令和元年のテロリズム (新潮文庫)

  • 新潮社
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感想 : 10
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  • 本 ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101028422

作品紹介・あらすじ

20人を殺傷して何も言葉を残さず自殺した川崎無差別殺人犯。引きこもりとされる長男を殺害した元農水事務次官。戦後で最も多くの死者を出した京アニ放火殺人犯。自動車を暴走させて母子の命を奪い、「上級国民」という言葉を生んだ元高級技官――。令和の幕開けに起こった新時代の多難を予感させる事件から浮かび上がってくる現代日本の風景とは。安倍元首相殺害事件を追加取材した完全版。

感想・レビュー・書評

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  • 磯部涼『令和元年のテロリズム』新潮文庫。

    タイトルとは裏腹にテロリズム事件など一つも扱われていない。また、取り上げている5つの事件は、週刊誌が取り上げるような内容ばかりが描かれ、読者に何かを訴えるような内容にはなってない。

    最初に20人もの被害者を出した『川崎殺傷事件』を取り上げているが、著者の作品である『ルポ 川崎』を焼き直したような、自著を宣伝するかのような内容であった。犯人が現場で自死しているため、その動機は謎のままである。

    『元農水事務次官長男殺害事件』は『川崎殺傷事件』を受けて、元農水省の事務次官が息子も同じような事件を起こすのではという危惧から息子を殺害した事件である。著者は息子のSNSばかりに言及し、事件そのものについては深堀りしていないように思う。

    『京アニ放火殺傷事件』。一見、テロリズムのような痛ましい凶悪事件ではあるが、犯人の動機は誤った私怨に過ぎない。

    平成31年に起きた『東池袋自動車暴走死傷事故』は、もはや令和元年に起きた事件でもなければ、テロリズムでもない。

    文庫版の追章として『安倍元首相殺害事件』を取り上げ、やっとテロリズム事件が扱われたかのように思えたのだが、動機は犯人の私怨であると言った方が正解であろう。しかし、この事件により自民党がカルト宗教団体と密接なつながりを持っていたことを明らかにしたことは事実である。

    本体価格630円
    ★★★

  • 既に令和元年、つまり2019年というのは5年も前のことであり、かつその後に巻き起こったコロナ禍もあり、2019年がどんな年だったかというのを思い出すのは個人的にやや難しい。

    本書は改元の年、令和元年に日本を震撼させた4つの凶悪な暴力事件を辿るノンフィクションである。
    京都アニメーション放火殺傷事件が5年が経過した今でも多くの人の記憶に残っている事件もあれば、川崎でスクールバスを待つ児童らを殺傷した殺傷事件や、その後に元農水事務次官が「このまま長男を放置すれば、川崎のような事件を引き起こすかもしれない。そうなる前に長男を殺すしかない」との思いから長男を殺害した事件など、そう言われればそんなニュースがあったな、と思い出すような事件もある。

    その全てをテロリズムという概念で括るのはさすがに概念上の違和感が強いのだが、4つの凶悪事件からその背景に何かしらの共通項を見出そうとする本書のテーマ設定自体には共感する。

  •  いつのまにか文庫になっていたので読んだ。『ルポ川崎』のヒットにより音楽ライターというよりルポライターとなった著者の新たな側面を十分に堪能できる作品だった。本著で取り上げられている様々な事件をすぐに忘れていることへの驚き、危機感もあり、こうやって体系化して文字で残すことの意味がよく理解できた。

     タイトルどおり令和元年に起こった不特定多数に対する暴力、特定の思想に基づいた暴力が原因で起こった事件にそれぞれ迫っていく。読み進めながらテロって何のことなんだろうかと頭をもたげるのだが、何をもってテロと呼ぶのか、著者はその点に自覚的である。具体的には以下の通りでテロを定義づける試みも本著の特徴の一つだ。

    *暴発的/無意識的に起こされた事件をあえてテロとして解釈する*

    複数の事件を上記の定義でテロという大枠で捉えつつ現在の日本の社会情勢を重ね合わせながら、事件を駆動しているきっかけを探していく点が興味深かった。ここでポイントとなるのは個別の動機ではない点だ。当然それぞれの事件で事情は異なるのだが、重たい事件の場合には個別かつ特殊な事例だとしてマスコミ含め社会全体が処理して忘却の彼方へ葬り去ってしまう。検証しないから同じことが繰り返されてしまうのではないか?という主張は本著で引用されている森達也も繰り返してきた点であり、事件を横並びにすることで現在でもその状況が変わっていないことが証左となっている。

     自己責任論、引きこもり、7040/8050問題が共通点として浮かび上がり、それぞれ密接に関連している。人間は基本的に自分に甘く他人に厳しいことがインターネットで可視化されて久しいが、ガス抜きがうまくいかず暴発する結果としての「テロ」なんだと読んでいると痛々しいほどに伝わってくる。それは著者による各容疑者、被害者への取材量がなせる技だろう。特に新鮮かつエグいなと感じた点は元農林水産省事務次官長男殺害事件の被害者である長男のツイート分析。これまではプライベートで警察による捜査の中でしか入手できなかった当事者の思想や考えが生のままデジタルタトゥーとしてインターネットに漂流している。何となく頭では理解しているものの、実際にツイートをつぶさに解釈している場面を読んで我々は状況証拠を日々せっせとネット上に作っているのかと思うとゾッとした。

     文庫版では安倍首相暗殺事件への取材が追加されており書籍としての魅力はさらに増している。素人が動画を見て作った手製の銃で元首相が殺害されてしまう時代がくるなんて誰が想像しただろうか。そこから私鉄でのジョーカーなりたい系テロリズムへ接続「ショボさ」から発露する悪意の虚しさを語っている。ここでの「ショボさ」は彼らの犯罪がしょうもないの意ではなく卑近であるということだ。つまり私たちの身の回りで起こる その可能性を頭の片隅におくための言葉である。まだまだ続くであろう令和の時代に本著を念頭において凶悪事件を見ると世界は違って見えるかもしれない。

  • 「テロ事件」で語る令和。”「社会全体で考えるべき」事件こそが、テロリズムとして捉えられる事件”(p.62)という考えをベースに。川崎でバス待ちをしている人への通り魔事件、元農林水産省事務次官長男殺害事件、京都アニメーション放火殺傷事件を軸に。強く印象に残ったのはふたつ。ひとつ目は、「一人で死ね」という言葉。自暴自棄になった犯人が、関係のない人々を巻き込んで人生を終わらせるような事件が起こるたびに、複数の著名人から投げつけられた言葉。感情としてはわかるが、「一人で死ね」を突き詰めると、社会に居所がない、連帯がない、自分が価値がない、という思いが煮詰まって、結局は誰かを巻き込んで暴発するのではないかという矛盾。「あなたは一人じゃない」という恒常的なメッセージこそが必要なのではないか、という考え。ふたつめは、元次官の裁判時の"検察官は続ける。「悲しい事件であることは確かである。しかしもう少し何とか出来なかったのか」"(p.228)の他人事な、あとからならなんとでも言える的な冷血さには震える。じゃあ、お前がやってみろよ、と。

  • 素晴らしい まとめ

  • 令和元年に続けて起きた犯罪の背景を探るルポ。
    それぞれの犯人の生活背景が描かれ、それぞれに厳しい状況に追い込まれていたことがわかる。その厳しさを、著者は、彼らが育ったノッペリとした田園郊外の景観と重ねて語る。自分を象徴的に閉じ込められている景色を破ることが企図されてしまったのだろうと。

  • 令和元年に起こった3つの殺人事件に安倍総理殺害を含めた令和3年頃の事件を加えた作品。新潮に連載されていたというところ含めたノンフィクションというよりルポルタージュというもの。そのためやや思想的な内容が多く、嗜好にはあまり刺さらなかった。
    最後にルックバックという漫画に触れられおり、こっちの漫画には興味が出た。

  • 背後の祭りの喧騒はまるで彼岸から聞こえてくるかのようだ 行政が路上生活者対策として簡易宿所を斡旋してきた事がある その燃殻は今でも様々なところで確認する事が出来る 尚更揶揄われる事になってしまう 合祀墓に納められている その鬱憤を昇華させる回路を持っていなかった 永山則夫が文学を通して自身の犯罪を顧み そこでは平成後半を通して社会で醸成されていった他罰性が露わになった 安倍元総理銃殺事件に際して「これはテロか、テロではないか」と議論が交わされた事は レイシズム(人種主義)やミソジニー(女性蔑視)を感じさせる所謂ネトウヨの属性が強かった 無謬性や正当性 そのショボい、卑近な悪こそが令和時代のテロリズムの本質だ 藤本タツキの漫画『ルックバック』

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著者プロフィール

ライター(Twitter→ @isoberyo)。著書『ルポ 川崎』 『令和元年のテロリズム』。『リバーベッド』が初の漫画原作となる。

「2023年 『リバーベッド(2)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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