとも恐ろしい。最後自分の命を絶ったのは、そんな彼にもやはり人の心は残っていたのでしょうか。いやはや、芥川龍之介すごいです。

    • 淳水堂さん
      地球っこさん
      コメントありがとうございます。
      偸盗いいですよね!
      京の都でも下級社会の生活が生々しく伝わってきます。
      登場人物たちも...
      地球っこさん
      コメントありがとうございます。
      偸盗いいですよね!
      京の都でも下級社会の生活が生々しく伝わってきます。
      登場人物たちも、悪い女、気持ちは純粋な白痴娘、醜くも哀しい老人、振り回されながらも最後には人の道へ戻った兄弟…、
      気に入らないだなんて、いや、とても魅力的な話です。
      元ネタ?の今昔物語 巻29「何者とも知れぬ女盗賊の話」もなかなかミステリアスな女盗賊が出てきました。


      そして地獄変。
      今回宇治拾遺物語と比べながら読みましたが、
      「妻子のまだいる家が焼けるのを見て笑った(※あざわらひて)」って、
      芥川龍之介の良秀のほうが自殺するだけ人の心があったのかorz
      時系列を入り混じらせたり、地獄変屏風絵の描写の圧倒的迫力と良い、本当に芥川龍之介はすごい作家だなーと思いました。
      2020/04/05
    • 地球っこさん
      淳水堂さん、こんにちは。
      コメントのお返事ありがとうございます。

      今昔物語、宇治拾遺物語と比べながら読むとよりいっそう面白そうですね...
      淳水堂さん、こんにちは。
      コメントのお返事ありがとうございます。

      今昔物語、宇治拾遺物語と比べながら読むとよりいっそう面白そうですね。なるほどです。
      淳水堂さんのおかげで、芥川龍之介の作品を深いところまで知りたくなりました。
      ありがとうございました(*^^*)


      2020/04/05
  • 「偸盗」
    「羅生門」の続編ということで、読みたくなったので購入。(今更だけど)
    いやぁ、描写がすごい。面白い。

    沙金の生々しさ(色艶があって、肥っていて、美しい女って想像が出来ないけど……)に、やられる太郎・次郎兄弟。
    でも、太郎は沙金の心が持っていかれることに嫉妬を感じ、次郎は沙金が他人の身体と触れ合うことに嫉妬を感じる。ここって、ちょっと考える。
    それぞれの拠り所が心か、身体か、ということか。

    クライマックスのスピード感が半端ないし、阿漕の聖性が最後には沙金に勝る所も、好き。

    「竜」
    三月三日に猿沢池に行きたくなりました。

    「薮の中」
    超有名作。
    でも、三者三様というところ以外、忘れかけていたので、改めて読んでみた。
    結局、皆が男を殺したことになっている。
    男でさえも。
    誰もが自分ではない、と言い張るよりも、誰もが自分と言い切ることの罪を考える。

    「六の宮の姫君」
    意外にこの話が一番キツかった。
    母も父もいず、自分を見初めた男でさえ、単なる庇護者以上の愛を感じることが出来ない。
    抱かれることの喜びもなく。
    そうして、生きることに疲れてしまう姫君の生とは、一体何だったんだろう。
    最期、念仏を唱えることも出来ず彷徨う姫君を、誰が嘲ることが出来るんだろう。
    あまりに、「あり得る」結末で、怖かったし……そこに思い至る芥川も怖い。

    「地獄変」は言わずもがな。
    ちくま文庫版でレビューを書いたので省略。

  • 今まで読んだ本の中で一番強烈で、一番面白く、一番スリリングで惹きつけられた物語が芥川の『地獄変』。
    暗いし、怖いし、結末は悲惨だし、なんでこの話がこんなに好きなのか、と自分でも思うけど、初めて読んだ時から心をわしづかみにされた。
    炎に包まれた牛車が目の前に鮮やかに描き出されるようで、その迫力には何度読んでも息をのんでしまう。
    大好きな、大好きな、物語。

  • 短編集だが、地獄変についてのみ感想。言い得て妙なタイトルで、良秀が描く絵と物語の中の現実がタイトルによってリンクしている。現実の「地獄」の方は娘の愛らしさ、健気さ、伺候の事情などと対比されて凄惨さが際立つ。この娘を含め、登場人物や事件の詳細は第三者の視点から丁寧な口調で語られる。良秀については「描く」という行為に付随する傲慢なまでの気難しさ、及び奇矯な振る舞いと娘を溺愛する様子が特化して言及されている。才能と執着の先に幸福の極致を見出そうとするのはバランス感覚を放置して生きているようなものだ。加えて彼は己の心を占めるものへの妥協とは無縁な男である。
    そのような人物にありがちな、自らの精神的要求をそのまま言動に表わした結果として良秀はパトロンと似たような立場にある大殿の不興を買う。目の前で牛車ごと焼き殺される愛娘を食い入るように見ている様は事を仕掛けた大殿には到底理解の及ばない範疇だったであろう。

    以前、或る存命の日本画家がこれ以上一筆でも加えれば絵が崩壊する寸前まで筆を入れるという旨のことを語っていた。画家とはこのように手掛ける一枚の絵ごとに艱難辛苦の道のりと果ての登頂を繰り返している人々なのだと思う。しかし良秀はそうではなかった。
    絵筆を握り続けた人生で、彼が確とした登頂感を得たのは恐らく最後の地獄絵図だった。そしてその登頂感は到達した本人が二度と経験できないと即座に理解してしまう類のものだったのだ。
    この「絵」は娘が命を散らした時点で完成していたのではないだろうか。彼は現世の地獄を目に焼き付け、脳裏に描き切った。筆に乗せ、紙に写す作業は昇華である。最後の仕上げである。それより後は「崩壊」であった。いくら他者から絶賛されようとも、満足とは程遠いものが出来上がるに違いない。良秀はたった一度だけの最上級の満足を知ってしまった。描き続ける意味は、もうない。

    良秀の自死という結末は当然だ。絵筆を折るということは、自分の半身、否、その身の殆どを失ったと同義である。その上娘は死に、この世に彼を縛り付けるものはもうなかった。
    キリスト教と違い、自死は仏教では厳罰の対象ではない。釈迦も場合によっては自死を容認しているとする叙述もあるようだ。そして日本では自らの矜持を保つために、或いは身の潔白を証明するために命を絶つということは一種の美しさを持つ誇り高いことという認識があり、良秀のようにある境地に達したから生きるのをやめるといった死に方も黙認されていた。自死を選んだからと言って非難される土壌ではない。極楽には行けないであろうが、かといって地獄に落ちるという確実性もない。しかしそれでも、良秀は自ら望んで地獄道に落ちて行ったように思える。
    もし娘が生きていれば、案外以降の人生を単なる変わり者の男として生き延びた可能性もないではない、とも思う。しかしあの女房が娘でなければ地獄の絵は登頂点になり得なかったであろう。良秀は砂で出来た坂を這い上がるような心持で、他者からは瞠目されながらも自身では不足を感じる絵を不機嫌な面持ちで描き続けていたのではないか。
    生きるも地獄、死ぬも地獄。
    顛末の不条理よりも業について考えさせられた一編だった。

  • 1.偸盗
    京の都に暗躍する盗賊団一味の話。ストーリーは「羅生門」「藪の中」ともリンクしており「藪の中」で悪事を働く盗賊の多襄丸もこの盗賊団の一員として登場する。
    個人的に、この小説に収録されている「地獄変」や「藪の中」に劣らぬ作品だと思います。
    改めて、芥川龍之介という作家の偉大さをまざまざと見せつけられる。美しい日本語を使った表現力の数々に圧倒されます。

    2.地獄変
    20年ぶりに読みましたが、やはり名作。
    劇画家、池上遼一の「近代日本文学名作選」で「地獄変」を読んだのも同時期だったので思い出深い。
    芥川龍之介の文体を好きになるきっかけとしては「蜘蛛の糸」と並んで好きな作品。
    芥川文学の初期から中期作品あたりの敬語を使った美しい言い回しは唯々格好良いですね。
    美しい敬語を使った言い回しが格好良すぎる。

    3.竜
    「嘘から出た実」の様な話。
    虚言である龍神を当人を含めた観衆全てが「己が望むものを見る(見た)」という話。
    世界はあなたが望むようにある。

    4.往生絵巻
    阿弥陀仏よや。おおい。おおい。
    声に出して読みたくなる短編。
    コミカルで面白い。

    5.薮の中
    当時、黒澤明「羅生門」を観た後にこの小説を読んだので、すぐに作品名と内容のトリックに気付きました。
    では芥川文学の「羅生門」とは一体どんな話なのだろうか?とまずは思いました。
    下の文章を20年振りに読んで、初めて読んだ学生時代と同じ様に、やっぱり心が揺さぶられました。

    「あの人を殺して下さい。」
    ――この言葉は嵐のように、今でも遠い闇の底へ、まっ逆様さかさまにおれを吹き落そうとする。
    一度でもこのくらい憎むべき言葉が、人間の口を出た事があろうか?
    一度でもこのくらい呪のろわしい言葉が、人間の耳に触れた事があろうか?
    一度でもこのくらい、――

    6.六の宮の姫君
    何の救いもない話ですが、生き方を考えさせられるので好きです。
    「父母の教へ通り、つつましい朝夕を送つてゐた。それは悲しみも知らないと同時に、喜びも知らない生涯だつた」
    「わたしはもう何も入いらぬ。生きようとも死なうとも一つ事ぢや」
    「あれは極楽も地獄も知らぬ、腑甲斐ふがひない女の魂でござる」

  • そういえば、今まで芥川って王朝物しか読んだことないかも。今度王朝物以外も読んでみたい。それで読んでみた本書。いくつかはぼんやりと読んだことがあるのか、知っているような話。この手の小説(特に「偸盗」なんか)は、読了後「で?」って感じる。それはつまり、いつも読んでいるような現代の小説は読者へのサービス精神が多めで、気づかないうちにどうしてもそれを期待してしまっているということなのかも。「竜」は今で言うとフェイクニュースで、いったんオープンになってしまうとニュースを流した張本人でさえ制御が効かなくなるという、現代でも十分ありそうな展開。

  • ・偸盗
    最後に読み終えた。
    一番面白かった。
    気が違えた父母を持つ悪魔の女に魅入られ
    堕ちていった兄弟の話。
    カルメンとゆう話のオマージュらしい。
    沙金を伐つハッピーエンドが
    批評を買っているようで
    釈然としないのは同感だが
    「次郎」と叫ぶ描写では
    ありありと目の前に情景が広がり
    襲いかかる文の幾多もの波に取り込まれ、
    愛に心を打ちひしがれた。
    そのシーンだけでも読み返してしまった。

    ・地獄変
    絵仏師良秀の話。
    りょうしゅうじゃないの?
    と混乱したが、本作中ではよしひでとしている。
    創作意欲と、人としての愛の間の葛藤に
    苦しみ悶えながらも
    今後目の当たりに出来ないであろう
    現実世界の地獄絵図の行方を見届け
    満たされる芸術家としての
    狂気の真髄は感慨深かった。

    ・竜
    鼻に通づる話。
    人間は周りの風潮に流される生き物って感じかな。
    現れるはずもない竜を
    恵印自身が一番わかっているのに
    現実逃避から竜が出てくるんじゃないかと
    無理に信じてしまいそうになる心理に共感。

    ・往生絵巻
    難解。
    ドグラ・マグラよりよっぽど気が狂いそう。
    儀式化された信仰ではなく、
    心からの敬虔なる信仰心が重要ってことかな?

    ・藪の中
    真相は藪の中。名作。
    形式が思っていたのと
    全然違っていて面白かった。
    主観では最後の忍び寄る人影に
    引っ張られて木こりが犯人?
    とか単純思考に考えるたり
    経験論に基づくと盗人が犯人であり
    愚かな女を見捨てていた気がする 。

    ・六の宮の姫君
    考えさせられるオチ。
    極楽も地獄も知らぬ不甲斐なさ。
    波風ないことが一番もの悲しいのかな。

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著者プロフィール

小説家(1892-1927)。東京帝国大学文科大学英文学科卒業。創作に励むかたわら、大阪毎日新聞社入社。「鼻」「蜘蛛の糸」など数多くの短編小説の傑作を残した。1927年、服毒自殺。

「2020年 『羅生門・鼻・蜘蛛の糸 芥川龍之介短編集 Rashomon, The Nose, The Spider Thread and Other Stories』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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