多甚古村 (新潮文庫 い-4-1)

  • 新潮社 (1970年1月1日発売)
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  • 本 ・本 (194ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101034010

感想・レビュー・書評

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  • 軽妙な筆致に魅せられ、一気に最後まで読んでしまう。村の名前も絶妙。
    昭和13年から15年、大阪に近く、瀬戸内海に面する農村「多甚古村」の駐在所の巡査の日記という体裁。次々に起こる事件や椿事やもめごとを解決すべく、30歳の若い独身巡査が奔走する。基本的にはのどかな多甚古村、しかし時局柄、空気は緊張し始めてもいる。そのなかで織り成される人間模様、それが悲しくもおもしろい。
    その時代特有の表現が頻出する。たとえば「猫を嚥む」。最初なんのこっちゃと思ったが、読んでゆくうちに「ネコイラズをのんで服毒自殺」のこととわかった。そうした不明の語を推理するオマケの愉しみもある。
    徳島市沖洲の駐在の日記がもとという。それを井伏流に脚色。好評ゆえ、発表後すぐに映画化もされた。自分たちがモデルだったことを知った村びととの間でトラブルにならなかったか(きだみのるのルポ「なんとか部落」のように)、それがちょっとだけ気になる。

  • 井伏文学には他にさざなみ軍記という作品がありますが、時代こそ違えど、これも同じようなスタイルで、巡査の駐在日記として描かれていて、さざなみ軍記よりもなじみやすくはあり、それでいて公務に就くものの定めを守り、村民の秩序の維持に忠実な甲田巡査の責任感を演出する描写がうかがえます。

    おまわりさんといえば、たいていどうしようもない村民とホトケさんの対応に追われるもの、としての思惑を持ちますが、その印象は当たりつつ外れていて、それは極端な話で、その中間にあるようなものを目の当たりにした、甲田氏の悲喜こもごもとした感情が伝わってくるようでした。

    人情ものとして読むには淡白だし、ドキュメンタリーとして見ると主人公の姿がいまひとつ見えないので、物語そのものが湿ってなくてひたすら乾いてるんですが、このおはなしの最終章である水喧嘩の件では、イチ巡査が村の揉め事を解決する為に話し合いの場を設けてまで村のために尽力する姿が描かれ、物語をうまくしめくくっています。

    現代にも、変わらず自分たちの身近でお世話になっているおまわりさんがいます。きっとそういう人たちの表にでてこない『日記』もこれと似たりよったりなのかもしれませんね。

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著者プロフィール

井伏鱒二 (1898‐1993)
広島県深安郡加茂村(現、福山市加茂町)出身。小説家。本名は井伏満寿二(いぶしますじ)。中学時代より画家を志すが、大学入学時より文学に転向する。『山椒魚』『ジョン万次郎漂流記』(直木賞受賞)『本日休診』『黒い雨』(野間文芸賞)『荻窪風土記』などの小説・随筆で有名。

「2023年 『対訳 厄除け詩集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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