黒い雨 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 2522
レビュー : 254
  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101034065

感想・レビュー・書評

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  • 日常に突然原爆が降ってきたら…こういうものなのかもしれない。とても淡々としていて、悲しい!怖い!とならないところが、ある意味リアル。この正常性バイアスが人の心を麻痺させるのだろうな。良くも悪くも。
    人間て簡単に死んじゃうんだな、とか、人間て案外簡単に死ねないんだな、とか、どちらも真実だなとしみじみ思う。

  • 爆弾は光った。黒い雨が降った。一部の地域でのことのようだ。被爆日記の清書という形で、体験(事実)が経時的に語られてゆく。延々と続く被災の記述は、ひどくなるばかり。
    人類の歴史において、原爆が投下されたのは、日本だけである。その後の数多くの戦争が起こっているが、この爆弾が使われることはないだろう。それ程に、非人道的な行為である事を知るべきである。一時の破壊力よりも膨大であるのだが、命あるものずべてに、後世への影響が大きい。
    爆発時の描写は、想像を絶する。そのすぐあとのキノコ雲の不気味な描写、言葉で伝えること、文章表現が追いつかない感じを受ける。黒い雨とは何であったのか?日々経過するごとに、人も街も、死んで行く。一日がとても長く感じる。被爆者は、爆弾がどういうものであるのか、噂により、日々重大なものであったことが、刻々と記されている。
    被爆者を治療する場面も出てくるが、なんと言うお粗末さであろうか?物が不足していては、人命を救うことは出来ない。しかし、その反面、民間治療が、応急手当てが、誰でも出来るようなので、感心した。戦争終結前の国民の貧しい生活状況が良く分かる。(物が)何もなくなってっしまうと、欲がなくなる?生きることに希望をなくさなければ、助け合えるだろう。共助が、上手に出来ている。

    米国は、このような被害を予測していたのだろうか?人道を逸脱する行為は、許されるはずはない。好戦的な国民&民族は反省すべきである。
    もはや、戦後70年、体験した世代は少なくなり、記憶に残る人も多くはない。

    • vilureefさん
      こんにちは。

      評価が低いですね。
      小説そのものが?題材が?
      気になりました。
      こんにちは。

      評価が低いですね。
      小説そのものが?題材が?
      気になりました。
      2013/08/19
    • だいさん
      vilureefさん
      こんにちは。
      どちらも、ですね。
      自分に何が出来るか?考えると、意気が下がってしまいます。
      vilureefさん
      こんにちは。
      どちらも、ですね。
      自分に何が出来るか?考えると、意気が下がってしまいます。
      2013/08/19
  • 65年目の原爆の日を迎え読んでいます。
    やっと三分の一を読み終えました
    読むのがつらくなる場面も多いです。

    しかし、私達が後世に伝えていかないとね。
    唯一の被爆国であり、被爆都市ヒロシマに生きている私としては

  • あの惨劇を
    雨は洗い流してはくれなかった。
    むしろ雨があがってからが惨劇だった。

  • 言葉はあれだが、「被害者面」をしないところにこの作品の魅力があるように思う。原爆投下を扱った作品にありがちな「書きすぎ」がしばしば読み手を白けさせるのに対して、本作はあくまで中立的な眼を通してこの大事件を写実する。といって無味乾燥な事実の羅列とも違う。爆撃で大やけどを負った岩竹博が白桃を食べて命を長らえさせるエピソードの熱っぽい瑞々しさが今も頭から離れない。

  • 戦時体制ではあるが、市井の人々の日常が、原爆投下という非日常の極致に曝され傷つけられていく様子を小説の形で描いた精緻なルポルタージュ。この作品の優れている所は、原爆投下(8/6)から終戦迄の十日弱の記録の中に、後で解った常識や感覚を織り込まず、何が起きたのかこれからどうなるかの大局を掴めない異常事態における一市民及び家庭人の原爆記録を綴っているところにあると思う。哀しみや怒りの感情、思想や政治的な主張が簡潔なだけに描写は生々しく再現される。悲劇を客観として捉えて、判断は読者に委ねられる。読者は受け止め判断しなければならない。日本人としての義務がある。
    作品は重松氏の日誌の他に、岩竹軍医の手記に依っているが、極限状態から夫を救い出し蘇生させた妻の献身に感動させられる。
    あと作品への要求としては、被爆状況と重松達の移動状況が分かる地図が欲しい。

  •  主人公の閑間(しげま)重松が、被爆した時を思い返し、その時の自信の経験と見聞を清書するという形式で語られる被爆体験の物語。原爆投下とその後しばらくの混乱も去ることながら、今の閑間を取り巻く状況、つまり原爆の後遺症に悩まされる自信や姪、それによって差別されるその状況、という意味での怖さや悲しさのようなものがあった。
     キノコ雲の色とか動きとか、死体の匂いとか、熱線の凄まじさといったことが、映像だけでは感じられないことが描写されていることが印象的だった。(2017/10/08)

  • 再読。『この世界の片隅に』の戦時中のご飯のくだりが好きでなんとなくこちらのお話の奥さんのメモを思い出して読み返してた。この淡々とした語り口いいなあ。元になってる『重松日記』も前に買って積んであるので読みたいね

  • 井伏鱒二が、被爆者・重松静馬の『重松日記』と被爆軍医・岩竹博の『岩竹手記』を基に、原爆の悲惨さを描いた作品。1965年に雑誌「新潮」に連載され、1966年に単行本として刊行された。
    主人公は、原爆投下時に広島に住んでいた、閑間重松・シゲ子夫妻と姪で養女の矢須子の一家三人で、重松は、その瞬間に広島市内の鉄道駅に居て被爆し、かなりの傷を受けたが、シゲ子は自宅にいて無事、また、矢須子は社用で爆心地から遠く出張していたため直接の被災はなかった。
    作品は、終戦から数年後、三人が広島県東部の山間の村で比較的落ち着いた生活を送っている時期を舞台に描かれるが、縁談が持ち上がった矢須子が原爆投下時は市内で勤労奉仕をしており被爆したと噂を流されたため、その誤解を解消するために、重松が被爆日記を書くこととなり、その詳細な被爆日記が間断なく挿入されることによって、被爆当時のことが克明に綴られていく。
    重松は、矢須子は直接の被災がなかったことを明らかにするために被爆日記を書き綴るのだが、当の矢須子は、原爆投下後、夫婦の安否を確かめるために広島市に向かう途中で黒い雨を浴び、また、再会した重松らと広島市内を逃げ回る際にも残留放射能を浴びたことにより、小説の後半で原爆症を発病し、縁談は結局破談となってしまう。そして、作品は、終戦日である8月15日までの日記を清書し終えた重松が、空にかかる虹に矢須子の回復を祈る場面で終わる。
    原爆を扱った代表的な作品のひとつとして、長く読み継がれるべきものと思う。

  • 淡々と、しかし克明に原爆投下当時の様子が描かれている。ひとつの思想や政治理念を押し付けるような啓発的なものではなく、ただただ起きたその目の前の事実を書き連ねる事で、戦争・原爆に対する恐怖を引き出してくれる。小説自体は短いが、じっとりねっとりと時間が進むように読んでいる気分だった。

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著者プロフィール

本名・満寿二。一八九八年(明治三十一)、広島県に生まれる。早稲田大学、日本美術学校を中退。一九二九年(昭和四)「山椒魚」「屋根の上のサワン」で文壇に認められる。三八年(昭和十三)、「ジョン万次郎漂流記」により直木賞を受賞。「鯉」「さざなみ軍記」「多甚古村」「丹下氏邸」「本日休診」(読売文学賞)「遙拝隊長」「集金旅行」「漂民宇三郎」(芸術院賞)「武州鉢形城」「黒い雨」(野間文芸賞)などの小説の他、詩集や随筆・紀行も数多い。六六年(昭和四十一)、文化勲章受章。九三年(平成五)没。

「2018年 『太宰治』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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