黒い雨 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101034065

感想・レビュー・書評

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  • 広島の原爆投下時の様子を、市民(主人公)が手記という形で描かれた作品。原爆投下時の様子、その悲惨さは資料館を見て知っているつもりだったが、改めて市民の視点から街の様子を読んでいくと、資料を見ただけでは感じ取れなかった匂いやグロテスクな様子が浮き彫りになってきて、衝撃的だった。資料を見て知っている「つもり」になっていたが、まだまだ知らないことがあると思い知らされた。小説ではあるが、原爆投下時から終戦までの様子がかなりリアルに描かれていると思う。

  • この有名な小説、恥ずかしながら未読だった。

    わけのわからない新型爆弾が落とされ、誰も確かな情報を持ち得ず間違いだらけの情報の中で負傷し、家を失った人々は、地獄絵そのものの広島で生きながらえるため必死に歩き回る。
    閑間重松と妻のシゲ子、姪の矢須子は家族で助け合って、いたわりあう。非常時に支えあえるのは家族だ。家族の大切さ。改めてそれを実感する。

    舞台の設定は戦後5年後くらいなのだけど、主人公の閑間重松が当時の日記(被爆日記)をしたためるため、リアルに原爆投下直後の様子が描かれる。それでも千分の一も描ききれないと重松は言う。そうなのだろうと思う。

    そのときの様子でどうにも涙をこらえきれなかったのが、次のような場面。やるせなくて、たまらない。

    「堤防の上の道のまんなかに、一人の女が横に伸びて死んでいるのが遠くから見えた。先に立って歩いていた矢須子が『おじさん、おじさん』と後戻りして泣きだした。近づいて見ると、三歳くらいの女の児が、死体のワンピースの胸を開いて乳房をいじっている。僕らが近寄るので、両の乳をしっかり握り、僕らの方を見て不安そうな顔つきをした。」(p.112-113)

    「塀越しに柘榴の木の枝がこちら側に伸びており、今年は五つも六つも柘榴の実が枝についた。たまたま疎開先から戻って来ていた男の子が、今朝がた疎開地へ帰りがけに親父の形見の脚立を柘榴の枝の下に据えつけた。何をするんだろうと見ていると、男の子は脚立に登って行き、柘榴の実の一つ一つに口を近づけて、ひそひそ声で「今度、わしが戻って来るまで落ちるな」と言い聞かせていた。そのとき、光の玉が煌いて大きな音が轟いた。同時に爆風が起った。塀が倒れ、脚立がひっくり返り、子供は塀の瓦か土かに打たれて即死した。
    去年、柘榴は塀のこちら側にのぞいている枝に三つか四つか実をつけた。それが青いうちにみんな落ちたので、子供は今年こそ無事に育つように声援を送ったのだ。子供としては柘榴に入れ智恵をつけたつもりだろう。思ってさえも、なおさらそれで不憫が増して来る。」(p.130)

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    その他印象に残った箇所。
    「蒙古高句麗(ムクリコクリ)の雲とはよく云い得たものだ。さながら地獄から来た死者ではないか。今までのこの宇宙のなかに、こんな怪しげなものを湧き出させる権利を誰が持っているのだろうか。」(p.55)

    「電線の上を鳶が舞い、油蝉の声が聞え、国道のわきの蓮池にカイツブリが忙しそうに泳いでいた。ごく普通であるこの風景が珍しいものに見えた」。(p.120)

    「矢須子は次第に視力が弱って来て、絶えず耳鳴りがするようになったと云っている。はじめ僕は茶の間でそれを打ちあけられたとき、瞬間、茶の間そのものが消えて青空に大きなクラゲ雲が出たのを見た。はっきりそれを見た。」(p.233)

    被爆当初は重松が左頬を負傷し矢須子は何でもなかったが、矢須子は戦後5年(?)たって原爆症を発症する。
    そのことは後半まで伏せられているので読者は驚いてしまう。

    おじの重松は、何が何でも生きるという強い意志で奇跡的に助かった岩竹さんの手記を読み、矢須子にも奇跡が起こることを祈って小説は幕を閉じる。

    これまで色々見聞きしていても、やはりこの地獄図には言葉を失う。思考がおかしくなりそう。
    井伏さんの詳細な記述はすごい。よくぞ鮮明に記憶し克明に描いてくださった。

    いったい、核の発見とは人類にとってなんだったのか。
    「今までのこの宇宙のなかに、こんな怪しげなものを湧き出させる権利を誰が持っているのだろうか。」
    まったくその通りだと思う。

  • だいぶ広島の地理を忘れていたけれど、
    知っている場所ばかり出てきて、
    どきっとするところが多かった。
    私の住んでいた場所が、通っていた場所が、あの日と追った場所が。

    読んでいて苦しかった。

  • 被爆者である重松静馬の『重松日記』、被爆軍医である岩竹博の『岩竹手記』を基にした作品。

    元の作品が相当しっかりしたものであるのだろう。広島に原爆が投下される前・直後・後の様子が如実に描かれている。原爆をテーマとしたドキュメンタリ番組で実際の映像を幾度となく見てきたが、その時よりも当時の光景がくっきりと目に浮かぶ。文章にこれほどの力があるとは思わず、初めて文章のすごさというものを知った。

    原爆は恐ろしい。戦争は二度としてはならない。
    これは誰しもが思っていることで、当然私も思っていた。だが、この作品を読んで自分の認識がとてつもなく薄かったことに気付いた。読み終わった後、心の底から原爆に恐怖した。それほどまでにこの作品は原爆・戦争の凄みを読者に伝えてくれる。

    正義の戦争よりも、不正義の平和のほうがいい。

  • 広島の原爆投下前後の状況を一般の夫婦とその姪を通じて描いている。自分が見たこと、人から聞いた話等を交えており、リアリティがあり、その悲惨さがよくわかる。

    直接被爆していなくても、救助に向かった人、避難時に通り抜けた人が後々後遺症に苦しんだこともよくわかる。淡々とした記述だが、だからこそ引き込まれるものがある。

    若い世代にも読み継がれるべき戦争作品の傑作と思う。

  • 原子爆弾で破壊され尽くした広島。
    終戦間際から終戦、そして数年後。
    日記、記録の形で綴られる、その時。その後。
    歴史の教科書では見えない市井の人たちの戦争。
    今までぼんやりとしていた戦争が、視界に、胸に、迫ってくる。
    とは言え、とにかく読みやすい。
    夢中で読んだ。

  • タイトル*黒い雨
    著者*井伏鱒二
    出版社*新潮社

    一瞬の閃光に街は焼けくずれ、放射能の雨のなかを人々はさまよい歩く。原爆の広島--罪なき市民が負わねばならなかった未曾有の惨事を直視し、一被爆者と”黒い雨”にうたれただけで原爆病に蝕まれてゆく姪との忍苦と不安の日常を、無言のいたわりで包みながら、悲劇の実相を人間性の問題として鮮やかに描く。被曝という世紀の体験を日常性の中に文学として定着させた記念碑的名作。
    (あらすじより)

  • 文学としても原爆小説としても読んでおきたい、読むべき作品だ。

  • 戦争の悲惨さを訴えた作品は多い。
    その数ある作品の中で、一番印象的だったものが「黒い雨」
    中学生の時に初めて読み、その後映画化されて再び物語を
    聞くことに。
    原爆の恐ろしさと凄惨さは、唯一の被爆国である日本にしかわからないこと。
    この作品を通じて、忘れてはいけない日本の歴史を後世に伝えていくことができると思う。

  • 原爆投下された地に生きる人々は本当に辛かったろうと思う。
    同じ女性としてたくさんの苦労があったと思う。
    ナイチンゲールと呼ばれていた一般女性を尊敬する。
    来年は広島を訪ねたいと思う。

著者プロフィール

本名・満寿二。一八九八年(明治三十一)、広島県に生まれる。早稲田大学、日本美術学校を中退。一九二九年(昭和四)「山椒魚」「屋根の上のサワン」で文壇に認められる。三八年(昭和十三)、「ジョン万次郎漂流記」により直木賞を受賞。「鯉」「さざなみ軍記」「多甚古村」「丹下氏邸」「本日休診」(読売文学賞)「遙拝隊長」「集金旅行」「漂民宇三郎」(芸術院賞)「武州鉢形城」「黒い雨」(野間文芸賞)などの小説の他、詩集や随筆・紀行も数多い。六六年(昭和四十一)、文化勲章受章。九三年(平成五)没。

「2018年 『太宰治』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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