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Amazon.co.jp ・本 (384ページ) / ISBN・EAN: 9784101050089
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
テーマは「美」とその破壊欲求であり、主人公の溝口を通じて描かれる内面的な苦悩が印象的です。作品は実際の事件を基にしつつ、三島由紀夫の独自の視点が強く反映されており、フィクションとノンフィクションの境界...
感想・レビュー・書評
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小林秀雄との対談を思い出す。
小林は主人公のラストに死を持ってこなかったのを茶化していたが、三島は例の哄笑と共にお茶を濁していた印象。
柏木のような名脇役は露悪的すぎるも、魅力的。 -
名著中の名著、三島由紀夫さん「金閣寺」
おそらく三島文学の中で一番有名な作品であるだろう。
中学生の時に読んで以来35年ぶりの再読、内海健さんの「金閣を焼かねばならぬ」を読み進めていた際、三島由紀夫がこの史実である題材をどう描いていったのか?
フィクションとノンフィクションの融合のこの作品に物語とは別で興味を抱いた。
三島由紀夫といえば、力強い筆圧の文学家としての一面と、「盾の会」を結成し祖国防衛軍の活動もあまりにも有名。そして市ケ谷駐屯地での最後。
東大全共闘での芥さんとの大討論はその後の二人の歩みを知れば知るほどその交わした言葉の中に信念が感じられる。
自分にとって三島由紀夫とは、男として一人間として凄く憧れる人物であり存在だ。
まず「金閣寺」、中学三年生の時に修学旅行で一度だけ訪れた。その時は修学旅行の修学という面には全く関心がなく、クラスメイトとの旅行という側面にしか興味を示さなかったため、金閣寺を含めその時に訪れた場所場所の事を何一つしっかりと覚えていない。
修学旅行前にこの「金閣寺」を読んでいたにも関わらず。それほど修学旅行という行事に違う意識が働いていたからだと思う。
物語は溝口という主人公、実際に火を放った林養賢という人物がモデル。
行動の90%位が史実と一致しているのだが、実際にその時林自身が感じた心情はほぼ全て三島由紀夫の想像で溝口へと投射されている。
合っているものもあれば違うものも多いとのこと。その辺りはほぼ三島のフィクションの力技なのだと痛感した。だから文学として力強い言葉で恐ろしいほどに伝わってくる。
そしてテーマである「美」の破壊欲求。
この部分の描写は本当に素晴らしい。誰の内面の奥深いところにあると思われるその感情を、内面的に向かう苦悩と共に描ききっていくこの物語は読んでいて怖さを伴う。いつでも誰でも溝口になりうるであろう恐怖が本当に恐ろしい。
大事にしたいものがいつか誰かの手で壊されてしまうのならばその前に自らの手で壊してしまいたい、その三島の描く感情が凄く解ってしまう。
今後も三島由紀夫の再読を合間合間にしていきたい。
若い頃に読んで感じた感覚と50歳手前の今の感覚とでは違った意味合いを感じられるに違いない。その辺りも楽しみながら読んでみたいと思っている。
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中学生の娘の課題本の中の一つ。
どれがいいのかなと言われて私が「あなたは三島由紀夫はこういう機会でないと読まないだろうから読んでみたら?」とお勧めしたのだが、クラスでこれを選んだ人は2,3人だけだったらしい。そんな娘から「もう!全然わからなくて半泣きで読んだ!文学少女のお母なら面白いかもね」と言って回ってきたわ 笑(※文学”少女”じゃありませんが/笑)
実際の金閣寺放火事件をもとにした小説。
主人公である溝口という僧侶見習い学生の一人称で、放火に至るまでの心理を溝口の幼少期から辿り解きほぐしている。
溝口には、美に関する潔癖さを求める反面、人の裏切りや嫌悪感を見ることに喜びを感じる性質もある。
それは、幼い頃から僧侶の父に金閣寺の美しさを聞いて育ち、溝口の心のなかで絶対的な美として根付いたこと、しかし生まれついての吃音で人との交流が苦手なところから成り立った性質だ。
<私はただ災禍を、大破局を、人間的規模を絶した悲劇を、人間も物質も、醜いものも美しいものも、おしなべて同一の条件下に押しつぶしてしまう巨大な天の圧搾機のようなものを夢見ていた。P61>
村でも官能的で小悪魔的な美少女の有為子の裏切り行為を見て喜びを感じたり、
見栄えも完璧な海軍機関学生の象徴であるかのような短剣の内部に傷をつけて、美しいものの中にある瑕疵に弑逆的な喜びを感じたりする。
この海軍機関学生だが、見栄えも精神的にもキラキラして後輩に一説振って時代の最先端という感じで、溝口の実が手とするタイプである。しかし溝口が「じぶんは軍人にはならない。坊主になるから」ということを吃りながら告げたところ「ふうん、そんならあと何年かで、俺も貴様の厄介になるわけだな」とつぶやく。自分の日常の行く先は戦って死ぬことだと理解している、この時代の刹那的な煌めきを感じる。
溝口は父の紹介で金閣寺に見習い僧侶に入る。だが実際に見た金閣寺はごく普通の3階建ての木造の寺であり、心に描いてきた絶対的な日の象徴ではなかった。<美しいどころか、不調和な落ち着かない感じをさえ受けた。美というものは、こんなに美しくないものだろうか、と私は考えた。(P33)>という複雑な心境。
その気持が変わったのは、戦争が始まり、金閣寺も有限なのだと思ったときだった。ずっとあるものもなくなるかもしれない。金閣寺の美しさは有限である。それを感じた時に美しさが際立って感じられるようになった。
考えが陰に籠りがちな溝口に対して、陽性を振りまく学友の鶴川。
溝口の考えをさらに斜に構えたように世界を見ている柏木。この柏木は内反足の障害を持つが、溝口の吃音コンプレックスとは違い、障害を逆手に取り人の心を操り、特に高嶺の花であるかのような女性を次々籠絡しては捨ててみせる。
溝口は柏木から示され女性と関係を持とうとするが、そのたびに美の象徴である金閣寺が浮かび、どうしても踏み込めなくなるのだった。
金閣寺。自分が日を眼にすると目の前に現れて無効化してしまう金閣寺。
ある日、菊の花と蜂を見ていたときだった。自分を蜂と同化させると金閣寺は現れずに、菊の花として認識する。
そこで美に対する認識を改めて考えることになる。
美に対する風雑な心持ちは人との関係にも現れる。
ある日溝口は、自分の老師が芸姑を連れているところに出くわす。そしてそのつもりはないのに老師を付け回しているかのように思われてしまう。
溝口はそこでむしろ老師を脅迫するような真似をする。老師が自分を叱りつけることにより、人の醜さを知れば、その時こそ人を受け入れられるのではないかと思ったのだ。だが老師からは完璧な沈黙が帰ってくる。その後溝口は学校もサボり寺から行方をくらませたり、学費を使い込んだりもする。
溝口の母は、息子が金閣寺住職になることを夢見て(そして途中まではその有力候補であった)生きていた。溝口の破壊的行為をただ失望してみることしかできない。
<母を醜くしているのは…希望だった。P253>
そして老師は、まるで無視するかのような見捨てたことを見せつけるような態度を見せる。
<自分のまわりのもの凡てから逃げ出したい。自分の周りのものがぷんぷん匂わしている無力の匂いから。…老師も無力だ。酷く無力なんだ。それがわかった。P225>
老師に「私を見抜いてください」と問いかけるが、「見抜く必要はない。その面に現れている」とまるで相手にされないのだった。
<われわれが突如として残虐になるのは、うららかな春の午後、よく刈り込まれた芝生の上に、木漏れ日の戯れているのをぼんやり眺めているような、そういう瞬間だ。P242>
金閣を焼かねばならぬ。
その後も溝口は逡巡する。老師や他の僧侶たちに見せつけるかのような堕落を示し、柏木に思わせぶりなことを言い、小刀を買い、使い込んだ鐘で童貞を捨てるがそれでも決行にはなにかが足りない。
ある夜ついに今夜決行を決める。
最後に見た金閣寺はまさに美そのものだった。
準備していた藁や荷物を足利義満像の前に積み、火をつけて回る。
共に死ぬつもりだったが、死に場所と決めた蔵の扉を開けられない。
拒まれていると感じた溝口は金閣寺を飛び出し、山で燃え盛る金閣寺を見る。
「生きよう」と思った。
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読書会メモ
・この時代の人は、突然奪われるということ、自分の行く先は直接死があるということをわかっている感じがする。
・自分を強制していた枠がなくなり、戸惑って心の行く先が金閣寺へと向かった。
・戦前日本文化の象徴だった金閣寺だが、終戦でこれまでの価値観が一気に変わった。人の心は変わったが、象徴である金閣寺は残っている。
・法と混沌。三島由紀夫は法。終戦で、価値観が壊れたということをこの小説で著した。
・美しく壊れるべきだったものが残った。壊れるべきだったから壊した。
・壊れないことを確認するためにわざと壊そうとする人という印象。
・宗教は人の心を救うものなら、金閣寺という宗教建築物を壊すことで一人の青年が「生きよう」と思ったのなら、宗教の本来としてそれは良くないけど良いのかな。
・金閣寺を恋愛対象としてストーカー殺人。
・「金閣寺」と、三島由紀夫が自決した「自衛隊」は同一的なものか。 -
引き続き昔の文学を…の流れで、以前は読了できなかった三島由紀夫さん・金閣寺に再挑戦…
いやーーー、ムズいっすねーーー(笑)
辛くて辛くて…もう何とか頑張って読み切った感じ、全然自分が圧倒的にレベル足りないなと…m(_ _)m
主人公が過酷で歪な環境だったということは理解できるんですけど…「金閣寺燃やす」っていう思考に至ったところがやはり肌感として理解できなかった(金閣寺の美しさに嫉妬するとか、世直しのために燃やすとか)ので、そこが作品の理解度に直結しているのかなと。
戦後という時代背景も色濃く影響していると思うので、当時読んだ方々にはより共感できたのかもしれませんが…
ただ、文章の表現力・装飾性は圧倒的なものがあるなと…いませんね、こんな美しい日本語を綴る人は。
凄まじい筆力を持った作家さんということは理解できたので、そこは自分が前から少しは成長を感じた部分ではありました(笑)
また4、5年後くらいにもう一回トライしてみるかな…(´∀`)
<印象に残った言葉>
・私が人生で最初にぶつかった難問は、美ということだったと言っても過言ではない。(P28)
・『金閣と私との関係は絶たれたんだ』と私は考えた。『これで私と金閣とか同じ世界に住んでいるという夢想は崩れた。またもとの、もとよりももっと望みのない事態がはじまる。美がそこにおり、私はこちらにいるという事態。この世のつづくかぎり渝らぬ事態……。』(P81)
・しかし今までついぞ思いもしなかったこの考えは、生まれると同時に、忽ち力を増し、巨きささを増した。むしろ私がそれに包まれた。その想念とは、こうであった。『金閣を焼かなければならぬ』(P242)
・この世界を変貌させるものは認識だと。いいかね、他のものは何一つ世界を変えないのだ。認識だけが、世界を不変のまま、そのままの状態で、変貌するんだ。(P273、柏木)
・別のポケットの煙草が手に触れた。私は煙草を喫んだ。一ト仕事を終えて一服している人がよくそう思うように、生きようと私は思った。(P330)
<内容(「BOOK」データベースより)>
金閣を焼かなければならぬ――。破滅に至る青年の「告白」。
最も読まれている三島作品。国際的評価も高い。〔新解説〕恩田陸
「美は……美的なものはもう僕にとっては怨敵なんだ」。吃音と醜い外貌に悩む学僧・溝口にとって、金閣は世界を超脱した美そのものだった。ならばなぜ、彼は憧れを焼いたのか? 現実の金閣放火事件に材を取り、31歳の三島が自らの内面全てを託した不朽の名作。血と炎のイメージで描く〈現象の否定とイデアの肯定〉──三島文学を貫く最大の原理がここにある。
巻末に用語、時代背景などについての詳細な注解、佐伯彰一、中村光夫、恩田陸による解説、さらに年譜を付す。-
わたしもずっと読めずに本棚にあります
素直な感想いいですね
「金閣寺燃やす」読解に挑戦したくなりました!わたしもずっと読めずに本棚にあります
素直な感想いいですね
「金閣寺燃やす」読解に挑戦したくなりました!2024/03/30
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以前読んだときは途中で読むのをやめてしまったので、今回はじめて最後まで読んだ 読書を娯楽と捉えると、この手の作品は重過ぎる 実話を元にした話ではあるが、主人公の性格はきっと三島の想像だろう 何もかもを他人のせいにする男で好感は持てず、同情もわかないが、それはそのように書いたのだろう 読書初心者には根気のいる作品
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とんでもないものを読んでしまった。
鬼才三島由紀夫が綴る小説作品史上最も高い人気を誇る作品。読んでみて納得、これが小説だと言わんばかりにぎっしりと描いているその景色たるや圧巻と言ったところでしょうか。
小説ってここまでできるのかと考えさせられました。
気になる内容ですが、おそらく多くの人が考えるほど残念ながら主人公に対しての共感はありません!というかできないですよね、でもそれがいいんですね。
なので軽くお伝えします。
金閣寺がこの世で1番美しいものとあなたが半ば洗脳のような形で幼少期から刷り込まれていたら、それが快楽を感じる時に、あるいは人生に、どんな影響を与えるか想像できますでしょうか?
それがもしあなたが見習い僧侶として毎日のように拝んで、あるいはその金閣寺を自分がこの先の人生をかけて背負うべきものであれば、どう感じますか?
これらは読者には伝わらないまさに私小説が三島の文才により説得力がますと言った感じです。
断言します。今後このような作品を読むことはもうこの先の人生でないと思って頂ければと思います。
三島由紀夫じゃなきゃこれは書けないですね、最初のうちは退屈して読むかもしれませんが、気づいたらなぜか金閣寺が燃えるのを見たがっていると思います。
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なんとか頑張って読んだ。
主人公が金閣寺に火を放つまでの、内面の独白が永遠に続く。もちろん、他の描写もはいるのだが(そこは、なかなか面白く読めた)、主人公の孤独と絶望による内面形成は、きっとそうであろうと思いながらも、理解するのは難しかった。
これを読みながら、秋葉原の連続殺傷事件を思い出したりした。
三島由紀夫の語彙表現力に圧倒されながら、それについていけない自分が非常に残念…。
作家が生きた時代と、自分の生きている時代、若い人たちの生きている時代も全く違い、そこを超えての普遍的な価値はあるのだろうが、理解し深く共感できる人は徐々に少なくなっていくのだろう。
2020.2.6 -
うーん、これは面白かった。読んで満足。
意外と読みやすかったし。
実際起きた金閣寺の放火事件を題材にしたということで、硬派なものをイメージしていたけど、
主人公の心理描写が精緻で複雑で圧倒的で、すごい引き込まれました。
美への執着とか、ものすごい劣等感とか、やたらと難解な屁理屈とか、
なんかわけわかんないとこも多かったけど
青春の青臭さ全開で、一つ間違えばただの幼稚なヘタレくんなんだけど
なんかすごかった。
緊張感の高まりも、美醜の対比も、罪と許しも、友情も、耽美的な死も悲劇的な死も、
なにもかも、これが三島文学かぁと。
最後のところ、感動しちゃったなぁ。
またいつか読み返したい。-
tiaraさん!
>最後のところ、感動しちゃったなぁ。
わかります。
僕も引き込まれて読んで、ラスト二行に衝撃を受けましたもん。
ああ、...tiaraさん!
>最後のところ、感動しちゃったなぁ。
わかります。
僕も引き込まれて読んで、ラスト二行に衝撃を受けましたもん。
ああ、読み返したくなりました。2013/07/25 -
kwosaさんへ
「人間失格」のとこのコメントでおすすめしてくださいましたよね。
そのおかげで早々に手に取ることができました。
ありがとう...kwosaさんへ
「人間失格」のとこのコメントでおすすめしてくださいましたよね。
そのおかげで早々に手に取ることができました。
ありがとうございました!
ドラマチックに一緒に燃えてしまうのかなーなんて思っていたくらいなので、わお!ってなりました。
いいラストでしたよね。2013/07/26
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ちょっと意味が解らない。とか言っちゃだめか……
最後まで主人公、溝口の主観で物語は描かれている。
柏木との対話は興味深い。
己の持つ狡猾さ、邪悪、恨み、愚かさ、凡そ人には明かせない暗黒の部分。偽善を装い、他人が私を受け入れること。それは自ら劣等を受け入れる妥協を含む恐れがある。永遠に矯正する機会を失うかもしれない。そこに甘んじることは何よりも許すことのできないこと。あまりにも醜く、救いようのない穢れを受け入れることなのだ。
唯一無二の金閣寺は、破滅的な行為の中で、美しさを完成させる。狂った美への執着が最後、どのような感情で締め括られたのか。
理解に苦しむ部分が多かったが、追求すると深みに嵌る恐れがある。美とは何か。この小説はただ狂っているものを描いているわけじゃなく、人の考え方を、極端な二つに分けて、その一方の主観を描いているような気がした。
私は二分された別の一方に属していただけで、ただただ極端な考えに、極端な不審感を抱いていたようだ。
読了。
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読み疲れた、頭が疲れた
物語りは金閣寺放火事件が題材になっている
一人称語りで書かれているので、放火後の心理も読みたかったが、あくまでもフィクションだそうで、しかたない。
こう言うのが文学作品だと言う感じで、言葉の羅列が凄い -
金閣寺に放火した若い修行僧の歪で不可解な心理とそこに至るまでの悲しい生い立ちを、三島らしい論理性と配置美を駆使して、陰鬱で偏執的かつ狂気的な美として昇華させた作品。
昭和25年に実際に起きた事件を下敷きに描かれている。
辺鄙で貧しい土地の住職の息子に生まれた溝口少年。生来の重度の吃音のために自己表現がうまくできず、他者との関係性が築けずに常に孤独だった。
彼は父の伝手で、金閣寺で修行をすることになる。幼児の時から、繰り返し、「金閣ほど美しいものは地上にない」と父から聞かされていた寺に。
実際に目にした金閣は、父が語り聞かせたほどには美しいとは思われない。
けれどそれは、太平洋戦争が激化していた時代。
室町の時代から半永遠的で絶対的なものとして存在し続けてきた美の象徴である金閣が、空襲の火に焼き滅ぼされるかもしれない、矮小で醜く孤独な自分と同じ運命を辿るかもしれない、という想像は、彼を酔わし、それはいつしか、偏執的なまでの執着心となる。
彼にとって「金閣」は、実体の美以上に、精神的な美として存在することとなる。
けれど、京都は空襲に遭うことなく、戦後を迎える。
それでも、肥大した彼の執着心は収まらず狂気的になり、何をする時にも、「金閣」は、まるで独立した人格を持つ存在かのように、彼にとって絶対的な存在として脳裏に現れるようになる。
そして、幼少期よりうまくいかない他者との関係による苦痛と鬱屈は、一種の毒親ともいえる母の野望からの圧迫も加わり、歳を重ね失敗を積み重ねる度に一層激しく彼を苛み、追い込んでいく。
やがて生活をすさませ孤立感を深めた彼は、「金閣を焼かねばならぬ」という想念に取り憑かれるようになって…。
読めば読むほど、あらすじを書こうと振り返れば振り返るほど、異常性が浮かび上がってくる物語なのに、それでも読めてしまうし、惹き込まれてしまう。結局どうにも理解し難い部分も多いのだけど。
それはやはり、緻密に組み立てられた構成と、溝口以外の登場人物たちの無駄ない役割配置の二本柱が支える頑強な土台の上で、彼の異常な心理と、実体と観念が入り混じる「金閣」の水際だった魔性的な美が、これまた執拗なまでに丹念に語られるからなのだと思う。
巧みな独白形式も相まって、ある種の青春小説でもあるし、探偵は出てこないけど犯人の動機を追求しきっている点では犯罪小説とも言えそう。
決して面白かったり楽しい作品ではないけれど、不思議と蠱惑的で中毒性の高い作品なのは間違いない。 -
著者、三島由紀夫さん、どのような方かというと、ウィキペディアには、次のように書かれています。
---引用開始
三島 由紀夫(みしま ゆきお、1925年〈大正14年〉1月14日 - 1970年〈昭和45年〉11月25日)は、日本の小説家、劇作家、随筆家、評論家、政治活動家。本名は平岡 公威(ひらおか きみたけ)。
---引用終了
で、本作の内容は、次のとおり。
---引用開始
1950年7月1日、「国宝・金閣寺焼失。放火犯人は寺の青年僧」という衝撃のニュースが世人の耳目を驚かせた。この事件の陰に潜められた若い学僧の悩み―ハンディを背負った宿命の子の、生への消しがたい呪いと、それゆえに金閣の美の魔力に魂を奪われ、ついには幻想と心中するにいたった悲劇…。31歳の鬼才三島が全青春の決算として告白体の名文に綴った不朽の金字塔。
---引用終了
私が20歳前後の頃、著者の作品を良く読みました。
もう、40年も前のことですね。
本作も既読でしたが、著者の作品をブクログに登録したいと思い、再読。
文体の美しさに、魅了。 -
三島由紀夫は美を追求しすぎて、美に呪われて死んでしまった人だと作品を読むたび感じる。
基本的に作品そのものに興味があるので、文豪の人生にはそこまで惹かれないことが多いけど、三島だけは例外。
その美に囚われた人生で作られた作品は、なぜか私の心を打ってきて私まで呪いにかけようとしてくる。
この『金閣寺』の主人公は、金閣寺への執着が半端じゃない。主人公にとっての"美"とは金閣寺そのものだからだ。自分という醜く儚い存在と、金閣寺という絶対的に美しく永遠な存在との対立構造が、三島由紀夫のきらきらひかるような綺麗な文章で描かれていた。世間への復讐とかそういうものじゃなく、主人公は自分のちっぽけさ、醜さを常に思い知らせてくる金閣寺が単に許せなかっただけなのかもしれない。全然次元は違うけれど、好きな相手に振り向いてもらえない腹いせに相手を殺してしまう、そういう幼稚さ・視野の狭さを感じた。
三島の小説は個人的にはまだまだ難しいけど、やっぱり読めば読むほどなんか気になってしまう。怖い、私にとっての金閣寺が三島由紀夫なのか。あまり囚われすぎないように、慎重に慎重に彼の作品を読み進めていけたらなと思います。笑 -
三島由紀夫の傑作、やっと読了。
特に最終章に近くにつれて秀逸。金閣の描写がとても美しく迫ってくる。
禅海和尚が救いだ。
「人の見ている私と、私の考えている私と、どちらが持続しているのでしょうか。」
「どちらもすぐ途絶えるのじゃ。」
仏教小説として受け取りたい。-
2021/01/01
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新潮の限定カバーに惹かれて読んだ。純文学は読み慣れていないのでなかなか苦労したが、読後は達成感と疲労感があった。そこそこ読めているつもりでいたが、ラストがさっぱりわからなかった。んー、おもしろい。
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こんにちは♪
雨が上がり、又暑くなりました。
久しぶりに蝉が鳴いています。
白鳥とコウモリ、読みました!読み応えのある本でした。ミステリー?...こんにちは♪
雨が上がり、又暑くなりました。
久しぶりに蝉が鳴いています。
白鳥とコウモリ、読みました!読み応えのある本でした。ミステリー?、刑事、推理ものは久しぶりでとても良かったです。分厚い本でしたが・・・・
ワクチン接種、1回目だけ済み、来月初めに2回目です。1回目は腕が2日程痛くなりましたが、それだけです。2回目はどうかなぁ?
(゜-゜)good luck☆2021/08/20 -
こんばんは!!
雨が降ったり止んだり落ち着かない天気が続いていますねー。高校野球ファンの祖父母は最近毎日天気を気にしています笑
東野圭吾です...こんばんは!!
雨が降ったり止んだり落ち着かない天気が続いていますねー。高校野球ファンの祖父母は最近毎日天気を気にしています笑
東野圭吾ですか!いいですね♪
僕は今週TOEICがあるのでそれが終わったらどっぷり読書するつもりです。
ゆうママさん、ワクチン1回目打ったんですね。2回目のほうが副反応がツライらしいですよねー。ポカリとか冷えピタとか買っといた方が良さそうですね…2021/08/21
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言うまでもなく、1950年の金閣寺放火事件をテーマとした、放火犯視点での一人称独伯形式の小説。
インタビューに基づくドキュメンタリーでは勿論なく、報道から想像を膨らませて書いた作品、ということで、どこまで犯人の内面に迫っているのか分からないが、フィクションとして読む分には、全くもって理解不能というほどの狂人ではなかった。(それがこの事件をテーマとした作品群における各作者の腕の見せ所なんだろう。)
モデルの犯人は、この作品の連載が始まってほどなく、1956年3月に結核と統合失調症で亡くなっているようなので、犯人自身がこの作品を読んでどう思ったか?という点は、(多分読んでないのだろうが)確認出来ないのが残念だ。
著者プロフィール
三島由紀夫の作品
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この作品はオイラも知ってる!!
この作品はオイラも知ってる!!