いつかたこぶねになる日 (新潮文庫)

  • 新潮社 (2023年10月30日発売)
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  • 本 ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101047218

作品紹介・あらすじ

世界を愛することと、世界から解放されること――詩はこのふたつの矛盾した願いを叶えてくれる。南仏・ニース在住の俳人である著者は、海を空を眺めながら古今東西の先人たちの詩(うた)を日々の暮らしに織り交ぜて、新たなイメージの扉をしなやかにひらく……。杜甫、白居易、夏目漱石、徐志摩らの漢詩を優しく手繰り寄せて翻訳し、いつもの風景にあざやかな色彩を与える、全31編のエッセイ集。

感想・レビュー・書評

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  •  文学系YouTubeチャンネルで紹介され、著者の小津夜景さんも出演されていたので、「これは読まなければ」と取り寄せた。(最近、YouTubeプレミアムに入ったので視聴しまくりです)
     なんて、素敵な装丁。そして、「はじめに」で

     今日、自転車を漕ぎながら、詩っていいものだな、と思いました。
    いったい詩のどこをいいと思ったのかというと、なんといってもその短さです。

     なんて素直で素敵な人なんだろう!こんなに普通のことをするっと喉越しの良い素麺みたいに言える人って、とっても良い感性の人に違いない!
     俳人である小津夜景さん。この本では漢詩を独自の感性で訳しているという事前情報であったが、32編のエッセイからなり、それぞれのエッセイは小津さんの思い出や日常で始まり、そこから繋がる漢詩と小津さんの訳詩が挙げられる。
     漢詩の部分だけではなく、エッセイ自体が詩心に溢れ、さらにはそこから垣間見える、小津さん自身の物の考え方や育ち方が詩心に溢れている?(形にとらわれないということを私は言いたいのか?)というのか、ユニークで、自由で面白い。
     小津さんのお母さんのエピソードがあったが、お母さんは小津さんが小さい頃から「私は国禁を犯してでもあなたを外に送り出すから。早ければ15歳で」「未知の世界に漕ぎ出せば、そりゃあ死ぬかもしれないけれど、でも自由を知ることが出来るのよ。あなたが死んでもお母さんは我慢するから、遠慮なく好きなところに行きなさい」というような方だったのだそうだ。
     それでなのか、小津さんは2000年ころから、南フランスで暮らされ、南フランスで俳人をしながら漢詩を訳すという、コスモポリタンな詩人である。
     漢詩といえば、日本語で書かれた詩ではないのに日本では何故か「国語」の教科書に載り、読み下し文で「訳した」気にさせられている。だけど、漢詩も外国語で書かれているのだから、英語やフランス語で書かれた詩と同様に「翻訳」するべきだという当たり前のことに気づかせてくれる。
    漢詩を初めから謙虚に「外国語の詩」として捉えた西洋人の訳詩のなんと瑞々しいこと。例えば、ジャオシェン・ワンという人の訳した李清照の漢詩の中では、「海棠」という花のことを「クラブアップの花」と訳しているそうだ。クラブアップルの花と言えば、小津さんの中では「赤毛のアン」のプリンス・エドワード島の「歓びの白い道」になるそうだ。そこに気づいて感動する小津さんの感性も素晴らしいけれど、そこに気づくまでに、漢詩をその熟語の意味や作者の生涯や中国の歴史まで調べて丁寧に読み解く「自由きまま」だけではない地道な作業にも素晴らしいと思った。
     漢詩を読むことは、古道具屋で「掘り出し物」を見つけてきて一生懸命磨き、「やっぱり掘り出し物だった!」とか「外れだったとか」いう気持ちに似ているそうだ。丁寧に読み解くと、そこには今を生きる人と変わらない素朴で瑞々しい感性に出会えるという。
     例えば、小津さんはある日、ほうれん草入りのフェットチーネを作って食べながら、ふと杜甫の「槐葉冷淘」という詩を思い出された。小津さんの訳したタイトルは「槐(えんじゅ)の葉のひやむぎ」。槐というのは見たことがないが、緑の葉で、それを擦り込んだ冷むぎは夏の風物詩であり、絶品なのだそうだ。元の漢詩は難しい漢字が多いので、ここには載せないが、小津さんの訳を下に一部掲載する。

    あおあおとしたのっぽの槐の葉を
    摘み取って台所にもっていく
    近くの市場からつきたての麺が届いたので
    槐の葉をすりつぶした滓を練り込む
    三本足の鉄釜に入れて強火で茹であげれば
    いくらでも食えるし、悩みも消える
    箸に照り映えるのはあざやかなエメラルドの
    ひやむぎと蘆の芽入りの混ぜごはん
    歯に触ると麺は雪より冷たくて
    これを人に勧めるのは真珠をやるのに等しい
    ああ、黄金で飾った駿馬に乗って
    駆けて駆けて、絢爛の宮殿に捧げてきたい
    (以下略称)

     また、中国人による漢詩だけでなく、日本人による漢詩も沢山あることを紹介してくれている。菅原道真など平安時代の人から新井白石ら江戸時代、夏目漱石ら近代の人まで紹介されている。そして彼らの作った漢詩は「教養の一環」「理性的」「硬い」といった日本人にとっての漢詩の概念を覆すような自由で私的な感性を伸び伸びと放出させたものが多いことを紹介して下さっている。
    例えば、菅原道真が讃岐の国に左遷された時に作った漢詩「寒早十首」の中にはこんなものがある

    何人寒気早
    寒早採樵人
    未得閑居計
    常為重担身
    雲巌行処険
    甕?入時貧(一部漢字変換出来ず)
    (以下略)

    小津さんの訳
    どんな人に寒さはいち早く訪れるのか
    寒さが早いのは 柴や薪をとる人だ
    楽に暮らせるあてもなく
    重いものをかついで運ぶ日々
    山の巌に雲のかかる険しいそば路を行き
    割れた甕の口を窓にした貧しい家に帰る
    (以下略)

    自分も「左遷された」という悲しい身だが、讃岐の貧しい人々の暮らしを目の当たりにし、エリート官僚には書けない人間的で温かく、悲しい詩だ。こんな漢詩も書かれていたのだと小津さんが訳してくれなければ、知らなかった。

     漢詩は見た目は四角四面だが、中身は定型ではなく自由詩だと小津さんはおっしゃっている。
    また、小津さんの本業の俳句のような定型詩も「フレーム」という鋳型にはめるのではなく、「現実」と異なる世界に逃避するため「フレーム」を通して、その奥に向かってイメージとかテキストだとか、マテリアルだとかテクニックとかいったレイアーを重ねていく遊びだと述べられている。
    そうか、詩は自由だ。
    そこには言葉の壁や文字の数といった制限はあるけれど、その窓から覗きこめば、無限に自由で創造的な世界が広がっている。と教えていただいた。

    • 地球っこさん
      Macomiさん、こんばんは。

      私もこの本大好きです。
      あと『カモメの日の読書』も大、大、大好きです。

      今年もよろしくお願いします(⁠ ...
      Macomiさん、こんばんは。

      私もこの本大好きです。
      あと『カモメの日の読書』も大、大、大好きです。

      今年もよろしくお願いします(⁠ ⁠ꈍ⁠ᴗ⁠ꈍ⁠)
      2025/01/13
    • Macomi55さん
      地球っ子さん
      明けましておめでとうございます。
      お久しぶりです!コメントありがとうございます!
      スケザネチャンネルという文学系YouTube...
      地球っ子さん
      明けましておめでとうございます。
      お久しぶりです!コメントありがとうございます!
      スケザネチャンネルという文学系YouTubeで小津夜景さんのことが紹介されていて、ブクログを見てみたら、地球っ子さんをはじめ、色んな人が評価されていたので、私も取り寄せてみました。
      単行本も手に取ってみたかったのですが、文庫本も素敵!
      地球っ子さんのレビューを再読してみたら、私と同じ、ひやむぎの漢詩を取り上げてられたので、親近感を覚えました。あの詩の瑞々しさは素晴らしいですね。そして、ほうれん草のフィットチーネからあのひやむぎにいたる連想も。
      地球っ子さんは、ご自分でも漢文を訳されているので、すごいと思います。私は見た目で脳みそが固まってしまうのですが。
      でも、その先にある素敵なものが想像出来る事が、翻訳のモチベになるのでしょうね。
      今年もよろしくお願いします^_^
      2025/01/13
  • 良い本はその予感がするものである。勿論、後付けであるが。本作も表紙の清冽な意匠に惹かれ、表題の耳慣れない言葉に興味が湧き、裏表紙のあらすじで、これは間違いないと確信する。南仏在住の俳人による漢詩や俳句を交えたエッセイ。

    彼女の日常に自然に溶け込む漢詩や俳句の滋味深さを味わう。何気ない日常の描写もしなやかで話題も洗練されており、だからといって素人の私を置いてきぼりにしない親しみやすさもある。よくある、小難しい学術書とは一線を画する。

    表題にある『たこぶね』とは、タコの一種で、メスが作り出し、住まいとする宮殿のような貝がらの造形は繊細で美しい。子どもたちの揺籠期を終えると、母のたこぶねはこの貝がらを捨て、一介のタコとして生き直すという。

    たこぶねの生き様から敷衍して、原采蘋の詩の生命力の強さなどに話を転じ、また日常に戻る。こうした先人達の言葉と彼女の日常をつなぐ話が31編綴られる。自分の世界が広がる新鮮な読書体験だった。座右の書として繰り返し読みたい。

  • ニースに住む俳人のエッセイというか、漢詩と言うか、哲学というか、、生活を含めての、生きる証をしたためたもの。気持ち良く読み終えた。学生時代にこの本にら出会えてたら、もっと漢文が好きになれてたかも。巻末の詩人歌人の紹介や、漢詩の出典も嬉しかった。

  • エッセイと漢詩。

    漢詩は全然わからない私。
    どのくらいかというと、著書にはあの有名な『サヨナラダケガ人生ダ』も取り上げられている。
    私は、知ってるぞこれはと喜ぶ。
    しかしそれの原文が漢詩で井伏鱒二が和訳しているとはご存知ない。
    なんなら『勧酒』の一節で前半があるのもご存知ない。作者の于武陵はなんとなーく聞き覚えがある程度。

    とまあこんな私にも楽しめる、著者のエッセイに始まり漢詩が和訳とともに紹介される構成。
    いい塩梅でエッセイ→漢詩と続くので入りやすくて読みやすかったです。

    ふと読み返したくなる、味わいのある一冊でした。


    上記の感想、間違いがございました。
    勧酒のくだり、たぶん別の本と勘違いしてるかもしれません。
    勧酒、読み返して紹介されていないと今確認しました。

    失礼いたしました

  • Tel père Telle fille 父と娘 | 似て非なるもの 遠くて近きもの(2024-06-20)
    https://ngtchinax.hatenablog.com/

    小津夜景日記
    https://yakeiozu.blogspot.com/

    漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日 | 素粒社
    https://soryusha.co.jp/books/001_takobune_910413006/

    『いつかたこぶねになる日』 小津夜景 | 新潮社
    https://www.shinchosha.co.jp/book/104721/

  • この本の感想を詩的表現で書くのはずるいと思う
    この本を読み終わった人は誰だって詩情を刺激されて何となく深い思考をするからです。
    文章の一つひとつや言葉の使い方に深く考えることのかっこよさが詰まっていると思う。かっこつけるのではなく、自身が好きなことをありったけの語彙と知識と感性でぶつけられることの心地よさは何にも変え難い体験だった。
    また忘れた頃に新しい気持ちでもう一度この本を開きたいです。

  • 著者が、言葉をただひたすら愛しているのが伝わってくる。

    寝る前に、1章ずつ味わうのがよい。
    豊かな表現に出会う幸福に溢れている。

    小津さんを通じて漢詩を咀嚼するのは心地よく楽しい。
    表紙の白とブルーのような、静謐な気持ちになる。
    言葉を味わうのは世界を味わうことだなと、まざまざと思い知らされる。
    丁寧な表現を味わっていると、自分の心が凪いでいくのがわかる。

    世界は、こんなにも色鮮やかで、豊かに広がっているものだとは。
    詩が、時空を超えて、作者と気持ちを分かちあえるものだとは。

    読み終わったとき、思わず、「良い本だった…」とため息が出た。
    解説は「水中の哲学者たち」の永井玲衣さん!この解説がまた素晴らしい。

    小津さんの新作、ロゴスと巻貝も読んでみたい。

  • "中国の漢詩が海外文学であることに気づいていない人はあんがい多い。"
    高校時代に見ていたのは書き下し文で、たしかに日本語のように読めてしまったけど、本来の意図で読めたことはなかったと気づく。

    知識と感性が混ざり合って、こんなにも世界が美しく見える本があったのか。

    小津さんのエッセイを通して、はじめて漢詩を身近に感じる。翻訳が心地よくて、沁み渡る。
    日本人による漢詩もいい。知らなかった。

  • どなたがXで絶賛されていたので気になり、たまたま図書館で借りました。漢詩に全くの興味がない私に、昔から文字言葉を使ってその感性を紡いできた詩人への敬意をこの本が教えてくれました。
    小津さんの感性、言葉選び、頷けたと思ったら引き離されて、とゆらゆらしながら読了。久々楽しく詩に触れることができました。

  • なんて瑞々しくて、心にきゅんとくるエッセイなんだろう。
    日本と中国の、平安時代や唐の時代から江戸や清の時代までの様々な漢詩と著者のフランスでの暮らし全31篇のエッセイ。
    漢詩とフランス。
    不思議な組み合わせ。

    私は漢詩を読むのが好きで、漢詩の硬い文章と書き下し文からつかむ硬い感じの訳といった漢詩に漂う硬い味わいが好きでした。
    この本を読んで、その硬いイメージを覆す小津夜景さんの漢詩の訳が最高に素敵で、心震えました。
    新井白石の蕎麦の詩は、あまりに美味しそうで食べたくなるし、
    源順(みなもとのしたごう)の白をうたう詩は美しくてひとつひとつ目に浮かぶようだし、
    菅原道真が左遷された時期の詩や幸徳秋水の獄中の詩はどれも胸にぐっとくるし、
    李商隠の詩はかっこよくて私好みだし、
    あげたらきりがないほど、どれもこれもまるで現代の人が語るように、SNSのおしゃれな文章のように、わくわくとしたりきゅんとしたり感情や情景が生き生きと伝わってきます。

    そしてエッセイで語られるフランスの生活は素敵だし、夜景さんの言葉や文章の美しいこと。

    あまりに楽しくて、訳が素敵で、読む終わってからも何度もページをめくっては、漢詩を楽しんでいます。

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著者プロフィール

1973年北海道生まれ。2013年「出アバラヤ記」で第2回摂津幸彦賞準賞、2017年句集『フラワーズ・カンフー』で第8回田中裕明賞を受賞。その他、著作に漢詩翻訳つきの随筆集『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者・須藤岳史との共著『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』などがある。

「2022年 『花と夜盗』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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