ぼくは勉強ができない (新潮文庫)

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  • / ISBN・EAN: 9784101036168

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、『勉強が出来』ましたか?

    誰もが通り過ぎる青春時代。このレビューを読んでくださっている方の大半は、そんな時代を遠い過去に見やる今を生きていらっしゃると思います。現在進行形で見れば、辛く苦しいことが多々あったそんな時代も、過ぎ去ってみれば懐かしく振り返るものに変わりもします。

    そんな懐かしい時代にあなたは何を思い、何に夢中になって生きていたのでしょうか?クラブ活動に、友だちとの時間に、そして恋に…と、人によってそんな時代に何を大切に思っていたかは異なります。それぞれの価値観の中で一番大切だと思った事ごとに青春を駆け抜けた、それがあの時代だったのだと思います。

    さてここに、『最初に言っとくけど、ぼくは勉強が出来ない』という挨拶からクラスの時間をスタートした一人の高校生が主人公となる物語があります。『ぼくは、父親の顔すら知らない』という人生を生きてきたその高校生は『教師の言うところの複雑な家庭環境の中で育って来たから、他の人々と価値観が違う』という認識の中にクラスメイトたちと接していきます。この作品はそんな高校生視点の物語の中に彼のさまざまな心の内を見る物語。どこか大人じみた言動を繰り返す彼の本音を垣間見る物語。そしてそれは、さまざまなクラスメイトたちとの関わりの中に大人への階段を一歩ずつ上がっていく一人の高校生のほろ苦い青春の煌めきを見る物語です。
    
    『クラス委員長は、ぼくと三票の差で、脇山茂に決まった』。そんな脇山が『ぼくの顔を誇らしげにちらりと見』るのを『相変わらず仕様のない奴だなあ』と思うのは主人公の時田秀美(ときた ひでみ)。『皆、彼の名前が、試験の成績発表で常に一位の場所に載っているから、書いただけだ』と思う時田は、『小学校五年生の時のホームルームを思い出』します。『転校して来たばかりで、あまり事情の解っていなかった』時田は、『教壇の前の席のおっとりとした様子の女の子の名前を』投票用紙に書きました。そして、『開票が進み、その女の子の名前が呼ばれた時、黒板に向かって、正の字を書いていた生徒は信じられないという様子で後ろを振り返』ります。『くすくすと笑い始めた』『クラス全員の子たち』。『その瞬間、担任の教師は立ち上がり、大声で』『誰だ!伊藤友子の名前を書いた奴は!?』と怒鳴ります。『すっかり仰天して』『返事をする機会を失ってしまった時田は、『ふざけるにも程があるぞ!!』と怒鳴り続ける教師の言葉に混乱します。『どうして、伊藤さんの名前を書いちゃ駄目なんだい』と隣席の男子生徒に訊くと『馬鹿だから』と返されます。『先生は悲しいよ…投票はやり直しだ…』と歩き回りながら説教を続ける教師に『解りません』と呟く時田。『誰だ!!今、解りませんと言った奴は!!立て!』と怒る教師に立ち上がった時田。そして、ざわめく教室。『伊藤さんの名前を書いたのは、ぼくだからです』と言う時田に、『おまえだったのか。しかし、何故だ』と訊く教師。それに『どうして、伊藤さんでは駄目なんですか?』と返す時田は『親切そうだから』と理由を答えます。『まあ、いい…今後は注意するように』と終わらせようとする教師に『先生は、ぼくの質問に答えていません』、『どうして伊藤さんでは駄目なのですか』、そして『勉強が出来ないからですか?』と詰め寄る時田。それに答えなかった教師に対し『ぼくは、この時、初めて、大人を見くだすことを覚えた』という時田が我に返ると、投票で書記に当てられていました。『時田秀美です。最初に言っとくけど、ぼくは勉強が出来ない』と挨拶した時田に、『冗談は、そのくらいにしておけ。おまえが、勉強出来ない人気者だってのは、皆、もう知ってる』と担任の桜井先生が笑いながら声をかけます。そして、席に戻る時田に『勉強出来ないのを逆手に取るなよな』と脇山が小声で囁きました。そんな脇山を無視して席に着く時田は『日曜日に、祖父と釣りに行くべきか、母の買い物につき合うか、恋人の桃子さんとセックスをすべきかの楽しい選択に心を悩ませ』ます。そして『父親の顔すら知らない』という時田の日常が描かれていきます。

    “時田秀美は17歳、サッカー好きの男子高校生。勉強はからっきしだが、めっぽうモテる。発表から四半世紀、若者のバイブルであり続ける青春小説の金字塔”と内容紹介にうたわれるこの作品。今から30年前、1993年に刊行され、1996年には映画化もされている山田詠美さんの代表作の一つです。”始めは、わんぱく坊主の成長過程をスナップショットのように切り取って描いてみたらどうだろう、と軽い気持ちで思った”と語る山田さん。そう、この作品は主人公・時田秀美が十代という青春にさまざまなことに思いを馳せながら生きていく姿を生々しく描写する作品。内容紹介が謳う通り、それが”青春小説の金字塔”と言われる内容を見せていく、そんな作品となっています。

    そんな物語は時田視点で描かれていく八つの章から構成されています。上記もした通り、物語はクラス委員の選挙の場面から始まり、そこには『試験の成績発表で常に一位』の脇山茂というクラスメイトを見る時田の姿が描かれます。人が成長していくということは、周囲の人との関わり合いを通じて、自分が生きる世界には多種多様な人間が生きているということを知っていくことでもあると思います。自分の意思ではなく、偶然にも同じ一つのクラスという器の中に入れられた面々、そんなクラスメイトとの関わりは、自分とはさまざまな面で異なる価値観がこの世に存在することを認識することでもあります。『高尚な悩みにうつつを抜かしている』という同じサッカー部の植草、『おれは政治家になると宣言した』後藤、そして『告白につき合う破目にな』る川久保など、物語にはリアルな高校時代をそれぞれに生きるクラスメイトたちが、時田の人生にさまざまに関わり合いを持つ中に描かれていきます。時にはそんな彼らの行動に巻き込まれて被害も被る時田。そんな日々の中にさまざまな思いを抱いていく時田の物語はまさしく青春物語そのものです。そんな中に、物語冒頭に登場し、書名を思い起こさせもするのが脇山茂です。『試験の成績発表で常に一位の場所に』いるという脇山。そんな脇山のことを時田はこんな風に見ています。

    『彼が、ぼくを嫌っている程には、ぼくは彼を疎ましく思っている訳ではない』、『ぼくを目のかたきにしようとするから、こちらもからかってみたくなる』

    「ぼくは勉強ができない」というこの作品の書名を思わず意識してしまう存在でもある脇山。しかし、当の時田のあまりの無関心ぶりに驚きます。『知能指数がぼくよりも数段上なのだから、対抗しても無駄』という割り切りを見せる時田は、一方でこんな思いを抱きます。

    『どんなに成績が良くて、りっぱなことを言えるような人物でも、その人が変な顔で女にもてなかったらずい分と虚しいような気がする』。

    物語は、そんな時田の思いの先に描かれてもいきますが、一方で時田の『顔』に対するこだわりは、『色々な哲学の本やら小説やらを読む』という中にこんな感覚を抱かせます。

    『いい顔をしていない奴の書くものは、どうも信用がならない』、『いい顔をした人物の書く文章はたいていおもしろい』

    この断定口調がこの物語の根底に流れる時田の価値観を支えてもいきます。

    『いい顔になりなさいと諭す人間が少な過ぎる』

    そんな風にも思う時田は、幼い頃からさまざまな『不快な言葉』の中に生きて来ました。

    『片親だからねえ。母親がああだものねえ。家が貧しいものねえ』。

    自分のことを『決してつまらない人間ではない。女にももてない男ではない』と思う時田。『お父さんがいない』という家庭で、祖父と母親に育てられて今を生きる時田。そんな時田は、『ぼくは勉強が出来ない』という言葉を自己紹介にも使うほど自身の意識の中に持っています。しかし、そのことをマイナスに思うことのない様が終始描かれていくのもこの作品の特徴です。『初老のバーテンダーのいる落ち着いたバー』の桃子さんの元へと通い、セックス漬けとも言える日々を送る時田は、上記した脇山だけでなく他のクラスメイトたちの姿が描かれれば描かれるほどにその余裕ぶりが際立ちます。上記もした小学校五年生の時のクラス委員投票で、

    『ぼくは、この時、初めて、大人を見くだすことを覚えた』

    という感覚は生意気そのものではあります。しかし、そんな時田の主張に何も言い返せない教師の愚かさは、一方で時田の余裕感を感じさせもします。そして、その先に高校生となった時田は、『ぼくは勉強が出来ない』という言葉と裏腹に地頭の良さが秀でている言動、行動、そして思考を強く感じさせます。

    『この人の人生には、あまり反省という要素がないみたいなのだ』。

    『ささやかなことに、満足感を味わう瞬間を重ねて行けば、それは、幸せなように思える』。

    これらのある意味高い位置から達観したような感覚の原点にやがて時田は気づきます。

    『ぼくの価値観は、父親がいないという事柄が作り出す、あらゆる世間の定義をぶち壊そうとすることから始まっていた』。

    『第三者の発する「やっぱりねえ」という言葉』を憎みながら育った時田。そこには、それに打ち勝とうと自然に思う感覚の先に今の時田が作られてきたことがわかります。物語は、時田の高校生活のさまざまな出来事を描いていきます。『ぼくの恋は、常に、笑いと欲望に満ち、教えを必要とする類のものではなかった』と恋愛に想い焦がれる時間、『誰だって、確信を持って進路を決める訳じゃない』と進路選択に悩む時間、そして、『ぼくは勉強が出来ない、なんて開き直ってる場合じゃない』と書名にうたわれる現実に対峙していく時間等々、この作品では高等学校を舞台にした物語らしく、十代の彼らが接するさまざまな事ごとに、乗り越えていかねばならぬ事ごとを一つひとつ丁寧に描いていきます。そして、そんな物語が行き着く先、〈ぼくは勉強ができる〉という終章に結論されていく物語の中に、少し生意気な存在として描かれてきた時田の等身大な高校生の姿を感じることができたように思いました。

    『ぼくは、教師の言うところの複雑な家庭環境の中で育って来たから、他の人々と価値観が違うのだ』。

    そんな家庭事情から独特な価値観を育みながら高校生になった時田の十代の青春が描かれたこの作品。そこには、年上の女性とセックスを繰り返す日々の中に、一方で、どこか冷ややかにクラスメイトたちを見る一人の男子高校生の姿が描かれていました。30年も前の作品なのに、思った以上に古臭さを感じさせないこの作品。赤裸々に描写される時田の感情の移り変わりに清洌さを感じさせるこの作品。

    読者の年齢によって間違いなく読み味が変化するであろう物語の中に、時代を超えても普遍的な青春の眩しさを感じた、そんな作品でした。

  • 自分の哲学を持つ人間はかっこいい。常識にとらわれず疑問を持ち続ける。そこには確固たる自分の軸がある。高校生の秀美くんの自由で柔軟な思考と生き方。親の立場からも学ぶことが多かった。きっと彼は素敵な大人になるだろうなぁ。年月を経ても色褪せない名作。

  • 前回手にした作品が良かったので、山田詠美さんの代表作である本作も手に取りました。

    高校生が主人公の本作ですが、青春の紋切り型の価値観に囚われない感じが個人的にはgoodでした。なんでしょう…大人になったからこそ刺さる感じと言いますか、妙な納得感があるというか、色んな価値観を提示してくれる感じがしましたね。

    それとサラッとした文体で読んでて違和感なくスラっと読めちゃうのが妙に中毒性帯びてて、すごく好きですね笑

    学生時代、受験戦争や部活動で、ある意味余裕のなかった高校時代を過ごしていた自分にとっては、遊びや経験で広い視野を持つことの重要さを教えてくれる本作は心に残る本の1冊となりました。

    • workmaさん
      ネモJさん
      はじめまして。

      この作品、自分も好きで 20年以上読んでます。時々読み返してハッとさせられるんです…そして、中学生の男の子...
      ネモJさん
      はじめまして。

      この作品、自分も好きで 20年以上読んでます。時々読み返してハッとさせられるんです…そして、中学生の男の子(息子・甥っ子)たちにも勧めてみたら、好意的に受け取ってもらえてうれしかったです。
      ま~、秀美くんみたいな少年はほとんどいない…と思いますが…彼の周りの大人たち(母・祖父)が粋で憧れます。ちょっとだけでも近づけますように、と、せっせと読書に励む日々ですかね…(^_^;)
      2023/03/21
  •  17歳で読んだとき、雷が落ちた。
     「こんな高校生活あるんだ!」地味な高校生の自分にとって。
     主人公の少年、時田秀美、母、祖父、秀美の恋人桃子、秀美の友人たちがすこぶる魅力的。17歳のとき、「秀美の母や祖父のような大人になりたい」と思ったことを今でも覚えてる。そんな大人になれたとは言いきれないが、少しは近づけたかな?と思う。
     この物語が、モヤモヤぐじゃぐじゃした10代の自分を支えてくれた。物語は救いであり希望だった。そういう人たちのために、物語は静かに存在するのだろう。

  • 高校生のときに読んだ本。
    正直なんでそんな評価が高く絶賛されているのかわからなかった。
    なんでも性を基準に物事を考えていて、年頃の男子って本当にどうしようもなくお子様だな、と。

    それから10年は経った今、さっと再読したけれど、この本に対する印象はあの頃とさほど変わらなかった。
    ただ、番外編・眠れる分度器に出てくる秀美の母の言い分は一理あるなあと。
    でも身近に秀美たちがいたら、正直めんどくさいなあと思っちゃうかも…笑

    うーん、「放課後の音符」はあの頃も今も好きなんだけれど何が違うんだろう。私が女性側だからなのかもしれない。

  • 「僕は勉強ができない」と堂々公言するような、清々しい青年の秀美。学校の勉強はできなくても、おかしな事に疑問を感じ、反抗し、考え大人になっていく様子がとても良い。
    著者の山田さんも書いているが、その思考・行動を大人がみると多いに勉強になる。実際に、私が高校生の時は秀美くんの10分の1もものを考えていなかっただろう。
    メモに取りたいフレーズのオンパレード。

    母親と祖父は適当に見えて、要所で秀美くんをしっかりと導いている。その気楽さが、父親のいない秀美くんを変に悲観させる事なく、伸び伸びとさせている。

    丸をつけよ
    眠れる分度器が名品。

    子供が理解できる年頃になったら、ぜひ読んでもらいたい小説。

  • 再読。

    ぼくは確かに成績が悪いよ。でも、勉強よりも素敵で大切なことがいっぱいあると思うんだ―。
    カバー裏のあらすじのこの一文だけで本当にこの本が私にとって大切な本になるって思った。

    学校にいる限り勉強をしろ、と嫌でも大人には言われるけど、そんな中で勉強よりも素敵で大切なことがあると思うって考えられる秀美君は成績優秀な生徒よりももっと視野が広くて身の回りの楽しいことを見つけられる人なんだなと思う。

    私は秀美君のように人気者でも明るくもないけど、成績が悪いって点では共通してるから勝手に自分の思ってることを代弁してくれるヒーロー的存在として秀美君を見てた。

    からっと爽やかに物事を見れる秀美君は本当にかっこいいしお母さんがこれまた素敵すぎる。
    おじいちゃんもチャーミングで本当に魅力的な人しか登場しない作品。

    秀美君がかっこいいのはもちろんなんだけど出てくる女性が全員自分の芯持っていて強くて美しくて大好き。

    本当に大好きで一文一文噛み締めるように読んだ。
    全てが好きな作品だからこそ上手く感想をまとめられないのがもどかしい。
    この本と放課後の音符に出会って読書が大好きになったから再読出来て良かった。
    大人になってまた何度も読み返したい。

  • 主人公のキャラが立っている。また数年して読みたくなる作品だと思う。女慣れしているのか?していないのか?よくわからん「秀美」。男性主人公。
    タイトルに何となく惹きつけられて、読み上げたがなかなか良い作品だと思う。読みやすいのも良し。

  • ああ、これは……なるほど、やっとわかった。
    この本がどうして毎年必ず「新潮文庫の100冊」に選ばれ、こんなに長く読み継がれているのかが、そしてこの本の良さが。

    いつだったか覚えていないほど大昔に(学生時代だったかなぁ)、一度この本を読んでみたことがあった。
    が、バーを経営する年上の恋人がいて、セックスをし、それを堂々と語り、酒を飲み、先生に向かって生意気な口をきく、主人公の時田秀美という男子高校生が不良にしか思えず、共感なんてとんでもない、嫌悪感すら抱き、これは私とは無縁の本だと判断、その後いっさい手に取ることはなかった。

    それが今夏(2019)、書店でもらってきた「新潮文庫の100冊」の小冊子カタログを見ていて、「この本また今年も入ってるな。この本が入ってなかった年ってあったんかな? そのくらい毎年必ず入ってるんだけど、なんでなんだろう?」とふと思ったのだ。

    しかも私の読書バイブル『読書力』の中で、齋藤孝先生が読書力養成のための定期試験を提言しており、これを実践したとある中学・高校での高1の生徒の課題本の中に、この本が含まれているのも気になっていた。

    それで、書店で数十年ぶりにこの本を手に取り、改めて買ってみたという、私にとっては記念すべき日を迎えたわけである。

    うーむ、なんということか。
    全ページ名言だらけではないか。
    グサグサと心に突き刺さる。

    そうか、そういうことか。

    ものすごく大切なことを忘れていたことを、思い出させてくれた。
    これは大人が読むべき本なのだ。

    この子たちのように、何事も明るくあっけらかんと笑い飛ばすように生きていけたら最高じゃないか。

    ごめんね、秀美くん、全然不良なんかじゃなかった。
    むしろ一番いい子だよ。
    まぁ平気でお酒を飲んじゃうのはどうかと思うけど、高校生にお酒を出す大人の方が悪いということに、現代ではなってしまうかもね。

    最初に読んだときは、私がまだ若すぎたんだ。
    今は共感の嵐でしたよ。
    お母さんとおじいちゃんはすばらしいし、真理ちゃんはかわいいし。

    先にも書いたように、私は本書は大人こそ読むべきだと思ったし、著者あとがきにも〈むしろ、この本を大人の方に読んでいただきたい〉と書いてあるのだが、うーむどうだろう、このタイトルとカバーイラストを見て、またカバーの紹介文の「凛々しい秀美が活躍する元気溌剌な高校生小説」というのを読んで、この本を読もう、買おうと思う大人がどれだけいるか……。
    ずいぶん損しているのではなかろうか。
    もしこれからもずっとこのカバーで行くなら、読んだ人間がこうして口コミでおすすめしていくしかないかもね。


  • クラスメイトがいきなり政治家になるという発言をしたのは実際わたしも驚いたし(小説の中に溶け込んでた!)その理由がまたわかるというか…
    実際に沖縄に行った時もその子が思ってたこと、感じてたことを私も感じたから旅行中に重ねる
    という経験ができてよかったと思う。
    時田くんは愛されているのだけど(愛されてるように見えるだけかもしれない)でも母親の自由奔放さや祖父たちがちょっと時田くんをほったらかしてるように見えた。正直!
    あまり愛されてないのかな。って思ったけど
    それが時田家の愛し方なのかもしれないし
    実はあまり愛を知らないのでは…?と思ってしまった

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著者プロフィール

1959年東京生まれ。85年『ベッドタイムアイズ』で文藝賞受賞。87年『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞、89年『風葬の教室』で平林たい子文学賞、91年『トラッシュ』で女流文学賞、96年『アニマル・ロジック』で泉鏡花文学賞、2000年『A2Z』で読売文学賞、05年『風味絶佳』で谷崎潤一郎賞、12年『ジェントルマン』で野間文芸賞、16年「生鮮てるてる坊主」で川端康成文学賞を受賞。他の著書『ぼくは勉強ができない』『姫君』『学問』『つみびと』『ファースト クラッシュ』『血も涙もある』他多数。



「2022年 『私のことだま漂流記』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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