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- / ISBN・EAN: 9784101041612
作品紹介・あらすじ
2001年の春、僕は大学院に進んだ。専門はフランス現代思想。友人の映画制作を手伝い、親友と深夜にドライブし、行きずりの相手とセックスをする日々を送りながら、修士論文の執筆が始まる。テーマはドゥルーズ――世界は差異からできていると唱えた哲学者だ。だが、途中までしか書けないまま修論の締め切り(デッドライン)が迫ってきて……。気鋭の哲学者が描く青春小説。芥川賞候補、野間文芸新人賞受賞作。
感想・レビュー・書評
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良い小説だなと思った。場面転換が頻繁にあるのだけれど、話をぶったぎるなんてものは全く感じなくて、まるで映像(映画のような)の視覚効果のような気がした。
その色々な場面のなかに「僕」と「先生」の会話があるのだけれどそれが重要な気がする。でもちょっと難しくもあり完全に捉えることができなかった。
そして何より誰にでももある(あった)であろう、あの年齢の時のあの空気感がすごく出てる。友達と夜中ドライブにいったり、ご飯を食べたり、引越作業だったり、家庭のあれこれ...。青春小説かな?不思議だ。
後半に知子と電話する場面で知子の視点が出てくるのだけれども、それがどういう意味だったんだろうって今考えている。そういう余韻というか考えさせられるものがあるというのも良い。
解説だと思って読み始めたらなんだか難しくて、よく見たら解説って書いてなかった(笑)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
やっぱり千葉さんの書くモノは好きだなと思った。
自分と本とが重なる感覚がある。登場人物が自分と重なるとかそういう意味ではなく、あくまで本と重なっている。
この感覚がすごくなんともいえなくてすごく好き。
読み終わった今ふとした時に、もうあの本読み終わっちゃったんだもんなって気持ちになる。 -
正直な感想は序盤は退屈かつ、時系列が複雑な場面転換についていけず読みづらかった。
しかし、最後まで読むと、序盤〜中盤までのつかみどころのない話が意味を持つ。
繰り返して読みたい作品のひとつになった。
はっきりとした起承転結があるわけではないので、他の感想でもあるように退屈と感じるかもしれない。王道の小説(事件があってそれを解決するような)が好きな人には向かない作品だなとは思う。
裕福な家庭の〇〇(主人公)が大学院で修論を書きながら、大学院の友人たちとの交流やハッテン場で相手を探し行為をいたすのはとても詳細だが淡々としていて、失礼ながら「THE自堕落な生活」。
その中で、フランス思想や荘子など哲学が入り乱れるので、アンバランスさを感じる。
ネタバレになるので細かくは書かないが、後半、窮地に立ち始めると主人公がちゃんと血の通った人物に感じ、急に人間味を帯びてくる。
だからといって、困難を乗り越えるようなサクセスストーリーが展開されることはない。
我々の日常事件はあっても、目に見えた起承転結もあるはずもなく、その中でどう考え、どう生きていくのか、そんなリアルさをもった作品だとも感じた。
そこを経て、再読するとまた深みが生まれそうな予感がするので、間を開けてまた読みたい。 -
おもしろかった。何が面白かったってとてつもない衝撃があったわけでも、特段感動があったわけでもないが、この小説でしか感じられない不思議な、ある種「放り投げだされた」感覚になる。それがまた面白いのだ。だって、小説が読者を放り出すのだから。しかし、これは、少しの哲学の知識か、著者千葉雅也の他の書籍などを読んでいると面白さは倍になる気がした。
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TwitterのTLで気になって手に取りました。不思議な読み心地の作品でした。ドゥルーズの修士論文を書く「僕」の大学生活と哲学的論理思考が展開されてゆく。ゲイであることの視点=身体論なども新鮮な思考に触れたように感じました。一人称で書かれた小説であるのに、唐突に三人称視点が挿入される点も巻末の町屋良平の論考が無ければその意味が理解できませんでした。とても面白かったです。他の作品も読んでみたい。
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野間文芸新人賞受賞作。ゲイで、ドゥルーズをテーマに修士論文を書く大学院生が主人公ということで、私小説的な内容と思われるが、論文やエッセイとは異なる形で著者の思想や思考、体感が表現されてるように感じられて興味深かった。
主人公は、社会の規範(異性愛主義)とは異なる形で存在する自己の性的指向(あるいは性自認)について、矛盾を抱え、葛藤している。ドゥルーズの思想はヒントでありながらも、それと自己の中の蠢きが必ずしもマッチしない。生成変化に憧れながらも、その方向に必ずしも振り切れ(られ)ない。
最終的に主人公は修士論文のデッドライン(締切)を突破してしまう。そこで訪れたある種の諦めと制約は、際限のなさゆえの選択のできなさを縮減し、その制約の中でこそ「動きすぎない」形での生成変化に可能性を開くことにつながっているようにも思われる。
千葉の代表作でもある『動きすぎてはいけない』では事象や概念の「偶然性、外在性」がヒュームの思想を軸に強調されるが、僕はそれを読んだ際に、一文字も明記されていないにも関わらず「ハッテン場」的なものの隠喩を読み取った。この小説ではそうした場面が幾度も登場するが、これは偶然ではないだろう。 -
出版されてわりとすぐ読んだけど、なんだかよくわからないしすごくひんやりしたイメージが残った。現代思想入門、勉強の哲学、センスの哲学を読み経て再読したら、実戦編のような感じでいろんなものがみえてきてすごくおもしろかった。登場人物でやだなーという人がいない。
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自分の中で他人とは分かり合えない諦めを持ってていたけれど、誰かと仲良くなりたかったり遊びに出かけたい矛盾したものも持ってて、それについて長いこと考えるのを放置して忘れてさえいた。魚の楽しみの話とこの話全体を通じて自分の中にあったそれらをまた思い出した。
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哲学を学んでいる主人公が、自身のマイノリティである性別について、荘子の話を盛り込みながらも 自分なりに分析しており面白かった。