雪ぐ人: 「冤罪弁護士」今村核の挑戦 (新潮文庫 さ 94-1)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (294ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101027814

作品紹介・あらすじ

有罪率99.9%という歪な司法制度に敢然と異を唱え、無実の人々に寄り添うことに自らの生のすべてを捧げている男がいる。放火の罪を着せられた被告のために大規模な火災実験を行い、痴漢事件では零コンマの単位で車載カメラの画像を鑑定し、小さな可能性に懸ける――。変人と呼ばれることを恐れず、異例の数の無罪判決を執念で積み上げ続ける孤高の弁護士に密着した鮮烈なノンフィクション。

感想・レビュー・書評

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  • 今村核(1962~2022年)氏は、東大法学部卒、冤罪事件の弁護に力を注ぎ、本書出版時点で14件の無罪判決を獲得した稀有な弁護士。
    佐々木健一(1977年~)氏は、早大卒、NHKエデュケーショナル所属のディレクター、ノンフィクション・ライター。『辞書になった男』で日本エッセイスト・クラブ賞(2014年)受賞。
    本書は、2016年11月にNHK総合で放映された『ブレイブ 勇敢なる者』第二弾「えん罪弁護士」、及び2018年4月にNHK BS1で放映された『ブレイブ 勇敢なる者』「えん罪弁護士」完全版の制作過程での取材内容に、番組では割愛した内容を大幅に加えて再構成し、2018年に出版された(2021年文庫化)もの。
    私はもともとノンフィクション作品が好きで、様々なジャンルのものを読むが、日本の司法制度に関連したものについても、瀬木比呂志『ニッポンの裁判所』、清水潔『殺人犯はそこにいる』、福田ますみ『でっちあげ』等を読み、その度にその“闇”の深さを強く感じてきた。しかし、上記のNHK番組は不覚にも気付かず、本書については、本屋で目にしてはいたものの、今般偶々新古書店にあるのを見て手に取った。(尚、今村弁護士が2022年8月に死去されていたことは、読了後にネットで調べるまで知らなかった。原因は公表されていない。ご冥福をお祈りいたします)
    「99.9%」。。。本書の1行目に書かれ、帯にも記載された、日本の刑事裁判の有罪率である。読み進めながら第一に感じたことは、底知れぬ恐ろしさである。本書の中にも、今村弁護士が担当した案件がいくつか登場するが、自分もいつ冤罪事件の被告人として巻き込まれるかわからず、そして、一旦巻き込まれたら最後、無罪を勝ち取ることはほぼ不可能であり、また、(わずか1000分の1の確率で無罪を勝ち取れたとしても)自分の人生が無茶苦茶になってしまうのである。
    日本ではなぜこれほど有罪率が高い(よって、有罪とされた事件の中に冤罪が少なからず含まれていると想像される)のか。。。日本の警察・検察が非常に優秀だということもあろうし、もともと有罪に持ち込めないと考えた事件は起訴しないということもあろう。しかし、本書の中で今村弁護士は次のように言っている。「冤罪事件や刑事裁判の問題って、強大な権力を持った悪いヤツが多くの人を虐めているとか、そういうことではなくて、刑事司法システム全体の問題なんです。・・・日本の刑事司法の現実の姿が、なんでこんなに歪んでいて、無実の被告人に不利にできているのか。僕はやっぱり“構造冤罪”だと思っていますから、その根本を治していかないとどうしようもないんですよね。」 つまり、無実の人に様々な圧力・脅迫を加えて「やった」と言わせる、TVドラマによく出て来る刑事や、(袴田事件のような)証拠を捏造する警察官・検事や、(本書にも出て来る)全く不可解な判決を下す裁判官を個別に取り除いてもダメで、刑事司法システム全体を変えないと冤罪は無くならないということなのだ。
    そして、今村弁護士は、その絶望的な現状を少しでも変えようとして、もがき続けていたのである。今村弁護士は、「なぜ、冤罪弁護を続けるのか?」という問いに対して、「私が生きている理由、そのものです。」と語っている。
    なぜ、これだけ問題がある刑事司法システムが変わらないのか。。。なぜ、冤罪事件が起きても、その原因を明らかにし、それをシステムの改善につなげないのか。。。不思議である、というよりも、自分が当事者にならないという保証はどこにもない現実を考えれば、やはり、底知れぬ恐ろしさを感じざるを得ない。
    今村弁護士のこれまでの活動を無駄にしないためにも、法曹界の人たちには、今村弁護士の意志を引き継いで欲しいし、一般市民である自分としても、強い問題意識を持ち続けたいと思う。
    (2023年4月了)

  • 佐々木健一『雪ぐ人 「冤罪弁護士」今村核の挑戦』新潮文庫。

    まるで良質の法廷ミステリー小説を読むかのような痛快で非常に面白いノンフィクションだった。NHKのドキュメンタリー番組の取材を再構成した作品。解説はジャーナリストの清水潔。

    有罪率99.9%の刑事事件の裁判で14件の異例とも思われる無罪判決を勝ち取った信念の弁護士が居る。その名は、今村核。勿論、弁護を依頼する被告の訴えが無実か否かを見極めてのことだが、手に出来るのは僅かな報酬であってもとことん事件の真実を追求し、鉄壁の証拠で裁判に挑むのだ。

    最初の事例では放火の罪で起訴された寿司屋の店主で、警察に恫喝された挙げ句に自白したことから被告となってしまった。今村は無実を証明するために自ら大規模な火災実験を行う。

    もう1つの事例は、最近よく耳にする痴漢冤罪。バスの中で女子高生に痴漢を働いたとされる27歳の中学教師。今村は車載カメラの映像をコンマ単位で解析し、執念で無罪判決を勝ち取る。

    今村が周囲から変人と呼ばれる実直で寡黙な信念の弁護士となったのは父親の存在が大きい。元軍人で東京大学を卒業し、弁護士資格と国家公務員資格を持つ大企業の副社長まで登り詰めた厳格な父親は息子が儲からない冤罪弁護士であることを善しとは思わなかったようだ。しかし、父親は退職後に息子の仕事を理解しようとしたのか、弁護士業を始めるというのだから凄い。

    本体価格590円
    ★★★★★

  • 追悼。
    今村先生は、刑事弁護の世界でも孤立した存在だったように思う。公設系事務所の系譜に連なる先生や、最新の法廷技術を追求する知的先駆者的な先生が多い中、お一人で黙々と無罪の証明を究められていたという印象を持っている。事務所の中でも異質な存在だと本書で強調されていたが、刑事弁護の世界でも同様だったのではないか。
    自分に引き寄せて語るのはおこがましいが、自分には彼の心情が少しわかるような気がする。刑事弁護ではない別の分野で、彼ほどではないけど、技術を究めたいと思っているので。そういう思いの根源には、この世界に対する自分の有用性を証明したいという欲求がある。逆にいえば、自分だけが効果的にできることを発見しなければ自分がこの世界に存在する必然性がないという諦観のような気持ちがある。
    今村先生がそんなお気持ちだったのか、訊いてみることは永遠にできなくなった。
    先生はどこに到達しようとしていたのですか?大きな星には到底届かないがその輝きを仰ぎ見たことのある小さな小さな後輩弁護士の問いだけが、地上1.7メートルあたりの中空を気泡みたいに漂う。そんな気泡がいくつもあって、今村先生はムスッと機嫌悪そうな顔でそれを見下ろしているのではないか。そんな空想をもてあそぶ。

  • うまく言葉にならない、重く響く本だった。

    この本で取り上げられていたような事件ではなかった(と思う)けれど、過去に裁判員裁判に参加したときのことをふっと思い出したりなど。「事実」に思惑が入り込まないようにするのって難しい。

  • めちゃくちゃ面白かった。こんなに本を夢中になって読んだのは久しぶり。冤罪を生む日本の司法制度も興味深く、今村さんという一人の人も興味深かった。この人を知っていく本の流れが面白かった。

  • 私は、最近、弁護士に失望している。
    関西人だからなのも大きいと思うけど。
    国家的詐欺師のkKとか、違法遊郭の顧問弁護士だったH、サラ金からきたY。

    国が疲弊していて、地方では必要な電車路線が廃線になったりしているぐらいなのに、
    国からお金をとること、そして、15年程前から気づいていた。
    債務者から、お金をとる弁護士事務所の宣伝が増えていること。
    ラジオでも、電車でも。
    カード会社まで、餌食だ。
    借りるものを借りたら、返さないといけない。この国は何かがおかしい。

    でも、この本を読むと、少し希望が持てる。

    2016年、私は、この本の著者の方が作られたNHKの番組に、偶然遭遇して見た。
    すごく、心が震えた。
    名前は覚えていなかったけど、素晴らしい弁護士さんがいるのは覚えていて、
    去年2022年、えん罪弁護をされていた方の訃報を聞き、違ったらいいと思っていたけど、
    今村さんだった。。。
    いい人ほど早く亡くなるというのが、起こってしまった。

    当時は、弁護士事務所の人からの冷たい意見とかにも怒りを覚えたけど、
    この本を読んで、そんな単純な事ではないと思った。
    刑事弁護、特に弱い立場にいる方からの弁護士の費用の回収は難しいみたいなので、
    同じ弁護士事務所で働いていると、事務所の入りが悪くなり、他の人が稼がねばならないという
    状況が生れてしまうみたいなのだ。
    簡単にお金をとれる過払いなどをしてくれる同僚弁護士はいるから、
    今村さんも存在できるといった感じらしい。
    資本主義も限界に来ているのかもと最近感じる。

    全力を尽くしても、無罪の人を救う事ができないことがある。
    そんな時も、今村さんは、相手となる検察や裁判官などではなく、
    法のシステムに怒りを感じる。
    検察官だって、犯罪が行われると信じて発生してしまう圧迫なのだから。。。

    昔は熱かった法曹関係者も、無罪と信じる案件が覆らなかったり、
    立ち回りが下手で地方に回されるのが嫌で、無難な判定をしてしまったり、
    成績を上げたいあまりに、次に会ったときに人が変わってしまっている。
    結構、しんどい体験をしているのに、今村さんは目を逸らして逃げたりしない。
    最初は熱かった人がそうなるのが、問題と語るのが重かった。

    誰かがしなければならない、誰かがしてくれる、
    でも、自分はしんどいからできない
    事を今村さんがしてくれている。

    でも、本には、救いがある。
    人付き合いが苦手(自称)の今村さんには、将棋対戦場などの行く場所、
    そして、割の悪い刑事裁判の弁護を引き受ける他の弁護士もいる。
    周りの人の談話で、『とっつきにくいけど、すっごくいい奴』みたいなコメントがあった。
    そうだと思う。優しさがないと、できないと思う。
    今村さんは、孤独ではないと思う。
    ご本人は孤独だというけれど。織田信長のように、天下人は孤独だというあれだろうか。

    彼の生い立ちなども語られる。
    プライベートでも、実直な性格がうかがわれる信用できる人だ。
    いい本だった。
    こんな番組をこそ、NHKには作ってほしい。
    韓流はいらないよ。

  • 冤罪弁護士を描いたノンフィクション。人質司法や自白強要の歪みが明らかになる。

  • 刑事弁護界隈でも、特に無罪判決の数で特異な結果を残している今村核弁護士に密着したノンフィクション作品。
    もともとは今村弁護士についてのNHKのドキュメンタリー番組制作が下地になっており、その番組の担当ディレクターがこの本の著者の佐々木健一さんという方だそう。

    結論として、とても面白く読めた。
    一度番組として構成しているせいなのか、著者が伝えることに慣れているせいなのか、どちらもなのかはわからないけれど、本として非常に読みやすかった。

    また、今村弁護士が関わった事件と判決に至るまでの動き、判決の後については一つのミステリー作品のようにドキドキしながら読んだ(当事者の方々には失礼だけど)。

    ただ、何よりもこの本で一番心を動かされたのは、今村弁護士自身へ迫った部分だった。

    まずは第四章の「心」。特にp.167中頃からの、今村弁護士が大学生だった頃に参加していたボランティア活動でのエピソードが印象深かった。

    そして第五章の「壁」。p.195の"孤独"と題されたセクションを読んでいる間、私は涙をこらえられなかった。よくある薄っぺらい孤独アピールなんかではなく、今村弁護士は何十年も自分の中で繰り返し繰り返し深く悩み続けてきている人なのだというのが分かる。頭が非常に良く、正直な人だからこそ簡単に結論や解決策を出せなかったのではないのだろうか。

    もう十数年前になってしまうけれど、いわゆる町弁の先生から話を聞いたことがある。その先生は弁護士の中でも刑事弁護に割と取り組んでいるほうらしく、「刑事弁護はもう弁護士の手弁当ですよ」と言っていた。労力と対価が見合わないとのことで、本書にも今村弁護士が所属団体の会合でカンパをお願いする場面がでてくる。

    それでもなぜ刑事弁護をするのかと聞くと、「確かに弁護士の仕事は刑事事件以外の事柄が多いし、正直生きていく上ではお金も稼がなければいけないし、自分の生活も大事なんだけれど、やっぱり弁護士は刑事弁護をしてなんぼだという気持ちがある」と答えていた。

    今村弁護士は自分が「冤罪弁護士」と呼ばれるのを嫌っているという。
    ただ、無実なのに逮捕・起訴されてしまった被疑者・被告人はもちろんのこと、色々な理由で刑事弁護に集中することができない弁護士たちにとっても、今村弁護士の存在は大きいのではないかと思った。彼が刑事弁護に取り組む理由の一つが、大いに個人的なものであったとしても。

    ******
    内容には関係ないけど気になったのが、p.146の6行目の「~、身長三五センチメートル。」部分。そのあとに「生まれたときから他の子より一回り大きかった」とあるので、「三五センチメートル」ではなく「五三センチメートル」の間違いかな?

  • 日本の刑事司法制度がいかに被告人に不親切な設計になっているか、そして冤罪事件の被告人となった場合に無罪を勝ち取ることの難しさ、その壁に挑み続ける今村核という弁護士の半生を描いている。

    一般人の冤罪事件の場合は無罪を勝ち取ってもそれに見合った報酬を貰えることはほとんどなく、多くの弁護士が忌避しているが、今村弁護士は違う。嫌々ではあるが、彼は多くの時間を冤罪事件に費やしてきた。他の案件を蔑ろにしてまで。なぜそこまでするかというと、彼は冤罪弁護をすることが自分の運命、生きる理由そのものだと考えているからである。彼は弁護士以上に弁護士をしており、もっと知名度があってもいいのではないかと思う。

    無実を証明するためには、検察や警察の証拠を上回る説得的な証拠を提示し、裁判官を納得させることが必要である。つまり、法律学の知識は前提で、そこから論理的な説得をするためには何を立証すべきか、何を証拠にすべきかを導き出す力が要求される。今村弁護士はこの点において秀でていると思われる。

    誰しもいつ自分が冤罪事件の被害に会うか分からないので、制度を根本から変えていく必要があると思われる。例えば、裁判官による証拠の必要性の審査など。そのためには一人でも多くの人が声を上げていかなければならない。その重要性をひしひしと感じ取ることができた。また、今村弁護士は紆余曲折ながらも自分の人生に1本の筋を通しており、その姿勢は見習うべきだと思った。

  • 「疑わしきは被告人の利益に」。それが刑事訴訟の基本ルールであると教えられ、社会でもそれがルールだと思われている。ただ、事実は違う。有罪率99.9%。いったん被疑者とされると、無実であることを自ら証明しないと、有罪となる。無実でも、「否認している限りは保釈されない」という人質司法の問題含め、日本の刑事司法システムは、とても民主国家とは思えない前近代的なしくみ。しかし、それにも関わらず、社会的には大きく問題視されることなく、放置されている。有罪率99.9%のなかで、無罪判決を執念で積み上げる冤罪弁護士。その数14件。華々しい成果を上げているにも関わらず、冤罪弁護士をとりまく環境は厳しく、仕事はボランティアと言っても過言ではない。冤罪を科せられた人は、弁護士費用を捻出するにも苦労する人たち。しかし、無実であることを証明するには莫大なお金がかかる。今村核氏は、結婚もできず、親の遺産で食いつないでいる。民主的な事務所の中でも、「変人」とされ、職場でも浮いている存在。彼は、なぜ、そういう境遇にある中でも、こだわって、仕事を進めるのか。その生き方に迫る。

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著者プロフィール

1943年東京都生まれ。東京大学文学部フランス語フランス文学専修課程卒業。同大学院人文科学研究科美学芸術学博士課程修了。埼玉大学助教授、東京大学文学部教授、日本大学文理学部哲学科教授を歴任。元国際美学連名会長。現在、東京大学名誉教授、国際哲学系諸学会連合副会長。文学博士。1982年、『せりふの構造』でサントリー学芸賞受賞。著書に『せりふの構造』『作品の哲学』『ミモザ幻想─記憶・藝術・国境』『美学辞典』『美学への招待』『日本的感性─触覚とずらしの構造』『ディドロ『絵画論』の研究』ほか。

「2016年 『講座スピリチュアル学 第6巻 スピリチュアリティと芸術・芸能』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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