- Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101050089
感想・レビュー・書評
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中学生の娘の課題本の中の一つ。
どれがいいのかなと言われて私が「あなたは三島由紀夫はこういう機会でないと読まないだろうから読んでみたら?」とお勧めしたのだが、クラスでこれを選んだ人は2,3人だけだったらしい。そんな娘から「もう!全然わからなくて半泣きで読んだ!文学少女のお母なら面白いかもね」と言って回ってきたわ 笑(※文学”少女”じゃありませんが/笑)
実際の金閣寺放火事件をもとにした小説。
主人公である溝口という僧侶見習い学生の一人称で、放火に至るまでの心理を溝口の幼少期から辿り解きほぐしている。
溝口には、美に関する潔癖さを求める反面、人の裏切りや嫌悪感を見ることに喜びを感じる性質もある。
それは、幼い頃から僧侶の父に金閣寺の美しさを聞いて育ち、溝口の心のなかで絶対的な美として根付いたこと、しかし生まれついての吃音で人との交流が苦手なところから成り立った性質だ。
<私はただ災禍を、大破局を、人間的規模を絶した悲劇を、人間も物質も、醜いものも美しいものも、おしなべて同一の条件下に押しつぶしてしまう巨大な天の圧搾機のようなものを夢見ていた。P61>
村でも官能的で小悪魔的な美少女の有為子の裏切り行為を見て喜びを感じたり、
見栄えも完璧な海軍機関学生の象徴であるかのような短剣の内部に傷をつけて、美しいものの中にある瑕疵に弑逆的な喜びを感じたりする。
この海軍機関学生だが、見栄えも精神的にもキラキラして後輩に一説振って時代の最先端という感じで、溝口の実が手とするタイプである。しかし溝口が「じぶんは軍人にはならない。坊主になるから」ということを吃りながら告げたところ「ふうん、そんならあと何年かで、俺も貴様の厄介になるわけだな」とつぶやく。自分の日常の行く先は戦って死ぬことだと理解している、この時代の刹那的な煌めきを感じる。
溝口は父の紹介で金閣寺に見習い僧侶に入る。だが実際に見た金閣寺はごく普通の3階建ての木造の寺であり、心に描いてきた絶対的な日の象徴ではなかった。<美しいどころか、不調和な落ち着かない感じをさえ受けた。美というものは、こんなに美しくないものだろうか、と私は考えた。(P33)>という複雑な心境。
その気持が変わったのは、戦争が始まり、金閣寺も有限なのだと思ったときだった。ずっとあるものもなくなるかもしれない。金閣寺の美しさは有限である。それを感じた時に美しさが際立って感じられるようになった。
考えが陰に籠りがちな溝口に対して、陽性を振りまく学友の鶴川。
溝口の考えをさらに斜に構えたように世界を見ている柏木。この柏木は内反足の障害を持つが、溝口の吃音コンプレックスとは違い、障害を逆手に取り人の心を操り、特に高嶺の花であるかのような女性を次々籠絡しては捨ててみせる。
溝口は柏木から示され女性と関係を持とうとするが、そのたびに美の象徴である金閣寺が浮かび、どうしても踏み込めなくなるのだった。
金閣寺。自分が日を眼にすると目の前に現れて無効化してしまう金閣寺。
ある日、菊の花と蜂を見ていたときだった。自分を蜂と同化させると金閣寺は現れずに、菊の花として認識する。
そこで美に対する認識を改めて考えることになる。
美に対する風雑な心持ちは人との関係にも現れる。
ある日溝口は、自分の老師が芸姑を連れているところに出くわす。そしてそのつもりはないのに老師を付け回しているかのように思われてしまう。
溝口はそこでむしろ老師を脅迫するような真似をする。老師が自分を叱りつけることにより、人の醜さを知れば、その時こそ人を受け入れられるのではないかと思ったのだ。だが老師からは完璧な沈黙が帰ってくる。その後溝口は学校もサボり寺から行方をくらませたり、学費を使い込んだりもする。
溝口の母は、息子が金閣寺住職になることを夢見て(そして途中まではその有力候補であった)生きていた。溝口の破壊的行為をただ失望してみることしかできない。
<母を醜くしているのは…希望だった。P253>
そして老師は、まるで無視するかのような見捨てたことを見せつけるような態度を見せる。
<自分のまわりのもの凡てから逃げ出したい。自分の周りのものがぷんぷん匂わしている無力の匂いから。…老師も無力だ。酷く無力なんだ。それがわかった。P225>
老師に「私を見抜いてください」と問いかけるが、「見抜く必要はない。その面に現れている」とまるで相手にされないのだった。
<われわれが突如として残虐になるのは、うららかな春の午後、よく刈り込まれた芝生の上に、木漏れ日の戯れているのをぼんやり眺めているような、そういう瞬間だ。P242>
金閣を焼かねばならぬ。
その後も溝口は逡巡する。老師や他の僧侶たちに見せつけるかのような堕落を示し、柏木に思わせぶりなことを言い、小刀を買い、使い込んだ鐘で童貞を捨てるがそれでも決行にはなにかが足りない。
ある夜ついに今夜決行を決める。
最後に見た金閣寺はまさに美そのものだった。
準備していた藁や荷物を足利義満像の前に積み、火をつけて回る。
共に死ぬつもりだったが、死に場所と決めた蔵の扉を開けられない。
拒まれていると感じた溝口は金閣寺を飛び出し、山で燃え盛る金閣寺を見る。
「生きよう」と思った。
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読書会メモ
・この時代の人は、突然奪われるということ、自分の行く先は直接死があるということをわかっている感じがする。
・自分を強制していた枠がなくなり、戸惑って心の行く先が金閣寺へと向かった。
・戦前日本文化の象徴だった金閣寺だが、終戦でこれまでの価値観が一気に変わった。人の心は変わったが、象徴である金閣寺は残っている。
・法と混沌。三島由紀夫は法。終戦で、価値観が壊れたということをこの小説で著した。
・美しく壊れるべきだったものが残った。壊れるべきだったから壊した。
・壊れないことを確認するためにわざと壊そうとする人という印象。
・宗教は人の心を救うものなら、金閣寺という宗教建築物を壊すことで一人の青年が「生きよう」と思ったのなら、宗教の本来としてそれは良くないけど良いのかな。
・金閣寺を恋愛対象としてストーカー殺人。
・「金閣寺」と、三島由紀夫が自決した「自衛隊」は同一的なものか。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
以前読んだときは途中で読むのをやめてしまったので、今回はじめて最後まで読んだ 読書を娯楽と捉えると、この手の作品は重過ぎる 実話を元にした話ではあるが、主人公の性格はきっと三島の想像だろう 何もかもを他人のせいにする男で好感は持てず、同情もわかないが、それはそのように書いたのだろう 読書初心者には根気のいる作品
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なんとか頑張って読んだ。
主人公が金閣寺に火を放つまでの、内面の独白が永遠に続く。もちろん、他の描写もはいるのだが(そこは、なかなか面白く読めた)、主人公の孤独と絶望による内面形成は、きっとそうであろうと思いながらも、理解するのは難しかった。
これを読みながら、秋葉原の連続殺傷事件を思い出したりした。
三島由紀夫の語彙表現力に圧倒されながら、それについていけない自分が非常に残念…。
作家が生きた時代と、自分の生きている時代、若い人たちの生きている時代も全く違い、そこを超えての普遍的な価値はあるのだろうが、理解し深く共感できる人は徐々に少なくなっていくのだろう。
2020.2.6 -
引き続き昔の文学を…の流れで、以前は読了できなかった三島由紀夫さん・金閣寺に再挑戦…
いやーーー、ムズいっすねーーー(笑)
辛くて辛くて…もう何とか頑張って読み切った感じ、全然自分が圧倒的にレベル足りないなと…m(_ _)m
主人公が過酷で歪な環境だったということは理解できるんですけど…「金閣寺燃やす」っていう思考に至ったところがやはり肌感として理解できなかった(金閣寺の美しさに嫉妬するとか、世直しのために燃やすとか)ので、そこが作品の理解度に直結しているのかなと。
戦後という時代背景も色濃く影響していると思うので、当時読んだ方々にはより共感できたのかもしれませんが…
ただ、文章の表現力・装飾性は圧倒的なものがあるなと…いませんね、こんな美しい日本語を綴る人は。
凄まじい筆力を持った作家さんということは理解できたので、そこは自分が前から少しは成長を感じた部分ではありました(笑)
また4、5年後くらいにもう一回トライしてみるかな…(´∀`)
<印象に残った言葉>
・私が人生で最初にぶつかった難問は、美ということだったと言っても過言ではない。(P28)
・『金閣と私との関係は絶たれたんだ』と私は考えた。『これで私と金閣とか同じ世界に住んでいるという夢想は崩れた。またもとの、もとよりももっと望みのない事態がはじまる。美がそこにおり、私はこちらにいるという事態。この世のつづくかぎり渝らぬ事態……。』(P81)
・しかし今までついぞ思いもしなかったこの考えは、生まれると同時に、忽ち力を増し、巨きささを増した。むしろ私がそれに包まれた。その想念とは、こうであった。『金閣を焼かなければならぬ』(P242)
・この世界を変貌させるものは認識だと。いいかね、他のものは何一つ世界を変えないのだ。認識だけが、世界を不変のまま、そのままの状態で、変貌するんだ。(P273、柏木)
・別のポケットの煙草が手に触れた。私は煙草を喫んだ。一ト仕事を終えて一服している人がよくそう思うように、生きようと私は思った。(P330)
<内容(「BOOK」データベースより)>
金閣を焼かなければならぬ――。破滅に至る青年の「告白」。
最も読まれている三島作品。国際的評価も高い。〔新解説〕恩田陸
「美は……美的なものはもう僕にとっては怨敵なんだ」。吃音と醜い外貌に悩む学僧・溝口にとって、金閣は世界を超脱した美そのものだった。ならばなぜ、彼は憧れを焼いたのか? 現実の金閣放火事件に材を取り、31歳の三島が自らの内面全てを託した不朽の名作。血と炎のイメージで描く〈現象の否定とイデアの肯定〉──三島文学を貫く最大の原理がここにある。
巻末に用語、時代背景などについての詳細な注解、佐伯彰一、中村光夫、恩田陸による解説、さらに年譜を付す。 -
うーん、これは面白かった。読んで満足。
意外と読みやすかったし。
実際起きた金閣寺の放火事件を題材にしたということで、硬派なものをイメージしていたけど、
主人公の心理描写が精緻で複雑で圧倒的で、すごい引き込まれました。
美への執着とか、ものすごい劣等感とか、やたらと難解な屁理屈とか、
なんかわけわかんないとこも多かったけど
青春の青臭さ全開で、一つ間違えばただの幼稚なヘタレくんなんだけど
なんかすごかった。
緊張感の高まりも、美醜の対比も、罪と許しも、友情も、耽美的な死も悲劇的な死も、
なにもかも、これが三島文学かぁと。
最後のところ、感動しちゃったなぁ。
またいつか読み返したい。-
tiaraさん!
>最後のところ、感動しちゃったなぁ。
わかります。
僕も引き込まれて読んで、ラスト二行に衝撃を受けましたもん。
ああ、...tiaraさん!
>最後のところ、感動しちゃったなぁ。
わかります。
僕も引き込まれて読んで、ラスト二行に衝撃を受けましたもん。
ああ、読み返したくなりました。2013/07/25 -
kwosaさんへ
「人間失格」のとこのコメントでおすすめしてくださいましたよね。
そのおかげで早々に手に取ることができました。
ありがとう...kwosaさんへ
「人間失格」のとこのコメントでおすすめしてくださいましたよね。
そのおかげで早々に手に取ることができました。
ありがとうございました!
ドラマチックに一緒に燃えてしまうのかなーなんて思っていたくらいなので、わお!ってなりました。
いいラストでしたよね。2013/07/26
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ちょっと意味が解らない。とか言っちゃだめか……
最後まで主人公、溝口の主観で物語は描かれている。
柏木との対話は興味深い。
己の持つ狡猾さ、邪悪、恨み、愚かさ、凡そ人には明かせない暗黒の部分。偽善を装い、他人が私を受け入れること。それは自ら劣等を受け入れる妥協を含む恐れがある。永遠に矯正する機会を失うかもしれない。そこに甘んじることは何よりも許すことのできないこと。あまりにも醜く、救いようのない穢れを受け入れることなのだ。
唯一無二の金閣寺は、破滅的な行為の中で、美しさを完成させる。狂った美への執着が最後、どのような感情で締め括られたのか。
理解に苦しむ部分が多かったが、追求すると深みに嵌る恐れがある。美とは何か。この小説はただ狂っているものを描いているわけじゃなく、人の考え方を、極端な二つに分けて、その一方の主観を描いているような気がした。
私は二分された別の一方に属していただけで、ただただ極端な考えに、極端な不審感を抱いていたようだ。
読了。
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三島由紀夫の傑作、やっと読了。
特に最終章に近くにつれて秀逸。金閣の描写がとても美しく迫ってくる。
禅海和尚が救いだ。
「人の見ている私と、私の考えている私と、どちらが持続しているのでしょうか。」
「どちらもすぐ途絶えるのじゃ。」
仏教小説として受け取りたい。-
2021/01/01
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金閣寺に放火した若い修行僧の歪で不可解な心理とそこに至るまでの悲しい生い立ちを、三島らしい論理性と配置美を駆使して、陰鬱で偏執的かつ狂気的な美として昇華させた作品。
昭和25年に実際に起きた事件を下敷きに描かれている。
辺鄙で貧しい土地の住職の息子に生まれた溝口少年。生来の重度の吃音のために自己表現がうまくできず、他者との関係性が築けずに常に孤独だった。
彼は父の伝手で、金閣寺で修行をすることになる。幼児の時から、繰り返し、「金閣ほど美しいものは地上にない」と父から聞かされていた寺に。
実際に目にした金閣は、父が語り聞かせたほどには美しいとは思われない。
けれどそれは、太平洋戦争が激化していた時代。
室町の時代から半永遠的で絶対的なものとして存在し続けてきた美の象徴である金閣が、空襲の火に焼き滅ぼされるかもしれない、矮小で醜く孤独な自分と同じ運命を辿るかもしれない、という想像は、彼を酔わし、それはいつしか、偏執的なまでの執着心となる。
彼にとって「金閣」は、実体の美以上に、精神的な美として存在することとなる。
けれど、京都は空襲に遭うことなく、戦後を迎える。
それでも、肥大した彼の執着心は収まらず狂気的になり、何をする時にも、「金閣」は、まるで独立した人格を持つ存在かのように、彼にとって絶対的な存在として脳裏に現れるようになる。
そして、幼少期よりうまくいかない他者との関係による苦痛と鬱屈は、一種の毒親ともいえる母の野望からの圧迫も加わり、歳を重ね失敗を積み重ねる度に一層激しく彼を苛み、追い込んでいく。
やがて生活をすさませ孤立感を深めた彼は、「金閣を焼かねばならぬ」という想念に取り憑かれるようになって…。
読めば読むほど、あらすじを書こうと振り返れば振り返るほど、異常性が浮かび上がってくる物語なのに、それでも読めてしまうし、惹き込まれてしまう。結局どうにも理解し難い部分も多いのだけど。
それはやはり、緻密に組み立てられた構成と、溝口以外の登場人物たちの無駄ない役割配置の二本柱が支える頑強な土台の上で、彼の異常な心理と、実体と観念が入り混じる「金閣」の水際だった魔性的な美が、これまた執拗なまでに丹念に語られるからなのだと思う。
巧みな独白形式も相まって、ある種の青春小説でもあるし、探偵は出てこないけど犯人の動機を追求しきっている点では犯罪小説とも言えそう。
決して面白かったり楽しい作品ではないけれど、不思議と蠱惑的で中毒性の高い作品なのは間違いない。
著者プロフィール
三島由紀夫の作品






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