午後の曳航 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 175
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101050157

感想・レビュー・書評

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  • 最近の子供のことみたいで、昭和38年に書かれたものとは思えない。後味悪い。

  • 司馬遼が続いているためか、有島武郎と並行して読んでいるためか、異様に文体と言いますかリズム良く読ませてくれます。
    初めの内容は正直ふーんって感じだったけれども、後半からの緊迫感がなかなかのもの。そこに行きますかって感じで、大人というよりも子供の欺瞞を通して社会の甘さを突いてくるなと。
    敢えて言うなら最後はどうかな?何か酔っていて、実のところ結末を押し付けていて、決して読者に対してオープンな態度ではない。こういうのはあんまり当方の好みではないといったところでしょうかね。

  • 主な登場人物は海に憧れる少年、登。登の母房子。逞しい体の船乗り竜二。房子は父が亡くなっており、竜二と再婚しようとする。登にとって憧れの海の要素をもつ竜二が、陸の男で家庭的な男になっていく様を見て幻滅していく。最終的には登が仲間とともに竜二に対して復讐を行うという内容。
    少年の視点からだと、確かに大人の発言は気持ち悪いものがあるかもしれないと感じさせるものがあった。

  • 金閣寺をはじめとして、三島文学は現実を超越する認識の美学であると思っていた。しかし、これを読んで、現実から乖離されすぎた認識は狂気を宿すことを知る。観念への確信と、現実からの乖離、そしてその見事なまでの錯綜。気づいたら、ある人は1人を殺しており、ある人は手放した過去を夢想しながら終える。あの夢想の中の彼こそ、夢描かれた英雄の姿である。お互いの観念同士が作り上げた世界であり、完全にすれ違ったまま1つの連帯を織り成す世界構造。見事なり。

  • ムキムキの男性の肉体を賛美する作品(もちろんそれだけじゃないけど)。
    美しい文体で浮かび上がる、海辺の男たちの焼けた肌と筋肉の表現が官能的で素晴らしい。

  • 小説の最後の文章がめちゃくちゃかっこよかった。意外にさらっと読めて、ちょっと高尚な昼ドラを見ている気分。鍵穴から覗いた性世界はエロ漫画よりも興奮した。活字恐るべし。子猫のシーンだけは、残酷で読むに耐えなかったが、それが竜二に置き換わると読みたくなってしまう不思議。読書って、自分の本性が剥き出しになる瞬間があるんだなぁ。三日月の眉毛、いかにも育ちがよさそうだ。美しさと残酷さ、全能感の結晶のような少年。思春期に読んでたら影響されてたかもなぁ。

  • 金閣寺のプロローグとも言える
    現実と夢想とのパラドックスに悶えた男達の話。
    この本を読んだ今なら金閣寺を燃やした理由が
    見えてきた。

    大義、栄光という漢としての夢想に耽る少年、登。
    少年が思うそれらとは船であり、海であり、
    水平線へ消えていく憧れの船乗りの背中であった。

    登は少年ながらにして大人びた考えを持ちながらも
    栄光を憧れ信じ続けている。
    彼は世界の果てまでも知り尽くしたかのような
    優越に浸っているようでいた。
    しかしそれらは彼の童心がもたらす
    ファンタジーに過ぎないのであった。

    少年達は夢の中を生きる。
    しかし大人達もかつては皆、少年達であったのだ。

    竜二も男に憧れ沖の彼方へ身を消していった。
    しかし陸の世界からは見えない水平線の彼方にあるもの。
    それは空気圧計、風速計、温度計を観測する日々、
    退屈な日々なのであった。
    竜二の現実への回帰は少年の夢を放棄した
    堕落だったのだろうか。
    栄光なぞはどこにもなかった。
    船乗りたちの夢、南十字星の下でさえも。
    彼らは現実世界の隅々までも知り尽くしてしまったのだ。

    しかし、少年にとっての
    彼の安住という大人の選択は
    絶望という名の逃避でしかなかった。
    絶望がもたらすものは絶望でしかない。

    それは少年主観の相対的視点なのだろうか?
    華々しい争いを夢見た大人が
    現実との真っ向からの決闘試合の泥臭さに飽き飽きした結果、
    試合放棄をしたという揺るがぬ絶対的結果。
    とは言えないだろうか?

    破滅という少年達の選択。
    それはヤケな逃避行ではなく、
    絶望から目を背けるだけの惨めな鼠に成り下がることなく
    栄光への憧れの中を生き続ける為であった。
    死に狂いという必然的な世界の構築は
    世界に対する全面戦争なのだった。

  • 英雄になりたい息子の願望を抑圧するのは
    母親のちらつかせる涙である
    そのジレンマを解消するのは、父親の与える教養だが
    平和のお題目が唱えられる現代
    父には、母の押し付ける偽善的世界観を論破しきれない
    息子はそれに失望する
    子供としての自由が失われる前に、母のつけた枷を引きちぎらなければ
    そう思い、焦る彼は
    ある極端な英雄的行為をそそのかされるのだった
    それは、法の守りを保険としたもので
    しかも相手は本当の父親ではなく
    そのうえ他人の思いつきに流されただけの
    英雄的とはとうてい言えない行為だが

  • 少年の話である。好きな話である。大人塾で三島の話を聞いた。「金閣寺」と「春の雪」を予習で読んでいった。「豊饒の海」の残り3冊は読む時間がなかった。もう一度読んでみたいと思った。その前に、薄い本書を取り出して読んだ。少し話題に上っていたからでもある。海外で映画化されているということだが、日本ではちょっと無理なのかもしれない。前半はともかく、後半の猫殺しや父親殺しの残虐さをどう映像で表現するのか、難しい。父親に対する首領のことばは痛烈だ。「正しい父親なんてものはありえない。なぜって、父親という役割そのものが悪の形だからさ。」「父親というのは真実を隠蔽する機関で、子どもに噓を供給する機関で、それだけならまだしも、一番わるいことは、自分が人知れず真実を代表していると信じていることだ。」これは13歳の少年が発することばであろうか。そしてまた、登が隣室の母親を覗くシーンは、ミシマである。これが、最初の場面にあるのが、好きな話である理由の一つだ。

  • 遠い昭和が普段とあって、アンファンテリブルの寓話ともいうべき構造がますます強調される感。しかし男と男、父と息子の対峙にあって、女はホント小道具かきっかけ、またはそれらを生むのみの存在と描かれており、締め出されっぷりにはポカンとするしかない。さすが三島!笑笑

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著者プロフィール

三島由紀夫(1925.1.14~1970.11.25) 小説家、劇作家。
東京生まれ。学習院時代から文才を注目され、1944年、東大入学と同時に『花ざかりの森』を刊行。47年、東大卒業後、大蔵省に勤務するも、翌年辞職。49年、『仮面の告白』で新進作家として地位を確立。『金閣寺』『鏡子の家』『近代能楽集』など、強固な美意識で彫たくされた作品を発表。海外での評価も高い。68年、楯の会結成。『豊饒の海』の最終回を書き上げ、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地東部方面総監室に立てこもり、割腹自決。

「2017年 『告白 三島由紀夫未公開インタビュー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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