暗夜行路 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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レビュー : 116
  • Amazon.co.jp ・本 (640ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101030074

感想・レビュー・書評

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  • 荘厳なもの。一言で表すなら、こうしかない。
    初めて読んだ時は、話の理解に苦しむが、時間をかけて読むと、味わいが深くなる。
    場面描写も、非常に繊細で情景を浮かべながら、読むことができる。特に、終盤の大山の自然の情景は読む者に、自然の超然さ、荘厳さを与えてくれる。
    内容としては、主人公は終始、苦悩と葛藤の繰り返しであり、途中、平安を得るも脆く崩れ落ちる。絶望の底のような心境のなか、大山の雄大な自然に包まれ、自分の抱いてきた、苦悩と葛藤に終止符をうち、物語は終劇へと幕を下ろす。
    近代文学の最高峰とも呼ばれているので、とても読み応えはあるが、長編で内容が少し暗いため、
    休憩しながら、読むことを勧めます。
    駄文ですが、失礼します。

  • 「暗夜行路」そして「小僧の神様」をはじめとする短編、随筆を次々と読んで、いまとても感動している。
    すぐれた小説家の手にかかると、一匹の蜂の死骸から、ペットのウサギから、雨の音、風の冷たさ、日照りの温度から海の色まで、どうしてこんなに心を掴むんだろうと思う。

    志賀直哉については特に先入観もなく、この本も長いから暇潰しに。位の気持ちで手に取ったが良い意味で裏切られた。
    前編では謙作の東京での生活を読んでいるのが退屈で、芸者通いと飲み歩きと、書こうとしても書けない小説と、こういう話がえんえん続くのかなと思ったけれど、尾道に旅に出るあたりからとても面白くて、一字一句のがすまいという気持ちで読んだ。

    主人公、謙作がふたつの困難に出会うのがストーリーの骨子である。
    ひとつは自身の出生の秘密についてで、ふたつめは妻がそのいとこと過ちを犯すというものだ。

    謙作は思い悩む。けれど筆者の書き方が、善と悪の対比のような単純な価値観に全然行き当らないので、私たちはいっそう惹きこまれるのだと思う。
    志賀直哉の文章には西洋・東洋のいずれにしろ、「教え」とか「信仰」を感じさせないところがある。

    そのかわり作中には謙作が自分の足で歩いたこと、見たままの風景、寺社や絵画に感じたことがつまびらかに書かれている。

    特に、最後のあたりの大山の景色はすごい。謙作はその大きな自然の中で自身を「芥子粒」のような存在だと思うにいたり、ラストでは謙作が生きるも死ぬも自然のまま、という終わり方になっている。

    この締めくくりには深みを感じた。
    あとで読んだ志賀直哉の別の短い文章に「ナイルの水の一滴」というのがあり、それがこのシメによく通じていると思うので引用しておく。

    ”人間が出来て、何千万年になるか知らないが、その間に数えきれない人間が生れ、生き、死んでいった。私もその一人として生れ、今生きているのだが、例えていえば悠々流れるナイルの水の一滴のようなもので、その一滴は後にも前にもこの私だけで、何万年遡っても私はいず、何万年経っても再び生れては来ないのだ。しかもなおその私は依然として大河の水の一滴に過ぎない。それで差支えないのだ。”

    「それで差支えないのだ」という結び方が、とても力強くて好きだ。

  •  祖父と母との過失の結果に出来た子どもである主人公が、自らの運命に立ち向かって幸福を捉えようとする話だが、全体として、面白みがなくて読みにくい。葛藤や悩みがテーマとは分かるが、読んでいて主人公に共感し辛く、前半は特に読み進め辛く感じた。前半に比較すると、後半の結婚後は、主人公の心が分かりやすくて読みやすい。
     最後、主人公が病を経て、妻の過失や自らの運命をひっくるめて許せる心境になったという結末は安心した。

  • 博多の水炊きみたいな作品。ダシのきいたベースに食感の変化が鮮やかで、ボリュームがあるように思えた具材もすっきりと食べ終えることができた。

    イライラは終始するんだけど本当に怒るべきところで怒ることができない人っているよね。明らかな相手の過ちに対して「過ぎたことは仕方がない&拘ることは全方向においていい結果にならない」とか努めて冷静にいうくせして、自分の思い通りにならない些細な事に終始イラっとして不機嫌になっちゃうあたり、愛らしさのない不器用さが主人公にはある。

    なんだか睡眠についての描写がやたらと多い気がした。まずもって神経質でワガママっていう設定の時点で快眠に縁のない人種だとは思ったけど、幸せを求めようとする程度には人間的で、伯耆大山の山肌と一体になったかのように朝を迎えるシーンなんか彼の作中ベスト睡眠ではないか(病に倒れただけだが)

    にしても時任氏は直子さんに出会えて本当に良かった。彼が「自分で自分のために」引っ張り出し続けた過去の因縁は、人生に苦悩する理由を正当化してくれるいわば呪われた武器のようなもので、その武器によるダメージを一手に引き受けながらもなお寄り添い続けた直子さんの真心が、時任氏の呪いを徐々に解いていってくれたんだろうな。そういう意味で「心から赦した」のは時任氏ではなく直子さんの方だと思うけども。

    巻末の解説にもあるけれど、確かにこれは恋愛小説だったなと読み終わって振り返って見てそう感じる。愛を表現できない不器用な男と健気な女性の物語。面白かった。

  • 小説の神様と言われる志賀直哉…を教科書に載っていた一部以外読んでいないので読んでおこう。

    ★★★
    作家の時任謙作は、家族からの疎外感、出生の秘密鬱々とした心が晴れずに暮らす。

    やっと縁談が成り立ち、新たな生活を始めようとするが、妻の不貞を知り、心は更なる陰鬱へと落ち込む。

    大山に籠った謙作の心を晴らすように、大自然が包み込む。
    ★★★

  • 実に面白かった。
    のってくると、長編とはいえスラスラ読める。
    謙作は、自分自身だと作者があとがき(これがまた面白い)で語っているけど、わたしには世間知らずのワガママお坊ちゃんのように感じられた。
    物書きというのがどれだけ稼ぐのか知らないけど、時間に縛られずふらふらしてるのに金遣いは荒いな~と。
    これはうちがお金持ちだからか?
    なんか、理想とする有るべき自分像が崇高すぎて、実際追いついてなく、大して凄い人間でもないくせに他人には上から目線。
    尊敬できる人物しか友人にせず、ある意味自分と似たような欠点のある人物を同族嫌悪みたいな感じで避け、周りの分別ある寛大な人々に仕方ない奴だな、と許してもらっているというような人かな。
    自分に今降りかかっている困難や苦難に、過去に遡って原因を引っ張り出し、どうしようもないと嘆いている凄く後ろ向きの人。
    『嫌われる勇気』を読みなさい、と言ってあげたくなるな。
    謙作が拘るとこは、ほんとに他人にはどうにもできないとこで、自分でどうにかしてよと言いたくなる。
    本人もわかっているけど、どうにかできるほど精神的に成熟していなくて、結局自分自身の中に生まれた齟齬を持て余して周囲に迷惑をかける。
    育ちがよくて、まじめなんだと思う。
    適当なところで、まいっか、が言えない不器用な人。
    だから、結局心の平穏を手に入れるには、人と関係することをできるだけ避け、独りでいるほうがいいというとこに落ち着くのかな。
    そしてついに、繋がるならば大自然とがいい、となって、その状態を永遠に保つためには死しかない、となるのか。
    永遠=死というのはわからないでもないけどね。
    ちゃんと心配してくれる人がいるんだから、直子さんのそばにいてあげてください、と最後まで読んで思った。

  • 普段、読んでいる途中のものの書評を検索することはあまりしないのだが、序盤、あまりにもつまらなく、この本は面白くないのでは?と思い検索すると、やはり「名作と言われているもののなかでここまでつまらないものはない」、だとか、「長編作家の名がほしく短編でいいものを無理やり引き延ばした」だとか、そんな書評がたくさんでてきた。
    それでそこからはかなりななめ読みをしてしまったのだが、ななめ読みにも関わらず内容が飛ばないのはどうしたことか(いいのか悪いのか)。
    しかし、直子に子供が生まれ、その子供が病気で死んでしまう、苦しむためだけに生を受けたような子供、それをただ見ることしかできなかった謙作、直子の過失、あたりの流れから、赦すこと、赦されたことを受け入れるということ、それは罪を犯したものにとって罪を忘れると言う事か、直子がそういう葛藤の中にいることを知っている謙作の葛藤、あたりでやっと入り込めた。
    あと、生来の淫婦を嫁にもらい、何度も浮気されることはもちろんのこと、ときには間男と嫁が奥の部屋にしけこんでいる間、炊事やら洗濯やら酒を買いに走り使いさせられる、それでも嫁を切り捨てきれない竹さんの話もよかった。
    しょっちゅう三角関係でいざこざを起こしながら、しかもその関係は竹さんを別にした三角関係という徹底したひどさ。これに耐えられる竹さんは聖人でなければ変態だ、と主人公は言いながらも、その気持ちを理解できないこともない、などと思う。自分は直子の過失をしつこく引きずっているくせに。
    ・謙作の見た夢で、坂口が「播摩」をして死んだと言う話がでてくる。注解に「性交時の体位」と書いてあるのがいけない。調べたところによると、どうも「播摩」は造語であり、薬かもしれないし、なんなのかわからないけどセックスに関すること、なのだ。「播摩」をするとほぼ確実に死んでしまうらしい。謙作は「播摩」のやり方を知らない。でももし知ってしまったら、屹度、自分はやるだろうと思う。そして、命を落とすだろう、と。それで「播摩というのはどうするのだ」と聞きたいのだが、聞けない、という話。
    ・前篇での謙作の優柔不断さ、というか見た女という女をかたっぱじから好きになるところには腹が立った。特に前篇最後で女郎屋の女に自分と逃げないかと口説いておきながら、次の日同じ女に会うと昨日ほど美しくは感ぜられなかったという理由で、なかったことにするところ。
    『彼は然し、女のふっくらとした重味のある乳房を柔かく握ってみて、云いようのない快感を感じた。それは何か値うちのあるものに触れている感じだった。軽く揺すると、気持のいい重さが掌(てのひら)に感ぜられる。それを何と云い現わしていいか分からなかった。
    「豊年だ! 豊年だ!」と云った。
    そう云いながら、彼は幾度となくそれを揺振(ゆすぶ)った。何か知れなかった。が、兎に角それは彼の空虚を満たして呉れる、何かしら唯一の貴重な物、その象徴として彼には感ぜられるのであった。』

  • DMMの文豪のゲームに嵌らなければ、多分、一生よまなっただろうなーと思った本。
    ながーーーい上に、「主人公は、どうやって金を稼いでる……?」「まさか親の金……?」「妻が出産のときに、どこ出歩いてるんだ」などなど細かな所が気になったりとかはしたけども、飽きが来なかったのは、流石『小説の神様』がなせる業か。
    上巻のラストは「何これ……」だったけど。
    下巻のラストは「なにこれ、なにこれ……! ここで終わりとか、酷いよナオヤシガ(敬称略)ーーー!」という感じだった。

  • 暇つぶしに読み始めたら結構面白い
    いいねーこのくらいの時代のこーいう話大好物

  • 祖父と母との過失の結果生れた謙作は、放蕩の果て、京都で見染めた直子と結婚します。
    しかし直子が、謙作の留守中に過ちを犯してしまいます。
    運命に向き合い、意思の力で取り戻そうとする謙作。
    情景描写や心理描写が素晴らしいです。
    志賀直哉の唯一の長編。
    流れるような文章が、すごくいいです。

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著者プロフィール

志賀 直哉(しが なおや)
1883年2月20日 - 1971年10月21日
宮城県石巻生まれ、東京府育ち。白樺派を代表する小説家。「小説の神様」と称されて、多くの日本人作家に影響を与えた。代表作に「暗夜行路」「和解」「小僧の神様」「城の崎にて」など。

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