花ざかりの森・憂国―自選短編集 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (286ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101050027

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  • 憂国:1961年(昭和36年)。
    華族の末裔で、東大法学部卒で、同性愛者で、ボディビルダー。自衛隊にクーデターを促す演説を行い、失敗とみるやその場で割腹自殺。個性派ぞろいの文豪集団の中でも、三島由紀夫は飛びぬけて強烈なキャラクターだ。軍服姿で拳を振り上げる三島の姿から受ける印象は、皇国主義者あるいは極右といったところか。

    『憂国』は、そんな三島の自画像ともいえる作品だ。大義のために自死を選ぶ陸軍中尉の決意は悲愴かつ勇壮で、国粋主義者ならば「これぞ日本男児の鑑」と感涙にむせぶことだろう。

    しかし、あまりに凄絶な切腹の描写が、観念的な大義の是非など何処か彼方に吹き飛ばしてしまう。これを読む限り、三島にとって政治信条なんて本当はどうでもよかったのではないかとすら思える。彼の関心はあくまで滅びの美学にあり、国粋主義はその美学を際立たせるための舞台装置に過ぎないのではないだろうか。

    肉体が損傷され取り返しのつかない状態になってゆくプロセスを、ここまでねっとりと、エロティシズムさえ匂わせて描ききった作家を私は他に知らない。禍々しさを通りこして、ある種の神聖さすら感じるほどだ。私は『憂国』を読むたび、ベルニーニの傑作「聖テレジアの法悦」を連想する。脳が耐えうる閾値を超えた苦痛は、もはや快感と区別がつかなくなるのかもしれない、と錯覚させられる。

    こういう作品を書いてしまった人間は、ああいう最期を迎えるよりほかないのかもしれない。クーデターが頓挫したから切腹したのではない、切腹したかったから頓挫するような計画を立てたのだ。三島由紀夫という人は政治運動家ではない。思想家でもない。生来のパフォーマーであり、表現者であり、生と死のあわいに異様なまでに執着した生粋の芸術家だったのだ、きっと。

    • mkt99さん
      佐藤史緒さん、こんにちわ!(^o^)/

      どんなゆかりがあるのかはわかりませんが、富山には「隠し文学館 花ざかりの森」という三島由紀夫文...
      佐藤史緒さん、こんにちわ!(^o^)/

      どんなゆかりがあるのかはわかりませんが、富山には「隠し文学館 花ざかりの森」という三島由紀夫文学館がありまして、これまたなぜだかわかりませんが(笑)毎年3月しか開館していないという不思議な文学館になります。
      一去年だったかに訪れてみると、住宅街の細い道を辿った先にありまして、文学館なるものも普通の民家を改造したものでしたが、展示品はなかなかの収集品かなとも思いました。
      推測するに、三島由紀夫好きな方が高じて設立されたものなのかな。(笑)

      本当に「隠れた」存在なんですが(笑)、なかなか興味深くて機会があれば(また1年先かもしれませんが)、また訪れてみたいと思っています。(^o^)

      http://www.3ihanazakari.com/

      いまではいろいろと協賛等があるようですが、個人で設立するなんて大したものだと思います。
      自分も何か設立したくなりました。(笑)
      2015/03/25
    • 佐藤史緒さん
      mkt99さんこんにちは!
      いま出先でコメント読んでます^_^

      富山にそんな穴場スポットがあるんですね!
      いやもうめちゃくちゃ行...
      mkt99さんこんにちは!
      いま出先でコメント読んでます^_^

      富山にそんな穴場スポットがあるんですね!
      いやもうめちゃくちゃ行ってみたいです。なんて魅惑的な文学館でしょうか。まだホームページ?の方は見てませんが、その文学館を訪れるためだけに富山に行ってみたいです。将来の楽しみがひとつ増えました(笑)

      mkt99さんがもし何か設立したらゼヒ教えて下さいませ(^O^)/
      2015/03/27
  • 再読。三島の自選短編集。10代の頃の「花ざかりの森」や「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃」は、なんていうか、ちょっと背伸びした気取りのようなものがあり、素直に良いとは思えないけれど、これを10代で書くこと自体はやっぱり凄い。

    とても面白かったのはある意味三島らしからぬふざけたファンタジー「卵」。毎朝生卵を勢いよく割って食べる5人の大学生が、ある晩酔っぱらった帰り道で謎の警官に拉致され裁判にかけられる。彼らの正体はもちろん…。若者のおふざけものとしては「月」も異色。文中出てくる「ビート族」というのはつまりビート・ジェネレーションということか。睡眠薬でラリって破滅的なことばかりする無軌道な若者たち。

    代表作「憂国」は流石の迫力。二・二六事件に参加しなかったが、首謀者たちが友人だった武山中尉は、彼等の処刑に手を下すに忍びず自死を決意する。新婚の妻・麗子もそれを見届け後を追い…。とにかく、切腹の描写がえぐい。そしてその直前の二人の最後の情交が濃密。まさに死とエロス。

    その他、なんらかの「幻滅」についての物語が多かった気がする。自意識過剰な夫人がかつての求婚者と再会する「遠乗会」、中2臭のする少年が自身の才能と同志である先輩に見切りをつける「詩を書く少年」、神の啓示をうけ十字軍に加わろうとした少年のために、しかし海は割れなかった「海と夕焼」、美しい歌舞伎の女形に惚れ込んでいた戯作者が、若い演出家と女形のすれちがいを皮肉に見守る「女方」など。

    子守にやとった看護婦が突然出産、新聞紙にくるまれた不幸な赤ん坊の幻想から逃れられない新妻の「新聞紙」、美しい牡丹園の持ち主が実は…という「牡丹」あたりはオチが鮮烈。願掛けで橋めぐりをする女たちの駆け引きとマウント合戦「橋づくし」も情緒があって好き。

    ※収録
    花ざかりの森/中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃/遠乗会/卵/詩を書く少年/海と夕焼/新聞紙/牡丹/橋づくし/女方/百万円煎餅/憂国/月

  • 『中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃』

    高山秀三氏の論文が参考になる。
    (CiNii 論文 少年期における三島由紀夫のニーチェ体験 https://ci.nii.ac.jp/naid/110009995254 )

    生活の中で使う言葉、ではない言葉
    散歩中に花を見つけて、この花は綺麗だね。
    というように使う“花”ではない。

    花は、咲き枯れ再び花を咲かせる輪廻を思わせ
    花の蕚は、花が蝶のように飛び立たぬためにやさしく無情に支えているのであり
    花は、崩壊の可能性を含んでいる完全なるもので
    花は、久遠であり

    と、観念か概念か分からんが、そういう文章の中で、花は現実の目の前にある花ただそれを示さず
    、含意が多く、三島が何を表したく花を使っているのか読み取らねばならない。

    ここに出てくる名詞はこのように読み取らねばならん。花、落日、健康、森、海、舞、薫り、殺人、など。

    修辞をこれほどに多用するのは、興味がない人を遠ざけ、一部の人に読者を限る。

    修辞は使う人を よぉーく 表す。

    修辞に気をとられる。
    気をとられる私がダメなんだ。
    修辞に惑わされんな。

    書いてあるのは三島自身のこと。

    相手を殺す 死ぬ 美しい 己も死ぬ
    殺しながら兇器の先で、美しいものを支えている
    それが久遠に殺すということ?(輪廻 快癒でなく)

    夥しい衣装を殺す間に 奥ですでに死んでいる
    無碍が痛い 落日が痛い 快癒が痛い
    自身の健康が彼に痛みを与えるとは?

    無他な海賊に、何度も海に誘われるが、他者との距離から始まる殺人者は海賊にはなれない。

    海賊に、花売るために憂鬱な狂人を佯わろうと 誘い出す。 (芸術へ誘う)

    肺ろう人を殺す日記が分からん。

    蒔絵のようとは、きらびやかということ?逆?
    蒔絵のように無為なというと地味な方を浮かべるけれど。
    (修辞が私に機能しない。)

    使命、意識が弱点 このうえなくたおやかならんために、このうえなくさげすむ弱点に祈りをささげる。 (弱点と共に生きるのか?)

    三島の「イカロス」という詩も合わせて読むといい。

    芸術を三島がどう思っているのか受け取るしかない。
    読者の感想いらない。 正確に読み取ることだけが必要。
    なぜ 芸術に死が必要で そこが美しいと思うのか さらに、殺しつつ生き不断に死にゆく、なぜ自身も死ぬのか、私は理解できなくとも、三島はそう思うんだから受け入れるしかない。

    「詩を書く少年」

    辞書で知らない言葉に出会い
    違和感を覚え
    意味を知る

    感情感覚を体験して違和感を感じたら
    さっきとは逆に
    その経験はこの言葉か となる
    その経験は未経験では無く すでに経験されていた

    経験したか経験してないかはどうでもよく
    未経験のことを言葉で書くことに矛盾はなかった
    (私だったら、そうは思えない)

    それなしには生きられない夾雑物 (またも矛盾)

    修辞の話に移るが、「伜 三島由紀夫」平岡梓 著
    に三島は、「作品の上では花に関しても何かと書いていましたようですが、僕の見るところでは花屋からたくさん届けられる花には何の関心も示さず、庭に咲く紅梅やざくろその他の草花にも全くと言っていいほど興味を持ちませんでした。」
    とある。
    表出するものと、内側の様々な感情思考は一致しないが、じっと見入っていることが少なかった(動きのないものはずっと見てられない。と詩を書く少年でも書いている)ことは確からしい。
    花を見ずに花を捉えていた。
    まさに詩を書く少年の言う通り。

    実際に花をじっと見ているから、花を捉えられるというのではない。

  • 短編はやっぱり得意でない。
    でもメリハリがあって飽きない。どの話も感性豊かで語彙が美しくて、みんな病的に繊細な浮世離れした人々。短編集にあたっての本人の解説があるのも良い。

    「遠乗会」上品な夫人の幸福な思い込み。乗馬会という趣味から上流の空気が溢れている。

    「卵」三島由紀夫もこんな馬鹿げたお話を書くんだ、という驚き。世間のぐうたら大学生のようで面白い。

    「新聞紙」最後の「…皇居の森は真黒に静まり返っている。」ここで暗黒がむくむくと膨らむ。

    「百万円煎餅」最後、何か良からぬお仕事なのは分かるんだけど、具体的にはどういうこと?とググった。健全で質素でつましい夫婦と生活の糧。

    「憂国」衝撃的だった。死の賛美、恐ろしさ、完全なる新夫婦の愛、健やかな肉体と美しい身体、狂おしい交合と静粛で整然とした生々しい強烈な死…「忙しい人が三島を知りたければこれ一つ読めば良い」と本人が言っているだけあり、三島にしか書けない究極の話だった。全てへの感情が振り切れて、まだグルグルしてこれがしばらく頭から離れないと思う。無上の思慕、曇りなき信頼

  • ◆学生時代に『仮面の告白』をなんとか読了して以来の三島。あの頃見えなかったものが見えればよいと思いながらの読書。
    ◆多彩な短編群に舌を巻く。面白くもシニカルにも美しく書き上げるも自由自在の感がある。自決でこの才を失ったのがあまりに惜しい。
    ◆どの短編にも基調に失望が漂う。強く求める理想や美学は、ありふれた現実に堕ちてしまう。〈詩〉が現実ならば〈詩〉とは言えない。〈詩〉は現実ならざるものだから美しく孤独なのだ。両立はならない。
    ◆唯一趣を異にするのが「憂国」なのではないか。大義と死をもって現世の〈詩〉が完結する。
    ◆芥川の自死に際して、「文士の自死は認めない、私が認めるのは武士の自決のみ」という由の言葉を残しているようだが、「憂国」の武山中尉の死は、目的を達成するための軍人の死とは思われない。そして三島の死も。自らの内にある〈詩〉を守るための死ではなかったか。残念だ。
    ◆「憂国」で美しいと特に感じたのは、麗子が墨を擦る場面と、武山の死後、火鉢の埋み火を消し、玄関の鍵を開ける場面。
    ◆好きだったのは、「花ざかりの森」「詩を書く少年」「海と夕焼け」「女方」。「花ざかりの森」は自作解説で三島は愛せないと述べているが、私はとても好き。「憂国」よりも。世界はそんなにたやすくは〈詩〉にならない。世界はもっと複雑で、その苦悩によってある視点から見ると七色に輝く。私はそう思うから、求めて失望を繰り返す「憂国」以外を支持したく思う。

  • 『憂国』はまさに三島文学の真骨頂という感じです。
     他の誰にも書くことはできないでしょう。
     外国人にも書くことはできないでしょう。
     日本人の、三島にしか書くことができなかった小説です。

     物語というようなものはほとんどないと言っていいと思います。
     226事件という状況設定と、あとは単に切腹の様子を息の長い描写で描いたものとも言えます。しかし、描写だけで、そこに深い意味を浮かび上がらせているのはさすがです。

  • 『憂国』が凄すぎる。この一言につきますね。
    もちろん、『花ざかりの森』を当時16歳の三島が書き上げたっていうのも凄いけれども。

    「もし、忙しい人が、三島の小説の中から一編だけ、三島のよいところ悪いところすべてを凝縮したエキスのやうな小説を読みたいと求めたら、『憂国』の一編をよんでもらえばよい」

    と三島由紀夫自身が言っているが、そのとおりだと思います。

    とにかくこれさえ読んどけば三島由紀夫読んでるとのたまっても許されると思う。


    ちなみに、個人的には三島作品の中では『三島由紀夫レター教室』が一番好きかもしれません。

    それについては今度レビュー書きます。

  • リアルな写実がトラウマになると勧められ、興味半分で「憂国」を読んだが、そんな事はなくとても美しく儚く綺麗だと思った。

  • この短編集は「憂国」のためにあるのだと思う。
    他の短編が好きな人には悪いが、作者本人も言っているように、三島由紀夫の集大成は「憂国」だと思わざるを得ない。

    文章の美しさ、まるで覗き見たような、実際に経験してきたようなリアルさは元より、怨念すら感じるテーマ、肉欲、生と死……ほんの短い話の中に、全てが凝縮されていて完成されている。

    というか彼は割腹自殺したわけだが……、腹を切った後にこの短編書いたんじゃ?って思うほど、そのシーンはリアルで怖い。

  • 『憂国』― この30ページに満たない短い作品の中には、三島由紀夫らしい「美」がこぼれんばかりにあふれ、彼の描くあらゆる長編作品が濃厚に凝縮して閉じこめられています。三島由紀夫が死の2年前に編み、自ら『解説』を書いた作品集です。

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著者プロフィール

三島由紀夫

一九二五(大正一四)年東京に生まれる。本名、平岡公威。学習院高等科を経て東京大学法学部を卒業。在学中の四四(昭和一九)年に処女創作集『花ざかりの森』を刊行。戦後四七年大蔵省に入り翌年退官。四九年に刊行した『仮面の告白』で名声を確立し、以後、文筆活動に専念する。『潮騒』にて新潮社文学賞、『白蟻の巣』にて岸田演劇賞、『金閣寺』にて読売文学賞、『絹と明察』にて毎日芸術賞、『サド侯爵夫人』にて芸術祭賞などを受賞した。六八年、「楯の会」を結成し、七〇(昭和四五)年、自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決。

「2020年 『三島由紀夫 石原慎太郎 全対話』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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