豊饒の海 第四巻 天人五衰 (てんにんごすい) (新潮文庫)
- 新潮社 (1977年12月2日発売)


- Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101050249
感想・レビュー・書評
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これほど濃密かつ壮大なのに、これほど不可解で虚しい作品ってそうそうないかもなあ…、とひどく侘しい気持ちで読み終えた三島由紀夫最後の大作「豊穣の海」。
或る一人の魂が、二十年の周期で転生と破滅的な死を繰り返してゆく。
それに呼応するように、一人の男「本多」が、明治中期から昭和後期までを生きた八十余年の彼の人生の中で、なんとかその「転生者」を破滅から救わんと、何度も手を差し伸べて悉く失敗に終わりながら、結局は彼の人生ごとどっぷり絡め取られていく…そんな狂気じみた様子が、仏教思想を根底に置きながら、「春の雪」、「奔馬」、「暁の寺」、「天人五衰」という四部構成で描かれる壮大なお話です。
本多の人生を生涯翻弄し続ける、ある人物の転生した姿は、同じものが一つもなく、多様です。
大正初期、宮家の妃となることが決まった伯爵令嬢・聡子との道ならぬ恋に身を焦がして破滅する、傲慢で美貌の公爵家の嗣子・清顕(きよあき)【春の雪】。
昭和初期、国の行く末を憂い、政府の要人暗殺に闘志を燃やして凄烈な死を遂げる勲(いさを)【奔馬】。
昭和中期、享楽と肉欲に身を染めて最期は呆気ない死を迎えるタイ王族の姫・月光姫(ジン・ジャン)【暁の寺】。
そして、昭和後期、本多が自身の人生の終焉を見越して、傲慢にも運命が変えられるか試みた最後の転生者は…【天人五衰】。
何度転生を繰り返しても、どの人生の最期も、無意味かつ虚しいもので、それがかえって、輪廻の業の深さのようなものを、「傍観者(記憶者)」である本多や、読者の心の上にひどく重苦しい色彩を持って痛感させていきます。
また、この四部作の凄いところは、単なる転生ファンタジーにとどまらないところです。
転生者の種々の人生を眺めるお話という側面は確かにあるけど、それ以上に、本多という一人の男の姿を通じて、一人の人間の一生における変質をつぶさに眺めるお話ともなっているのです。
第一の生・清顕の親友であった本多。
彼は、常に情熱の赴くままに破滅を招く清顕の魂とは対照的に、理知を持って己が人生を成功に導きながらも、年齢を重ねるにつれて、歪んだ悪徳や悪意をその身に蓄積させ、やがてそれらを、隠し持っていた傲慢さとともに、じわじわと表出させながら、順風満帆であった人生を、自身の手で破滅に近づけていきます。
友の魂をなんとか救おうとする善意の姿、世間一般からみた社会的地位のある紳士的な姿とは別の醜い一面が確かに存在し、それが時とともにとどめようもなく肥大化してゆくのです。
それは、ある意味では、情熱と破滅を繰り返す清顕の魂に対する憧れや、友の魂を救えないことに対する贖罪の気持ちの、歪んだ表出だったのかもしれません。
本多は、人生の終焉を目前にして、親友・清顕と彼自身の二つの人生を絡め取るに至ったある場所に宿願叶って六十年ぶりの来訪を果たしますが、そこでは、まるで、彼の人生を全否定するかのような残酷ともいえる結末が待ち受けています。
これには、読み終わった私の心が病みそうになりました。
この作品は、とにもかくにも、三島由紀夫の情熱とある種の病的ぶりがたっぷりと詰め込まれており、この最終原稿入稿直後に、例の乗り込み割腹自殺をしたとされる曰く付きの大作です。
壮大な長編で、見事な出来ですが、なかなかに重苦しい展開をしているので、心が元気な状態で、かつ、まとまった時間が持てる方のみにお勧めしたい作品ですね。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
三島由紀夫「天人五衰 ~豊饒の海(第四巻)」
タイトルのとおり、すでに本多は老いている。
「東京海上や、東京電力や、東京瓦斯や、関西電力の、『品格のある堅実な』株の持主であることが、紳士の資格であった時代」は終わり、「昭和三十五年からの十年間、・・・花形銘柄は日ましに下品になり、日ましにどこの馬の骨かわからぬものになりつつあった」(P127)。つまり、本多は頑迷になっていたのだった。
毒蛇にかまれてジン・ジャンが死んだあと、本多が新たな生まれ変わりだと信じた青年、安永透は、自分を選ばれた運命の持ち主と信じている。本多はこんどこそ早死にから救おうと彼を養子にとるのだが、透は次第に傍若無人になっていく。
豊饒の海、とはいわゆる月面の海のひとつのことだという。もちろんほんとうはただの砂漠でしかない。すべてを失った本多が月修寺(月の寺・・・)を60年のときを経てふたたび訪れるシーンでの、「この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本多は思った」(P303)という一文は、人生の果てにたどりついたのがまさに豊饒の海であったことを示している。
これを書き終えたその日、三島は自ら命を絶った。
本多の独白。
「自分には青春の絶頂というべきものがなかったから、止めるべき時がなかった。絶頂で止めるべきだった。しかし絶頂が見分けられなかった。・・・絶頂を見究める目は認識の目だけでは足りない。それには宿命の援けが要る。しかし俺には、能うかぎり希薄な宿命しか与えられていなかったことを、俺自身よく知っている」(P131)。
読後しばしぼーぜん(結末は知っていたのに)。
三島由紀夫、享年45歳、私もついに年上になってしまった・・・。 -
もうさ。。。
最後どうなるのか読み終わりたい気持ちと、
この全てが現実なのか夢幻なのかわからない世界を本多と一緒に生きてきたような心地がして、
この世界が本を閉じると同時に終わってしまうのが寂しくて寂しくて…
人生で読んだ本の中で面白い面白くないかは別として1番後引く作品。普通にぼーっとして生きてても
あー清顕ってなんだったんだろう。。。勲は?ジンジャンは?とか考えちゃう。
最高の本だった -
その終わり方に持ってきたかと感動ひとしお。門跡へ忘れているだけ?清顕はなんだったのか、生まれ変わりだと思った勲、ジンジャンはなんだったのか、そしてそれを中心に回っていたかなような本多の人生は?夢幻のごとくだな。
透のサイコパスぶりがまた秀逸で、嫌悪感を隠せない。しかし慶子に誘い出され、運命ではなく自分の見下すじいさんばあさんに引き出されたなんでもない自分の人生を実感させられる情景もまた凄い。
総じて見るに大した四部作だった。三島由紀夫の凄みに少しだけ触れることができた気がした。 -
第四巻の途中まで、物語はどんどん広がりを見せていながら、急に物事の終焉に向かって収斂されていく。それは主人公の老いに沿ったものだが、最終的には夢うつつの話になるという終わり方は、人生そのものが現実なのか夢なのか考えさせられるような物語。人は最期、たぶんそうやって人生を振り返るのかもしれない。
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天人五衰。高校生のうちにどうしても読みたかった豊饒の海を読了。最終巻が一番早く読み終わった。華族から昭和初期、戦争、戦後…長いようで短いような濃い時間だった。透君と本多さん二人の視点から描かれていた。海だけを見ていた透君が他人を傷つけ、狂女を囲い…最初に登場した時の爽やかな印象とはかけ離れて行くのは面白い。まさか真面目な本多さんの老境がこのようになるとは。聡子さんの言葉に驚き。一冊の中で何回も予想できないような事件が起こった。
巻を重ねるごとに物語に厚み、奥行きが増すのは圧巻。何回も読み返したい。
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