美徳のよろめき (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.40
  • (78)
  • (160)
  • (393)
  • (32)
  • (7)
本棚登録 : 1673
レビュー : 190
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101050096

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 背徳行為すら美しい。
    おそらくそれは、主人公の節子が
    地位の高い女性であったからこそ。
    そして著者の文章力の巧みさがあったからこそ。

    ドロドロしていて、
    嫉妬もあるのにそれさえも
    美しいものへと変化させてしまう
    まさに言葉の魔術師。

    扱われているものはタブー。
    ですが、その感情を
    よく捉えています。

  • 「美徳はあれほど人を孤独にするのに、不道徳は人を同胞のように仲良くさせる」
    今の私にはこの言葉の意味がとてもよくわかる。そんな告白はここでは置いておいて。(笑)

    この作品を読んでも三島がいまいち女の子に受け入れられないのがわかる。三島のエロは男目線なのだ。この作品を読んでよくわかった。

    育ちの良いお嬢様がそのまま奥様になったような主人公で有り人妻である節子よりも、その姦通相手の土屋に心を置き換えてしまう私はやっぱり人でなしなのかと思ってしまう……

    一度、快楽の罠にはまってしまうとそこから這い出ることがいかに困難なことか。それでは、その快楽にどっぷりと使ってしまえばいいと言っても、快楽は無限であり、もっともっと!と次第にエスカレートしてしまい、快楽が快楽でなくなってしまうことを知るにつけ、やはりそれも苦しい。

    土屋との関係を清算しようと悩み、思いを打ち明けた松木老人は言う。
    「私はあなたに道徳を、道徳という言葉が悪ければ、もっと自分を追いつめたところに生まれる力を使うようにおすすめする」
    身も心もぼろぼろの節子に対して。
    それほどまでに快楽が心をむしばむ力は大きい。

    でも。これほど苦しむ節子は、身体がどれほど汚れていても、その精神はどこまでも美しい、と思う。

  • 三島由紀夫はなんとなくめんどくさくてややこしそう。そんな先入観から今まで避けてきました。ところがこの春、職場で異動ならぬ部屋の移動があちこちであり、断捨離で廊下に放り出された箱に「ご自由にお持ち帰りください」の文字。その中に三島由紀夫がある。読んでみなくてはといただいてきました。

    本作は約200頁という薄さにも惹かれて頂戴したのですが、薄くても読みにくい作品というのはごろごろしていますから、少し不安。しかし冒頭から引き込まれて、三島由紀夫がこんなにも読みやすく、かつ品のある文体の人だったのかと驚きました。まったくもって失礼です、私。今まで読まずにすみません。

    良家のお嬢様に生まれついたヒロイン節子は、純真無垢なまま、親の決めた相手と結婚。跡取りにも恵まれる。結婚後数年が経ち、いろいろとマンネリ化してきたころ、ふとファーストキスの相手である土屋のことを思い出す。あれはとてつもなくつたないキスだった。今の私なら土屋にキスの手ほどきすらできるだろう。そんなことを思っていた折り、土屋と再会する。土屋に求められても拒絶すればいい。あくまで優位に立つ自分を創造する節子だったが、がつがつ来ない土屋にいらだち、自分から行ってしまう。秘密を知るのは親友ただ一人。夫を騙しつづけ、まだ幼い一人息子は母の行動を知ってか知らずか、いぶかしげなまなざしを節子に向ける。

    私はこれまでの人生で、嫉妬の感情を持ったことがないであろう女性に2人、会ったことがあります。育ちのいい人というのはこういう人のことをいうんだと驚きました。嫉妬などする必要もなく、嫉妬したことがないから、それがどういう感情なのかもわからない。このヒロイン節子もそもそもは同様の女性だという設定ではありますが、著者自身がその感情をじゅうぶんに有しているせいか、嫉妬めらめらというところが少しおかしくて、しかしそれは本作にマイナスではなく、面白く読めます。

    「よろめき」という言葉を生み出した不倫小説であるにもかかわらず、ヒロインがどこまでも気高さを失わない(と自分では思っている)せいか、切なさや辛さは感じません。ただただ三島由紀夫の表現に驚かされるのみ。性描写にしても、こんなにも直接的でなく美しく、誰が書けましょう。たとえば「黙っている男の無言の暗い熱意のしるしに、ほとんど憐憫と呼んでもいいいじらしさで触れるのであった」。凄いです。

    「偽善にもなかなかいいところがある。偽善の裡に住みさえすれば、人が美徳と呼ぶものに対して、心の渇きを覚えたりすることはなくなるのである」。この一文が強く心に残りました。本能のままに行動に出て三度もできちゃって、そのたびに思い悩んで結局堕ろすヒロインは学習力なさすぎでどうかと思いますが、そういうところにおかしみすら感じます。読んだこともないのに抱えていた苦手意識を払拭して三島由紀夫に手を出すきっかけになりそうな作品です。

  • 節子はこの手紙を出さずに、破って捨てた。

  • 人妻の不倫を題材にした小説など星の数ほどこの世に存在しているだろう。
    そういうものを意識的に避けてきた自分が、初めて望んで手に取った不倫小説である。
    内容はともかく文章が凄い。
    作者が三島氏でなければ、きっと読みおおせる事はできなかったと思う。

    何の不満も無い安定した日常生活に飽きた有閑夫人が、かつて一度だけ唇を許した男と再会し、逢瀬を繰り返すうち次第に彼におぼれていく。
    倫理を犯しているにもかかわらず、主人公に嫌悪の感情は湧いてこなかったが、その不倫相手については虫唾が走るほど嫌だった。結局この男は主人公を体のいい性欲処理の相手としか見ていなかったからである。
    そんな下劣な男に惚れた主人公は本当に馬鹿な女性だが、身も心もぼろぼろになって最後自らを律する強さを奮い起こし、ただ一人のたうちまわりながらもこの関係に終止符を打ったのには好感が持てた。
    不倫小説だというのに不思議な爽快感のうちに読み終わった作品であった。

    最後の一行は見事だった

  • 普段の生活の中で、一瞬だけ垣間見える感情をしっかりと掴み取って描かれている小説。世間一般で堕落と呼ばれる行為をこんなにも美しく正確に、また耽美なだけではなくて、しっかりと現実を描いている。自制の利いていた序盤から、中盤以降は主人公の感情は嫉妬で思うがままに蹂躙され、理性は思考を捻じ曲げて自己を正当化せずにはいられない。こんな女性は哀れであるが美しい

  • 10代の終わりまたは20代にさしかかったところで読んだ金閣寺は面白く軍服を着て割腹した人のイメージよりはずいぶん普通の気がしたが、寂聴とキーンさんの対談で褒めちぎられていた「禁色」があまりにも小説の中に小難しい持論の盛り込み過ぎに、いや、わたしの脳みそでは理解できないから・・・と腰が引けてのこちら。

    耽美的といわれればそうだろう。
    解説による(当時にとっての)現代の谷崎潤一郎だ、というなら・・耽美とは男女の絡みに終始する言葉なんでしょうか。美=性なの?

    清廉で聖母のようになにもかも受け入れる、マリア像を思い浮かべるとわかるように大きく手を広げて「さあ、眠りなさい」ということなんでっしゃろ?でも相手の描写がほとんどないので、ひとり取り相撲に見える主人公の美しい恋愛。

    わたしには三島氏があまりにも金銭的にもお家柄的にも恵まれすぎて、そうならマザーテレサのように家を捨てて慈善に尽くせば、極貧に至り、地を這い血を吐くような労働でもすれば割腹なんてしないで、人生に暇もなくて(貧乏ヒマなしな日常なら)死に見せられることなどなかったんじゃないかなぁと思うほどに、なんかー。暇なんだなぁ・・・とこの本を読んで思った。

    解説を読んでなおさら、なるほどねー、とわたしとそれら耽美派?の知識人、文筆家に無縁の衆生きとカテゴライズされるのみだと思った。

    谷崎文学もよくわからないので、なんとも言えないけれど、それともぜんぜん違って彼はとにかく満たされ過ぎでどんどん強い刺激を求めこんな本を書いたのかぁと思った。

    朝っぱらから読んでもぜんぜんドキドキしない自分にも、もうおばさん毒が回りすぎなのか、この本がつまんないのか、と小首(太首か?)をかしげる次第。

    文章のうまさとしては問題なしか。スラスラ読めた。

  • 初読

    まぁなんという美文
    良家の子女であり妻である節子夫人のよろめきライフ
    夫の子を身籠れば愛人との逢いびきの邪魔になるからと手術し
    その愛人の子も2回身籠る。2回目はまさかの麻酔なし!
    しかしドロドロも葛藤も無く悩みもあくまで美しい
    ラストは読む前から多分そうなんだろうなぁと予測した通り

  •  生れも育ちもよく、豊かな感官を持つ優雅な節子。妻であり、母であり、堅固な道徳観念を持つ彼女が、不貞の海に溺れてゆく過程を、その心理を描いた小説である。彼女の心の機微を「美徳のよろめき」と言い表したのはさすがとしか言えない。
     三島は、彼女を「聖女のよう」と直喩する。道徳に背を向けながらも、無垢さを失わない。さながらミュージカル女優のように自分の美しさを表現している。土屋なんて自分の意思を示さず、肉欲だけで避妊すらしない最低男なのに、彼女の目というフィルターを通せば美しさを湛えてしまう。
     物語としてはシンプルだけれど、かくも美しさを湛えるのは著者の筆力あってこそ。高級食材や特別な調味料を使っていない美味しい料理みたいな小説だった。

  • 美徳はあれほど人を孤独にするのに、不道徳は人を同胞のように仲良くさせると。

    節子は海や日光や風や、すべて官能に愬える自然が好きだったから、忍耐や親切という言葉に、おそるべき人工的なものを見た。

    彼女がこの年になってはじめて知ったことだが、嫉妬の孤立感、その焦燥、そのあてどもない怒りを鎮める方法は一つしかなく、それは嫉妬の当の対象、憎しみの当面の敵にむかって、哀訴の手をさしのべることなのである。はじめから、唯一の癒し手はその当の敵のほかにはないことがわかっている。自分に傷を与える敵の剣にすがって、薬餌を求めるほかはないのである。

    われわれが未来を怖れるのは、概して過去の堆積に照らして怖れるのである。

    考えること、自己分析をすること、こういうことはみんな必要から生まれるのだ。

    自然はくりかえしている。一回きりというのは、人間の唯一の特権なのだ。

    世間を味方につけるということは奥様、とりもなおさず、世間に決して同情の涙を求めないということなのです。

全190件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

三島由紀夫(1925.1.14~1970.11.25) 小説家、劇作家。
東京生まれ。学習院時代から文才を注目され、1944年、東大入学と同時に『花ざかりの森』を刊行。47年、東大卒業後、大蔵省に勤務するも、翌年辞職。49年、『仮面の告白』で新進作家として地位を確立。『金閣寺』『鏡子の家』『近代能楽集』など、強固な美意識で彫たくされた作品を発表。海外での評価も高い。68年、楯の会結成。『豊饒の海』の最終回を書き上げ、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地東部方面総監室に立てこもり、割腹自決。

「2017年 『告白 三島由紀夫未公開インタビュー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

三島由紀夫の作品

美徳のよろめき (新潮文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする