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本 ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784101036816
作品紹介・あらすじ
有名建築家による一等地の中古マンション。誰もがうらやむその家はしかし、とんでもない欠陥住宅だった! 上手くいくはずの改修工事は新旧住民の様々な思惑が絡み合い、混沌の様相を呈していく。デザイナーズマンションに人生を振り回された人々の胸中にあるのは、幸福か、絶望か、見栄か、プライドか。誰もが身につまされる、終の住処を巡る大騒動。『おっぱいマンション改修争議』改題。
感想・レビュー・書評
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『皆さんは住まいというものに、何を求めるのでしょうか。便利さでしょうか、立地でしょうか、それとも、思い出でしょうか』。
飛行機の窓から見下ろすと、改めてこの国にはさまざまな場所にさまざまな『住まい』が存在することがわかります。どうしてそんな場所に、どうしてそんな形の建物に暮らすのだろうと思う『住まい』があることにも気付きます。そして、そこにはそれぞれの『住まい』を選んだ人の価値観があり、それぞれに理由があるはずです。“衣食住”と一括りにされる通り、私たち人間が日々を生きていくためにはなくてはならないもの、『住まい』もその一つです。”衣”や”食”に好みがあるように、”住”にも当然好みが生まれます。それを入手するために要する手間暇を考えれば、他の二者以上に色濃く好みが出る場、もしくはより意を払う場、それが『住まい』なのだと思います。では、そんな大切な場が、
『終の住処と思って買ったのに、とんだ欠陥住宅だった』。
そんな事態が起こってしまったとしたらあなたはどうするでしょうか?もしそれが、一戸建て住宅であればある意味話は簡単です。それをどうするかは究極的にはあなたの判断次第です。どのように修繕するか、それはあなたの一存です。しかし、それが『マンション』だとしたらどうでしょう?『終の住処』のはずが、まさかの『欠陥』が露呈したそのマンション。あなたが区分所有者である以上、その扱いに意見をすることはできますが、あなたの一存で決定はできません。そこには、区分所有者間の意見の対立、価値観のぶつかり合いが発生せざるを得ません。
さて、ここにそんな”欠陥マンション”を舞台にした作品があります。かつて流行った『メタボリズムを象徴する建物』とされるマンションに巻き起こった”建て替え派 vs 保存派”という住民同士の対立が描かれるこの作品。それは、そのデザインから『おっぱいマンション』と呼ばれてきた建物に、さまざまな人の人生を見る物語です。
『素敵なお宅ですなあ。これが公団住宅とは』、『ご著書はすべて拝読しております。先生のご自宅に来られるなんて感激です』と、『マンション管理会社の人間』という二人の男性に自宅で対峙するのは主人公の小宮山みどり。そんな みどりは『小宮山悟朗先生がご建築の赤坂ニューテラスメタボマンションの改修のご提案についてのご説明に伺いました』と、男が説明を始めようとするのを『説明は結構です』、『父の建物を壊すのに、どこにサインすればいいんですか』と遮ります。壊すまでは決まっておらず、改修での対応も検討しているという男に、『私はどちらでもかまいません。皆さんで決められた方にサインします』と言い切る みどり。そして『先生のお考えを住民』にも伝える旨を残して戸惑いを見せながら男たちは部屋を後にしました。『数ヶ月前の夕方のワイドショー』で『メタボマンションに建て替え運動が始まっていることを知った』みどり。かつて『流行ったメタボリズムを象徴する建物』は、『「細胞」を積み上げたようなデザイン』をしているものの最上階の『二つの「細胞」たちがなぜか円錐形で横に並んで前方に突き出ている』こともあって、『おっぱいマンション』と呼ばれていました。そんな建物を『住民運動のリーダー』は『これは重大な欠陥住宅です』と言い切ります。そして、『終の住処がこのマンションでいいのか、ずっと考えています』とも語るリーダーの男。一方でそんな建物をデザインした故・小宮山悟朗の娘である みどりは小学校四年の時に建物の最上階に引っ越しました。しかし、『転校した学校で』『あだ名は「おっぱい」』とつけられ、苦悩する日々を送った みどり。そんな みどりは男たちが去った後、父親の事務所の社長を継いでいる岸田恭三から連絡を受けます。『小宮山デザインを閉じようと思っている』というその内容に、『本当にあなたには感謝している。何でも好きなようにしていいから』と返す みどり。そんなみどりの返事に『一つだけ、私の願いを聞いてくださいますか』と訊く岸田は『最後に一度でいいので、メタボマンションを一緒に見ていただきたい』と語るのでした。しばらく距離を置いてきたその建物を再訪することを躊躇するみどりですが、繰り返しの懇願に重い腰をあげます。そして、訪れた部屋で意外なものを見つける みどり。そんな物語の舞台となる『おっぱいマンション』の建て替えの話が盛り上がりを見せる中に、過去に隠されたまさかの真実が浮かび上がる物語が描かれていきます。
「そのマンション、終の住処でいいですか?」と書名に『?』がつくこの作品。書名に『?』がつく作品というと、”「かわいそう」という言葉は嫌われがちだ”と、”かわいそう”という気持ちの発露に光を当てる綿矢りささん「かわいそうだね?」、その言葉の問いかけが人が前に進んでいくためのきっかけを作ることを教えてくれる川上弘美さん「これでよろしくて?」などが思い浮かびます。綿矢さん、川上さんの作品の書名の『?』はどちらかと言うと、その『?』が物語自体に投げかけられているのに対して、この原田さんの作品では読者にその問いかけがなされているように思います。一方で、この独特な書名だけを聞いて作者を当ててください、という質問がされた場合、垣谷美雨さん!と回答される方もいらっしゃるようにも思います。私もこの書名から、まさしく垣谷さん的視点の物語という印象を受けました。実際、その内容は垣谷さん的雰囲気を纏っている部分も多いと思います。まずは、そんな垣谷さんっぽい視点でこの作品を見ていきたいと思います。
この作品では、書名からも予想される通り、私たちが高額な費用を払って居住することになる『マンション』の問題に光が当たります。リアル世界では、”こんな物件は買ってはいけない”といった見出しと共にネット、そして本とさまざまな媒体で”欠陥マンション”が取り上げられていますが、この作品ではまさにそんな”欠陥マンション”に光を当て、マンションに利害関係を持つ人たちが右往左往する様が描かれていきます。では、そんな問題となるマンションがどんなものかを見てみましょう。
・マンションの外観:
→ 『昔からデザイナーズマンションのはしりとして有名で、駅からも近い』
→ 『角の取れたさいころ状の「細胞」を積み上げたようなデザイン。ご丁寧に細胞の核のように円い窓が付いている』
→ 『一九六〇年頃から七〇年代に流行ったメタボリズムを象徴する建物で、なんども建築雑誌の表紙を飾った』
→ 『最上階だけ、二つの「細胞」たちがなぜか円錐形で横に並んで前方に突き出ている。まるで女性のバストとようだ』と騒がれる。これが『おっぱいマンション』と呼ばれる所以
・マンションの欠陥:
→ デザインを優先し、『雨どいを省いたため、雨水などが直接建物にしみこんでしまう』
・住民の動き:
→ 『現在の倍の戸数の新築マンションを建て、元の住民には今と同等の広さの部屋を無償で提供する、その費用は新しく増えた部屋を分譲することで賄う』という”建て替え派” vs 『歴史的価値のある建物だから残してほしい』という”保存派”に分かれる
『おっぱいマンション』という攻めたデザインとはいえ、その土台となる『メタボリズム』という考え方はリアル世界もにあり、この作品でモデルとなったマンションは実在し、あながち小説の中だけの空想世界とも言えないようです。この作品では、そんな現実にもありそうな”建て替え派 vs 保存派”で割れるマンション住民の争いが描かれていきます。そこには、『マンション建替法の改正で、マンションの建て替えは以前よりも容易となりました。しかし、それでも、区分所有者と議決権の五分の四の賛成が必要となります』というリアルな法律の情報も加味されるなど、現実問題として向き合われている方にも説得力のあるストーリーが展開します。そして、最後にどう決着させるのだろうとテンポ良く展開する物語は、なかなかに興味深くぐいぐいと読ませる面白さがあります。…と触れると上記した通り、垣谷美雨さんっぽいイメージがさらに増すように思います。しかし、この作品はどこまでいっても原田ひ香さんの作品です。そう、ここまで説明した内容で思い浮かべる作品イメージと、実際に読んで感じる作品の内容には随分と差があることに気付きます。
この作品は五つの短編が視点の主を切り替えながら連作短編の形式で展開していきます。では次に、それぞれの短編の内容を簡単にご紹介します。
・〈おっぱいマンション〉: マンションの設計者とされる小宮山悟朗の娘・みどり視点で展開する物語。みどりは現在居住はしていないもののマンション最上階の所有者でもあります。
・〈革命の教師〉: 『北関東の町の郊外』に住む『元理科教師』の市瀬は、妻と娘が勧めても興味がなかった都内への引っ越しに、かつて知る『おっぱいマンション』のことを聞いて前向きになり移り住みます。
・〈敗北の娘〉: 『「小宮山デザイン」の社長』であり夫の岸田恭三の妻が主人公。そんな妻は、娘の婚約者が浮気をしたと聞いて動揺、そんな状況に自身の今までを重ね合わせます。
・〈元女優〉: 四十年も『おっぱいマンション』に暮らす『元女優』の主人公の宗子は、離婚の関係で所有権がまだ夫にあるという事態の中、『建て替え』議論に巻き込まれます。
・〈住民会議〉: 『小宮山デザイン』の社長である岸田恭三に光を当てる物語は、”建て替え派vs 保存派”の議論が白熱する『住民会議』に場を移し、その行方に光が当たります。
それぞれの短編では、『おっぱいマンション』に関わる人物がそれぞれの物語で光を当てられていきます。しかし、”関わり方”と一口に言っても実際の”関わり方”が異なれば議論への賛否は当然に変わってきます。リアル社会で問題になっている”欠陥マンション”もしくは、年数の経過したマンションをどうするかという議論が白熱するのとそれは同じことです。それは、”善者”、”悪者”と単純に線引きできるものではありません。それぞれがそれぞれに自身にとってのメリットとデメリットを判断するシチュエーションにおいては、誰もが”善者”であって、誰もが”悪者”なのだと思います。ここが一つの建物を共有するマンションという建物のあり方の難しさを象徴してもいます。この作品では、そんなマンションの設計者は亡くなっているという前提の下、設計者の娘である人物、マンションに最初期から暮らし今は年老いた人物、そして『欠陥』を知ることなくそんなマンションに越してきたばかりという人物など、現実にもあり得そうな立場の異なる複数の区分所有者が登場し、それぞれの立場からマンションの今後をどう考えるかという視点で物語が展開します。そう、そこにあるのは区分所有者間の価値観の対立を見る物語です。
上記した通りこういった感じの設定は垣谷美雨さんの物語にも見られるものです。しかし、この作品は垣谷さんの作品と大きく異なる展開を見せます。垣谷さんの物語では、問題の潜在を提示するということ自体に焦点が当てられていくことが多いと思います。そして、それはこういうまとめ方もあるんだ、と極めて納得感のある清々しい結末を見るものが多いとも思います。それに対して、原田さんのこの作品は、確かに”欠陥マンション”の問題を最前面にうたっていることに違いはありませんが、それぞれの短編に登場する人物、そしてその家族の人間関係に、より光が当てられています。そう、共用する一つのマンションの中にこんな多彩な人々の暮らしがある、そのような視点です。この点は読み味にも大きく影響してきます。結末を語るわけにはいきませんが、上記した垣谷さんの作品に見る清々しい読後感はこの作品にはありません。どこかモヤっとした、一般的な意味合いは少し異なるかもしれませんが”イヤミス”と読んでも良いような読後がそこには待っています。そう、”欠陥マンション”という問題に光を当てつつ、さまざまな人々の心の闇、さまざまな人々の繋がりの複雑さ、そんな側面に一編ずつ丁寧に光を当てていく、それがこの作品の魅力なのだと思いました。
日本人は持ち家というものに特別な意識を持っています。そして、その選択にも当然に意を払い、一生をその場で暮らす覚悟をもって手に入れます。しかし、
『終の住処と思って買ったのに、とんだ欠陥住宅だった』。
まさかの『欠陥』の潜在に、目の前が真っ暗になる瞬間。リアル社会でも至る所で問題が噴き出していることがニュース報道もされています。
『皆さんは住まいというものに、何を求めるのでしょうか。便利さでしょうか、立地でしょうか、それとも、思い出でしょうか』。
『住まい』というものに対する私たちの価値観は人によってそれぞれ異なります。人生において何を重視するかはその人の人生観とも切り離せないものです。この作品では、区分所有者として一つ屋根の下に暮らすマンション住人たちの今までの人生が、そして人と人との繋がりが丁寧に描かれていました。そう、”欠陥マンション”に関する問題を取り上げつつも、光を当てるのはそこに住まう住人たちの人生の物語。
原田さんらしい目の付け所の面白さと、さまざまな境遇にある住人たちの人生を描いていく上手さを感じさせる作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
うーん…
自分の住み処については、特に拘りが無いので
響きづらかったなぁ…
マンションより一軒家派ですが…
特にマンションでも、タワーマンションとかは住みたくないかな
家もそうですが、車や物もシンプルな物が好き
車のサンルーフは開ければ隙間に落ち葉など溜まり、確認してるつもりでも少しゴミが挟まってれば、洗車や雨の時に水入ってくるし…
シンプル、アナログな物でも長所、短所あるけど
ハイテクを求めると、結局前からあるものが無くなったり、人間の能力は退化するので…
家も耐震や防寒などを強化するだけで
最低限でいい気がします…
電話も進化すれば、昔みたいに沢山の電話番号覚える能力が無くなったり
LINEやメールが当たり前になれば、漢字を書けなくなったり
今の子供はタブレットで打ち込むのが当たり前なので、鉛筆で字を書くための筋肉が退化してるそうだし…
変にテクノロジーも進めば、争いもドンドン残酷化する
本当の進化は何か?
本当の退化は何か?
を考えなければイケナイ時代。
それに比べたら住み処はたいした事じゃない
今 被災して踏ん張ってる人達が1番知ってるのではなかろうか…。
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おしゃれなイメージのデザイナーズマンション、憧れはあるけれど実際住むとどうなんだろうか⁇と思ってしまう。
暮らし難い部分があるのでは…と想像してしまう。
この物語は、有名建築家によるマンションに振り回された人々の心の内を覗いてみたら…というオムニバス形式で5編。
一度購入したら多少の不備はあっても我慢して住み続けるだろうか⁇と考えてしまった?
マンションだと修繕管理費も安くはない金額だし、古くなればなるほど改修工事は必要になる。
だが住民全員とは言わずとも賛否のための会合は度々あるだろうし、なかなか大変なことだと見につまされる内容であった。
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終の住処として買ったマンションが欠陥住宅。
雨漏れ、湿気でカビ発生、などなど最悪だ。
この欠陥住宅を住民たちがどうにかしていくお話と思ってたけど、少し違う。
欠陥マンション、通称"おっぱいマンション"に
関わった人達の話。みんなこの"おっぱいマンション"とそれを手掛けた建築家"小宮山悟朗"に振り回されている。なんか心が歪んでしまった感じがする。
登場人物がみんなどうも好きになれず、星は2。
でも、"小宮山悟朗"は好きになれないけど、会ってみたいかも。どんなに嫌なヤツかを確認したい。
あとはやっぱり"おっぱいマンション"。どんなものなのか外観を見てみたい。
読み終わり、この2つが気になるという事は、私も"小宮山悟朗"と"おっぱいマンション"に振り回されてしまうのかもね。 -
そりゃこのマンションじゃあかんやろ〜…と。最後の最後まで読み切ることで分かることがあり、面白いです。初めは軽快に最後は重く締めくくられ、結末のその後を想像するだけでヒヤッ(*_*)
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すぐに、東京のあのマンションを思い出しました。
築年数が経っていろんな不具合が出てきた古い有名マンション、不具合どころじゃない大きな爆弾を抱えていて、単なる建替えに済まないことになりそうな…
高名な建築家とその人を取り巻く人々の思惑。
古くなった有名なデザイナーズマンションに住まうのも大変なことです。
周囲からの羨望と見栄を選ぶか、堅実と安全と実直を選ぶか。
住まいを選ぶときに直面することですが、大抵の人が一生に一度の大きな買い物が住居という箱もの。終の棲家として住人はどうする?
建築家はどうあるべきか?…住人はプロを信じるしかないよね。 -
有名建築家の小宮山が建てた、おっぱいマンション。
欠陥をめぐって建替問題が巻き起こる。
住民と建築家、建築家の娘などクセのある人たちが登場するので楽しい!
本を閉じた後も、あのマンションは今も時限爆弾を抱えているだなと思うと、爆弾を見つけるのは誰だろうとわくわくが続く。
きっと小宮山みどりではなく、小宮山父娘の呪縛から逃れられない岸田とか、市瀬なんだろうな。 -
赤坂の築50年近いデザイナーズマンションを軸に、建築した側として、住人として等々で携わる人々の短編連作。本書を読むと、住まいと人の人生は密接に関係しているということ、同じ建物に住んでいても、人の価値観や人生は様々だということを実感する。
登場人物の中で最も気になったのは、同マンションを作った著名な建築家・小宮山悟朗の片腕である岸田恭三氏。続編があるとしたら、この人に焦点を当てた話を読んでみたい。原田さんの描く人々は、現実味があり、リアルな情景を思い浮かべながら読み進めることができた。 -
ユーモラスでドタバタしているのに
社会問題と家族問題が織り込まれ
なかなか読み応えがありました
個性的な登場人物ばかりで
最後まで楽しめます -
有名建築家の小宮山氏の建築したマンション
通称おっぱいマンション
残す派、たてかえる派
様々な人が様々な思いをもちぶつけ合う
理想と夢をもつ登場人物達が辿り着く先とは
ユニークな登場人物達がたくさん登場する
ああ、こういう人いるとにやりと笑える
なんとなく読んでしまい
残念ながらあまり心にはピンとこなかった
著者プロフィール
原田ひ香の作品





