夫婦善哉 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 620
レビュー : 86
  • Amazon.co.jp ・本 (243ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101037011

感想・レビュー・書評

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  • 昔読んだときにはやっぱり古かったんだけど、今は違うかもしれないね。
    ドラマ化のおかげで再読する。織田作と言われ、庶民に愛された作家の作品だと言うのが手に取るようにわかるね。昭和初期の小説が最近どうも古さがなくなりつつあるのは、今が再び戦前だからなのか?やめてくれ~~~

  • http://www9.nhk.or.jp/dramatopics-blog/6000/152260.html

    出演:森山未來 尾野真千子 火野正平 根岸季衣 青木崇高 田畑智子 佐藤江梨子 平田満 草刈正雄 麻生祐未 岸部一徳 ほか

  • 池田敏春の秋深きを観て、素敵だったので思わずぽちった。
    人気があるのは知っていたけれどやはり面白かった。
    デカダンとか放蕩とか出てくるけど、それよりも文中でも言う様に大阪の人々の風俗をとても愛していて、戦中戦後の大阪の空気や温度が手に触れる様に。
    私小説っぽいナルシーな感じもあまり無いし。短編で気軽に読める。すきです

  • 時代がまったく違うのに、大阪の風景がありあり見えるような。
    心斎橋界隈の様子、昔よく歩いたな。その様子が本当に浮かぶ。
    このころって、おめかけさんが当たり前だったのかしら? 普通の夫婦って何?と思わせるけども、それぞれの形があるのかも。とにかくいろんな描写が好きです。

  • 1940年くらいの大阪周辺にいきている作者と
    その周囲にあるひとたちを描いた作品
    大衆のためでない大衆を描くという
    現代小説の流れ上流にある作品として価値があるかもしれないが
    現在としては技術的に素朴良いところあるけれども
    埋もれるつくりであり
    その舞台に価値を置く時代小説としてしか読めない

  • 感覚が合うような合わないような。。。テンポの良さは現代でも通ずるが、さりとて刺激的とまではいかないし。「競馬」はよく書けているし、どの短編も面白みはある。

  • 松竹新喜劇を思い出さる単純なプロットなのに、何度読んでも、何故、心地よい気分がするのか考えてみたい。既婚の男が芸者をしている女と恋仲になり、駈落ちし、ハプニングにあい、苦難な生活をする。そして、やり直し、また、挫折をする。この繰り返しの末、大団円をむかえそうなところで話は終わる。それだけの人情話だ。
    しかし、読み始めると引き込まれてしまう。
    この作品は、文章がリズムがあって、ワンフレーズが短くも長くもない。テンポが良い。
    実にイキイキした大阪言葉が、リアリズムを支えている。天麩羅の値段まで書き、実在する店舗が昭和初期にしっかりと戻してくれる。
    田中康夫『なんとなくクリスタル』がカタログ小説と騒がれた時代より約40年に、書かれていることに注目したい。
    昨者は、現実をよく見ている。性格の違う男女が、長く生活していく。男が身勝手で、優柔不断で、持続力がない。まるで子供だ。女は几帳面で努力家。一見、あわないように思うが、女が少し引け目があり、男が理屈ぽく、後先を考えないタイプは、他人が見るより本人逹はしくっくりきていると思う。
    私小説ではなく、本当のリアリズムはこういうものだと訴えている気がしてならない。
    最終章の蝶子が、柳吉の浄瑠璃でとった2等の座布団の上に座っている姿は、甘味処「夫婦善哉」に飾らてある阿多福に重なって見えるのは、微笑ましい。
    短編なのに長編を読んだ気がする作品だ。

    谷崎潤一郎の初期作品の大阪言葉が、霞んでしまう。

  • 残念ながら相性あわず。関西人との感覚の違いなのか?単に嗜好の問題なのか?

  • 又吉さんのオススメ。本当にダメすぎて泣けてくる男性との生涯。でも、ラストのぜんざいのシーンでので泣きそうになるのは、何故だろう。

  • 何をやっても駄目な柳吉と、彼に折檻するほど怒りながらも離れられず苦労する蝶子の話。
    いま流行の共依存などではなく、「この男を一人前にしなきゃ!」という心理が蝶子に感じられるのが、よい。
    駄目息子に翻弄される母、という構図が裏に隠れているように思える。
    だから何度も借金に奔走して、店を始めたりするのだと思う。

    柳吉の「遊びの虫がうずく」という感覚は、よくわかる。
    いまの生活が実にくだらない、つまらない、辛気臭い。
    それよりも酒を飲んで芸者と遊ぶほうが断然面白い。
    そして大事なのは、それをある程度許してくれる蝶子がいる、帰る場所がある、ということである。
    かくして柳吉は何一つ成長することもなく、蝶子も見限ることなく、なんとなく善哉を食べるシーンで終わる。
    とても素朴で美しいシーンだと思う。

    村上春樹の「風の歌を聴け」を少し想起した。
    「時は過ぎ去り、大切な何かはいつの間にか失われ、二度と取り返せない。そんなふうにして僕たちは生きている」
    という感覚が春樹の持ち味だが、
    この夫婦は泣きもせず叫びもせず静かにその感覚を味わっているように思える。
    自分たちの若さであったり、肉親の命であったり…。
    それが独特の美しさを感じさせるのだろう。
    もちろん春樹と比べられて織田作之助は迷惑かもしれないが、この読みはたぶん間違っていない。

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著者プロフィール

1913年10月、大阪市生まれ。1933年から創作活動を開始し、1938年に小説「雨」を発表。1940年に「俗臭」が第10回芥川賞候補となる。同年に発表した「夫婦善哉」が改造社の第1回文藝推薦作品となり、以降、本格的に作家活動を開始。1946年4月に発表した「世相」が評判を呼び、作品発表の機会が劇的に増えるも、1947年1月、肺結核のため東京にて死去。その直前に評論「可能性の文学」を発表し、作風の転換を図っていた矢先のことだった。太宰治、坂口安吾らと共に「新戯作派」「無頼派」と呼ばれ「オダサク」の愛称で親しまれた。

「2019年 『織田作之助 女性小説セレクション 怖るべき女』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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