豊饒の海 第四巻 天人五衰 (てんにんごすい) (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101050249

感想・レビュー・書評

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  • 再読です。
    若い頃はものすごい美青年が転生するってだけで読み切ったのですが(笑)、今となって読むとまさに暁の寺、天人五衰の本田と同じ年代となって、物語の様相は全く変わりました。
    はっきり言って最終巻はかなり面白く読めました。
    天人が衰えて聖なる力を失い死んでゆく様相は大変恐ろしく醜悪で、ついうっかり夢枕爆の「腐りゆく天使」のイメージと重ねてしまいましたが、所詮凡人はハナから天人ではありません。
    なので年老いて醜悪な本田にかなり共感してしまいます。レスビアンの慶子との友情も微笑ましく羨ましいとさえ思ってしまいました。
    自分は選ばれた天人だと証明しようとして、失敗した透の朽ち果てて行くような生き様も、むしろ良いと感じます。

    豊饒の海を読みながらずっと考えていたのは、なぜ清顕が転生するのかと言う事でした。何のために、どんな資格があって???
    清顕はものすごい美青年ではありますが、特に心根が美しいとか純粋と言うわけではなく、むしろ愚かな若者の印象が強かった。聡子との恋も意図的に手遅れにしてしまってから初めて燃え上がり、相手も自分も滅ぼし尽くす道を行く印象。

    その反面奔馬の勲は、若いが故に忠義において誠実で純粋で、わかりやすいです。周りの分別ある大人たちに寄ってたかって止められ、無罪放免にされてゆく過程はあまりに残酷で無残でした。

    ジンジャンに至ってはどう言う人物なのかほとんど書かれていません。勲が信念など持たない、感情と肉体のみで生きる女性になりたいと願ったからなのでしょうか?

    そして最終巻の最後、本田が全ては夢か幻だったのか?と唖然とするくだりは、圧倒的な美しさと印象で突き刺さります。
    まさにこの場面のために三島はこの4部作を書いたのではと……

    人生は夢のまた夢。清顕は子供時代から理性と知識のみで生きようとした本田の追い続けた憧れであり、愛なのかと。

    なにはともあれ久しぶりに純文学を読み、色々考えさせられて、とても楽しい読書となりました。

  • 豊饒の海(1)の感想ご参照

  • 4年かけて「豊饒の海」全4巻を読了。輪廻転生をテーマに描かれた作品だが、主題そのものよりも三島による登場人物達の心情表現の色鮮やかさがすごい。正直全てを理解できた訳ではないが、私自身は自分の気持ちですらあれだけの言葉、熱量で語ることはできないと思う。
    また、天人五衰においては、風景描写も光っていた。繰り返される海、波の描写は紙の上に動いている海が見えた。
    読書の秋にぴったりの読み応えのある文学作品。

  • 三島由紀夫の描く「世界解釈」の輪廻転生の物語の最終巻。
    恋に生きた清顕、信念に生きた勲、女を欲した月光姫とこれまで「見られる」受け身側であったのに対し、
    本作で生まれ変わりとされる透は「見る」側として描かれていました。
    作中に、自分は猫だと思い込んでいる鼠が猫に食べられそうになった時に『いや、私は猫だ。猫は猫を喰うことはできない』と言ったのち、それを証明する為に鼠は自殺をするものの結局は喰えたものじゃない見棄てられ
    「猫は自分を食べない」=「自分は猫」
    の方程式が消失する話がありますが、
    第3巻までで美しいものは死ぬべきということが幾度も主張されたのち
    「20歳で死ぬ」=「自分は美しい天才である」
    の方程式が、透の自殺の失敗によって彼が信じてきた神秘性を瞬時に失う描写は彼が清顕からの輪廻転生の「偽物」であると強く主張していると感じました。
    考察のような感想になりますが、透という名前自体が
    不透明ではない美=透、しかしそれを「見る側」である透自身が偽物であるという揶揄なのではと思いました。
    仏教用語に於ける「天人の五衰」の死の直前の5つの兆しを終盤の透が悉く体現しており、5つ目の不楽本座については月修寺へ向かう参道でタクシーを降り運転手に断るという行動から、本多の長寿の末の死を想起させられました。
    聡子は忘却を前提に清顕と恋をしており、本多は「見られる側」の美しさに嫉妬しながら「見る側」として生き永らえ其々の人生を送った60年がとても切なく感じました。
    最期に本多が御門跡(聡子)と会えたこと、清顕の夢日記が透に焼かれたことで、60年の輪廻転生から解脱しようやく清顕の心が浄化されていれば良いなと思える最終巻でした。

  • 四部作の四部目で全部ぶち壊しにかかってきた三島さん!
    「春の雪」の時点でもしこのエンディングを考えていたのだとしたら信じられない人だ。
    本多がのぞきじじいだったの忘れてた!
    イケメン性格最悪の透を慶子がガンガン追いつめるシーンはすかっとした!
    春の雪とのギャップがすごすぎる!

  • 安永透の自殺未遂、本多の老い、一気に破滅へ辿る転生の物語の四。本多が月修寺を訪れ、聡子と再会する場面は殊に謎を秘める。

  • 元判事にして資産家本田の揺るぎない理性の光とそれを構築していた認識世界はある一言ですべて瓦解させられてしまう。神に愛され、本田も憧れた「宿命の人」は存在していたのか。こんなにも結末が予想を覆す展開とは思いもよらなかった。私も自意識の世界に固執しほんの少しの他人の「一押し」で精神世界を崩壊させられてしまうかもしれない。

  • 20年以上振りの再読。多分あの頃よりも本多の心持ちに近くなっている。世界の仕組みの分かってしまったような慢心と愚かさ。そして、最後の最後でまた遠のいていく世界の意味。全ては心心ということなのだろうけれど、それによりそうにはあまりにも心細い…

  • これほど濃密かつ壮大なのに、これほど不可解で虚しい作品ってそうそうないかもなあ…、とひどく侘しい気持ちで読み終えた三島由紀夫最後の大作「豊穣の海」。

    或る一人の魂が、二十年の周期で転生と破滅的な死を繰り返してゆく。
    それに呼応するように、一人の男「本多」が、明治中期から昭和後期までを生きた八十余年の彼の人生の中で、なんとかその「転生者」を破滅から救わんと、何度も手を差し伸べて悉く失敗に終わりながら、結局は彼の人生ごとどっぷり絡め取られていく…そんな狂気じみた様子が、仏教思想を根底に置きながら、「春の雪」、「奔馬」、「暁の寺」、「天人五衰」という四部構成で描かれる壮大なお話です。

    本多の人生を生涯翻弄し続ける、ある人物の転生した姿は、同じものが一つもなく、多様です。

    大正初期、宮家の妃となることが決まった伯爵令嬢・聡子との道ならぬ恋に身を焦がして破滅する、傲慢で美貌の公爵家の嗣子・清顕(きよあき)【春の雪】。
    昭和初期、国の行く末を憂い、政府の要人暗殺に闘志を燃やして凄烈な死を遂げる勲(いさを)【奔馬】。
    昭和中期、享楽と肉欲に身を染めて最期は呆気ない死を迎えるタイ王族の姫・月光姫(ジン・ジャン)【暁の寺】。
    そして、昭和後期、本多が自身の人生の終焉を見越して、傲慢にも運命が変えられるか試みた最後の転生者は…【天人五衰】。

    何度転生を繰り返しても、どの人生の最期も、無意味かつ虚しいもので、それがかえって、輪廻の業の深さのようなものを、「傍観者(記憶者)」である本多や、読者の心の上にひどく重苦しい色彩を持って痛感させていきます。

    また、この四部作の凄いところは、単なる転生ファンタジーにとどまらないところです。
    転生者の種々の人生を眺めるお話という側面は確かにあるけど、それ以上に、本多という一人の男の姿を通じて、一人の人間の一生における変質をつぶさに眺めるお話ともなっているのです。

    第一の生・清顕の親友であった本多。
    彼は、常に情熱の赴くままに破滅を招く清顕の魂とは対照的に、理知を持って己が人生を成功に導きながらも、年齢を重ねるにつれて、歪んだ悪徳や悪意をその身に蓄積させ、やがてそれらを、隠し持っていた傲慢さとともに、じわじわと表出させながら、順風満帆であった人生を、自身の手で破滅に近づけていきます。

    友の魂をなんとか救おうとする善意の姿、世間一般からみた社会的地位のある紳士的な姿とは別の醜い一面が確かに存在し、それが時とともにとどめようもなく肥大化してゆくのです。
    それは、ある意味では、情熱と破滅を繰り返す清顕の魂に対する憧れや、友の魂を救えないことに対する贖罪の気持ちの、歪んだ表出だったのかもしれません。

    本多は、人生の終焉を目前にして、親友・清顕と彼自身の二つの人生を絡め取るに至ったある場所に宿願叶って六十年ぶりの来訪を果たしますが、そこでは、まるで、彼の人生を全否定するかのような残酷ともいえる結末が待ち受けています。

    これには、読み終わった私の心が病みそうになりました。

    この作品は、とにもかくにも、三島由紀夫の情熱とある種の病的ぶりがたっぷりと詰め込まれており、この最終原稿入稿直後に、例の乗り込み割腹自殺をしたとされる曰く付きの大作です。
    壮大な長編で、見事な出来ですが、なかなかに重苦しい展開をしているので、心が元気な状態で、かつ、まとまった時間が持てる方のみにお勧めしたい作品ですね。

  • 三島由紀夫最期の作品。老いた本多。安永はあくまで松枝の代替品でしかなかったことに気づき服毒自殺を図りますが、もうこれが松枝ではない証そのもののように感じます。むしろ本多に近い。最後に聡子と会ったことで、本多が人生に対する虚無感のようなものを抱いて、終わりました。美しく生きるというのは、意識的にできるものではないのかもしれないと感じました。

著者プロフィール

三島由紀夫(1925.1.14~1970.11.25) 小説家、劇作家。
東京生まれ。学習院時代から文才を注目され、1944年、東大入学と同時に『花ざかりの森』を刊行。47年、東大卒業後、大蔵省に勤務するも、翌年辞職。49年、『仮面の告白』で新進作家として地位を確立。『金閣寺』『鏡子の家』『近代能楽集』など、強固な美意識で彫たくされた作品を発表。海外での評価も高い。68年、楯の会結成。『豊饒の海』の最終回を書き上げ、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地東部方面総監室に立てこもり、割腹自決。

「2017年 『告白 三島由紀夫未公開インタビュー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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