侏儒の言葉・西方の人 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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レビュー : 102
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101025070

作品紹介・あらすじ

眠りは死よりも愉快である。少くとも容易には違いあるまい-。鋭敏な頭脳と表現力を無尽に駆使し、世に溢れる偽善や欺瞞を嘲る。死に取り憑かれた鬼才の懐疑的な顔つきと厭世的な精神を鮮烈に伝えるアフォリズム(『侏儒の言葉』)。自らの人生を聖者キリストに重ね、感情を移入して自己の悲しさ、あるいは苦痛を訴える(『西方の人』)。自殺の直前に執筆された芥川文学の総決算。

感想・レビュー・書評

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  • 『侏儒の言葉』

    わたしは良心を持っていない。
    わたしは度たび嘘をついた。
    わたしは勿論失敗だった。

    この頃の芥川は眠りにつく床の中でぼんやりと思い返していたのかもしれない。芥川龍之介として生きてきた日々を・・・まるでフィルターがかかったような霧のなかで、どこへ向かうことも諦めたような彼の背中が浮かび上がってくるようです。

    眠りは死よりも愉快である。

    近づく最期にまだ彼自身気づいてはいなかったのかもしれないと思えました。

    『西方の人』
    聖霊というものが、よく目につきました。マリアが戓夜聖霊に感じてクリストを生み落したことから始まります。
    聖霊は必ずしも「聖なるもの」ではない。現実を超えんとし続ける革新的な浪漫精神をもったもの。
    聖霊の子どもだったクリスト。
    そこに芥川の何かこだわりを感じました。

  • 西方の人、続西方の人を読了。
    キリストをいち天才として、ジャーナリストとして、あるいは人の子として捉えつつ、彼とその周辺人物について芥川流の解釈を加えた短文集。
    芥川は露ほども信仰心を持ち合わせていないのですが、彼らのなかに普遍的な人間味や世間智を見出したようです。
    ヴォルテールやゲーテなど、先人の言葉を多く引用しており、徹底的に調べた感じです。
    クリストを、天才を授かった芸術家と置き換えられるのかもしれません。
    もっと病んでいるんじゃないかと不安でしたが、思ったより読みやすかったです。
    続の最後、「我々の心を燃え上がらせるクリストを求めずにはいられない」的なことが書いてあり、とにかく芸術を愛してたんだなと切なくなりました。

  • 30数年ぶりに読んだ。
    僕は芥川龍之介の経験することのなかった年齢を生きているわけだが、それでもはっとするような言葉がいくつもある。若い頃こうした作品に心奪われたのも、よく分かる気がする。

  • 芥川龍之介。先に読んだ『歯車』の中にあった「僕はナポレオンを見つめたまま。僕自身の作品を考え出した。するとまず記憶に浮かんだのは『侏儒の言葉』の中のアフォリズムだった。(殊に『人生は地獄よりも地獄的である』という言葉だった)‥」この一文をきっかけにチョイス。

    芥川が対象(外なる世界)を内なる世界に取り込むために綴るコトバの数々は、広がりと奥行きを芥川の世界に与え、なにより身近に彼を感じさせてくれるが、同時に芥川の抱える根源的な問題を直視することになる。(咀嚼)消化吸収し同化するかのように計らわられる外界との調和は自己との交渉ともいえる。この作業が辛うじて芥川の正気を保ってた時に行われていたとすれば『侏儒の言葉』から『続西方の人』にいたる4篇はまさに「人生は地獄よりも地獄的である」というアフォリズムを本質とした作品群だったといえる。

  • 文学

  • 何年も経って再読したら、また面白そう。今の私にはあまりピンと来ない。
    とは言え、ハッとする言葉も多かった。
    あと、芥川は、生きるの大変だったろうなって思った。
    友達だったら、めんどくせーなこいつって思いそう。

  •  道徳は便宜の異名である。「左側通行」と似たものである。

     道徳の与えたる恩恵は時間と労力の節約である。道徳の与えたる損害は完全なる良心の麻痺である。

     妄(みだ)りに道徳に反するものは経済の念に乏しいものである。妄りに道徳に屈するものは臆病ものか怠けものである。
     良心は道徳を造るかも知れぬ。しかし道徳は未だ嘗て、良心の良の字も造ったことはない。

     人生を幸福にする為には、日常の瑣事を愛さなければならぬ。雲の光り、竹の戦(そよ)ぎ、群雀の声、行人の顔、ーーあら売る日常の瑣事の中に無上の甘露味を感じなければならぬ。
     人生を幸福にする為には?ーーしかし瑣事を愛するものは瑣事のために苦しまなければならぬ。庭前の古池に飛び込んだ蛙は百年の憂いを破ったであろう。が、古池を飛び出した蛙は百年の愁いを与えたかも知れない。いや、芭蕉の一生は享楽の一生であると共に、誰の目にも受苦の一生である。我我も微妙に苦しむ為には、やはり又微妙に苦しまなければならぬ。
     人生を幸福にする為には、日常の瑣事に苦しまなければならぬ。雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、ーーあらゆる日常の瑣事の中に堕地獄の苦痛を感じなければならぬ。

     天才とは僅かに我我と一歩を隔てたもののことである。只此の一歩を理解する為には百里の半ばを九十九里とする超数学を知らなければならぬ。

     あらゆる言葉は銭のように必ず両面を具えている。例えば「敏感な」と云う言葉の一面は畢竟「臆病な」と云うことに過ぎない。

  •  侏儒の言葉には覚えておきたい言葉も惹かれるフレーズも多くあった。生前に掲載されたものと遺稿に分かれるが、どちらを読んでも文学者としての目指すところや考え方に触れることができるように思えたし、これを読んだ後にその作者の自殺について考えるとなんとなく頷けてしまうのが正直なところ。
     芥川のイエス論である西方の人は、イエス・キリストにも聖書についても知識が乏しい私にはいまいちぴんとこなかった。聖書からの引用も多いし、説いてるのがイエス・キリストの話なので。かといって、当分は聖書を読む気もないのでこのままで放置に決定。またいつか、聖書を読めた際にでも読み直してみたい。

  • (04.10.2017)

  • 評価が低いのはあくまでもわたしの読解力の無さが因である。
    芥川の生きた時代背景を知らないと理解しがたい。ただ芥川の意外な一面を見せてもらった気はする。ニッと笑わせてくれたりして・・・キリスト様については何せ宗教の事ですからコメントする事は何もございません。あの世は有るのか、無いのかからスタートする話ですから・・・

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著者プロフィール

小説家(1892-1927)。東京帝国大学文科大学英文学科卒業。創作に励むかたわら、大阪毎日新聞社入社。「鼻」「蜘蛛の糸」など数多くの短編小説の傑作を残した。1927年、服毒自殺。

「2018年 『羅生門・鼻・蜘蛛の糸 芥川龍之介短編集 Rashomon, The Nose, The Spider Thread and Other Stories』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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